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しおりを挟むリュウ様……。
リュウ様……。
美しい君の声が聞こえる。
君はどこか儚げで、いつも寂しい目をしていた。
心の奥底では何を考えているのか、わからない。
愛しあっているときも……。
君は、隠し事をしているように見えた。
そして結局、俺は何も訊けずに、二度と君に会えなくなってしまった。
ああ、和香。
君にさようならが言えなかった。
また会おう。
そう言い合って、君は人間界に帰還していった。それなのに……。
「リュウ様……」
「リュウ様……」
しっかりとした声が聞こえる。これは夢じゃない、現実だ。
「リュウ様、そろそろ起きてください。朝食の時間ですよ」
目が覚め、はっと飛び起きて叫んだ。君なのか!?
「和香っ!」
声の主を見て、がっかりした。イナリだったのだ。
「……!? リュウ様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、夢を見ていたようだ……」
「まだ、和香様のことが忘れられないのですか?」
「……」
否定はできなかった。代わりに苦笑いで返す。
それにしても、俺はいつのまに寝ていたのだろうか。
たしか昨夜は、アヤに添い寝してもらってから、それからの記憶がない。
アヤに撫でられていると、あまりの気持ちの良さに気絶するかのように、寝落ちしてしまった。
ああ、口惜しい……。
もう少し起きていて、アヤの柔らかな温もりや香り、それらをいっぱい堪能したかったのに、なんてもったいない。
もっと、もっと、一緒にいたかった。
しかし……。
おそらくアヤは、もう獣人旅館にはいない。
すでに人間界に帰ったのだろう。
どうやら俺は、振られたようだ、悲しいが。
だからだろうか、和香の夢を見たのは……。
物憂げな俺の視線を感じてか、イナリは目を細めてから、すっと立ち上がった。
彼はいつだって姿勢が正しく、俺のことや従者、泊まり客、そして召喚された生贄のことを常に考えていて、流石、獣人旅館の執事として確固たる地位を築いている。
少し、ズル賢いところもあるが。
「広間、先に行ってますよ?」イナリは訊いた。
「あ、ちょっと待て」
「はい?」
アヤは? と俺は尋ねた。
すると、イナリは、コンコンと笑い、
「ご自分で確かめてみては?」
と言い放ち、踵を返し部屋から出ていった。
俺は秒で立ち上がり、自分で寝衣から着物に着替える。
従者のミミとブーコなんて待っていられない。
頭のなかはアヤのことでいっぱいで、まだ獣人旅館にいるかどうか確かめたい気持ちであふれていた。
アヤ……。
アヤ……。
と、口の中で連呼するが、ふとここで冷静になる。
俺は何を焦っている?
「あはは」
声に出して自嘲した。
俺が女に振り回されるなんて、ありえない。
相手はただの生贄。俺を癒すだけの存在。
昔からそうだった。
女たちは俺のいいなり、首を横に振ることはない。
俺のいうことは何でもした。
だが……。
二〇世紀になり、生贄は変わった。
女たちは変わったのだ。
和香は自立しているように見えた。
自分の意思がしっかりとあり、男の道具ではない。
時代は変わったのだ。
そして今回のアヤは、俺の言うことを聞かない。
しかも、魅了も効かないし、俺の裸体を見ても無反応。おそらく、アヤは肉体的に惹かれることはなく、精神的な純愛を求めているのだろう。
まったく新しい女だ。
その理由に、添い寝はしてもらえたが、まったく手が出せなかった。いや、正確に言うと、手を出そうとしたら怒られた。こんなことは、初めての経験だ
女が俺を拒むなんて前代未聞、だが、それだけに、いやいやと拒絶するアヤが俺の手に落ち、恍惚とした顔をしながら籠絡したらと想像すると……。
「や、やばい……すごく興奮する……」
アヤは、今までの女とはまったく違うタイプ。
本当に何を考えているのか、わからない。
昨夜は、もう帰りたいと言っていた。それなのに……。
俺は部屋を出ると、廊下を走った。ロビーを抜け、開け放たれた広間をのぞくと……。
「いた!」
アヤがいた。
上座の祭壇で朝食に箸をつけている。
「よかった。まだ帰っていなかったのか……」
俺は、ほっと胸をなでおろしていることに、自分でも驚いた。
女のことで一喜一憂するなんて、バカみたいだと思うが、恋をすると、心が少年みたいになってしまうのだ。全力で走る少年のように……。
「アヤがいた……」
嬉しい気持ちがあふれ、足が自然と動く。
だが、アヤのもとに料理長が近づくのが見えた。
何かを話している。
俺の位置はまだ入り口なので、ここからでは聞きとれない。
しかし待て、俺は竜人だ、魔界屈指の妖術使いでもあるため、こんなことができる。
「ふんっ」
耳に妖術をかけて聴力を大幅にあげた。
今まで聞こえなかった、あらゆる音が耳に入ってくる。
蝙蝠人の話し声、咀嚼する音、箸で料理を摘む音、そのなかで、アヤと料理長の話だけに聞き耳を立てる。
「ガルルさん、卵焼き美味しいです」
「お! それはよかったっす。リュウ様も喜ぶっす」
「え? どういうことですか?」
「じつは、その卵焼きはリュウ様が作ったものなんすよ」
「リュウさんが!?」
とアヤはいって、ふと卵焼きに箸をつけた。
ふっくらした黄金色を摘み、口に運ぶ。
ああん、と頬張って、もぐもぐと咀嚼する。
すると、アヤの顔がニヤニヤと笑顔になって、
「おいしぃ~」
と、歓喜の声をあげる。
か、かわいい……。
あんなふうにアヤは笑うのか、と思った。
俺はこの光景を目に焼きつけ、踵を返した。
朝食は外で食べよう、今、アヤと会うのは流石に照れくさいし、俺のニヤニヤが抑えられそうもない。
アヤがまだ獣人旅館にいる。
その事実さえわかれば、今はそれでいい。
そして、アヤにはプレゼント作戦が有効なこともわかった。
とすれば、やることはただひとつ。
俺は踵を返して、旅館の外に向かった。
「永遠の愛を、アヤにプレゼントしよう」
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