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ウソカマコトカ2 第6話
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※『ウソカマコトカ1』⇒『ユメカマコトカ』⇒『ウソカマコトカ2』となり、こちらは続編となります。
※BLのため苦手な方はご遠慮下さい。
※性描写なし
------------------------------------------------
机にペンを投げ出し、部室の天井を仰ぎ見てから、俺はゆっくりと腕を組んだ。
それから、コート使用希望申請書なるA5用紙12枚に視線を戻し、またまじまじと対峙した。
1回につき1枚、1か月分で12枚。それはまあ分かるが、なぜ12枚もの紙に、日付以外全く同じ内容を書きつらねる必要があるのか。
それはどうやら、クラブのチーム内で自主的に俺がその役を買って出たからであり、簡単に言うと自分のせいであった。
言い訳をするなら、あの時はコートの片付けをするよりも、こちらの方が楽に思えたのだ。
あとは、ほぼ同じ内容の手書き用紙を12枚も欲するという変態的嗜好の大学事務局のせいである。どちらかといえば、俺よりも事務局側が悪いように思われる。
クラブの部室の奥で、用紙1枚書き上げるごとに俺は一人、天井に乾いた溜息を吐き出していた。
面倒くさい――。
まだ、4枚目だった。
ドアの向こうのミーティング室には、何人かクラブの人が残っているようだった。きゃっきゃとはしゃぐ声から察するに、違うチームの女子。
5枚目を書きかけた時、開けたままのドアから誰かが入ってきた。
見上げると、それはよく知った顔だった。
「あ、それ書いてるのね。来月分?」
幸野さんは軽やかに言ってこちらに近づき、俺の手元を覗きこんだ。
「ああ、うん」と俺が答えると、斜め向かいの椅子に腰を下ろした。
「うちのチームはナオちゃんが書いてた。そっか、今週締め切りだね。もう月末だ……」
「帰りに寄って、出して行こうと思ってさ」
幸野さんは記入済の用紙を1枚手に取り、「相変わらず、かわいい字」と柔らかく笑った。
ショートカットの黒髪が爽やかに揺れた。
幸野さんは同じ研究室、同じクラブであり、俺がひと月程前に告白して振られた相手だ。
俺が「これめちゃくちゃ面倒くさいよな」と文句を垂れると、幸野さんは「そうだよねえ」と軽く頷いた。
「あー。まじで疲れた。手、痛いし」
「手伝おうか?」
「いや、いいよ。書き切って、窓口に叩きつけるから」
幸野さんは、あははと笑ったが、俺は本気でそう思っていた。もちろん、そんな勇気はないが。
一瞬斜め上を見上げて思考を巡らせたらしい幸野さんは、顔の前で細い人差し指を小さく振って、にやにやと言った。
「なんだか最近、つんつんしてるね」
「え、俺?」
「うん。前はもっとこう……真面目で、無口だった!」
「そうかな。それって……どうなの? つんつんしてるって」
「んーいいんじゃない? 思春期みたいで。かわいいと思います」
茶化すように幸野さんはふふと笑った。
「体調は……良くなった?」
急に穏やかな優しい声になったので、書いていた手を止める。
幸野さんは、どこか申し訳無さそうな上目遣いでこちらを見た。
最近俺の具合が悪いのを、失恋のせいだと思っているのだろう。全くそうでは無いだけに、申し訳がない。
告白する前の俺だったら、その純粋そうな丸い瞳に捕えられ、無闇にドキドキしていただろうと思った。
告白してから、ひと月程しか経っていないというのに、あの頃の自分が別人に思えるほど、俺の中で何かが変わっていた。
その何かが分からないまま、時間が全てを希釈していくのをじっと待っていた。
あの日――同じ日に起こった、人生最大の失恋が霞むほどの忘れられない惨劇が、今ではどこか遠くに感じられるのが、なんとも複雑だった。
自然と視線が落ちる。
耳を澄ませると、どこからか悲しい声が聞こえる気がして、俺は顔を上げて無理に微笑み「うん」と答えた。
「そっか、良かった」と幸野さんは心底嬉しそうに言った。
「あ、そうだ。ねえ……あの日、大丈夫だった?」
「あの日?」
「うん。ほら、先週の飲み会の帰り。すごく酔ってたでしょ?」
「あー、打ち上げの? え、そうだっけ? 俺そんなに酔ってた?」
「え、酔ってたよぉ! 心配だから倉田先生が家まで送って行って、そのまま泊まるって言ってたけど……」
「えー俺、そんなに酔ってたかな。普通に一人で帰った気がするけど……ああ、でもそういや」
そういえばあの日、朝起きたら2人分のガラスコップが置いてあったような気もする。そんなに酒を飲んでいないはずなのに、二日酔いだけが酷かった。
「いや……でも、朝誰もいなかったし。夜、1回起きた時も普通に1人だったから、たぶん途中で別れたか、家の前まで来て帰ったんじゃね? 先生」
「そ、そうなんだ」と幸野さんはホッとした表情をした。
「うん。ってか言うほど飲んでないし、普通に一人で帰って寝たと思う」
「そっか。良かった」
何が――?
