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王位継承編

7 ミニモフの玉 3

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「ヤマザキさん、アイラ地方に行きたいんですか? だったら私も行きます!」

 ここはハイランド城の訓練場。
 剣、槍、弓、をそれぞれ装備した衛兵たちが、ザッザッと靴音を鳴らして行進している。
 それを高い所から眺めているのは、羽兜の剣士ハニィ。
 突然やって来たヤマザキの申し出に、ぱぁーとエメラルドの瞳を光らせていた。

「ダメですよハニィ様、演習中なんですから」

 そう否定するのは、長身の執事ジョニだ。
 ヤマザキはジョニと初対面なので、「どうも」と挨拶をする。

「あの~ヤマザキさん」
「はい」
「今度、娘を連れて道具屋に遊びに行ってもいいですか?」
「いいよ、いつでも」
「よかった……娘はヤマザキさんの大ファンで、不思議な魔導具が大好きなんです」
「そうなんだ」

 はい、とジョニは笑顔になる。
 ヤマザキは彼の優しそうな目を、じっと見つめていた。

(この人、俺と同じくらいの年齢なのに娘がいるのか……まぁ、ふつうそうだよな。異世界だし、十代で結婚するのが当たり前かもしれない)

 その一方で、むっとハニィはほっぺたを膨らませる。
 ヤマザキとお出かけしたいようだ。怒り方が可愛い。

「ジョニ……ちょっとくらい、いいだろ?」
「ダメです」
「だってアイラ地方は王国の許可がないと入れないんだぞ?」
「演習はどうするんですか? ジャック様がお亡くなりになって、衛兵の士気は下がりまくりなのですよ? ここで新しい王子ハニィ様が、ガツンと指導して……」

 と、ジョニが熱く語っているところに、一人の男が現れた。軍服を着た、かっぷくの良い男だ。

「いいですよ~、ハニィ様がいなくても私が衛兵を訓練しておきます。ジャック様のときから、ずっとそうでしたから」
「ほら、このように軍師ブラックも言っている! 行こうヤマザキさん!」

 るんるん、にヤマザキの手を引くハニィ。
 だが、仁王立ちでジョニが、「ダメですっ!」と道を塞ぐ。
 するとヤマザキが、「あははは」と笑い出した。
 
「ときにハニィくん、これは何をやってるんだ? 衛兵たちを集めて、ピクニックでもいくのか?」
「い、いいえ、衛兵たちに軍事演習しているところです」
「ふーん、これは誰が統率しているの?」
「そこにいる軍師ブラックですが、何か?」
「ハニィくんが統率した方がいいよ」
「なぜですか?」
「そうしないと、この国は他国に滅ぼされる!」

 え? とハニィとジョニは驚愕する。
 ブラックは、「何だこいつは……」と苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「いきなり失礼じゃないか! 異世界人か何か知らないが、ハイランド王国は今までずっと平和なんだ! 私の軍隊を恐れて、他国は一度も攻めてこないんだぞ!」
「ふーん、たまたまじゃない? ここって島国だし」
「違う! この完璧な軍隊があるからだ!」

 突然ぃー!

 衛兵たちは、いきなり大声をあげて走り出す。
 たしかに、衛兵たちは軍隊化されている。だが、ヤマザキは、「あははは」と笑った。

「貴様、何がおかしい!!」
「だってバラバラじゃん」
「は?」
「ブラックさん、剣と槍はどっちが強い?」
「そんなもん……」

(あれ、どっちだっけ?)

 頭を悩ませながら、ブラックは答えた。 

「剣だ!」
「なぜ?」
「な……なぜなら盾が持てるし、槍の懐に入れば剣の方が有利だ!」
「ブー、答えは槍」
「は?」
「ここは戦場だ。集団の槍兵と集団の剣兵で考えるんだ」
「集団で……それなら槍か……」
「ああ、そうだ。おい、ハニィくん、ちょっと来てくれ」

 ハニィは、「何ですか?」とヤマザキに近づく。はぁ、はぁ、とまるで犬のように。
 すると、「ハニィくん、いいかい……」と耳元で囁かれた。ぞくぞくっと羽兜の奥で、顔が赤くなる。

(何を言われたんだ?)

 とブラックが疑問に思っていると、ハニィは衛兵たちに、ビシッと指さした。

「みんなー聞いてくれー! 剣、槍、弓、で別れて整列してくれー!」

 しばらくすると、きちっと衛兵たちが、槍兵、弓兵、剣兵と別々に隊列を組んだ。
 その光景がとても綺麗だったので、ハニィとジョニは、「わー!」と喜ぶ。
 ヤマザキは説明を始めた。

「このように武器別の集団にして攻めるんだ。それと、突撃ぃー! と大きな声を出すのもやめろ、敵に攻撃しますよーと教えているようなものだ。何か他の合図に変えて工夫するんだ、いいな? ハニィくん」

 は、はい……とハニィはつい返事をしてしまう。
 後ろでジョニが、ぱちぱちと泣きながら拍手している。
 ブラックは、ぎりりとヤマザキを睨んでいた。心の中は、自分の地位が落ちそうで心配だ。

(な、何んだこのおじさんは……ゆったりしてるくせに天才軍師じゃないか……私が考えもしなかった戦術を、ぽんぽん言いやがる……)

