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ヴガッティ城の殺人
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しおりを挟む「いてて……」
消毒が傷に染みるようですね。
殴られたクライフは、口や鼻の粘膜が切れて出血しているので、リリーとエヴァから治療を受けています。
「レオくん……よくマイラさんを助けた! かっこよかったぞ」
とクライフが褒めると、レオは頭をかいて照れ隠し。
私は、クライフを見つめて微笑みます。
「ありがとうクライフ、あなたも私のことを助けてくれたね。嬉しかったよ」
「うぉぉ! マイラさんに感謝されるなんて幸せの極みですぞぉぉ」
「……そ、そんなおおげさな。まぁ、クライフはしばらく休んでいてください」
「はい、そうしますよ。顔面を殴られて、ふらふら……しばらく立てそうにありませんから」
それでも、わははと笑うクライフ。負傷した彼に、私は勲章をあげたい。
一方、レオに一蹴された近衛兵ヴィルは、白目をむいて気絶していますね。生前、ロベルトがレオのことを、
──最強の戦士。
と言っていた言葉が、いま私の頭のなかに浮かびます。
そしてふと、レオはケビンにいじめられていた、ということも思い出したので、ケビンのことを観察。
「兄貴が死んだ……兄貴が死んだ……」
彼は、そうつぶやいて震えています。
続いて私は、みんなことを観察。
近衛兵ハリーとポールは、気絶したヴィルを叩いて、無理やり起こそうとしていますね。しかし、白目をむいたヴィルは、起きそうにありません。
レベッカは、ずっとそわそわしています。そんなに買い物に行きたいのでしょうか? 蒐集というものは中毒性がある、と本で読んだことがありますが、彼女はきっといま、禁断症状が出ているのでしょう。
するとそのとき。
ブーウー!
窓の外からサイレンが鳴り響きます。
どうやら警察の車や救急車が着いたようですね。メイド長に連絡するよう頼んでから、経過している時間は十分ほど。意外と速かったと思うその理由は、ここが離島であり、小さな町だから。
バン!
と、デカい宴会場の扉を開けるのはクロエ。
この華奢なメイド長に、いったいどこからこのような恐ろしいパワーがあるのか不思議ですが、彼女は伝説の戦闘民族ハーランドの末裔だということが、何よりの証明ですね。
「警察の方です」
そう紹介するクロエが手を添えると、ひょろっとした若者が現れます。彼の見た目年齢は、二十代。ほどよく焼けた肌色から、いつも外で仕事していることがわかりますね。
おそらく、本土から飛ばされた無能な警官なのでしょう。
「こんにちは。今回の事件を担当するムバッペです」
そう言って、ちゃんと警察手帳を見せるところ、彼はまじめな性格なようです。教会でお祈りでもするような顔で、死体となったロベルトを見るなり、十字を切ります。
「アーメン……」
そうつぶやきながら、ポリポリと頭をかいています。
なんだか、頼りないですね。
他にも、三人の警察官がいて、手際よく事件現場でよくありがちな立ち入り禁止のテープやら、物的証拠に番号をつけて指紋調査を始めています。
一方、救急車から降りてきた若い医者の二人が、ロベルトをストレッチャーに乗せると、城の外にある救急車へと運んでいきます。
すると不安な顔をするレベッカやケビン。頭のなかでは、葬儀のことを考えているのでしょう。はやく総督が来てくれたらいいのですが、なかなか来ませんね。どうしたのでしょうか? クロエはちゃんと知らせてくれたのかしら?
「ロベルトさんの遺体は、解剖したのち、城に戻します」
と説明するムバッペ。
するとさらにクロエが連れてきたのは、白衣を着ている老人。
「お医者様です」
とクロエが紹介すると、老人はロベルトの診察を始めます。誰が見ても死亡していることは明白。すぐに死亡と診断されるでしょう。
私は、クロエに近づいて尋ねます。
「総督は?」
「それが、返事がないのです」
「え?」
「あのような話をしたあとなので、一人になりたいのかも」
「クロエさんは、大丈夫ですか?」
「はい」
「本当に? 知らないうちに妊娠させられたんですよ?」
「レオがいることが嬉しい。総督に憎悪や殺意などは抱けません」
「そっか」
私は、いらないお世話をしているようなので、この話は切り上げます。
すると、医者は診察が終わったようで、おほんと咳払い。
「まぁ、瞳孔の開き具合から見て、おそらく毒殺じゃろうな。解剖すれば成分がわかる」
「どのくらい時間がかかりますか?」
とムバッペは尋ねます。医者は、「一時間ほど」と答えながら白い手袋を外して、ポケットにしまう。
するとムバッペは、大きな声で言います。
「では、みなさんは全員容疑者となりますので、許可が出るまで城から出ないでください」
これには、レベッカが大反対。
「ちょっと待って! わたくしが容疑者なんて冗談でしょ!?」
ムバッペは、レベッカを一瞥すると、さっとメモ帳を取り出して鉛筆を舐めます。
「あなたの名前は?」
「レベッカよ。ヴガッティの妻です」
「年齢は?」
「さ、三十」