幸野さんの嬉しそうな顔をぼんやり眺めていると、ミーティング室のドアが開く音がした。
開け放ったドアの向こうを見やった幸野さんが「あ、神代くん」とつぶやいた。
ぎくりと身体が強張る。
「クラブ辞めるって話、どうなったのかな……」
ドアの向こうを眺めながら幸野さんが言った。
ミーティング室からは女子達の歓声のような声が聞こえる。
その黄色い悲鳴に混じって、あの声が聞こえる事を恐れた俺は、背もたれから上半身を起こし、机にかじりつくように、書きかけだったコート使用申請書を書き始めた。
あの日、思い出すのも残酷な夜。
あれから、神代とはもう会うことは無いのだろうと思っていた。
実際、会うことも無かった。
合鍵一つを残して、俺のスマホからも、クラブからも姿を消した。
そうやって存在自体を消すことが神代の望みであったようだし、俺もまた、当然会ってはいけない気がしていた。
あの日以来、溢れ出るように湧き出した悪夢に毎晩苦しめられる事が、酔った間に繰り広げた自らの愚行の償いなのだと思うようになっていた。
傷口のかさぶたが出来たそばから破られ、また傷口をさらす。その繰り返しのような毎日すら、最近は感覚が麻痺して、何も感じなくなり始めていた。
じっと用紙だけを睨みつけて手を動かしていると、足音が部屋に入ってきた。
横目に、幸野さんが目線を上げたのが分かる。
「久しぶり。神代くん」
「お久しぶりです。幸野さん」
ひと月ぶりに聞くその声は、やや元気が無かった。
「風邪は? 良くなった?」
「はい。おかげさまで」と神代は言った。
俺は顔を上げる事なく、書くことに集中した。
少し間があった。
「弓川さん……?」
名前を呼ばれ、はたと手を止める。
息が止まった。
時間も一瞬、止まった気がした。
数度瞬いてから、ゆっくりと顔を上げる。
久しぶりに見るその顔は相変わらず整っていたし、名前を知らない色の明るい髪は、窓から射し込む夕暮れの光をきらきらと反射していた。
ただ少し、その絵に描いたような綺麗な顔は、疲れを漂わせていた。
喧嘩別れした元恋人と鉢合わせしたかのような、気まずい空気。
「どうも……」
神代が小さく呟いたので、俺は「……久しぶり」とほとんど聞こえない声で返した。
すると何故か神代の表情が一瞬曇ったように感じた。
いつもの軽々しい雰囲気ではなく、やや深刻な緊張した面持ち。
俺が何も言わずにいると、「あの、この後、ちょっといいですか?」と聞かれた。
「え、俺?」
「はい。ちょっと、時間もらえませんか?」
俺は何も考えられず、手元に重ねられている用紙を見つめた。
「私が残り書いておこうか?」
機転を利かせた幸野さんが聞くので「いやでも……」と口ごもる。
「あ、急がないので、それ終わってからで大丈夫です」
神代がそう言ったので、俺は逃げられないのだと悟った。
「わかった……」
「じゃあ、博物館のカフェの所で待ってます」
そう言って神代は出ていった。
帰り際にまた向こうにいる女子達と少し会話をして、ドアが開く音がした。
「喧嘩でも、したの……?」
気まずい空気を察したのか、幸野さんは優しく言って、俺を覗き込んだ。
------------------------------------------------
【後書き】
こんばんは。
遅くなりましたが、一度寝落ちしてから復活。
誰も待ってないかもだけど、お待たせしました。
次話で一旦完結となります。
今回でやっと二人のフルネームが出そろったかな?
