24 / 51
第三章 手繰り寄せた因果
参.決意
しおりを挟む
翌朝、寺町で横田と永山の死体が見つかった。
柚月は朝食を断った。
昼もいらないという。
雪原が部屋を覗きに行くと、頭まですっぽり布団をかぶって床に伏していた。
鏡子は心配して、医者を呼んだ方がいいかと言ったが、雪原が止めた。
雪原は、椿から事情を聴いている。
しばらくそっとしておくように言うと、城に呼ばれているからと、出て行った。
昼過ぎ、椿は離れの柚月の部屋に行ったが、障子戸に手をかけたまま、動けなかった。
怖かった。
何が、と問われると、椿自身、答えは分からない。
しばらく思案したが、そのまま引き返した。
障子戸に映る椿の影が、静かに去っていく。
それを見て、柚月はのそりと体を起こした。
背を丸め、ぼんやりと壁を見つめていたが、やがて、ガシガシと頭を掻いた。
部屋の入り口の障子戸の脇には、鏡子が持ってきた握り飯が置いてある。
柚月は廊下に座り、庭を見ながら、握り飯を一口ほおばった。
「…うま」
やはり、うまい。
ぽそりとそう漏れるほどに。
それがまた、胸のキズに沁みた。
涙が、こみあげて来る。
柚月はそれをぐっとこらえ、バクバクと勢いよく握り飯をほおばった。
こらえきれず、あふれ出た涙が頬と伝い、はらはらと握り飯に降っている。
それも気に留めず、暗く沈みそうな気持ちを振り払うように、ただひたすらに、懸命に食べた。
雪原が帰ってきたのは、日が傾きかけた頃。
帰ったその足で離れに向かうと、柚月は部屋の前の廊下で胡坐をかき、ぼんやり庭を眺めていた。
背中を丸めて元気はなさそうだが、少しは気持ちの整理がついたのか、幾分すっきりした顔をしている。
雪原は隣に座って、同じように庭を眺めた。
「惚れた女が人を殺めるところを見て、傷つきましたか」
柚月は目だけで雪原をちらりと見ると、また庭に視線を戻した。
「惚れてますかね、俺」
「惚れているでしょう」
雪原は庭を見つめたまま、淡々と返す。
「そうですかね」
柚月もまた、庭を見つめたまま返している。
「そうでしょうね」
「そうなんですかね」
「ええ」
雪原の声は穏やかだか芯があり、譲らない。
「…そっかぁ」
柚月は心の内がほろりとこぼれ出るように漏らした。
潔く、認めざるを得ない。
いつからか分からないが、そういうことらしい。
柚月は指を軽くこすり合わせるように動かし始め、やがて、ピタリと止めた。
「楠木…を、斬らせるつもりだったんですか」
雪原が答えるのに、やや間があった。
「ええ」
互いに庭を見つめたままである。
「開世隊は今、分裂しています。おそらく、あなたの一件から小さな亀裂が生じていたのでしょう。そして、楠木が杉を身代わりにしたことで、それがより明確になった。杉についていた者が楠木を襲い、そこから、内部抗争に発展したようです。」
なるほど、と、柚月は思った。
永山は杉を兄のように慕っていた。
昨夜の様子。
楠木を討とうとして失敗し、逆に追われていた、と考えれば説明がつく。
横田の方は、開世隊そのものに憧れを抱いていた。
その開世隊が分裂したのは柚月のせいだと思い、恨んでいたのだろう。
「当然、楠木側が優勢です。それどころか、萩の後ろ盾も得てますます勢力が増しています。今、楠木は、一番の危険人物です。」
日暮れは速い。
太陽が山に向かいだすと、天上から広がってきた黒い幕が、あっという間に、太陽を山に追いやっていく。
その光が織りなす、橙から紫、紫から黒へと流れる空の変化の中、漂う雲は、太陽の最後の光に照らされて、懸命に白く輝いている。
柚月の脳裏に、楠木の顔が浮かんだ。
笑っている。
思い出されるのは、萩にいた頃。
何もかもが、楽しかったあの頃。
師であり、父だった。
そんな楠木と過ごした日々。
なぜ、そんなことばかり思い出すのか。
恨めしく思う。
柚月はぐっと拳を握りしめた。
「楠木は、俺が斬ります」
柚月の目に、強い光が宿っている。
「俺が、斬ります」
宣言か自身への暗示か。
柚月は繰り返した。
その拳は、強く、強く、握られている。
雪原は、応えることができなかった。
あまりにも、胸が痛む。
それを隠すように、微笑んだ。
「ご飯にしましょう」
雪原とともに柚月が現れ、鏡子が安堵したことは言うまでもない。
柚月の茶碗には、いつもより多めに飯が盛られた。
「多すぎませんか?」
そう言って、雪原は笑った。
鏡子も笑っている。
その様子を微笑みながら見ていた椿は、不安げな目でちらりと柚月を見た。
柚月もまた、微笑みながら雪原と鏡子のやり取りを見つめている。
その視線が、ふと、椿に向いた。
目が合った。
椿が「あ」と思う間に、柚月がニコリと微笑んだ。
優しい笑みだ。
椿はぱっとうつむいた。
安心した。
いや、うれしい?
