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第17話 シャットダウン

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「おかげで助かった。感謝するぜ」

 リョウはロザリアに歩み寄って、礼を言った。

「いえいえ、お役に立ててよかったです」
「……だが、すまなかったな、体調が悪いのにくだらん理由で起こしちまってよ」
「とんでもない、お二人の命がかかっていたのですから。それに、リョウさんは、私と同じ時代の人で、言ってみれば仲間ですから」

 嬉しそうな微笑みはあどけなく、まだ年頃の女の子に見える。
 こちらが彼女の本当の姿なのだろう。

「そう言ってもらえると気が休まる」
「でも、目覚めて、リョウさんからメッセージが届いたときは、驚きましたけどね」
「ははは、すまんな」
「うふふ」
「あ、あの……」

 ほとんど、おずおずといった様子で、アリシアが横から口を挟んだ。
 彼女はまだショックから抜け出せていないらしい。
 ロザリアは、安心させるようにうなづきかけた。

「アリシアさんですね。事情はリョウさんから聞きました」
「はい、あの……、私、まだ信じられなくて……」

 アリシアは、まだ夢でも見ているのではないかと疑っているような顔をしている。

「なんだ、アリシア、俺のときはそこまで驚いてなかったじゃねえか」
「だ、だって、私、小さい頃からこの神殿にはよく来てたし、その、ロザリア……さんが伝説の神使としてここに寝ている姿を、ずっと見てきたのよ。なのに、こうやって千年ぶりに目覚めて普通に話して、私の名前を呼んでもらえるなんて、現実とは思えないわよ」

「なんだよ、さっきのロベールも、ロザリアと俺じゃ違うって言ってたし、みんな俺には冷てえよな」

 納得がいかんという顔を作って文句を言うと、ロザリアがなだめるように笑った。

「でも、私だって、こんな所に奉られてますけど、本当は普通の女の子ですから」
「いやいや、なかなか神の使いっぷりが板についてたぜ。騎士たちはもう卒倒しそうな顔でひれ伏すし、俺だって拝みそうになったもんな」
「そうですか? 慣れたからですね、きっと」
「あんな様子だと、そりゃあ伝説の御使いにもなるわよね」

 アリシアが、うんうんと納得げに頷く。

「あなたのおかげで私たちは処刑されずにすんだわ。私からもお礼を言わせてね。本当にありがとう」

 一瞬、どうしようか迷う素振りを見せたが、アリシアが右手を差し出した。
 ロザリアが手を握り返すと、アリシアはまるでそれが栄誉であるかのように左手をその上に重ねた。

「いいえ、私も、同じ時代の方と話すのは本当に久しぶりなので、起こしてもらえてよかったです」

 ロザリアがリョウを見て微笑む。

「そうだな。俺もだ」

 彼女は自分より千年先に目覚めただけで、元は同じ時代に生きていたのだ。
 おそらく、生まれた年は数年しか変わらないだろう。
 それを考えると、時の流れが不思議なものに思える。
 
「できれば、もう少しお話したかったです……」

 だが、その言い方と曇った表情に、リョウは現実を思い出した。
 彼女は、重大な故障を抱えているのだ。
 そして、それを証明するかのように、突然、彼女は体をふらつかせた。

「大丈夫か」

 横から肩を抱いて支えてやる。
 彼女の体は、アンドロイドとは思えないほど柔らかく暖かかった。

「申し訳ありません、そろそろ活動を維持できなくなってきました。残念ですが、また眠らないといけません」
「分かった」

 リョウは、ロザリアが祭壇に戻るのを手伝ってやる。

「え、どういうこと?」

 アリシアは、まだ彼女の状態を知らない。リョウは、彼女がアンドロイドであることは伏せつつ、旧文明の科学力でしか治らない病気なのだと簡単に説明した。

「そうだったの……」

 気の毒そうに、年下の女の子の姿を見つめる。
 ロザリアは再び、祭壇の上に横たわった。
 彼女の容態は急速に悪化しつつあり、すでに動きが弱々しく、話すのも辛そうになっている。
 リョウは、もう時間が残されていないことを知り、聞きたかったことを尋ねた。

「ロザリア、最後に1つだけ教えてほしいことがある」
「……何でしょう?」
「一万年前のあの日、何があった?」
「……」

 彼女は、何も答えず、目を閉じて押し黙った。
 心なしか顔が青ざめている。

「どうした?」

 リョウに促され、再び目を開け、彼の顔を見る。

「……あの日に起こったこと、それは、大いなる災いとしか……思えないことでした」
「大いなる災い……。それは何だ?」
「これ以上は……言えません」

 申し訳なさそうに微かに首を横に振った。

「なぜだ、機密事項なのか。でも、一万年も経ってるんだ機密なんて関係ないだろう」
「別に、秘密というわけでは……。ただ、思い出すのが辛いのです……。ずっと考えないように過ごして……きたのです。どうか……分かってください」