本来は書かないまま終わる予定だった二人の名前。題名との関係にも気付いて頂けますと幸いです。
ではまた次回。おやすみなさい。
※BLのため苦手な方はご遠慮下さい。
※性描写なし
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机にペンを投げ出し、部室の天井を仰ぎ見てから、俺はゆっくりと腕を組んだ。
それから、コート使用希望申請書なるA5用紙12枚に視線を戻し、またまじまじと対峙した。
1回につき1枚、1か月分で12枚。それはまあ分かるが、なぜ12枚もの紙に、日付以外全く同じ内容を書きつらねる必要があるのか。
それはどうやら、クラブのチーム内で自主的に俺がその役を買って出たからであり、簡単に言うと自分のせいであった。
言い訳をするなら、あの時はコートの片付けをするよりも、こちらの方が楽に思えたのだ。
あとは、ほぼ同じ内容の手書き用紙を12枚も欲するという変態的嗜好の大学事務局のせいである。どちらかといえば、俺よりも事務局側が悪いように思われる。
クラブの部室の奥で、用紙1枚書き上げるごとに俺は一人、天井に乾いた溜息を吐き出していた。
面倒くさい――。
まだ、4枚目だった。
ドアの向こうのミーティング室には、何人かクラブの人が残っているようだった。きゃっきゃとはしゃぐ声から察するに、違うチームの女子。
5枚目を書きかけた時、開けたままのドアから誰かが入ってきた。
見上げると、それはよく知った顔だった。
「あ、それ書いてるのね。来月分?」
幸野さんは軽やかに言ってこちらに近づき、俺の手元を覗きこんだ。
「ああ、うん」と俺が答えると、斜め向かいの椅子に腰を下ろした。
「うちのチームはナオちゃんが書いてた。そっか、今週締め切りだね。もう月末だ……」
「帰りに寄って、出して行こうと思ってさ」
幸野さんは記入済の用紙を1枚手に取り、「相変わらず、かわいい字」と柔らかく笑った。
ショートカットの黒髪が爽やかに揺れた。
幸野さんは同じ研究室、同じクラブであり、俺がひと月程前に告白して振られた相手だ。
俺が「これめちゃくちゃ面倒くさいよな」と文句を垂れると、幸野さんは「そうだよねえ」と軽く頷いた。
「あー。まじで疲れた。手、痛いし」
「手伝おうか?」
「いや、いいよ。書き切って、窓口に叩きつけるから」
幸野さんは、あははと笑ったが、俺は本気でそう思っていた。もちろん、そんな勇気はないが。
一瞬斜め上を見上げて思考を巡らせたらしい幸野さんは、顔の前で細い人差し指を小さく振って、にやにやと言った。
「なんだか最近、つんつんしてるね」
「え、俺?」
「うん。前はもっとこう……真面目で、無口だった!」
「そうかな。それって……どうなの? つんつんしてるって」
「んーいいんじゃない? 思春期みたいで。かわいいと思います」
茶化すように幸野さんはふふと笑った。
「体調は……良くなった?」
急に穏やかな優しい声になったので、書いていた手を止める。
幸野さんは、どこか申し訳無さそうな上目遣いでこちらを見た。
最近俺の具合が悪いのを、失恋のせいだと思っているのだろう。全くそうでは無いだけに、申し訳がない。
告白する前の俺だったら、その純粋そうな丸い瞳に捕えられ、無闇にドキドキしていただろうと思った。
告白してから、ひと月程しか経っていないというのに、あの頃の自分が別人に思えるほど、俺の中で何かが変わっていた。
その何かが分からないまま、時間が全てを希釈していくのをじっと待っていた。
あの日――同じ日に起こった、人生最大の失恋が霞むほどの忘れられない惨劇が、今ではどこか遠くに感じられるのが、なんとも複雑だった。
自然と視線が落ちる。
耳を澄ませると、どこからか悲しい声が聞こえる気がして、俺は顔を上げて無理に微笑み「うん」と答えた。
「そっか、良かった」と幸野さんは心底嬉しそうに言った。
「あ、そうだ。ねえ……あの日、大丈夫だった?」
「あの日?」
「うん。ほら、先週の飲み会の帰り。すごく酔ってたでしょ?」
「あー、打ち上げの? え、そうだっけ? 俺そんなに酔ってた?」
「え、酔ってたよぉ! 心配だから倉田先生が家まで送って行って、そのまま泊まるって言ってたけど……」
「えー俺、そんなに酔ってたかな。普通に一人で帰った気がするけど……ああ、でもそういや」
そういえばあの日、朝起きたら2人分のガラスコップが置いてあったような気もする。そんなに酒を飲んでいないはずなのに、二日酔いだけが酷かった。
「いや……でも、朝誰もいなかったし。夜、1回起きた時も普通に1人だったから、たぶん途中で別れたか、家の前まで来て帰ったんじゃね? 先生」
「そ、そうなんだ」と幸野さんはホッとした表情をした。
「うん。ってか言うほど飲んでないし、普通に一人で帰って寝たと思う」
「そっか。良かった」
何が――?
