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勇者召喚編
5 フレイムスロワ
しおりを挟む「おじさん、こうやってウママと仲良くなるんだよ」
ウママ、というのは馬のことだ。
草むらに腰を落とし隠れているデュワーズの手には、例の怪しい植物がある。同じくヤマザキも草の中にいた。
「その植物ってなんだ?」
「ウマタビだよ。ウママに食べさせると乗せてくれるんだ」
まじか、とヤマザキは驚いた。
デュワーズは、そっと草むらから手を出す。
馬がウマタビに気づいた。
そして、むしゃむしゃと食べる。夢中になっているから、デュワーズが背中をなでてもまったく気にしていない。
ブヒヒ~ン!
もう仲良くなっているようだ。
デュワーズは馬に乗った。
「さあ、おじさんもこれでウママと仲良くなって」
ウマタビを渡されたヤマザキ。
草むらを散策し、一匹だけ離れている馬を見つけた。
慎重に近寄り、ウマタビを食べさせることに成功する。
「やった!」
毛並みをなでてやると、ブヒヒンと鳴いた。仲良くなれたようだ。
「よっこいしょういち!」
ヤマザキは馬に乗ってみた。
だが、どうやって動かせばいいか分からない。
「……」
「おじさん、ウママに乗ったことないの?」
「ああ」
「うっそー!? じゃあ異世界の人ってどうやって旅をしてるの?」
「車だ」
「くるま? なにそれ?」
「魔導具みたいなものだ」
「そうなんだ……じゃあ、ヤマザキさん作ってよ」
ああ、とヤマザキは答えた。
そして、馬を操ろうと毛並みを強く握ったり、前後に身体を動かした。
ブヒヒヒ!
ダメだった。
ヤマザキは落馬して地面に転がる。
「いててて……くっそ~悔しいな……」
そのあとも何回も乗馬にチャレンジするが、なかなか上手くいかない。
デュワーズは呆れていた。
「ねぇ~、もうぼくの後ろに乗りなよ」
「誰がガキの後ろなんかに……」
「すぐにウママに乗れる人なんて見たことないよ? モンキーショルダー先生じゃあるまいし」
「誰だそれ?」
「ぼくの担任の先生だよ。魔物や動物を操ることができるの」
「……ぬぁぁ、くっそー!」
どってーん!
ヤマザキはまた落馬した。
当たり前だ。くら、あぶみ、たづな、といった馬具がないのだ。素人がいきなり馬に乗れるわけがない。
それに異世界の馬はデカい。
頭には尖ったツノ、尻尾には刃までついている。とても危険な動物なのだ。
「すまん……乗せてくれ……」
「え? ちゃんと頼んでよ」
「デュワーズ、のせてください……」
「んもう、しょうがないなぁ~」
「……ぐっ」
悔しがりながらヤマザキは、ニヤつくデュワーズの馬に乗せてもらった。
「ほら、ぼくの身体に手を回して」
「……こうか?」
「だめ、そんなんじゃ落ちちゃう。もっと後ろから抱きしめるように、ぎゅっとして」
「……くっ」
ヤマザキは仕方なくデュワーズの腰に手を回す。
女の子特有の柔らかい感触、それに甘い香りが鼻をくすぐる。
(これじゃあ、俺が女みたいだ……くそっ)
「おいデュワーズ、はやく走れよ!」
「うふふ、わかってるよ、ちょっと楽しんでただけ」
「はい?」
あははは、とデュワーズは笑いながら馬を走らせた。
◉
「さあ、着いたよ。ここで火の魔石が採取できるんだ」
「ほう……暑いな」
デュワーズとヤマザキは馬から降りた。
ここは鉱山地帯。
遠くにはマグマの噴火が見える。あたりは人工的に掘り出された形跡があり、四角い石が積み重なっていた。
「魔石以外にも鉄や銅が取れるんだ」
物知りなデュワーズは歩きながら説明をする。祖父のタリスカーが言ったように、優秀な狩人のようだ。
(若くて可愛いのに冒険者として自立しているな……)
ふーん、とヤマザキは感心しつつ首を振って周辺を調べた。
「俺たちしかいないみたいだな」
「やだ、おじさん、変なこと考えてる?」
「考えてねぇよ!! 他に冒険者がいないなってことだ」
「そうだね、鉱山地帯にはファイヤバードが住み着くようになったから」
「ファイヤーバード? 師匠が捕獲しろと言ってたやつか?」
「そうだよ。ファイヤーバードは外来種でさ、ハイランド王国の冒険者レベルじゃあ、とても勝てない強い魔物だよ」
ふーん、と話を聞いているヤマザキ。
すると鉱山の奥から、「きゃぁぁああ!」と叫び声があがった。
「なんだ?」
「あーあ、無謀な冒険者がいたみたい」
デュワーズの言う通りだった。
先を進むと冒険者たちが無数の赤い鳥に襲われている。
「あれがファイヤーバードか」
「うん、火を吐くから気をつけ……」
ボワー!
