上 下
26 / 56
王位継承編

12 部屋のゴミを取る魔導具 1

しおりを挟む
「わぁぁ! 女の子連れ込んでるー!」

 はらぺこ食堂から男の大声が響く。
 店主ターキーが出勤すると、可愛らしい少女がいたので、すぐにヤマザキを疑ったのだ。

「違う、この子は俺と同じ国の友達でヒビキちゃんだ」
「なんだ友達か……」

 ヤマザキの説明によって、ターキーはすっかりヒビキのことを信用した。
 しかし、友達、という言葉が気に入らないヒビキは、ヤマザキのことを細い目で見つめる。

(昨日は、おれの女だって言ったのに……)

 それなら、こっちだって考えがある。
 
「あの、しばらく私もここで働かせてください」
「え? 友達も働くのか?」
「はい! 自分で稼ぐ方法が見つかるまで、よろしくお願いします」
「じゃあ、とりあえず、その格好はマズイな……そこにあるメイド服に着替えてくれ」

 はい、とヒビキは元気よく答えた。
 踊り子の次は、メイドか……。
 とヤマザキは不憫に思ったが、まぁ、可愛いからいっか、と前向きに考えた。
 しばらくすると、メイド服に着替えたヒビキが登場した。
 めちゃくちゃ可愛いくて、「ヒビキちゃんいいね!」とターキーは褒めた。

「……あ、ありがとうございます。おじさん、どうですか?」
「うん、可愛いよ」

 ぽっと顔を赤くするヒビキ。
 何だか甘酸っぱい空気が流れ、ターキーは気を使うように厨房へと逃げ込んだ。

「じゃあ、ヤマザキさん、ヒビキちゃんに仕事を教えてやってくれ! おれは仕込みをやるから」
「わかった」

 さあ、開店の準備だ。
 まずは掃除から。椅子を机の上にあげて、床を掃いていく。

「こんな感じですか? 私、ほうきなんて使ったことなくて」

 ド下手だった。
 ヒビキはホコリを撒き散らしているだけ。これでは先が思いやられる。

「あちゃあ……掃除機じゃないとやっぱ無理か~」
「いえ、そもそも掃除したことがありません」
「え? 自分の部屋も?」
「はい、家政婦さんがやってくれますから」
「めちゃ金持ちじゃん……学校は?」
「しないですね。私立なので、黒板を消すくらいしかやってないです」

 お嬢様すぎる。
 あっそ……とヤマザキは唖然とした。
 するとそのとき、からんころん、とベルが鳴る。プルトニーが店の扉を開けて、出勤して来たのだ。

「よーし、今日も働くぞー! って、あなた誰?」

 ぱちくり、とヒビキを見て瞳を大きく開くプルトニー。
 ヤマザキは間に入って説明した。

「この子はヒビキちゃん。おれと同じ国の友達だ」
「いたんだ!」
「うん」
「へー、すごく可愛い子だね……スタイルも抜群……何歳なの?」

 十七歳です、とヒビキは答える。
 ニコッと笑ったヤマザキは、ヒビキの両肩に手を添えた。

「ここで働いてもらうことになったから、よろしく」

 プルトニーは、ヒビキと握手した。

「プルトニーよ、何でも聞いてね」
「ヒビキです。よろしくお願いします」

 ちょっと心配だが、ヒビキのことをプルトニーに任せて、ヤマザキは厨房に入った。
 トントンと野菜を切っていると、「ちょっと」とプルトニーに呼ばれた。
 
「ヒビキちゃん、あの子、ぜんぜんダメだよ」
「え?」
「掃除もしたことない。食器も洗ったことない。聞いたら家事をぜんぜんやってこなかったらしいよ」
「そうなんだ、悪いけど教えてやってくれないか?」
「え~、忙しくなったら面倒見る自信ないよ」
「そこを何とか頼むよ、な?」
「ヤマザキさんがそこまで言うなら……いいわよ」

 しぶしぶ納得するプルトニー。
 後ろのホールでは、机や椅子をめちゃくちゃに配置するヒビキであった。

「ふぅ……働くって大変……」


 ◉

 
 開店すると、ヒビキは水を得た魚のように接客をしていた。
 先日まで、紫娼館で太客の相手をする踊り子たちを見ていたのだ。
 人を喜ばせるテクニックを、彼女は自然と身につけていたのである。
 男性客たちはみな、ヒビキにめろめろだった。

