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しおりを挟む一九七◯年頃。昭和の時代。
今のようなスマートフォンはなく、携帯電話さえなかった時代。
遠方にいる人との連絡手段は専ら手紙の……今では考えられない時代。
3月上旬。
桜の開花を控え、世間は新年度へ向けての準備に追われていた。新しい出会いが始まるであろう4月を見据え、美しく咲こうとする桜のように期待と興奮が混じり合う。
しかし、全てがそうではない。
楽しいだけの、明るいだけの世界ではない。
出会いがあるということは必然として……別れの季節でも、あるのだから。
※
その美術室は静寂に包まれていた。
中学校の卒業式を終え、卒業生が思い思いの気持ちを胸に帰路へ着く。そんな中、薄暗い灯りが室内を照らしていて。多くの絵画が飾られ、彫刻品が無造作に置かれている。歴代美術部員の思い出の数々が静かに眠っている空間だ。
そこに、一組の男女が向かい合っていた。
一人は、茶色の髪を持つ、子犬のような女性。
名は桜坂光。
ふんわりと浮く茶髪は軽やかに揺れ、彼女の目元にそっとかかる。その柔らかな質感は見るだけでわかる、思わず触りたくなるような不思議な髪質だ。
桜坂の大きな瞳は澄んだ空のように輝いている。その内に宿る暖かい優しさは、彼女の心を映し出しているようだ。秘められた強さと思いやりが伝わってきて、周囲を優しい笑顔で包み込む魅力もある。
しかし、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
震える手を握りしめながら、懸命に口を動かす。
「遠距離でも、私と麗ならできるよ。きっとできる」
「……」
対するもう一人は、黒艶な髪を持つ、猫のような男性。
名を雪宮麗。
その外見はまるで猫のような優雅さを感じさせる。細長い顔に終始落ち着いた佇まいは、知性と大人な魅力を漂わせる。
窓から吹く風に優雅に揺れる黒髪は、何者にも束縛されぬ自由さを感じさせる。
雪宮の顔は細く、鋭い輪郭と整った顔立ちが特徴的である。
その眼差しは静かで、凛とした長身の風格もあり孤高の雰囲気を漂わせる。謎めいた魅力と優雅さを持つ、大人顔負けの美男子のそれである。
麗は静かに光を見つめていた。
しばし二人は無言のまま見つめ合い、少しずつ近寄っていく。
少し遠慮がちで、されど求めるように手を繋ぎ……口付けを交わした。
「……んっ……」
桜坂光と雪宮麗の関係は、最後のキスとともに別れの時を迎えていた。
雪宮麗の親が北海道へ転勤するため、家族皆でここ福岡県を離れるからだ。
どれだけ離れようとも二人の想いは変わらない。けれど、これだけ離れてしまえば、いつか想いの熱が冷えていくかもしれない。
桜坂光は何度も遠距離恋愛を提案した。
しかし、雪宮麗は優しく、けれど寂しそうな表情で──
「遠距離恋愛は続かない」
と告げた。
それが別れを意味することは、言うまでもなかった。
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