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しおりを挟む俺と料理長は台所に立っていた。
照明は蝋燭一本だけで、ゆらめく炎が、俺たちの影を踊らせている。
「暗いな。灯をつけるぞ。妖気をいれてやろう」
「あ、どもっす」
俺は厨房の奥にある設備室に向かった。
「暗いな……」
そこには獣人旅館の照明や暖房などを管理する装置があり、中央にある水晶玉だけが、ぼんやりと青白く光っている。
弱い光りだと思った。
そろそろ燃料を補給してやらないといけない。
燃料は妖気だ。
最近は、外部から妖気を買うこともできるが、通常は俺が妖気を入れることになっている、こんなふうに、
「ふんっ」
と、俺は妖気をためた両手を、中央にある水晶玉に触れた。
ボフン、と吸引された妖気がみるみるうちに水晶玉を輝かせる。そのとき厨房から、
「つきましたー」
と料理長の陽気な声が聞こえる。
厨房は明るくなっており、これなら調理もはかどりそうだ。
気を取り直して、台所に立つ。
すると料理長は、貯蔵庫から白い巨大な卵を取り出してきた。
「じゃあ、この卵を使いましょう」
「で、でかいな……」
「極楽鳥の卵っす」
「百人分くらい作れそうだな」
「はい。たくさん作って練習しましょう。料理は一発でうまくいくことはないっす。練習あるのみっす」
「え? そうなのか?」
はい、といった料理長は、顎で卵を示した。
割れ、ということだろう。
卵の大きさは大人の頭くらい。
振り返れば、かつて戦場で、下等な魔族どもの頭を散々割ったことを思い出す。いくつも、いくつも、竜の爪で……。
よって、卵を割ることなど、楽勝。俺は卵を放り投げた。
「はっ」
指先に妖気を放出させ、卵を虚空で真っ二つに割った。
パカッと音を立て、中身が落ちると、見事、下に置いてある器に収まる。かたや殻のほうは、さっと手で取って塵箱に捨てた。
「おおー、さすがリュウ様! 神業っすね」
「ふふっ、で、卵をどうするんだ?」
「混ぜるっす、この道具で」
「ん、人間界の物だな……これは抹茶を点てる茶筅ではないのか?」
泡立て器っす、と教えてくれた料理長は俺にそいつを渡してきた。
「混ぜるっす」
「よし、こうか?」
「もっと」
「こうか?」
「もっと、もっと混ぜるっす」
「うぉぉぉぉ!」
俺は卵を混ぜまくる。みるみるうちに滑らかになり、黄金色の液体が完成した。
「リュウ様、もういいっすよ!」
「……ん? ああ。で、次は?」
「フライパンを熱して、油をひくっす」
「ん? これはフライパンなのか?」
料理長が示したフライパンの形がおかしい。
「おいおい、四角じゃないか? 嘘だろ?」
「嘘じゃないっす。こいつで卵焼きを作るっす」
「え? どうやって?」
「かさね、かさねてくっす」
「ほう、やってみる。かさね、かさねてく……」
妖気コンロのつまみを回した俺は、その歪な形のフライパンを熱した。
「もう油をひいていいっすよ」
「ああ、こんなもんか?」
「いいっす。で、卵を注いでいくんすけど……」
「こうか?」
ああああ! 料理長は叫んだ。
「ん? どした?」
「いれすぎっす」
「そうか? ダメか?」
「はい。卵焼きは薄く焼いたものを重ねていく調理っすから」
「……失敗か」
じゅーと焼ける卵。
しばらくすると炎があがった。
「いかん、火事る」
「あ、リュウ様、まず火をとめ……」
「え?」
俺は妖気で氷塵を作ってぶっかけた。
一瞬で台所はまっしろけの雪景色になる。
ぽかんとした顔をする料理長は、おずおずと口を開く。
「あのぉ……リュウ様」
「なんだ?」
「料理むいてないっす」
「いやいや! 卵焼きを作らせろ」
「やめといたほうがいいっすよ。なんで今更料理なんて……急にどうしたんすか?」
アヤだ、と俺は心の声を漏らしていた。
「アヤに食べさせたいんだ」
「……アヤ嬢の料理ならおれっちが作るっすけど?」
「それじゃダメなんだ……」
「え?」
「俺が作った卵焼きを食べてもらいたいんだよっ!」
リュウ様、とささやいた料理長はつづけた。
「仕方ないっすね……恋は人を変えるとは、よく言ったもんっす」
「う、うるさい、早く作るぞっ」
それからというもの。
俺は何度も何度も失敗を繰り返した。
丸焼けになった卵焼きは数知れず。
壊した四角のフライパンは山のように積まれた。
「リュウ様。もうフライパンこれでラスイチっすよ」
「はあ? ティグに言って人間界から持って来させろっ!」
「無理っすよ。もう夜の十時っすよ、もう、ねみぃっす」
「げ、もうこんな時間か……」
「はい。ワンチャン、やってみましょう」
「わかった」
俺は熱したフライパンに油をひき、ゆっくりと卵を注ぐ。
まずは薄くだ。
焼けてきたら折りたたみフライパンの奥に巻いていく。
フライパンの鉄の部分が顔を出す。
そこにさらに卵を注いで焼く。
それを三回に分けて重ね、重ねていく。
箸を使って手前に巻いていき、形を整えた。
すると、料理長から声があがった。
「リュウ様、火を止めて、あとは余熱で十分っす」
「そうか」
「はい……」
「……まだ?」
「では、そろそろ皿に盛りましょう。できますか? ここで落としたら最悪っすよ」
「大丈夫だ、そういう技術系の妖術ならまかせろ」
「別に、妖術を使う必要はないっすが……」
「まあ、みてろ」
俺はフライパンを大きく振った。すると、卵焼きが飛び出していく。
「あっ!」
料理長が驚いている。
虚空に飛んだ卵焼きが、ふわふわと浮かび、ついに台所にある皿の上に、ぽふっとのった。
じつは、俺の指先から風の妖気を放出していたのだ。
ふっふっふ、と思わず笑みがこぼれる。
「すっげー! リュウ様、やっぱ料理うまいかもっす」
「当然だ。俺を誰だと思っている? 竜人だぞ」
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