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戦慄の扇風機
しおりを挟むマコちゃんにも手伝ってもらって朝食の準備を進めていると、驚いたことにミッケさんとルルとノノさんが起きてきました。
「おはよう。早いけれど、どうしたの?」
「桜華、暑いよう」
「暑くて寝苦しくて」
「あう~」
ノノさんに至っては唸るだけになっていますね。確かに最近、気温が高くなってきているようですが、寝苦しくなるほどではなかったような。
「桜華さん、クーラー作って」
「うーん。扇風機では駄目ですか?」
「あー、うん。できる方で」
何かを察してくれたのかのように、承諾してくれました。とりあえず、仕組みを考えるのは後にして朝食にします。
「桜華さん。今日は森に入るけど、何か必要なのある?」
「今のところ必要なのはないです」
現在、魔具職人としての仕事は入っていないし、家の方で作りたい家具や服関係もない。頼まれていることは大人しくしていろという事のみ。何故でしょうか。
「そっか。じゃあ、扇風機をお願いね」
「よく分からないけど、お願いします」
ご飯を食べ終えたミッケさんとルルの二人が、食器を片付けると全速力で家を出ていきました。エレノアさんに何か言われているのでしょうか。
「ごちそうさまでした。ノノさん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
心配そうに顔を近づけるマコちゃんに、手を上げて答えるノノさん。若干寝不足といった状態に見えますが、本人が大丈夫というなら大丈夫でしょう。
屋根裏にある私の部屋の手前に作った資材置き場(片手に収まる程度の木材や蔦)から蔦を取り出して、テラスに作った机の上へ。いったん屋内に戻るとお茶を用意してから作業を開始します。
「こんにちは~」
どのぐらい集中していたのでしょうか。聞こえてきた声で我に返って振り返ると、センさんとダガンさんが来ていました。
「こんにちは。すみません、気が付かなくて。どうぞ、あがって下さい」
「職人なら、集中するのは当たり前だ。邪魔するぞ」
ダガンさんとセンさんがテラスに入ってきて席に着きます。二人の分のお茶を淹れて差し出し、一息入れます。
「それで、どうされました?」
「あ、今回は僕から。実は、桜華さんに作ってもらいたいものがありまして」
どこか肩身が狭そうに切り出したのはセンさん。一方ダガンさんは少し不思議そうにしています。
「夜間暑さで寝苦しくて。せめて、扇風機があればと思って」
「扇風機ですか。丁度実験中です」
まだ途中とはいえ、それなりに形になりつつあるものを見せると、二人から不思議そうな視線を向けられました。
「うーん。鍛冶場でも使う事を考えると燃える物は避けた方がいいかな。必要な金物は……」
鞄から紙と筆記具を取り出して絵を描いていきます。絵的には古い型です。
「なるほどな。すぐできるが、これでいけるのか」
「できると思いますよ」
「そうか。一日あればいけるな」
「では、できたら持ってきてください」
「おう」
二カッと笑ったダガンさんが紙を片手に立ち上がり、申し訳なさそうな顔のセンさんと一緒に帰っていきました。
片付けていると、ルーナさんが紙を抱えて目を潤ませていることに気がつきました。
「分かっていますので、落ち着いてください」
使ったカップを脇に避けてから新しくお茶を淹れてルーナさんの前に置くと、書類を記入していきます。躯体にはダガンさん達の鉄を使う物と、家で使う予定の蔦の物の二つで書きます。
和やかな昼食を過ごすと、その後は物作り再開です。
形状は、拳四つ分の直径がある円筒に脚がある形。折角なので、蚊やり豚と同じ形にします。集中して作業していれば、夕方までに一つ完成。早速ですが、目に当たる場所に魔石を取り付けると試験運転します。
一応、弱と中を設定していますが、弱でも十分良い感じです。後は明日、数を揃えれば大丈夫ですね
「良いですね、これ。可愛いし……欲しい」
「お値段どうしましょうか」
魔石は四級を使用しているので、それほど高くならないと思いますが……。
「そうですね~。七千カーナぐらいですかね~」
扇風機……送風機? 扇風機で通しましょう。の前に陣取って涼むルーナさん。耳がへにゃっとなっているとのをみると、気に入ってくれたようです。
先程から様子を窺っているディンさんが、ルーナさんを見て微笑んでいます。
「桜華さん。正式に値段が決まったら、買わせていただいてもいいですか」
「ルーナさんとディンさんにはお世話になっていますから、お金は後払いでも構いませんよ」
大きさで風量が変わるのか実験をしてからになりますが、籠網なので形状は色々とできるので、形状については要相談ですね。
ルーナさんが動きそうもないのでそのまま試運転をお願いして、テラスにある明かりを灯しておいて夕食の準備に取り掛かります。
今日はキャシーさんの妹、セシリーさん指導の下作られているフェナン特産チーズを使ったピザと、村の方から頂いた野菜を使ったコンソメスープです。
「良い匂いだ」
高音と低音の二つの声が聞こえてきました。声の主は光を司る精霊さんと闇を司る精霊さん。どこにいるのか分からないことが多いご両名ですが、食事時はやってくることが多いです。
「して、庭のあれはなんだ」
「庭……あ、ルーナさん。そっとしておいてあげてください」
「ふむ」
