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ラルグルのお仕事
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少し遠くの空を見ながら韜晦していると、ソフィアさんの許へ目が複数ある烏が飛んでくる。
「連絡がきました」
烏の足に付けられた小さな筒から紙を取り出して広げて中を読み込むと、ソフィアさんの顔が凄みを帯びた笑顔になる。
「後見人兼保護者は国王陛下に決まったようです。変態ですね」
うん。私はソフィアさんの顔を見なかった。そういう事にする。
「こ、国王陛下が後見人とか大丈夫なんですか、その、後継ぎとか」
「ハーラントでは、血族による継承ではなく一定の基準に基づいて選出されています。なので、その辺を心配なさる必要はございません。なお、あの変態魔王は暗い部屋で独り、泣きながら食事をする身です」
つまり独身という事ですか。それにしても、ソフィアさんと魔王様の間に何があったのやら。
「何もありませんよ。魔王様がそういう方であることは、城で働く者達は皆知っています」
「さらっと心を読まないでください。というか、皆って……哀れ魔王様」
「ここでは、弄るのも悪戯も信頼表現、愛情表現です」
はた迷惑な表現方法ですね。もしかして早まったかな。
「クレハ様、居室へご案内しますので、こちらへ」
「あ、はい」
再び竜車に乗り込んで移動開始。さっきはそれどころではなかったせいで気が付かなかったけれど、この竜車揺れない。馬車とかは結構揺れが酷いと聞いたことがあるのに、揺れてない。
「ソフィアさん、この竜車って揺れないんですね」
「いえ、揺れますよ。しっかり捕まって下さいね」
「へ? ふぁ」
唐突にドゴンという重低音と共に激しい揺れが襲ってくる。そして私は空を飛ぶ。
いや、忠告があった次の瞬間にこれだよ? 意味を理解するまでの時間もなかったよ。
中に入ってきたソフィアさんに抱えられることで体を強打することを回避できたけど、絶対分かっていて黙ってたでしょ。
未だに続く何かがぶつかる衝撃音と、バキッとかゴキッとかの粉砕音、グチャッという潰れる音が聞こえてくる。
「ソ、ソフィアさん、何事ですか」
「少しお待ちください」
言葉通り待つこと暫し。音が鳴りやんだところで竜車が止まる。竜車から降りて後ろを見ると、赤と白の斑模様をした巨大な塊が幾つも転がっていた。
「あれは中庭で勝手に繁殖している兎で、平均二メートル程度、大きい物で四メートルの大きさになります。無駄に大きい体格同様に図太い神経をしていて、我が物顔で動き回る邪魔物なんです」
力尽くで退けるか回り込むかのどちらかを選択することになるが、結構狂暴でワイバーンぐらいなら互角に戦う事もあるとか。巨体にも拘らず俊敏性は失われていないとか恐ろしい。
一方で。邪魔物な兎達を倒したラルグルが一仕事をやり切った顔をしているとか、車体の下側が血まみれとか、ソフィアさんが今日は大目に轢くことができたと嬉しそうとか、突っ込みたいところばかりなんですが。
「クレハ様、行きましょうか」
「あ、はい」
言いたいことを全てのみ込んで、ソフィアさんに促されるままに移動を再開。程なくして城内へと戻ってきました。
廊下を何度も曲がりながら進んでいき、庭園に囲まれた回廊を超えた先にある建物に入ると、エプロンドレス……間違えた。メイドさんがお辞儀(?)してから歩き始め、私達も後に続く。
いや、だってさ、エプロンドレスしかないんだもん。ソフィアさんは顔を実体化しているのに対し、この人は実体化していない。表情どころか声も出さないから、服が動いているようにしか見えない。どうコミュニケーションをとればいいのか。
くだらないことを悩んでいる間に、小さな(私より少し大きい程度)のドアの前で止まる。
「こちらがクレハ様のお部屋になります。どうぞ」
