上 下
19 / 43

18

しおりを挟む
 
 獣人旅館の主人は、さわやかな笑みを浮かべていた。
 名前はリュウ。正体は竜人。
 頭には白い角、銀色の髪、古の時代、彼は魔族と戦っていた伝説の騎士であり、恐ろしい存在だったらしいけど……。
 彼の笑顔を見て、僕はほっと胸をなでおろした。
 優しさだけは感じるから……。
 
「ではアヤ様、癒しのほうがんばってください。私は受け付けにおりますゆえ、また声をかけてくださいませ。リュウ様から帰還の許しが出ましたら、召喚します」

 こくりと僕が頷くと、イナリは襖を閉める。
 残された僕は部屋のなかに入っていく。
 静かな夜、暗い窓の遠くで、光る稲妻が見えた。
 なんとも魔界らしくて、禍々しい。
 
「さあ、こちらに来てくれ……アヤ」

 リュウに促され、僕はゆっくりと歩み寄っていく。
 この部屋にはベッドの他に、座卓があり朱色の座布団がふっくらと落ち着いていた。
 僕はいきなりベッドインするのは、ちょっと嫌だなと思い、座卓の前で立ち尽くす。
 不思議そうに僕を見つめるリュウは、やおら口を開く。
 
「どうした?」
「……あの、リュウさん」
「なんだ?」
「人間界に帰りたいのですが、許可を貰えませんか?」
「そうか。そろそろ申して来るとは思っていた。やはり、家族が心配するか?」
「はい。僕は急にいなくなったので、家族が警察に通報しているかもしれません。僕を捜査しているかも……」
「警察という組織は俺も知っている。人間界は、ここ百年の間で脅威的な発展をしたからな。まあ、無理もない」
「はい、なので帰れないでしょうか?」

 いいだろう、といってリュウは肩を落とす。
 わかりやすい人だなと思った。彼は物憂げに僕を見つめ、
 
「では、いったんお帰り。そして、また召喚して来ないか?」
「え? また来てもいいのですか?」
「もちろんだ! イナリに場所と日時を告げておけば召喚してもらえるぞ。もっとも、今までの生贄たちだってそうしてきた。みな人間界で生活をしている立派な女子であった。彼女たちは魔界をいったり来たり、楽しそうにしていたぞ。まあ、俺も楽しいがな。あはは」

 リュウの笑い声を聞いていると、不安になっていた気持ちがスッと消えた。
 僕は、はあ、とため息をつき安堵する。
 怖がることは、何もなかったのだ。
 するとリュウはおもむろに、人差し指と中指を二本だけ立てた。

「でも、その代わり条件が二つある」
「なんですか?」
「魔界と人間界を繋ごうとしないこと。つまり、科学技術を導入するな、ということだ。特に邪悪な人間には絶対に喋るな。他言無用で頼む」
「わかりました」
「あと、もうひとつ」
「はい」
「帰還する前に、添い寝してくれないか?」

 えっ? 僕はびっくりして瞳を大きく開いてしまう。
 リュウは、ぽんぽんとベッドを手で叩いた。
 
「さあ、こっちにこい、アヤ」
「……え、えっと、添い寝ってベッドで、ですか?」
「ああ、そうだ。ぎゅっとしてくれるだけでいい。とりあえずな」

 とりあえず? と僕は訊き返した。
 
「あとは俺に、まかせろ」

 まかせられない!
 僕は心のなかでツッコミを入れた。
 
「あの……立ったままできませんか? ハグして、バイバイみたいな感じで」
「いやだ……」

 リュウは露骨に嫌な顔をした。
 まるで、駄々をこねる子どもみたいに。
 
「ベッドがいい。俺、もう眠いからさ。添い寝してぎゅっと抱きしめてくれたら寝られるんだ。頼むよ、アヤ」
「ふぅ……それをしたら帰ってもいいですか?」
「ああ、あとはアヤの好きに帰還しろ」
「添い寝、ですか……やらなきゃ、ダメですか?」
「ダメだ。とにかく、俺のストレスを解消させないと神に𠮟られる。アヤは何か勘違いをしていないか?」
「えっ、どういうことですか?」
「俺を癒すことは人類のためなのだぞ。それに俺と添い寝できるなんて、女なら好きで好きで堪らないと思うのだが……」

 僕は眉をひそめた。
 人類のためといわれても非論理的だし、そもそも僕は男だから、男と添い寝するなんて冗談じゃない。
 どうしよう……。
 それでも、添い寝をしないと帰れないなら、他に道はない。
 僕は自分に言い聞かせるように奮い立たせる。
 がんばれ、彩人!
 
「そんなに嫌か、アヤ?」

 僕は、ぶんと首を横に振った。
 
「やってみますっ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話

NANiMO
BL
人生に疲れた有宮ハイネは、日本に滞在中のアメリカ人、トーマスに助けられる。しかもなんたる偶然か、トーマスはハイネと交流を続けてきたネット友達で……? 「きみさえよければ、ここに住まない?」 トーマスの提案で、奇妙な同居生活がスタートするが……… 距離が近い! 甘やかしが過ぎる! 自己肯定感低すぎ男、ハイネは、この溺愛を耐え抜くことができるのか!?

転生黒狐は我が子の愛を拒否できません!