幸野さんの嬉しそうな顔をぼんやり眺めていると、ミーティング室のドアが開く音がした。
開け放ったドアの向こうを見やった幸野さんが「あ、神代くん」とつぶやいた。
ぎくりと身体が強張る。
「クラブ辞めるって話、どうなったのかな……」
ドアの向こうを眺めながら幸野さんが言った。
ミーティング室からは女子達の歓声のような声が聞こえる。
その黄色い悲鳴に混じって、あの声が聞こえる事を恐れた俺は、背もたれから上半身を起こし、机にかじりつくように、書きかけだったコート使用申請書を書き始めた。
あの日、思い出すのも残酷な夜。
あれから、神代とはもう会うことは無いのだろうと思っていた。
実際、会うことも無かった。
合鍵一つを残して、俺のスマホからも、クラブからも姿を消した。
そうやって存在自体を消すことが神代の望みであったようだし、俺もまた、当然会ってはいけない気がしていた。
あの日以来、溢れ出るように湧き出した悪夢に毎晩苦しめられる事が、酔った間に繰り広げた自らの愚行の償いなのだと思うようになっていた。
傷口のかさぶたが出来たそばから破られ、また傷口をさらす。その繰り返しのような毎日すら、最近は感覚が麻痺して、何も感じなくなり始めていた。
じっと用紙だけを睨みつけて手を動かしていると、足音が部屋に入ってきた。
横目に、幸野さんが目線を上げたのが分かる。
「久しぶり。神代くん」
「お久しぶりです。幸野さん」
ひと月ぶりに聞くその声は、やや元気が無かった。
「風邪は? 良くなった?」
「はい。おかげさまで」と神代は言った。
俺は顔を上げる事なく、書くことに集中した。
少し間があった。
「弓川さん……?」
名前を呼ばれ、はたと手を止める。
息が止まった。
時間も一瞬、止まった気がした。
数度瞬いてから、ゆっくりと顔を上げる。
久しぶりに見るその顔は相変わらず整っていたし、名前を知らない色の明るい髪は、窓から射し込む夕暮れの光をきらきらと反射していた。
ただ少し、その絵に描いたような綺麗な顔は、疲れを漂わせていた。
喧嘩別れした元恋人と鉢合わせしたかのような、気まずい空気。
「どうも……」
神代が小さく呟いたので、俺は「……久しぶり」とほとんど聞こえない声で返した。
すると何故か神代の表情が一瞬曇ったように感じた。
いつもの軽々しい雰囲気ではなく、やや深刻な緊張した面持ち。
俺が何も言わずにいると、「あの、この後、ちょっといいですか?」と聞かれた。
「え、俺?」
「はい。ちょっと、時間もらえませんか?」
俺は何も考えられず、手元に重ねられている用紙を見つめた。
「私が残り書いておこうか?」
機転を利かせた幸野さんが聞くので「いやでも……」と口ごもる。
「あ、急がないので、それ終わってからで大丈夫です」
神代がそう言ったので、俺は逃げられないのだと悟った。
「わかった……」
「じゃあ、博物館のカフェの所で待ってます」
そう言って神代は出ていった。
帰り際にまた向こうにいる女子達と少し会話をして、ドアが開く音がした。
「喧嘩でも、したの……?」
気まずい空気を察したのか、幸野さんは優しく言って、俺を覗き込んだ。
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【後書き】
こんばんは。
遅くなりましたが、一度寝落ちしてから復活。
誰も待ってないかもだけど、お待たせしました。
次話で一旦完結となります。
今回でやっと二人のフルネームが出そろったかな?
本来は書かないまま終わる予定だった二人の名前。題名との関係にも気付いて頂けますと幸いです。
ではまた次回。おやすみなさい。
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