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勇者召喚編

6 木材粘土の杖

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「いけない! また割れちゃったわ~」

 ここは異世界のレストラン・はらぺこ食堂。
 給仕の女性プルトニーが手を滑らし、皿を割ってしまった。
 皿は陶器なので、床に散らばった破片を片付けなくてはならない。
 当然、指を切る危険だってある。
 
「いったーい!」

 プルトニーの可憐な指が出血してしまう。
 するとヤマザキがポーションを持ってきた。道具屋タリスカーで買ったもので、傷の回復に抜群の効果がある。

「ほらプルトニー、怪我を見せて」
「あ、ヤマザキさん……」

 綺麗になった指を見つめたプルトニーは、ニコッと笑う。美しい女性だ。
 ヤマザキは粉々になった皿を掃除している。そんな彼の優しさに、プルトニーの心は和んだ。
 
「ありがとう、ヤマザキさん……」
「いいっていいって、だがそれより、皿を木製にした方がいいな。できたらプレートにして楽に配膳できるようにしたい……」
「木製のプレート? ヤマザキさん、木で食器を作るつもり?」

 ああ、とヤマザキは答えた。
 すると厨房の奥から、「がははは」と大きな笑い声が響く。野菜を炒める店主ターキーだ。

「木材の加工はめんどくせぇぞ! 土や石を焼いて食器を作った方が簡単だ。商店街にいけば買えるし」
「いや、俺の国では木製食器で食べてたよ……」
「なんだと?」
「ターキーさん! ちょっと作ってくるよ」
「がははは! まぁ、期待しないで待ってるぜ」

 ターキーの笑い声が店中に響く。
 プルトニーは、「大丈夫かしら?」と心配そうな目でヤマザキを見つめていた。


 ◉


「ってことで、木材で食器を作りたいんだが……魔導具で何とかならないか?」

 ここは異世界の道具屋。
 椅子に座る老人タリスカーは、「ううむ……」と考えてから答えた。

「魔導具の基本的な仕組みは、魔石と魔物の素材の融合じゃ」
「融合……例えば?」
「この前に作ったフレイムスロワは火の魔石とファイヤバードの素材の融合じゃった。おそらく木材を扱う魔導具なら……土の魔石は必要じゃろうな」

 ふーん、とヤマザキは納得した。
 彼の目線は倉庫に向いている。

「土の魔石はある?」
「たしか……二、三個あったような……って使うきか?」
「お願い! 食材を持ってくるから!」
「うーむ、デュワーズも育ち盛りじゃからのう……わかった! そのかわりベーコンとチーズを頼むぞ」
「わかった」

 強く握手を交わすヤマザキとタリスカー。
 するとそこへ、ガチャと道具屋の扉を開けて少女が現れた。
 魔法学校の制服を着たデュワーズだ。
 
「ただいまー!」

 おかえり、とタリスカーとヤマザキは笑顔で迎えた。
 デュワーズは手洗いとうがいをして、お菓子に食らいつく。まるで猫のように。
 ヤマザキが食堂から持ってきたクッキーだ。うまい、とデュワーズは喜んでいる。

「何の話しをしてたの? もぐもぐ」
「木で食器を作りたいんだ。何か魔導具の素材になりそうな魔物っていない?」

 うーん、とデュワーズは考えてから答えた。お菓子が口にまわりについてて可愛い。

「ネロピーなんてどう? 木の魔物だよ」
「ネロピー? どこにいる?」
「森にいるよ。冬が終わった今の季節ならモーレンジの森にいると思う」
「よし、狩りに行ってくるわ」

 鞄を背負ったヤマザキは、ひとりで道具屋から出ていった。
 お菓子をぼりぼり食べていたデュワーズだったが、急いで着替え、

「待ってよー!」

 と叫んで道具屋を飛び出していく。
 タリスカーは、「ふぉふぉふぉ」と優しく笑っていた。


 ◉


「なんでついて来るんだよ?」
「おじさん、どうせ馬に乗れないでしょ? モーレンジの森は遠いからね~ぼくが乗せてあげるよ」

 ふふふ、と不敵な笑みを浮かべるヤマザキ。
 手にはウマタビを持っていた。

「見てろよ、デュワーズ……」

 さささ、と草むらに隠れたヤマザキは、一匹の馬へと近づいていく。
 そして、そっとウマタビを出した。
 パクッと馬は美味しそうに食らいつく。
 その隙にヤマザキは馬の背中をなでて、見事、仲良くなることに成功した。
 ここまでは今まで通りだ。
 デュワーズが驚いたのは、この後だった。
 ヤマザキは鞄から縄を取り出すと、馬の顔や胴体に巻きつけていく。
 それらは馬具でいうと、あぶみ、おもがい、くつわ、たづな、の役割であった。
 馬に飛び乗ったヤマザキは、あぶみに足を乗せ、たづなを使って馬を移動させていく。
 デュワーズは、見たことがない馬具に驚愕していた。

「すごいね!」
「ふふふ、もうひとりで乗れるもんね」
「ぼくも乗せて!」

 デュワーズは、ぴょんとヤマザキの後ろに飛び乗った。
 身のこなしが素早かったので、ヤマザキは拒否することができない。
 ぎゅっと腰に手をまわされ、優しい気持ちになり、無言になってしまう。
 