 すると、ヤマザキは一枚の紙を出した。
 通行許可証だ。
 これがあればアイラ地方で冒険ができる。
 それなら、とジョニが受け取った。

「私が代理で国印を押します! さあ、ハニィ様は演習を続けてくださーい!」
「俺も行くわ、じゃあな、ハニィくん」
「ところでヤマザキさん、娘が魔法学校で……」
「ほうほう……」

 まって~! ジョニ~、ヤマザキさーん! とハニィは泣きながら叫ぶのだった。
 
 
 ◉


 ここは街の出口。
 馬を用意していたヤマザキは、よっと飛び乗っていた。
 ぱんぱん、と馬の背中を叩いて、さあ、出発だ。
 と思っていたら、前方に可愛らしいピンク髪の狩人が立っている。
 弓を背中に装備したデュワーズが、むすっと頬を膨らましていた。

「一人で行くなんて、ずるい!」
「ちっ、バレたか……」

 ぴょん、と馬に飛び乗るデュワーズ。
 ヤマザキの腰に、ぎゅっと手をまわした。

「今日はありがとう……学校に来てくれて」
「ああ、まぁ、モンキーショルダー先生に会いたかったからな」
「モンキー先生? 話したの?」
「うん、ちょっとね」
「何を話したの? 教えてよ」
「秘密……楽しみは、とっておいた方がいいだろ?」

 なんだよそれ、とデュワーズはおでこをヤマザキの背中に当てた。

「おじさんのバカ……」
「うん、バカだよ……」

 しばらく無言が続き、モーレンンジの深い森を超え、山道を超え、ひとつ村を素通りすると、大きな神殿が見えてきた。
 整然とした庭は、まるで美術館のようで、若い聖職者たちが、せっせと掃除をしている。
 デュワーズは、すぅーと深呼吸した。
 標高が高いせいだろう。景色が綺麗に見えて、とても空気が澄んでいる。

「アイラ神殿だ……久しぶりお参りに来るなぁ」
「二十年前か?」

 ヤマザキの質問に、「バカ」と答えるデュワーズ。
 先に馬から降りて、うーんと背伸びをする。

「まだぼくは生まれてないってば」
「二十年前は、ちょうど俺がデュワーズの年齢だ」

 デュワーズは想像した。
 ぽわわん、とヤマザキの顔のままの子ども姿を。

「あははは、おじさんが子どもとかありえないや」
「いや、誰でも昔は子どもだ。そして、俺の子どものときに比べれば、デュワーズはとても良い子だ。自信を持っていい」
「え、そう?」
「ああ、そんな良い子には俺からご褒美がある!」
「なになに?」
「神殿を通って、立入禁止エリアの冒険ができるのさ!」

 馬から降りたヤマザキは、ばっと通行証を広げて見せた。
 それを見たデュワーズは、目の色を変える。
 
「そ、それは!」
「ああ、これがあればアイラ地方の冒険ができる」
「きゃぁぁあああ!」

 デュワーズは、嬉しい叫び声をあげた。
 ふふん、とヤマザキは鼻をかく。
 
(やっと笑うようになったな、デュワーズ)

 そう思いながら神殿に入った。
 煌めくステンドグラス、宙を舞う光の粒子、しんと静けさの中、こつ、こつと足音だけが響く。
 奥に大きな扉があり、聖職者だろうか、白い衣装の老人が立っている。タリスカーよりも髭が長い。

「アイラ神殿にようこそ」
「扉を開けてくれ、これでいいだろ?」

 聖職者は、「どれ」とヤマザキの持っている通行証を確認した。

「おお! これはハニィ王子の国印!?」
「ふふん、通してくれ」
「こちらです」

 聖職者は大きな扉は開けず、神殿の奥へと案内する。

「おい、どこにいく? 扉はここに」
「こちらです……」

 不思議に思い、デュワーズは質問した。

「あの扉じゃないの?」
「はい、あちらはフェイク、つまり偽物です。開けても鬱蒼とした森しかありません。凶悪な魔物はいますが……」

 妖精乱獲の防止策か? とヤマザキ。
 いいえ、と聖職者は返事をする。

「あちらは修行者向き、と言ってください」
「いいね、生きて帰ってこれたらレベルアップか」
「ふふふ、そうそう、国印を偽造する冒険者が後を立ちませんので……」
「あはは、あんた悪い性格してるよ」

 ふふふ、と不敵な笑みを浮かべる聖職者。
 ヤマザキのことを、じっと見つめている。

「申し遅れました。私はアイラ神殿の教皇バスカーです」
「教皇だったのか……俺はヤマザキ、もう気づいていると思うが、異世界人だ」
 
 いや、気づくわけないし……とバスカーは、「ふふふ」と笑いながら歩く。

「ささ、この扉から入ってください」

 バスカーが示した扉は、とても小さかった。ヤマザキたちが通るには、四つんばいになるしかない。
 いわゆる、はいはい、だ。
 しかたなく、二人とも両手と両ひざを地につけて、さあ出発!
 ちょっと笑っているバスカーは、ぎぃぃと扉を開けた。

「ヤマザキさん、赤ちゃんみたーい」
「……」
「はいはい、できまちゅか~?」
「うるさい、速くいけ!」

 はーい、と前を進むデュワーズのお尻が、ぷりぷりと動く。意外と大きい。
 とても前を向いて進めないヤマザキだった。
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