 泣きそうな顔を見て、よほどつらい経験だったことが伝わってくる。
 だが、リョウも必死だった。

「も、もちろん無理強いするつもりはない。だが、差し支えない範囲でいい、何か教えてもらえないか。お、俺は、なぜ自分がこんなことになったのか知りたいんだ」
「ごめん……なさい。もう……話したくても……時間が……ありません。シャットダウンします」
「ロザリア!」
「リョウさんが、この時代で……心の平安が……得られますように。……そして、アリシアさ……ん」
「なに?」

 すでに、ロザリアの声は小さく掠れている。
 アリシアは顔を寄せ、弱々しく伸ばされるロザリアの手を握りしめた。

「どうか……リョウさん……を……助けて……あげて……ください。私には……分かる。きっと、孤独で……つらい……の」
「え、ええ。もちろんよ。心配しないで」 
「ロザリア、待ってくれ」
「ごめん……なさい……。少し……だけでも……リョウさん……に……会えて……よかった……」
「ロザリア!」

 ロザリアは目を閉じ、もう返事をしなかった。
 重苦しい余韻と痛いほどの静けさが二人を包む。

「……」
「……」

 二人は暫くの間、無言で少女の顔を見つめていた。

「……この子は、また永久の眠りについたのね」

 やがて、ポツリとアリシアがつぶやいた。

「……ああ」
「そう。なんて不思議な……」
「そうだな……」

 リョウはロザリアの手に自分の手を重ねてうなだれた。
 探し求める手がかりが得られなかった失望だけではない。
 彼女を救ってやれなかったという不思議な無力感と喪失感に見舞われていたのだ。

(なんとかしてやれるのは俺だけだったのにな……)

 専門家ではない自分にはどうしようもなかった。しかし、この時代にあって、もっとも彼女を治せる可能性があるのは自分であったのも間違いない。だからこそ、彼女に責任を感じるのだ。

(すまない……、俺を許してくれ……)

 しばらく彼女の運命に思いを馳せていると、ふいにリズの声が聞こえてきた。遠慮がちなのは、空気を読んだのだろう。

『あの……、リョウ、ちょっといいかしら。報告があるのよ』
『……どうした?』
『あのね、ロザリアから、通信を受信したの。シャットダウンする直前に送って来たのよ』
『何だと!』

 リョウは激しく顔を上げた。
 アリシアは驚いたようだが、リズと話していると悟ったのか、何も言わず様子をうかがっている。

『何を送ってきたんだ? 伝言か?』
『動画ファイルよ。彼女が見たものがそのまま映像に残されてたのね。おそらく、ファイルごと転送すれば、自分が思い出さずにあんたに伝えられると思ったんだと思う』
『ロザリア……お前……』

 リョウは、思わずロザリアの顔を見る。
 彼女はもう何も言わず、安らかな寝顔で横たわるだけだ。

『ただ、ちょっと問題があってね』
『何だ?』
『劣化が激しかったから、修復してるところなの』
『劣化? どういうことだ?』
『このファイルは、『抑圧』指定されてるのよ。多分、人間の記憶と同じように、思い出すと体に負担がかかるような記憶は、抑圧され 記憶メモリーの底に封じ込められるのね。そしてだんだん劣化していくのよ。かなり分解されているところもあるから、この子、よっぽどつらい経験をしたんだと思う。修復はもう終わるわ』
『分かった』

 リョウはため息をついた。
 すでに彼女の手は冷たくなっている。
 
(それほどに、辛い記憶だったのか……。無理に聞いてすまなかったな)
(だけど、ありがとうよ)

 しばらくして、再びリズが呼びかけてきた。

『修復できたわよ。再生する?』
『ああ。……いや、ちょっと待て。この映像をアリシアに見せることはできるか?』

 アリシアとはリズを通して通信できる。ということは、動画も送ることができるのではないかと思いついたのだ。

『そうね、この子の脳に負担がかかるから、ちょっと疲れるかもしれないけど、できるわよ』
『分かった』

「アリシア」
「なに?」
「実はな、ロザリアが眠る前に、彼女の記憶を受け取ったんだ」
「記憶?」
「ああ。一万年前、何が起こったのかにまつわる記憶だ」

 そして、ロザリアから動画ファイルを受け取ったことを、彼女にも分かるように噛み砕いて説明してやる。

「そう、彼女はそんなこともできるのね」
「それで、リズが言うには、その記憶をお前にも見せてやれるそうだが、どうする? ちょっと疲れるそうなんだが」
「ホント? そんなの見たいに決まってるじゃない。疲れるぐらい平気よ」
「それなら、今から再生するから、目をつぶってくれ。途中で体調が悪くなったら言ってくれよ」
「分かったわ。これでいい?」
「ああ」

 アリシアが目をつぶるのを見て、リズに命じる。

『リズ、再生しろ。アリシアにも送ってやってくれ』
『了解』

 リョウが目を閉じると、脳裏に映像が映し出された。
 そして、それは、意外なものだった。




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