一言呟くと飛び立ち、ルーナさんの肩へ降り立ちました。ルーナさんの反応からすると、姿が見えないようにしているようですね。
「ふむ。心地良い」
それは何より。今気が付きましたが、ルーナさんの頭の上にラウラがいますね。あの子も涼んでいるようです。
ピザを焼き始めたところでテラスを見てみると、ミッケさんとルルもルーナさんの横で風に当たっていました。
「ミッケさん、ルル。お風呂に入ってからにしてください」
「はーい」
二人を風呂に送ってからディンさんにお茶を淹れて渡します。既に勤務時間を終えているので、テラスで寛いでいます。
「お姉ちゃん、ただいま」
「ただいまです」
「おかえりなさい。今、ミッケさんとルルがお風呂に入っているから、でたら入ってね」
マコちゃんとノノさんは返事をした後ルーナさんの横へ移動していきました。皆暑いんですね。
ピザの焼ける匂いがしてきたので厨房に戻ります。うん。良い感じで焼けています。お皿に取り出すと、次のやつを中へ入れます。
焼き上がったピザはスープと一緒にテラスの机の上へ。一足先に、ディンさんとルーナさんの晩御飯です。
「いつもすみません」
「いえいえ。ルーナさん、ご飯できましたよ」
「ふぁい」
動き出そうとしないので、扇風機の向きをディンさんの方へ変えます。光と闇の精霊さんが私の肩へと移動してきて、ルーナさんはかなり残念そうにしていますが、渋々と言った感じで食事を始めます。
「あ。お風呂出たみたいだから、二人も入ってきて」
「はーい」
光と闇の方を食卓の上に置いて、ピザの焼け具合を気にしながら道具の後片付けをしていると、お風呂から上がったミッケさんとルルが近くまで来ました。
「お姉ちゃん、お腹空いた~」
「お腹空きました」
マコちゃんとノノさんがお風呂から上がってきました。勿論、ルルも涎を垂らしています。
「もうできるから、座って待っていて」
「はーい」
マコちゃんが手伝ってくれて食卓を整えている間に、ピザも焼けたので晩御飯です。
「いただきます」
「いただきまーす」
フェナンの特産品としてチーズが出回り始めると、ミッケさんが布教と言って良いほどに売り込んだ燻製肉を使ったピザ(笹熊亭で作ってもらっていました)も、村のお兄さんたちやお姉さん達に人気となりました。
今日のはシンプルな物ですが、気に入ってくれたようです。
「美味しい。あ、桜華さん。ルーナさんが使っているやつって」
「扇風機です。羽根はないですが、扇風機です。形状はなんとなくです。皆さんの分は希望する形状を聞いてから作ろうと思っています」
気が付けば、豚の向きを直していますね。ルーナさんはそれほどに暑いのでしょうか。
「そっか。じゃあ、猫とかできる?」
「できますよ」
ミッケさんは猫。マコちゃんはココット。少し時間はかかりそうですが、その間は豚を仲よく使ってもらうことにします。
晩御飯の後片付けを終えると、豚の前に集まってから動こうとしない人達を見つつ、蔦を編んで猫を作ります。
猫が完成したところで良い時間になりましたが、ルーナさんがまだ帰っていません。
「ミッケさんできましたよ。ルーナさん。それは持って帰っていいので、お帰りになった方がいいですよ」
送るつもりのディンさんが暇そうにしているので提案すると、豚を抱えて風を浴びながら帰っていきました。
ミッケさんも猫を抱えて部屋へと戻っていきます。ルルとノノさんも一緒についていき、残ったマコちゃんは楽しそうに笑っていました。
「マコちゃんは明日になるけれど、いい?」
「うん」
良い子のマコちゃんの頭を撫でてから自室に戻り、日課をこなします。
開けて翌日。朝の一仕事を終えてマコちゃんと朝食を作っていると、ドォン! という大きな音がミッケさんの部屋から聞こえてきました。
「え。ええと、お姉ちゃん、今、凄い音が――」
「大丈夫。ただの目覚ましだから」
少し慌てたマコちゃんを落ち着かせていると、奥から慌ただしい音が近づいてきて、扉を壊す勢いでミッケさんとルルとノノさんが入ってきました。
「おはよう。朝ご飯はもう少しでできるから、顔を洗ってきて」
「あ、うん。おはよ。……じゃなくて! あれは何!」
三人が声を揃えて大きな声を出します。本当に仲がいいですね。
「何って、普通の目覚ましですよ?」
猫(招き猫といった方がいい形)の形をした扇風機。風はお腹部分からにしてあります。機能的に豚と同じにしてありますが、対御寝坊さん用として、圧縮した空気弾を発射する機能を追加しています。
本来は魔力を追加で供給することにより起動するのですが、精霊を介することで遠隔起動させました。
なお、空気弾の威力は成人男性が蹲るぐらいです。
「なんで、扇風機に目覚まし機能が付いてるの!」
「駄目ですか? ご飯できましたよ」
何か唸りながら顔を洗い行く三人を視界の端で見つつ、出来上がった料理を並べていきます。
「お姉ちゃん。目覚まし機能は……その、ない方がいいかなって……」
「うん? マコちゃんはちゃんと起きてくるから、目覚まし機能はつけないつもりだけどいる?」
「う、ううん。いらない」
音が鳴りそうな勢いで首を横に振らなくてもいい気がします。
ミッケさん達は顔を洗ったことで幾分気を持ち直したようで、朝ご飯は賑やかに済ませることができました。
朝食を済ませると、ミッケさんとルルは狩猟者としてのお仕事に。マコちゃんはノノさんと牧場に向かいました。
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