「いらっしゃいませ、ご注文は何にしますか?」

 きゅぴん、と可愛い顔をするヒビキ。
 ぜんぜんキャラじゃないけど、仕事のためだ頑張ろう! とプロ意識を高く持っていた。
 そんなヒビキのことを特に気に入っていたのは、ヤマザキの農業仲間・ラフロイグたちだ。

「名前なんて言うんすか?」
「ヒビキです」
「可愛いね、何歳?」
「何歳に見えます?」
「うーん、十五歳かな」
「ブー、違います」
「じゃあ……十六」

 ラフロイグが言い切る前に、ヒビキは口元に指先を当てる。
 
「ダーメ、質問は来店につき一回だけです」
「え~」

 ヒビキファン、一号の誕生である。
 二号三号はラフロイグの仲間たちだ。
 仲間は二人いて、いつもいっしょにいる。いわゆる腐れ縁ってやつだろう。
 
「ヤバい……私のポジションが奪われる……」

 プルトニーは危機感を覚えていた。
 今まで自分がアイドル的な存在だったのに、もうただのおばさん枠だ。

「お茶のおかわりくれんかのう」
「自分でやってください! うちはセルフサービスなんで!」
「いつもやってくれるのに……プルトニーさん、今日は怖いのう……」

 近所に住む客のおじいちゃんに、強く当たってしまった。
 プルトニーは焦っている。
 どうしたって、ヤマザキの姿を目で追ってしまう。
 実は彼女は、ヤマザキのことが好きだったのである。
 しかしヤマザキにアプローチをしても、『魔導具作るから……』とまったく相手にしてくれなかったのだ。

(何やってるんだろう私……) 

 下を向くプルトニー。
 そんな彼女に、

「俺のアイドルは君だけだよ、プルトニー!」

 と店主ターキーは言う。

「ふざけてないで仕事してください! ほら、今日のランチ、注文きましたよ!」
「お、おう」

 ふざけてなどない。
 本気でそう思っているのだが、ターキーの気持ちには、まったく気づかないプルトニーなのである。
 と、そのとき。
 ザワザワと店が騒がしくなった。
 店内に入ってきたのは、妖艶な紫の衣装を着た女性。
 マッカランだ。
 
「女将さん!」
「よぉ、ヒビキ、我慢できなくて来ちゃったよぉ」

 ヤマザキは厨房から顔を出した。

「お! マッカラン、お好み焼き食べるか?」
「ああ、頼むよぉ」

 マッカランは空いてるカウンター席に座った。
 隣でラフロイグが、「すげぇ美人……」と唾を飲み込んでいる。
 ターキーは、「おお!」と見たことがない野菜に驚いていた。
 ヤマザキの新しい料理に、みなわくわくしていた。
 お好み焼きの作り方は簡単だ。
 キャベツを粗く刻む。
 ボウルに小麦粉、水、卵を入れてよく混ぜる。
 そこにさっきのキャベツを加えて混ぜ合わせ、油を塗った熱いフライパンで、ひらたく丸くなるように焼く。
 上に、あげ玉、薄く切ったカウカウの肉をのせ、焼き目がついたら、裏返し、フタをして火が通るまで蒸せば完成だ。
 ソースは、色んな野菜を煮込んだものとトマトと砂糖を混ぜて作った。
 たぶん、味はお好み焼きソースに近いだろう。
 マッカランは、ナイフとフォークでそれを食べた。

「何これぇ……中はふわふわ、外はカリカリ、最高にうまいよぉ!!」

 急に泣き出して、もぐもぐと食べ出す。
 他の客にも、「サービスです」とヤマザキはお好み焼きを提供した。

「うめぇ! うめぇよヤマザキさん!」
「か、神の味だ……」
「お、おかわり、いいすっか?」

 ああ、とヤマザキはどんどんお好み焼きを作った。
 もちろん無料で。
 店主ターキーは、「まあ、いっか、食材はぜんぶヤマザキさんのだし……」と言って微笑んでいる。

「美味しかったよぉ、また来るねぇ」
「はい。女将さん」
「ヒビキ、あんたいい笑顔してるよぉ」
「ありがとうございます」

 ぺこり、とヒビキは頭をさげる。
 ラフロイグたちも手を振って、ヤマザキと別れの挨拶を交わした。
 店の営業が終わり、みんなでお好み焼きを食べた。
 本当に美味しくて、プルトニーもターキーも泣きながら食べていた。

