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第28話 継承者(3)

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『結論から言うと、シールドの起動は可能よ』
『おおっ、そうか!』

 これで助かる算段がついたことになる。リョウは安堵で息をついた。

『ただ、ちょっとシステムに面白いものを見つけたのよ。そのおかげであたしも侵入できて、あんたもシールドを出せるんだけど』
『見つけたって何をだ?』
『いわゆるバックドアね』
『なんだと?』

 思わぬ話を聞かされてリョウは戸惑った。

 バックドア ―― システムに侵入するために仕掛ける、いわば勝手口のようなものだ。
 無論、バックドアと言っても種類がある。開発中にテスト目的で設置されるものもあれば、ハッカーが攻撃前の橋頭堡として仕掛けるものもある。だが、いずれにしても実戦配備された軍用コンピューターに存在していいものではない。

『なんでそんなモノがあるんだ?』
『詳しいことは分からないけど、悪意があったことは間違いないわね。それを使って基地のミサイルが発射された痕跡が残ってるの』
『なっ!』

 リョウの脳裏に、ロザリアの記憶で見た焦土が浮かんだ。

『……ってことは、あの街を吹き飛ばした犯人が仕掛けたってことか。ふーむ……』

 真実の一端を知って、リョウは唸った。
 少なくともミサイル発射はこの基地の自発的な行為ではなかったのだ。

(だが、もしかすると、この基地からミサイルを発射したことで、ここも他の基地から攻撃を受けたのかもしれんな。いや、それでも……)

 そんな事になるだろうか。他国に撃ち込んで報復されるならともかく、壊滅させたのは自国の都市である。
 それに、たとえそうだったとしても、この基地と自分が一万年も放置された理由にはならない。

(……だめだ。まだ、ピースが足りない)

 これまで得られたのは断片的な情報ばかりで、全てを理解するには程遠い。

 リョウはふと我に返り、頭を振った。
 今はこのようなことを考えている場合ではない。

『まあいい。釈然としないが、シールドが出せるなら文句は言えん。それで、反応炉を破壊できる武器は、武器庫にあるのか?』
『保管記録によると、反粒子爆弾があるわね。これを4つ、衝撃波が共鳴するように仕掛ければ、反応炉の爆発を引き起こせるわよ』
『分かった』

 リョウはこの情報を反芻し、段取りを頭の中でまとめ、心を決めた。

『いいだろう。アリシアとつないでくれ』
『準備完了。いいわよ』

『アリシア、聞こえるか?』

 リョウは目を閉じて、強く念じた。
 すぐにアリシアの声が返ってきた。

『リ、リョウ? よかった。大丈夫なの?』
『ああ。……ガイウスのおっさんはいるか?』
『ど、どうしたの……?』

 アリシアの声には、自分の身を案じる響きが感じられる。キースとの殺伐としたやり取りの後だけに、彼女の温かさが身にしみた。

『よく聞いてくれ。キースがこの基地のミサイルでアルティアを火の海にしようとしてる。ロザリアの街を破壊したあの兵器だ。おそらく、アルティアだけではすまないだろう。この国全土が灰になるかもしれん』

 彼女の息を呑む音が聞こえる。

『……どうしたらいい?』
『おっさんたちに言って、この基地に入って来てもらってくれ』

 そして、自室の扉の開け方を教えた。

『……分かった。今、見張られてるけど、何とかするわ。必ず行くから待ってて』
『ちょっと待て、お前も来る気か? だめだ。危険過ぎる』
『何言ってるの。こんな遺跡に入れるチャンスなんて滅多にないんだから危険でも行くわよ。それに、私だって魔道が使えるし、なにより遠話であなたと話せるのは私だけよ』
『む……』

 確かにそれは事実であった。途中で何があるか分からない以上、連絡手段が必要である。

『……仕方がない。だが、くれぐれも気をつけてな』
『分かったわ』

 リンクが切れ、彼女の気配が消えた。

(頼んだぜ……)
 
 そして、再び今後の段取りをまとめようとした時、キースが近づいてきた。
 一通り司令室を見回って気が済んだらしい。
 まもなく三十年越しの復讐が達成されるという見通しのせいか、上機嫌に見える。

「リョウ」
「……何だ?」
「お前は一万年前に何が起こったのか、興味がないか?」
「あ、ああ、それはもちろん……」

 アリシアと話していたことを悟られたわけではないと分かって、ホッとしながらリョウが答える。

「暇つぶしに調べてみるとするか。私も興味がないわけではないからな」
「どうやって?」
「あの日、この司令室で何があったか分かれば、かなりの手がかりになるはずだ」
「それはそうだが、そんなこと分かるのか?」

 キースはそれには答えず、代わりに管制コンピューターに命令した。

「コンピューター、この基地はおよそ一万年前に攻撃を受けたはずだ。その当時の司令室内の記録は残っているか?」
『保存されています』
「では、それをホログラム再生しろ」
『了解。再生します』

 その声と共に照明が暗くなった。ホログラムは立体的に映像を再生する技術である。士官や兵士たちが、まるで実在する人間のように突然自分の周りに現れた。

「これは……」
「司令室の様子は常時記録されている。それを再生しているだけだ」

 三次元の投影により、まさにあの日の司令室が再現されており、リョウは、自分が実際に当時の司令室にいるような錯覚に陥った。
 ざっと見る限り、二十数名の士官や兵士がいて、ざわめきや物音、一人一人の会話まで再現されている。
 司令室の中央にいるリョウたちに彼らがぶつかるが、あくまで映像であるため、すり抜けるだけである。
 まだ何も変わったことは起こっていないものの、忙しそうに通常の基地業務を行っていた。

「……」

 リョウは、その様子を見ながらじっと何かが起こるのを待った。

 そして、再生開始から一分ほど経った時、いきなりそれは起こった。


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