胸が、温かくなっている。
慌てて、ごまかすように飯を口に入れたが、口元の微笑を隠すことはできなかった。
食事のあと、雪原は柚月と椿を呼び、旧都へ供をするように告げた。
柚月は朝食を断った。
昼もいらないという。
雪原が部屋を覗きに行くと、頭まですっぽり布団をかぶって床に伏していた。
鏡子は心配して、医者を呼んだ方がいいかと言ったが、雪原が止めた。
雪原は、椿から事情を聴いている。
しばらくそっとしておくように言うと、城に呼ばれているからと、出て行った。
昼過ぎ、椿は離れの柚月の部屋に行ったが、障子戸に手をかけたまま、動けなかった。
怖かった。
何が、と問われると、椿自身、答えは分からない。
しばらく思案したが、そのまま引き返した。
障子戸に映る椿の影が、静かに去っていく。
それを見て、柚月はのそりと体を起こした。
背を丸め、ぼんやりと壁を見つめていたが、やがて、ガシガシと頭を掻いた。
部屋の入り口の障子戸の脇には、鏡子が持ってきた握り飯が置いてある。
柚月は廊下に座り、庭を見ながら、握り飯を一口ほおばった。
「…うま」
やはり、うまい。
ぽそりとそう漏れるほどに。
それがまた、胸のキズに沁みた。
涙が、こみあげて来る。
柚月はそれをぐっとこらえ、バクバクと勢いよく握り飯をほおばった。
こらえきれず、あふれ出た涙が頬と伝い、はらはらと握り飯に降っている。
それも気に留めず、暗く沈みそうな気持ちを振り払うように、ただひたすらに、懸命に食べた。
雪原が帰ってきたのは、日が傾きかけた頃。
帰ったその足で離れに向かうと、柚月は部屋の前の廊下で胡坐をかき、ぼんやり庭を眺めていた。
背中を丸めて元気はなさそうだが、少しは気持ちの整理がついたのか、幾分すっきりした顔をしている。
雪原は隣に座って、同じように庭を眺めた。
「惚れた女が人を殺めるところを見て、傷つきましたか」
柚月は目だけで雪原をちらりと見ると、また庭に視線を戻した。
「惚れてますかね、俺」
「惚れているでしょう」
雪原は庭を見つめたまま、淡々と返す。
「そうですかね」
柚月もまた、庭を見つめたまま返している。
「そうでしょうね」
「そうなんですかね」
「ええ」
雪原の声は穏やかだか芯があり、譲らない。
「…そっかぁ」
柚月は心の内がほろりとこぼれ出るように漏らした。
潔く、認めざるを得ない。
いつからか分からないが、そういうことらしい。
柚月は指を軽くこすり合わせるように動かし始め、やがて、ピタリと止めた。
「楠木…を、斬らせるつもりだったんですか」
雪原が答えるのに、やや間があった。
「ええ」
互いに庭を見つめたままである。
「開世隊は今、分裂しています。おそらく、あなたの一件から小さな亀裂が生じていたのでしょう。そして、楠木が杉を身代わりにしたことで、それがより明確になった。杉についていた者が楠木を襲い、そこから、内部抗争に発展したようです。」
なるほど、と、柚月は思った。
永山は杉を兄のように慕っていた。
昨夜の様子。
楠木を討とうとして失敗し、逆に追われていた、と考えれば説明がつく。
横田の方は、開世隊そのものに憧れを抱いていた。
その開世隊が分裂したのは柚月のせいだと思い、恨んでいたのだろう。
「当然、楠木側が優勢です。それどころか、萩の後ろ盾も得てますます勢力が増しています。今、楠木は、一番の危険人物です。」
日暮れは速い。
太陽が山に向かいだすと、天上から広がってきた黒い幕が、あっという間に、太陽を山に追いやっていく。
その光が織りなす、橙から紫、紫から黒へと流れる空の変化の中、漂う雲は、太陽の最後の光に照らされて、懸命に白く輝いている。
柚月の脳裏に、楠木の顔が浮かんだ。
笑っている。
思い出されるのは、萩にいた頃。
何もかもが、楽しかったあの頃。
師であり、父だった。
そんな楠木と過ごした日々。
なぜ、そんなことばかり思い出すのか。
恨めしく思う。
柚月はぐっと拳を握りしめた。
「楠木は、俺が斬ります」
柚月の目に、強い光が宿っている。
「俺が、斬ります」
宣言か自身への暗示か。
柚月は繰り返した。
その拳は、強く、強く、握られている。
雪原は、応えることができなかった。
あまりにも、胸が痛む。
それを隠すように、微笑んだ。
「ご飯にしましょう」
雪原とともに柚月が現れ、鏡子が安堵したことは言うまでもない。
柚月の茶碗には、いつもより多めに飯が盛られた。
「多すぎませんか?」
そう言って、雪原は笑った。
鏡子も笑っている。
その様子を微笑みながら見ていた椿は、不安げな目でちらりと柚月を見た。
柚月もまた、微笑みながら雪原と鏡子のやり取りを見つめている。
その視線が、ふと、椿に向いた。
目が合った。
椿が「あ」と思う間に、柚月がニコリと微笑んだ。
優しい笑みだ。
椿はぱっとうつむいた。
安心した。
いや、うれしい?
胸が、温かくなっている。
慌てて、ごまかすように飯を口に入れたが、口元の微笑を隠すことはできなかった。
食事のあと、雪原は柚月と椿を呼び、旧都へ供をするように告げた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる