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愛はそして氾濫する

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アイリスのターン、再び。
途中、シランの一人称視点に切り替わります。

ーーーーーーーーーーー

 完全にやらかしてしまった。あたしは激しく後悔を募らせるが、もう手遅れかもしれない。
 今朝からシランが露骨にあたしを避けている。それをひしひしと感じ取れてしまう。というか、目も合わせてくれない。
 あんなに気さくに、全幅の信頼を寄せて接してくれていた親友は、明らかにあたしに怯えている。

 あたしが全面的に悪かった。土下座だって何度でもする。だからキャメリアの背中に密着して隠れるのだけはやめてほしい。
 シランが一番に頼り、誰よりも距離感が近い相手は、あたしだったはずなんだ。

「頼むよ、あたしと目くらいは合わせてくれよぉ。こんなの辛すぎるって……」
「ひっ…………」
「あのシランさんがここまで怯え続けるなんて、あのとき本当に何をしてましたの? まさか、やはり一線を……」
「ぐすんっ…………」
「違う違うっ! それはまだ超えてねぇって!」

 どうか理解してほしい。あたしだって、まさかあんなことになるとは思ってなかったんだ。




 
 時間は少し遡る。

 正直、最近のあたしは前にも増して焦っていた。なにせ、シランの周りがどんどんと物騒になっていくのだ。
 もともとリリーについては、警戒すべき危険な獣だと理解していたつもりだ。だけど、そのリリーさえ何とかすれば、シランのことは守り切れるはずだと思っていた。

 結果として、あたしの考えはあまりにも甘かったらしい。
 最近やたらとシランに付きまとっているアネモネという女は、何を考えているのか分からなくて不気味だ。それからもうひとり。何かとシランを生徒会室に連れ込もうとする会長も、リリーとは別の方向で危険な臭いがぷんぷんする。

 あたしの焦りが最高潮に達したのは、先日のアフタヌーンティーだ。 
 無理やり混ざってくるだなんて、あいつら遠慮というものを知らないのだろうか。挙句、あたしの目の前でシランに餌付けしようとか、いい度胸してやがる。ふざけんな。
 なのにシランときたら、よりにもよって会長の膝の上で餌に食いつき、すっかり絆されているではないか。
 あたしの脳内で警報が鳴り響き、早く手を打ってどうにかしなければ、という思いが渦巻いていた。

 シランを寮室に誘ったのは、それから一週間後だった。

 その日のあたしは、シランと二人だけの時間を確保して、最近不足していたシランとの交友を深めようと考えていた。
 そのために、前日は学院を抜け出して街へ出かけ、限定数食しか販売されないと話題のエッグタルトを買っておいた。甘いものに目がないシランを誘うには最適なアイテムだ。
 普段は中性的な雰囲気を纏わせているシランだが、甘いものを口に入れているときには、年相応の女の子らしい姿を見せる。眺めているこっちまで幸せになる可愛さなんだぞ。
 だから、あいつらみたいに下心があったり、負けじと餌付けしようなどと考えていたわけではない。ないつもりだった……

「なあ、午後は授業さぼってあたしの寮室に来ないか? ここだけの話、あのエッグタルトが手に入ったんだ」
「……! いいね、最高」



 目を輝かせたシランから同意を勝ち取り、予定していた通りに寮室へ招き入れた。
 まだ授業中のため、寮は静まり返っている。だからだろうか、あたしの心臓の音が煩く耳に響く。

 ふとシランの方へ目線を持っていくと、彼女はあたしがいつも寝ているベッドに腰を下ろしていた。ますます心臓が騒ぎ出す。
 エッグタルトの登場を待ち遠しそうにしながら、ぶらぶらと脚を揺らしている。まじ可愛い。天使かよ。スイーツなんかより、このままシランを舐め回……いやいや、それはダメだ。リリーじゃあるまいし。あ、でも、撫で回すくらいなら……

 あたしはゆっくりとシランの正面に立つ。

「どう、したの?」

 その表情は破壊力ぱねぇ……
 他人の布団の上で不思議そうに首をかしげるシラン。警戒心なんて1ミリも抱いていない様子で、それを見たあたしの中で何かが爆発しようとしている。
 気がついたときには、シランをベッドに押し倒していた。

「え? え……?」
「大丈夫、大丈夫だシラン」
「な、何が大丈夫……?」
 
 さすがのシランも、戸惑いの表情を浮かべ始めた。だけど、もう遅い。そのとき、既にあたしの理性は宇宙の彼方まで飛び去っていたのだから。
 本能に身を任せてシランをゆっくりと撫で始め……やがて、あたしの指はありとあらゆる部分を撫で回すべく、奔走していた。




 
「なあ、午後は授業さぼってあたしの寮室に来ないか? ここだけの話、あのエッグタルトが手に入ったんだ」

 どうやらアイリスが、街で話題のあのスイーツを手に入れたらしい。
 無断外出禁止のこの学院で、どうやってそれを入手したのか。そんな野暮なことは、もちろん訊かない。ボクたちは悪友なのだ。当然、アイリスのサボタージュにも付き合おうじゃないか。

「……! いいね、最高」



 招き入れられたアイリスの寮室、正確にはアイリスとキャメリアの寮室は、けっこう綺麗に整理されてた。
 よく考えたら女の子の部屋に足を踏み入れている状況なわけで、意識的には数カ月前まで男だった身として、ここはドキドキすべきなんだろうけど……ぶっちゃけアイリスのことはすっかり悪友と認識しているので、性別とか関係ない。そもそも、リリーとも同室で生活しているんだし、今更すぎるね。

 そんなことよりエッグタルトだ。神の領域に達したとまで噂されるそれは、果たしてどんな味なんだろうか。などと考えながら期待に心を躍らせていたら、突然アイリスに押し倒された。んん?

「え? え……?」
「大丈夫、大丈夫だシラン」
「な、何が大丈夫……?」

 予想外の事態すぎて、アイリスの悪ふざけに上手く反応することができない。リリー相手だったら叫んでいたかもしれないが、アイリスがこの手の悪ふざけをするとは驚きだ。

 ……あれ? もしかしてこれ、悪ふざけなんかじゃない? アイリスの目を見たボクは、ようやく何かがおかしいことに気づいた。
 その目は明らかに正気じゃない。こんなアイリス、ボクは知らない。

「や、やめっ……」

 アイリスは、無遠慮にボクの身体を撫で回し始めた。くすぐったさに思わず声を漏らすと、アイリスの手つきはますます激しさを増していく。
 リリーのスキンシップは変態的すぎていつも引いてしまうけど、今のアイリスは別のベクトルでヤバい。これ、ガチだ。
 
 うにゃ?!
 って、そこは撫でちゃダメだろう!?
 
 恥ずかしさやら、知らない感覚やら、あらゆるものが一気に込み上げてきて……
 ボクの意識はフェードアウトした。




 
「きゅうぅ……」

 そんな音が聞こえ、ふと正気へ戻ったとき、あたしの下には目を回して気絶しているシランがいた。
 これ、もしかしなくてもやってしまったんじゃ……高揚していた頭の中が、一転して氷点下まで冷え込んでいく。
 そのとき、寮室の扉が開く音がした。

「えっと……これはどういう状況なのかしら? アイリスさん」
 
 この世の終わりを目にしたような表情を浮かべ、そこにキャメリアが立っていた。
 


ーーーーーーーーーーー

 

悪役令嬢「お巡りさん、こっちです」

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