くちばしからの火炎放射だ。
ヤマザキはファイヤーバードの攻撃をうけた。
しかしバリアバンクルの効果が発動。火は跳ね返り、ファイヤバードを飲み込む。
グガァァァァ!!
ファイヤーバードは名前負けをしていた。火だるまになって灰になる。
その光景を見ていた冒険者たちは、
「すごっ!」
「あのおじさんやばいっす!」
「イケオジすぎるわ~」
と言ってヤマザキの後ろに隠れる。
女性の冒険者は、ぎゅっとヤマザキの腕を握っていた。
デュワーズは、むっとする。気に入らないようだ。
「ねぇ、あんたたちレベルいくつ? おじさんから離れて!」
びくっと姿勢を正す冒険者たちは、恥ずかしそうに答えた。
「6です」
「7っす」
「5よ」
低すぎっ! とデュワーズは怒った。
「レベル20以上ないとファイヤーバードは倒せないよ!」
はい~、と答えた冒険者たちは鉱山から去っていく。
やれやれ、とデュワーズは肩をすくめた。
「まったく、こんなだからハイランド王国は弱いままなんだよ」
「何なんだあいつら?」
「魔石が狙いの冒険者だよ。魔石は高価で売れるから」
「ふーん、でもファイヤーバードのおかげで乱獲されなくていいな」
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ファイヤーバードに見つからないよう慎重に動いている。
「おじいちゃんもそう言ってた。ファイヤーバードは守神だってさ」
「だけど捕獲するんだろ?」
「うん、魔石を採取したあとにね」
デュワーズは素早かった。
岩陰や積まれた採石に隠れながら移動していく。まるで忍者のような身のこなし。
(すげぇ……)
彼女と離れないようにヤマザキも同じ進路を選ぶ。
かなり鉱山の奥の方まできた。
ファイヤバードが入れない場所に、赤い色をした輝く石を発見。
火の魔石だ。
デュワーズは金槌を持って採掘する。
キンキン、と手早く二つの火の魔石をゲットした。
それを鞄に入れ、親指を立ててヤマザキに合図する。
「よし、あとはファイヤバードだね」
「どうやって捕獲するんだ?」
「これを使うよ」
デュワーズは鞄からりんごを取り出した。
(赤い鳥だから赤い果物が好きなのか?)
疑問に思うヤマザキ。
デュワーズは綺麗な採石を見つけると、その上にりんごを置いて、その場から離れ、岩場に身を隠した。
しばらくすると、一匹のファイヤーバードが空から降りてきて、りんごを食べ始める。
「……」
デュワーズは無言で弓を引く。
その横顔があまりにも綺麗で、思わずヤマザキは目を奪われた。
シュッ!
見事、弓矢がファイヤーバードに命中。心臓を突いたようだ。叫び声もあげず、ドサッと岩の上に倒れた。
(弓矢の天才か……100メートル以上の距離はあるぞ……)
「やった!」
喜ぶデュワーズはすぐに駆け寄り、ファイヤーバードを縄で縛る。
鳥の体重は軽い。
デュワーズは自分よりも大きなファイヤーバードを、「んしょ」と両手で持ち上げるとヤマザキに、「持ってよ」と渡した。
(ワイルドな娘だな)
クスッと笑うヤマザキはファイヤーバードを背中に担ぐと、またデュワーズの後ろを歩いて鉱山から出た。
そして馬に乗り、街へと戻る。
◉
「師匠ただいま」
「おじいちゃーん」
ふたりが道具屋に帰ってくると、老人タリスカーは椅子に座って、「グガガ……」と気持ちよさそうに寝ていた。
デュワーズは、ニヤッと笑う。イタズラするつもりだ。
「ポーションくださーい!」
デカくて低い声を出すデュワーズ。
男のつもりだろうが、可愛い。
ビクッと反応したタリスカーは、「まいどあり!」と叫んで立ち上がった。
「……なんじゃ、デュワーズか!」
「あははは、おじいちゃんただいま」
「びっくらこいた……それより魔石とファイヤーバードは手に入ったか?」
もちろん、とデュワーズは答えた。
ドンッ! と机に戦利品を置く。
タリスカーは目を輝かせた。
「さすがわしの孫じゃ!」
「えっへん」
「よし、さっそく魔石を磨くぞ、ヤマザキさん手伝ってくれ」
おう、とヤマザキは指示に従う。
