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しおりを挟む「リュウ様に解毒剤を飲ませましょう」
ここは獣人旅館の主人の和室。
粉薬が入った紙包みを手にイナリは言う。
大柄な熊人ビアベアの背中に乗せて運び込まれたリュウは、清潔なキングベッドに、ぐったり寝かされている。蛇の毒が身体にまわったのだろう、痺れて動けない。
そんなリュウの口に、さらさらと粉薬を流し入れたイナリは、ふいに湯呑みを僕に渡してきた。
なかには水が入っている。
どうやら、口移しをしろ、ということらしいのだが……。
「……うぅ、僕がやるの?」
こくり、とイナリは頷いた。
「直接、口で水をあげてください。リュウ様は命の恩人でしょう?」
たしかにその通り、リュウは僕の身代わりとなって蛇に噛まれた。
おそらく、このまま解毒剤を飲まなければ、そのうちに蛇の毒によってリュウの肉体は蝕まれ、いずれ死んでしまうだろう。僕のせいで……。
いや、死なせない。
これは治療なのだ。決して、キスではない。
僕は覚悟を決め、湯呑みを口につけ水を含み、ゆっくりとリュウの顔へ肉薄し、唇を見つめる。
だが、あまり見つめていると頭がぽわっと熱くなるのを感じた。
どうにか胸の高鳴りを抑えるため、目を閉じてから思い切って唇を重ねる。
柔らかい感触。
初めてが男なんて……最低。
それでも、僕はリュウを助けたい。
含んだ水をリュウの口のなかに流し込む、ゴクッとリュウの喉が動き、水が飲まれていく。
よかった……。
もういいだろう。これ以上は、僕の心臓がもたない。
ゆっくりと唇を解放し、リュウの身体から離れる。
ふと、横を見れば頬を赤く染めたイナリが、
「あらぁ……」
といって、口元を両手で隠している。
「おい……イナリ。あんたがやれっていったんだろ?」
「コンコン、もう、あまりにも二人のキスが美しくて、思わず見惚れてしまいました」
はあ、と僕はため息をついた。
「これはキスじゃない。人命救助だっ! まったく……」
といって僕は、ぷくっとほっぺを膨らませて怒った。
イナリは笑いながら立ち上がると、踵を返し、
「リュウ様が身を投げだして生贄を守るなんて、前代未聞です。それほどアヤ様のことが好きなのでしょう」
と告げて、和室から去っていく。
ニヤつくその表情は、あとは若い二人で、といいたそうな雰囲気があった。この狐め、と僕は内心で毒づいた。
……。
しばらくすると、リュウの唇が少し動いた。
何か喋っているようだ。髪をかきあげて、耳を近づけてみる。
「キスしてくれてありがとう、アヤ」
と、リュウはささやく。
僕は、かぁぁ、と顔が赤くなってしまう。
「リュウさんっ! 意識があったのですか?」
「ああ、身体は痺れて動かせないが、やっと唇は動かせるようになった……」
「ウソ……」
僕はあわてて唇を指先で触れつつ、リュウの唇を見つめた。
うわああ……。
さっき僕は彼と唇を重ねた、その光景が、頭のなかに鮮明に蘇る。
「キス、よかったぞ。なかなか上手いじゃないか」
違います、と否定して僕は首を振った。
「あれは治療です。キスではありませんっ」
「フハハ、どっちでも良い。とにかく、ありがとう。アヤ」
「いや、感謝をするのは僕のほうです」
「ん?」
「蛇の毒牙から救ってくれてありがとうございます」
ふっ、と鼻で笑ったリュウは小さな声で言った。
「好きな人を守るのは、当たり前のことだろ?」
はっとした僕は、頬を山茶花の赤色さながらに染め、
「リュウさん、かっこよすぎです……」
といって立ち上がり踵を返す。背後から、
「もう人間界に帰るのか?」
とリュウから問われ、ゆっくりと首を振り顔だけ向ける。
「いえ、もう一泊します。だから……」
言葉を切り、満面の笑みを浮かべた僕は言葉を紡ぐ。
「早く元気になってください、リュウさん」
微笑みで返すリュウは、優しく目を閉じていた。
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