「嘘ですよね? 正確な数字をお願いします」
「三十八」
「殺された息子さんの年齢は?」
「二十だけど……ねぇ、なんなの?」
「容疑者を尋問しているだけですが、何か?」
「だから! なんでわたくしが容疑者にぃー! なんなのこの人ぉ!?」
警察官ですけど、と答えるムバッペは、意外にも知性があり合理的な人間ですね。彼は、みんなに向けて言います。
「いいですか? ここにいる全員がロベルトを殺すことができた、と僕は判断します。よってこれからはアリバイ探し、つまりあなたがたが犯人でない理由を探してく捜査が始まりますゆえ、どうぞご協力ください」
「ねぇ、それっていつまで? 私はすぐにでも買い物に行きたいの!」
とレベッカは訴えます。ムバッペは、まだ幼い面影を残した顔で、
「このおばさん、うるさいな……」
とつぶやいたあと、大きな声で続けます。
「犯人じゃないと証明されれば、城から出られますから安心してください」
ああ、なんだかこの人とは話が合いそう。私は、彼への一方的な連帯感を胸に抱きしめつつ、手をあげます。
「ムバッペさん」
「はい?」
「私の名前は、マイラ・グラディオラ」
「ミス・マイラ……なんでしょうか?」
「私が犯人ではないと証明したいのですが、いいですか?」
ふふ、と笑うムバッペは、腕を組みます。
「いきなり推理ですか……あなた、いったい何者ですか? ただの美しい令嬢では、なさそうですね」
「私は、本土エングランドで探偵をしています」
「ほう、探偵を!? あのシャーロックやらポアロやらと同じ探偵ですか?」
「そうです! もしかしてムバッペさんも推理小説をお読みに?」
「もちろん! 推理小説が好きで、警察官になったようなものですからね」
「それは素晴らしい」
ムバッペは、白い歯を見せて言います。
「実は、僕が捜査しているのは、奴隷少女誘拐事件。おそらく金持ち貴族が犯人だと思っていた矢先に、ヴガッティ家での殺人事件が発生。もう笑うしかない! 大きな手柄をあげられそうだ」
「……? 誘拐事件と殺人事件に関連性があるのですか?」
「うーん、殺しはクセになる、と言いますからね。この平和な離島で、人を殺す人間はレアだと思いたい」
「たしかに、何人も殺人者がいると思う方がおかしいですよね」
こくり、とうなずくムバッペは、手のひらを私に向けます。
「では、あなたが犯人ではないと、証明してください」
はい、と答えた私は、スッと指をさして言います。
「まず、シュガーポットを開けてください。中身を調べたいので」
「わかりました」
ムバッペが動くと、まわりにいるケビン、レベッカ、レオ、クライフ、それにメイドたちや近衛兵が興味深く見守っています。ここにいる全員が容疑者、その言葉が、みんなの頭に重くのしかかっているようですね。
ムバッペが、シュガーポットの蓋を開けてなかを確認。
「おや? 何もありません」
「やはり……」
と私が納得すると、ムバッペがさらに尋ねてきます。
「と言いますと?」
「犯人は知っていたのです。角砂糖を入れて紅茶を飲むのはロベルトだけだと。よってシュガーポットには何もなかった。つまり、ロベルトは残り一個となった毒入りの角砂糖を使うように、犯人が仕掛けた殺害トリックにひっかかったのです」
「!? となると、犯人はシュガーポットに触れることができた人間に絞られますね」
「はい! だから私は犯人でありません。さらに言えばレオも犯人ではない。私たちは城に着いてからずっと一緒にいて、厨房に立ち寄ることはなかった」
「ふむ……レオとは誰ですか?」
「あちらにいる、彼です」
私は、レオを見つめます。
ムバッペは、おお、と感心した様子。な、なに? その人間の本質を見抜くような鋭い目つきは?
「すごくカッコイイ男性ですね。マイラさんと並べば良いカップルに見えそうだ」
「そ、そうですかぁ、うふふ……っていうか何が言いたいのですか?」
「共犯かもしれないと言うことです。あなたがた二人だけのアリバイでは弱い、とも言えます」
「……甘かったか」
「いいですかマイラさん。あなたも探偵なら、犯人を見つけてください」
「……」
「あなたの婚約者を殺した犯人を捕まえるのです。そうしないとあなたはずっと容疑者のままですよ」
わ、わかりました、と言う私は、ほっぺを膨らませます。
この警察官ムバッペ、頼りないと思いきや、めちゃくちゃ論理攻めしてきますね、このやろー!
この人は、離島に飛ばされたんじゃない。ハーランドに渦巻く犯罪を解決するために本土から送られてきた“スーパーエリート警察官”のようです。
その洞察力が半端ない!
彼は、死体となったロベルトを俯瞰して見つめると、
「おや? これはなんだろう……」
と言って何かを見つけます。それは、ロベルトの穿いているスラックスのポケットから飛び出ている白い紙。ん? どこかで見覚えがありますね、あの紙……。
ムバッペは、丁寧に手袋をはめた指先で紙を挟んで取り上げ、首を傾ける。何かが書いてあるようですね。じっとその紙を観察。
そして、瞳を見開いて言います。
「こ、これは、犯人からの手紙……!?」
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