「うまい……これはランチに出そうぜ!」
「ヤマザキさんの料理って素敵すぎるわ!」

 そんなオーバーな。
 ただのお好み焼きだよ?
 と、どこか冷めているヒビキも一口食べた。
 すると、はっ! として身体を震わせる。

「……美味しい! な、なんですかこれは? 肉が美味すぎるんですよ、これ!」

 秒で完食するヒビキ。
 ははは、とヤマザキは笑っていた。

「カウカウっていう異世界の牛だ」
「たまりません……その牛、狩りに行きましょう!」
「まぁ、まてよヒビキちゃん」
「え?」
「それより、魔導具を作りに行かないか?」

 でたよ。
 と、プルトニーとターキーが顔を合わせる。
 魔導具? とヒビキは首を傾げていた。

「ヤマザキさんは魔石と魔物の素材を上手に融合して魔導具を作る天才なんだぜ~ヒビキちゃん」
「すごい……おじさんって無能なのに、そんな才能があったんですね」

 ターキーの説明に、「まぁ、そんなとこだ」とヤマザキはうなずく。

「っていうか、無能って言うなし、傷つくだろ……」
「がははは! 魔法は使えないもんな、ヤマザキさん」
「うるせぇ、ターキーさんは料理しかできないくせに」
「がははは! 彼女を喜ばせるには料理が一番だぜ」
「その彼女はどこだよ?」
「募集中だ! がはははは」
「あはははは! おれもだ」

(長年の友人みたい……)

 プルトニーは、二人の関係に和んだ。
 ずっとこうやって働けたらいいのに、なんてことも思う。
 
「仲良いですね、この二人、同じおじさんだからでしょうか?」

 ヒビキがプルトニーに質問する。
 そうね、と相槌を打ってから、ヤマザキの方を見つめた。

「ねぇ、今度はどんな魔導具を作るの?」
「部屋のゴミを取る魔導具さ」

 そうヤマザキは答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

チートスキルで無自覚無双 ~ゴミスキルばかり入手したと思ってましたが実は最強でした~

Tamaki Yoshigae
ファンタジー
北野悠人は世界に突如現れたスキルガチャを引いたが、外れスキルしか手に入らなかった……と思っていた。 が、実は彼が引いていたのは世界最強のスキルばかりだった。 災厄級魔物の討伐、その素材を用いてチートアイテムを作る錬金術、アイテムを更に規格外なものに昇華させる付与術。 何でも全て自分でできてしまう彼は、自分でも気づかないうちに圧倒的存在に成り上がってしまう。 ※小説家になろうでも連載してます(最高ジャンル別1位)

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

俺を追い出した元パーティメンバーが速攻で全滅したんですけど、これは魔王の仕業ですか?

ほーとどっぐ
ファンタジー
王国最強のS級冒険者パーティに所属していたユウマ・カザキリ。しかし、弓使いの彼は他のパーティメンバーのような強力な攻撃スキルは持っていなかった。罠の解除といったアイテムで代用可能な地味スキルばかりの彼は、ついに戦力外通告を受けて追い出されてしまう。 が、彼を追い出したせいでパーティはたった1日で全滅してしまったのだった。 元とはいえパーティメンバーの強さをよく知っているユウマは、迷宮内で魔王が復活したのではと勘違いしてしまう。幸か不幸か。なんと封印された魔王も時を同じくして復活してしまい、話はどんどんと拗れていく。 「やはり、魔王の仕業だったのか!」 「いや、身に覚えがないんだが?」

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

孤児院で育った俺、ある日目覚めたスキル、万物を見通す目と共に最強へと成りあがる

シア07
ファンタジー
主人公、ファクトは親の顔も知らない孤児だった。 そんな彼は孤児院で育って10年が経った頃、突如として能力が目覚める。 なんでも見通せるという万物を見通す目だった。 目で見れば材料や相手の能力がわかるというものだった。 これは、この――能力は一体……なんなんだぁぁぁぁぁぁぁ!? その能力に振り回されながらも孤児院が魔獣の到来によってなくなり、同じ孤児院育ちで幼馴染であるミクと共に旅に出ることにした。 魔法、スキルなんでもあるこの世界で今、孤児院で育った彼が個性豊かな仲間と共に最強へと成りあがる物語が今、幕を開ける。 ※他サイトでも連載しています。  大体21:30分ごろに更新してます。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

処理中です...