タリスカーに魔石の研ぎ方を教えてもらい、見事、きらきらと赤い輝きを放つ火の魔石を手に入れた。
「そいつをコンロにつけるんじゃ」
「わかった」
ガチャ、と装着。
ボタンを押せば、ごうごうと火が出た。これで修理は完了だ。
ヤマザキは礼を言って道具屋を後にしようとしたが、ファイヤーバードの存在が気になってしょうがない。
「それ、どうするんだ?」
「魔導具を作るんじゃ」
「おお! どんな魔導具だ?」
「いっしょに作ってみるか、ヤマザキさん」
おう、とヤマザキは即答する。
タリスカーは「がはは」と笑うとダガーを手にしてファイヤーバードの解体を始めた。
羽をむしり、皮を剥ぐ。
タリスカーの解体を教えてもらうヤマザキ。
心は少年に戻っていた。
生まれて初めて生き物の解体を学ぶヤマザキは、夢中でタリスカーの動きを見つめている。
(仕事は目で盗めって会社で言われていたな……)
タリスカーの欲しいものはファイヤーバードの胃袋と気管だった。
それらは袋とホース。そのような見た目だ。
「こいつの胃袋は特殊でな、吸い込んだ空気を燃えるガスに変える効果があるんじゃ、で、銃口に火の魔石を接続して、燃料タンクにも穴をあけてっと……おーいデュワーズ! 倉庫から風の魔石をひとつ持って来てくれー」
「はーい」
しばらくすると緑色の魔石を持ってきた。
ヤマザキは唖然とした。
「なんだ、魔石あるじゃないか」
「王国の言いなりにはならん……わしは戦うと決めたんじゃ」
闘志を燃やすタリスカーは、カンカンと熱くなった鉄を叩く。
ヤマザキも鉄を叩いてみたが、なかなか上手くいかなかった。
炉が暑くて汗が噴き出す。金槌の重さで手も震える。
それでもなんとか魔導具は完成した。
「フレイムスロワじゃ!」
「おお! かっけー!」
「そうじゃろう、これで衛兵を撃退するんじゃ! デュワーズは絶対にわたさん!」
デュワーズは、「おじいちゃん……」と感動していた。
ヤマザキは家族の愛を見つけた気がして微笑んでいる。
もうこれ以上ここにいるのは野暮だとも思った。
「じゃあ、またな」
「うん、絶対また来てね、おじさん!」
「ヤマザキさん、もっと魔導具が作りたかったら、うちで働くか?」
最高の誘いだ。
ヤマザキは身を乗り出して、「お願いします!」と即答した。
「午後から働きに来てもいいか? 朝は畑、昼はレストランの仕事をしてるんだ」
「働き者じゃな、うちはいつでもいいぞ」
「ありがとう、それじゃ!」
ヤマザキは満面の笑みで手を振った。
道具屋の老人タリスカーと少女デュワーズ。
ヤマザキはこの出会いに感謝しながら外に出ていった。
◉
その日の夜は、星空が綺麗だった。
服を脱いだデュワーズは、お風呂場に入った。
ちょうどその時、招かざる客がくる。モヒカンの衛兵が、部下をつれてまたやって来たのだ。
「ちくしょう! こうなったらデュワーズを誘拐しよう」
「でも大丈夫か? 攻撃を跳ね返す男がまだいるんじゃ?」
「びくびくするな! それでも衛兵かよ!」
衛兵たちは道具屋の裏に回った。
窓には女性のシルエットが映っている。
「ふんふーん♪」
ご機嫌な鼻歌が響く。
道具屋の看板娘は入浴中で、熱いシャワーを浴びているようだ。
衛兵たちは、ドキドキしていた。
頭の中はデュワーズの裸でいっぱい。欲望のまま、そっとモヒカンの手が窓に伸びる。その時だった!
ボワー!
炎が噴射されてモヒカンの頭の毛が、チリチリと燃えた。
タリスカーがフレイムスロワで攻撃していたのだ。
「ふぇ……!?」
「おい、頭、頭!」
「ないぞ!」
モヒカンは頭を触る。
自慢の毛が燃え尽きていることに気づき、「うわー!」と泣き叫んで逃げていく。仲間たちもそれに続いた。
「ざまぁみろじゃ!」
勇ましいタリスカーは、カチャと武器を肩にかけると道具屋に戻っていく。
「なんだ?」
物音に気づいたデュワーズは、サッと窓を開ける。
すると一匹の猫が、「ニャー」と鳴いていたので、ほっと落ちつく。
「なんだニャッピーか……」
月が綺麗な夜だった。
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