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地獄で慟哭する天使

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 この町は比較的平和だ。

 町の周囲にいる魔物もそれほど強いものはいないし、それと戦う者達も怪我をしない様に立ち回ることが当たり前となっているので、結果としてここ、治療院へやってくることが少ない。

 町に暮らす者達も、病気にかかるものは少ない。よって、我が治療院は暇な時間が多い。
 無論。治療院は暇な方がいい。皆が健康無事の証左なのだから。

 しかし、暇な時間は唐突に終わりを告げた。

 今日から、異なる世界とやらから大勢の人たちがやってくる。という話があった。

 異なる世界から来た人達とて、怪我をしない様にするだろうし、この町いる先達が指導することから、私達にはそれほど関わりのない話だと思っていた。

 しかし、蓋を開けてみれば酷いものだった。

 先達の話を聞かないというのならまだよくある話だ。
 誰しも一度はそれで痛い目に遭い、己の至らなさを知り改める。

 にも拘らず。

 先達の話は聞かず、怪我の事に頓着せずに魔物と戦う。そのせいで、かなりの深手を負ってから治療院に運ばれてくる者が後を絶たない。

 このままではまずいを思い、急遽、休日としていた治療術師を呼び出して、総力を挙げて治療を始める。

 だが、時間が経つとともに怪我人は増え続け、間の悪いことに町の住人にも病気を発症した者が現れ始める。

 人手が足りない。こうなったら、恥も何も関係ない。

 魔力が切れてへたり込んでいる治療術士数人に、協力者又は治療術士として治療院で活動してくれる者を探すように言いつけて送り出す。

 まだ来ないのか。焦れる思いを抱きながら、治療に専念する。

 どの位経ったのだろうか。治療術士の殆どが力尽いて壁に凭れ掛かっている。魔法を使わない治療も続けるが、疲労は濃く、目が澱み始めている。

 かくいう私も限界が近い。このままではもう数人分しか持たない。

 少々反動がきつい霊薬を使って治療を続行することを覚悟したとき、入口に二人分の影が差す。また追加かと霊薬に手を伸ばした時、影に見覚えがあることに気が付いて手が止まる。

 影の一人は送り出していた治療術師のミーシャ。その後ろに一人の少女。

 落ち着きのない視線に、少し怯えたような表情。服装は他の怪我をしている者と似たような感じからして異世界の者か。

 怪我をしている様子もないし、病気という訳ではなさそうだ。ということは。まさか。ミーシャの顔を期待を込めて見つめると、必死に息を整えながら頷く。

「新しい治療術師を見つけてきました」

 待ちに待った助っ人。たった一人。然れども一人。今の状況では貴重な戦力。奥で作業をしていた者に治療院の制服を持ってこさせる。

「えっと、名前は?」
「ノッノです」
「そうか。ではノッノ。それを着て、片端からやってくれ。ああ。倒れるまでだ」
「た、倒れるまで。ですか」
「ここは治療院だからな。倒れても死にはしないさ」

 驚きのあまり目が大きく開いている。まあ、気持ちは分かる。平常なら私もこんなことを言う気はないが、今は非常事態だ。

「さて、ノッノ君。治療方針はどうする。怪我、状態異常、病気。どれにする」

 治療にはそれぞれ専門の魔法を必要とする。彼女の実力が分からないため、どれか一つに専念させた方が効率的にいいだろう。

 制服と同時に証明となっている治療院のローブを羽織るノッノに訪ねてみると、患者の方へ向き直り深呼吸を始める。

「関係ありません。お望み通り、片端から行きます」

 片端から。言うは簡単だが、実行するのは難しい。何せ、それぞれに適応した魔法を使わないと効果がないのだから。この子も先達の言葉を聞かないのか。

 もう一度訪ねようとしたら、ノッノは構えを取る。

 まるで、無手で何かと戦うかのように。何を、と口から出そうとしたとき、彼女の右手が緑色の光を纏うのに気が付く。

 見間違うことはない。あれは、治療術の光。だが、何故拳に。

 困惑している間に彼女は動き出す。往生せいやと、止めを刺すかのように雄叫びを上げながら、治療術を纏った右手を近くにいた患者の腹部へと突き刺す。

 患者は息を詰まらせ、白目になって崩れ落ちる。彼女はそれには目もくれず、左手にも治療術の光を纏わせて次の患者の腹部へ。

 一体何を。そう思うが、あの手に纏う光は治療術のもの。訳が分からない。混乱しているもののすぐに確認してみれば、しっかりと治療されている。

 そこからは圧巻だった。

 膠着した患者達に雄叫びを上げながら殴りかかる少女。
 
 次第に恐慌状態になる患者達に殴りかかる少女。

 雄叫びを上げる少女は止まらない。

 気が付けば、死屍累々(治療され健常体、健康体となっている)といった患者達の中で、肩で息をする少女。その両手は、途中で患部に触れたのか血が滴っている。

 地獄に佇む天使。

 私はこの少女が齎すのは、絶望か希望か悩まずにはいられなかった。
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