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「くそっ、楽しそうに話しやがって!」

 自室に戻れば冷静になれるかと思ったが、無理だった。
 独りになると、余計に不満が漏れてくる。
 こんなこと初めてだ。
 俺が生贄の女に心を乱されている、だと?
 
「嘘だ、嘘だ……女はみんな俺に夢中になるはずなのに、アヤときたら俺に興味がないみたいだ」
 
 かぶりを振って拳を作り、座卓に叩きつけた。
 ばん、と激しい音とともに疑問が生まれる。
 
「なぜだ? なぜ俺に興味を示さない。俺ってそんなに魅力がないのか?」

 思わず、独りごちる。
 どうせ、部屋のなかは誰もいない。
 ええいこの際だ、反省をしよう。
 居住まいを正し、座禅をくみ、手のひらを上にして膝におき、親指と人差し指で輪っかを作り印を結び、瞑想……。
 省みると俺は、今まで簡単に女が手に入りすぎていた。
 というのも、百年に一人、この獣人旅館に人間の美少女が生贄として召喚してくるんだから、楽なもの。
 さらに、女を落とす方法も簡単。デートして、美味しい料理を食べて、蝋燭が灯る和室で、二人きりになって……。
 
『おまえは生贄だ』

 そう告げるだけでいい。
 それだけで、女たちは……狂う。
 
『おまえは俺のものだ』

 そう告げた瞬間の美少女たちの顔。
 絶望と背徳感が混濁した顔。
 ああ、なんと妖艶で素晴らしい顔なのだろう。
 みな恍惚とした表情となり、自ら身体を俺にあずけてくる。
 淫らに衣服をはだけ、さなぎからちょうに変態するように、その美しい裸体を晒す。
 それでも、たまに拒む美少女もいた。
 だが、それもお楽しみひとつ。
 妖術で魅了をかければ、たちまち俺のいいなりになる。
 基本的に女は受動的な生き物で、ほぼ自分からはこない。
 現代風にいうと、ドMというやつだ。
 性に鈍感なふりをして男に身をまかせ、恥ずかしがり屋を装う。
 そのくせ、ちょっと快楽に溺れれば態度は一変。
 色っぽく俺の上で踊り、あっけなく籠絡する。
 女とはそういう生き物なのだが、なぜかアヤには魅了が効かなかった。
 
「なぜだ?」
 
 思わず、自問自答する。
 生贄、二十一人目にして、初めての挫折。
 俺は限界を知った。
 もしかしたら、今までの方法が通じない女なのかもしれない。
 肉体関係だけでは、俺のことを好きになってくれないかも?
 だったら、どうする? 
 新しいタイプの女だ。
 こういう場合は、何か違うアピールをして俺のことを好きになってもらうしかないだろう。
 アヤが興味があることに、俺も合わせるのだ。
 アヤが好きなことを、共有するのだ。
 それは、何か? それは……。
 
「卵焼きだ!」

 ぱっと浮かんだ言葉を、そのまま口に出していた。
 そうだ、さっきアヤは料理長に言っていたじゃないか。
 朝食には卵焼きが食べたいと。
 よし、料理ぐらい俺にだって作れる。やったことないけど……。
 
 奮い立った俺は、厨房に向かった。
 厨房は薄暗く、妖気灯の明かりを消している。
 調理も終わったので、おそらく妖気を節約しているのだろう。
 厨房の奥に料理長のガルルが、ぼやけて見えた。
 たったひとつ、蝋燭の明かりに照らされながら、ギィ、ギィと包丁を研いでいるその姿は、獣人さがならの恐怖心を掻き立てるほど凄みがあり、竜人の俺でも驚いた。
 急に話しかけてはいけないと思い、ゆっくりと近づいていく。
 すると、料理長のほうから声をかけられる。
 
「リュウ様、小腹でもすいたんすか?」
 
 彼の視線は包丁のまま研ぐ、その速さだけを緩め、ぽたぽたと水滴を刃に落とす。俺はやおら口を開く。

「いや、お腹は空いていない。料理長に頼みがあるのだが、ちょっといいか?」
「いいっすよ。どうしました?」
「じつは、卵焼きの作り方を教えてくれないか?」

 料理長の手が止まった。
 研ぎ終わり、包丁の刃を見つめている。
 満足いったのだろう。ニヤリと笑みを浮かべた。
 
「いいっすけど、料理は難しいっすよ」
「望むところだ」
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