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しおりを挟む獣人旅館の主人は、さわやかな笑みを浮かべていた。
名前はリュウ。正体は竜人。
頭には白い角、銀色の髪、古の時代、彼は魔族と戦っていた伝説の騎士であり、恐ろしい存在だったらしいけど……。
彼の笑顔を見て、僕はほっと胸をなでおろした。
優しさだけは感じるから……。
「ではアヤ様、癒しのほうがんばってください。私は受け付けにおりますゆえ、また声をかけてくださいませ。リュウ様から帰還の許しが出ましたら、召喚します」
こくりと僕が頷くと、イナリは襖を閉める。
残された僕は部屋のなかに入っていく。
静かな夜、暗い窓の遠くで、光る稲妻が見えた。
なんとも魔界らしくて、禍々しい。
「さあ、こちらに来てくれ……アヤ」
リュウに促され、僕はゆっくりと歩み寄っていく。
この部屋にはベッドの他に、座卓があり朱色の座布団がふっくらと落ち着いていた。
僕はいきなりベッドインするのは、ちょっと嫌だなと思い、座卓の前で立ち尽くす。
不思議そうに僕を見つめるリュウは、やおら口を開く。
「どうした?」
「……あの、リュウさん」
「なんだ?」
「人間界に帰りたいのですが、許可を貰えませんか?」
「そうか。そろそろ申して来るとは思っていた。やはり、家族が心配するか?」
「はい。僕は急にいなくなったので、家族が警察に通報しているかもしれません。僕を捜査しているかも……」
「警察という組織は俺も知っている。人間界は、ここ百年の間で脅威的な発展をしたからな。まあ、無理もない」
「はい、なので帰れないでしょうか?」
いいだろう、といってリュウは肩を落とす。
わかりやすい人だなと思った。彼は物憂げに僕を見つめ、
「では、いったんお帰り。そして、また召喚して来ないか?」
「え? また来てもいいのですか?」
「もちろんだ! イナリに場所と日時を告げておけば召喚してもらえるぞ。もっとも、今までの生贄たちだってそうしてきた。みな人間界で生活をしている立派な女子であった。彼女たちは魔界をいったり来たり、楽しそうにしていたぞ。まあ、俺も楽しいがな。あはは」
リュウの笑い声を聞いていると、不安になっていた気持ちがスッと消えた。
僕は、はあ、とため息をつき安堵する。
怖がることは、何もなかったのだ。
するとリュウはおもむろに、人差し指と中指を二本だけ立てた。
「でも、その代わり条件が二つある」
「なんですか?」
「魔界と人間界を繋ごうとしないこと。つまり、科学技術を導入するな、ということだ。特に邪悪な人間には絶対に喋るな。他言無用で頼む」
「わかりました」
「あと、もうひとつ」
「はい」
「帰還する前に、添い寝してくれないか?」
えっ? 僕はびっくりして瞳を大きく開いてしまう。
リュウは、ぽんぽんとベッドを手で叩いた。
「さあ、こっちにこい、アヤ」
「……え、えっと、添い寝ってベッドで、ですか?」
「ああ、そうだ。ぎゅっとしてくれるだけでいい。とりあえずな」
とりあえず? と僕は訊き返した。
「あとは俺に、まかせろ」
まかせられない!
僕は心のなかでツッコミを入れた。
「あの……立ったままできませんか? ハグして、バイバイみたいな感じで」
「いやだ……」
リュウは露骨に嫌な顔をした。
まるで、駄々をこねる子どもみたいに。
「ベッドがいい。俺、もう眠いからさ。添い寝してぎゅっと抱きしめてくれたら寝られるんだ。頼むよ、アヤ」
「ふぅ……それをしたら帰ってもいいですか?」
「ああ、あとはアヤの好きに帰還しろ」
「添い寝、ですか……やらなきゃ、ダメですか?」
「ダメだ。とにかく、俺のストレスを解消させないと神に𠮟られる。アヤは何か勘違いをしていないか?」
「えっ、どういうことですか?」
「俺を癒すことは人類のためなのだぞ。それに俺と添い寝できるなんて、女なら好きで好きで堪らないと思うのだが……」
僕は眉をひそめた。
人類のためといわれても非論理的だし、そもそも僕は男だから、男と添い寝するなんて冗談じゃない。
どうしよう……。
それでも、添い寝をしないと帰れないなら、他に道はない。
僕は自分に言い聞かせるように奮い立たせる。
がんばれ、彩人!
「そんなに嫌か、アヤ?」
僕は、ぶんと首を横に振った。
「やってみますっ!」
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