一よさく華 -幕開け-

八幡トカゲ

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第三章 手繰り寄せた因果

五.ケン爺

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 翌朝、柚月が呼ばれて雪原の部屋を訪れると、早速宮廷に上がるという雪原は、立派な長直垂ながひたたれを着ていた。
 宮廷への供は不要だという。

「格式ばかり気にするところなのですよ」

 雪原は面倒くさそうな顔をした。
 護衛としての信頼はあっても、身分がはっきりしない柚月を連れてはいけないのだ。
 もちろん、柚月自身は気にしていない。
 だが、雪原があまりに苦々しい顔をするので、偉い人は色々大変なんだな、と苦笑した。

「せっかくですから、椿と二人でデートでもしてきたらどうですか」
「でえと?」

 雪原は時々、異国の言葉を使う。
 海外との国交を断つ封国ふうこく下で育った柚月にしてみれば、聞いたことのない言葉だ。

「まあ、お散歩です」
「散歩…ですか」

 柚月は渋ったが、「まあまあ」と、小遣いまで渡されては仕方がない。
 椿と連れ立って街に出た。

 到着した時には日が暮れていたので気づかなかったが、街は旧都とは名ばかり。
 一言で言うと、さびれていた。

 市場らしきものもあるが、都や横浦のような活気がない。
 行きかう人々もどこか沈んで見え、歩いているだけで何だか気が滅入る。

 当てもなく歩いていると、いつの間にか、街はずれの農村のあたりまで来ていた。
 いつ街から離れたのか、気づかなかったほどだ。

 田畑が広がり、さすがに様子がおかしいと、引き返そうとした時だった。
 子供たちの声が聞こえてきた。

 林の方から、数人の子供の集団がにぎやかに歩いてくる。
 その中心に、老人が一人。
 山菜取りにでも行っていたのか、籠を背負っている。

「ケンジイ大丈夫?」

 男の子が心配そうに言うと、老人は「大丈夫だ」と言って、傍にあった大きな石に腰かけた。

「早よ帰れ」

 老人は傍にいた子供に籠を渡したが、子供たちは心配そうな顔をしたまま動かない。

「わしなら大丈夫じゃ。そら、行った行った」

 老人に促され、子供たちは顔を見合わせると、やがて「じゃあね」「またね」などと口々に言いながら駆け出し、柚月たちの横をすり抜けて行った。

 さて、老人が一人残された。
 いっこうに立ち上がろうとしない。
 顔をゆがめ、足を気にしている。

「じいさーん、大丈夫かー?」

 少し距離がある。
 柚月が声を張ると、振り向いた老人は、ぎゅっと眉間にしわを寄せた。

「大丈夫じゃ」

 老人の声には警戒が混ざり、「来るな」という響きがある。
 が、少し距離があったせいもあり、柚月に老人の意までは伝わらなかった。

「本当に?」

 椿をその場に残し、老人の方に向かってもう歩いてきている。

「放っておけ」

 老人が追い払うように振り返り向いた時には、柚月はすぐそばまで来ていた。
 その出立いでたち
 中級の武士のものだ。
 旧都の人間ではない、と一目でわかる。
 腰の刀が、老人の警戒心をさらにあおった。

 だが、その刀――。

 老人は目を見開いた。
 その目が、わずかに揺れている。

 老人は息をのみ、ゆっくりと、柚月の顔へと視線を移した。
 見知らぬ青年だ。
 だが、目が離せない。
 食い入るように柚月の顔を見つめた。

 その様子に、柚月の方は気づいていない。
 老人の足をじっと見ながら、膝をついた。

「ちょっと腫れてない?」

 老人の足首は赤くなり、やや腫れている。
 ひねったのだろう。

「乗りなよ。家まで送るから」

 そう言って、柚月は老人に背を向けてしゃがんだ。
 老人ははたと我に返り、大丈夫だと言って立とうとするが、うまく立ち上がれない。
 やはり、足を痛めている。

「遠慮するなよ。ほら」

 柚月は負ぶるしぐさをするが、老人は突っぱねるようにそっぽを向く。

「大丈夫じゃ」

 柚月は若干ムッとした。

「大丈夫じゃないだろ。立ててないじゃん。ほら」
「いいから、かまうな。若いもんの世話にはならんわ!」

 ――頑固だな。

 柚月はムーッと頬を膨らました。
 柚月の方も、どんどんムキになる気持ちが湧いてきている。
 しかも柚月も柚月で頑固だ。
 折れない。

 椿は、少し離れたところで二人の様子を見守っていたが、だんだんそわそわし始めた。
 すぐに戻ってくるだろうと、ついて行かずに待っていたのだが、柚月は一向に引き返してこない。
 そればかりか、何やら様子がおかしい。

 少し距離があるので、二人の詳しいやり取りは分からない。
 が、多分、揉めている。

「じいさん、意地はってる場合かよ」
「意地などはっておらんわ」
「はってるだろ!」

 柚月も老人も、互いにムキになって押し問答になり、しまいに柚月が無理やり老人を背負った。

「っこの! 下ろせ、若造‼」
「うるせぇ、黙っておぶられてろ、ジジイ!」

 老人は騒ぐが、柚月は下ろさない。
 しかも、もはやケンカ腰である。

「家、どこなんだよ⁉」
「あっちじゃ!」

 老人も怒鳴るように指さした。
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