黄金 
BL
幼馴染と一緒にトラックに撥ねられた主人公。転生した場所は神獣八体が治める神浄外という世界だった。 主人公は前世此処で生きていた事を思い出す。そして死ぬ前に温めていた卵、神獣麒麟の子供に一目会いたいと願う。 ※獣人書きたいなぁ〜で書いてる話です。   お気に入り、しおり、エールを入れてくれた皆様、有難う御座います。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。

にのまえ
BL
 バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。  オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。  獣人?  ウサギ族?   性別がオメガ?  訳のわからない異世界。  いきなり森に落とされ、さまよった。  はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。  この異世界でオレは。  熊クマ食堂のシンギとマヤ。  調合屋のサロンナばあさん。  公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。  運命の番、フォルテに出会えた。  お読みいただきありがとうございます。  タイトル変更いたしまして。  改稿した物語に変更いたしました。

見捨てられ勇者はオーガに溺愛されて新妻になりました

おく
BL
目を覚ましたアーネストがいたのは自分たちパーティを壊滅に追い込んだ恐ろしいオーガの家だった。アーネストはなぜか白いエプロンに身を包んだオーガに朝食をふるまわれる。

食べて欲しいの

夏芽玉
BL
見世物小屋から誘拐された僕は、夜の森の中、フェンリルと呼ばれる大狼に捕まってしまう。 きっと、今から僕は食べられちゃうんだ。 だけど不思議と恐怖心はなく、むしろ彼に食べられたいと僕は願ってしまって…… Tectorum様主催、「夏だ!! 産卵!! 獣BL」企画参加作品です。 【大狼獣人】×【小鳥獣人】 他サイトにも掲載しています。

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

黄金 
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。 恋も恋愛もどうでもいい。 そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。 二万字程度の短い話です。 6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

お前だけが俺の運命の番

水無瀬雨音
BL
孤児の俺ヴェルトリーはオメガだが、ベータのふりをして、宿屋で働かせてもらっている。それなりに充実した毎日を過ごしていたとき、狼の獣人のアルファ、リュカが現れた。いきなりキスしてきたリュカは、俺に「お前は俺の運命の番だ」と言ってきた。 オメガの集められる施設に行くか、リュカの屋敷に行くかの選択を迫られ、抜け出せる可能性の高いリュカの屋敷に行くことにした俺。新しい暮らしになれ、意外と優しいリュカにだんだんと惹かれて行く。 それなのにリュカが一向に番にしてくれないことに不満を抱いていたとき、彼に婚約者がいることを知り……? 『ロマンチックな恋ならば』とリンクしていますが、読まなくても支障ありません。頭を空っぽにして読んでください。 ふじょっしーのコンテストに応募しています。

生きることが許されますように

小池 月
BL
☆冒頭は辛いエピソードがありますが、ハピエンです。読んでいただけると嬉しいです。性描写のある話には※マークをつけます☆ 〈Ⅰ章 生きることが許されますように〉  高校生の永倉拓真(タクマ)は、父と兄から追いつめられ育っていた。兄による支配に限界を感じ夜の海に飛び込むが、目覚めると獣人の国リリアに流れ着いていた。  リリアでは神の川「天の川」から流れついた神の御使いとして扱われ、第一皇子ルーカスに庇護される。優しさに慣れていないタクマは、ここにいつまでも自分がいていいのか不安が沸き上がる。自分に罰がなくては、という思いに駆られ……。 〈Ⅱ章 王都編〉  リリア王都での生活を始めたルーカスとタクマ。城の青宮殿で一緒に暮らしている。満たされた幸せな日々の中、王都西区への視察中に資材崩壊事故に遭遇。ルーカスが救助に向かう中、タクマに助けを求める熊獣人少年。「神の子」と崇められても助ける力のない自分の無力さに絶望するタクマ。この国に必要なのは「神の子」であり、ただの人間である自分には何の価値もないと思い込み……。 <Ⅲ章 ロンと片耳の神の御使い> 獣人の国リリアに住む大型熊獣人ロンは、幼いころ母と死に別れた。ロンは、母の死に際の望みを叶えるため、「神の子」を連れ去り危険に晒すという事件を起こしていた。そのとき、神の子タクマは落ち込むロンを優しく許した。その優しさに憧れ、タクマの護衛兵士になりたいと夢を持つロン。大きくなりロンは王室護衛隊に入隊するが、希望する神の子の護衛になれず地方勤務に落ち込む日々。  そんなある日、神の子タクマ以来の「神の御使い」が出現する。新たな神の御使いは、小型リス獣人。流れ着いたリス獣人は右獣耳が切られ無残な姿だった。目を覚ましたリス獣人は、自分を「ゴミのミゴです」と名乗り……。 <Ⅳ章 リリアに幸あれ> 神の御使いになったロンは神の子ミーと王都に移り住み、ルーカス殿下、神の子タクマとともに幸せな日々を過ごしていた。そんなある日、天の川から「ルドからの書状」が流れ着いた。内容はミーをルドに返せというもので……。関係が悪化していくリリア国とルド国の運命に巻き込まれて、それぞれの幸せの終着点は?? Ⅰ章本編+Ⅱ章リリア王都編+Ⅲ章ロンと片耳の神の御使い+Ⅳ章リリアに幸あれ ☆獣人皇子×孤独な少年の異世界獣人BL☆ 完結しました。これまでに経験がないほど24hポイントを頂きました😊✨ 読んでくださり感謝です!励みになりました。 ありがとうございました! 番外Ⅱで『ミーとロンの宝箱探し』を載せていくつもりです。のんびり取り組んでいます。

処理中です...