「……」
「だめ?」
「いいよ、べつに……そのかわりモーレンジの森を案内しろよな」
 
 うん、とデュワーズは強くヤマザキの背中に抱きつくのであった。


 ◉


「ここがモーレンジの森だよ」

 デュワーズが指さす方には、光の入らない深い森がある。
 太陽は西に傾きつつあり、はやく木の魔物ネロピーを狩って帰りたいところであった。
 馬のたづなを木にかけたヤマザキは、デュワーズとともに森の中に入っていく。
 ふと気づくとここは異世界の森だ。
 ヤマザキは、現実的に考えるようになっていた。

(ネロピーってどんな魔物なんだろう……)

 その様子に察したデュワーズが、ニンマリと笑う。
 
「おじさん、もしかして怖いの?」
「怖くねぇよ……ただネロピーってどんな魔物かなって思ってさ」
「ああ、強いよ」

 クールに答えるデュワーズ。
 そうだった。この道具屋の看板娘は戦闘になると、性格が非情になるのだった。 
 
「おじさん、どうやってネロピーを倒すつもりだったの?」
「え? バリアバンクルの跳ね返りで何とか倒せるかと……」
「甘い! 甘いよ、おじさん! バリアバンクルだって魔導具なんだよ、いつか魔石の力が衰えて、使えなくなるかもしれない。その時に攻撃されてみなよ。おじさん死んじゃうよ?」

 
(死……)

 寒気が背中に走った。
 ヤマザキはバリアバンクルを見つめ、こいつに頼ってばかりじゃダメだな、と思った。
 
「まぁ、今回はぼくにまかせてよ。ネロピーは群れると厄介だけど、単体なら大丈夫だから」
「……デュワーズ、すまん、おれ異世界に来て調子にのってた……もっと修行して強くなるよ」
「うん、期待してる」 

 ニコッとデュワーズが笑った。
 するとその時、ガサガサと森の奥がざわめいている。
 ゆっくりと近づいていくと、一本の木があった。
 その木には顔があり、盛り上がった葉っぱが頭、枝は手のように伸びている。

「あれが木の魔物ネロピーだよ」
「……こわ」
 
 ゴゴゴゴゴ

 根が足なのだろう。
 無数にうごめき、ネロピーは移動していく。
 尾行してみると、ネロピーの集団がいた。
 それらは枝を変形させていた。
 まるで粘土のように、ぐにゃりと曲がり、やがて一枚の無垢板が完成する。
 何枚も、何枚も、ネロピーの集団はそれを作っていた。

「なにをやってるんだ?」
「さあ……」
「おい、デュワーズ、あっちから何かくるぞ!?」
「げ……オーク」

 巨大な鬼の魔物が、ネロピーの集団に話しけている。
 何やら指示を出しているようだ。
 ネロピーたちは、「ギギギ!」と鳴くと、ちりじりになって離れていく。
 オークは積まれた無垢材を持ち上げると、どこかへ運んでいった。
 
「おじさん……ちょっとオークの動きが気になるから追いかけよう」
「ああ」

 デュワーズとヤマザキは、慎重に隠れながらオークを尾行する。
 そしてオークがたどり着いた場所には、なんと家が建っていた。
 広場もあり、子どもオークが遊び、雌オークが干していた洗濯を回収している。
 雄オークは、トンタンと家を作ったり、グツグツと料理を煮込んでいた。
 ふつうに、ここで生活しているようだ。
 
「ここ、魔物の巣窟だよ」
「まじか……じゃあ、ネロピーはこいつらのために木材を作っていたんだな」
「そういうことだね」
「そっか、そっか、ネロピーで魔導具を作れば家も建てれるのか……夢が膨らむなぁ」
「あはは、おじさん、また子どもみたいに笑ってる」
「うるせぇ、とっととネロピーを狩って帰ろうぜ」
「そうだね、オークたちに捕まったら食べられちゃうよ」

 こわっ、とヤマザキは身震いする。

(やっぱり怖いんじゃん……)

 とデュワーズは思った。
 そして二人は、単体のネロピーを発見すると、遠くからデュワーズが弓を放つ。
 見事、ネロピーの顔面に当たった。
 ドダッと倒れたネロピーの枝を、ヤマザキはダガーを振って切断した。
 いい枝が取れた。
 にょろにょろと動いて気持ちが悪いが、魔導具を作るためだ、我慢して運ぶしかない。
 ついでに森に落ちている木を何本か拾って鞄にしまうと、二人は森を抜けて馬に乗り、道具屋へと戻っていくのだった。


 ◉


「うふふ、木の食器って温もりがあるわね~」

 ここは異世界のレストラン・はらぺこ食堂。
 給仕の女性プルトニーは、ヤマザキが作ってくれた木の食器を手にとって眺めていた。
 ヤマザキの手には杖がある。
 ネロピーの枝と土の魔石を融合させた魔導具・木材粘土の杖だ。

「えい!」

 ヤマザキは、森で拾ってきた枝に杖をかざした。
 すると不思議なことに木材は粘土のように、ぐにゃりと好きな形に変えることができたのだ。
 ヤマザキは、皿の他にプレートも作った。
 パスタ、サラダ、スープのみっつが乗せることができるプレートだ。
 これには店主ターキーも喜んだ。

「すっげーな! さすがヤマザキさんだぜ!」
「いやあ、タリスカーとデュワーズのおかげだよ」
「謙虚だなヤマザキさん……あ、そうだ、木の食器にはミツロウを塗るといいぞ」

 ターキーは厨房の奥から瓶をもってきた。
 なかには、トロッとした液体が入っている。
 
「植物油とハチミツをまぜたものだ。机や椅子に塗ってるものだが、食器にも使えるだろうよ」
「コーティングってわけか、よし、みんなで塗ろう」

 ぬりぬり、とターキー、ヤマザキ、プルトニーの三人は仲良く作業するのだった。
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