ソフィアさんともう一人のメイドさんが、それぞれ扉の両脇に立って同時にお辞儀。そのままで止まっているので、扉に手を掛けてゆっくりと引くと――目が合った。
「ひゃあああ!」
飛び退るとそのまま後退して壁に背中を思いっきりぶつける。いや、だってさ、扉を開けたらその場所に目があるんだよ? 扉と同じ大きさの目が。
背中を壁に付けたまま肩で息をしていると、扉の脇に立っていたメイドさん二人が揃ってあの看板を抱えていることに気が付く。
「……へ? また?」
メイドさん達が扉を閉めて私から扉が見えないように立つと、すぐに横へ一歩。それだけで、普通の大きさの扉が現れる。
「幻影系の魔法になります。今度は普通のお部屋ですので、ご安心ください」
「幻影……はっ、はは……」
もうね、疲れたよ。
ソフィアさんが開けてくれた扉を通って恐る恐る中へ入ると、落ち着いた暖色系の壁に装飾の少ない部屋の中には座り心地の良さそうなソファに質素なローテーブル。窓際にはロッキングチェアもあって、くつろげる空間が広がっている。
そして、この部屋から続く扉は二つ。一方は浴室やお手洗いの部屋で、先程使った物よりは小さい物の同じ見た目。もう一方がベッドルーム。こちらも特筆することはなし。
総合して質素だけど居心地のいいお部屋が私の居室になるとのことで、大変満足。ただ……。
「ソフィアさん、ここって仮住まいですよね? いいんですか?」
「仮住まいではありません。ここがクレハ様の、この世界における居室ですよ? ああ、移動を危惧されているのでしたら問題ありません。ここ、第五百二十三居住塔の入り口に、城内外各所に通じる転送用の魔法陣が設置されていますので、移動は簡単ですよ」
「そうではなくて、普通の人がお城の中に住むとか問題なのでは?」
「ゆくゆくは城内で働かれるわけですし、城内に住んでいても町で働いている方もいます。そもそも、クレハ様は彷徨い人です。彷徨い人はこちらにない技術や知識を伝える人という認識があるので、どこでも王族並みの歓待をします」
つまり、このぐらいでも最低限のおもてなしになるらしい。というか、流してしまったけれど、居住塔はどれだけあるんだろう。
「連絡がきました」
烏の足に付けられた小さな筒から紙を取り出して広げて中を読み込むと、ソフィアさんの顔が凄みを帯びた笑顔になる。
「後見人兼保護者は国王陛下に決まったようです。変態ですね」
うん。私はソフィアさんの顔を見なかった。そういう事にする。
「こ、国王陛下が後見人とか大丈夫なんですか、その、後継ぎとか」
「ハーラントでは、血族による継承ではなく一定の基準に基づいて選出されています。なので、その辺を心配なさる必要はございません。なお、あの変態魔王は暗い部屋で独り、泣きながら食事をする身です」
つまり独身という事ですか。それにしても、ソフィアさんと魔王様の間に何があったのやら。
「何もありませんよ。魔王様がそういう方であることは、城で働く者達は皆知っています」
「さらっと心を読まないでください。というか、皆って……哀れ魔王様」
「ここでは、弄るのも悪戯も信頼表現、愛情表現です」
はた迷惑な表現方法ですね。もしかして早まったかな。
「クレハ様、居室へご案内しますので、こちらへ」
「あ、はい」
再び竜車に乗り込んで移動開始。さっきはそれどころではなかったせいで気が付かなかったけれど、この竜車揺れない。馬車とかは結構揺れが酷いと聞いたことがあるのに、揺れてない。
「ソフィアさん、この竜車って揺れないんですね」
「いえ、揺れますよ。しっかり捕まって下さいね」
「へ? ふぁ」
唐突にドゴンという重低音と共に激しい揺れが襲ってくる。そして私は空を飛ぶ。
いや、忠告があった次の瞬間にこれだよ? 意味を理解するまでの時間もなかったよ。
中に入ってきたソフィアさんに抱えられることで体を強打することを回避できたけど、絶対分かっていて黙ってたでしょ。
未だに続く何かがぶつかる衝撃音と、バキッとかゴキッとかの粉砕音、グチャッという潰れる音が聞こえてくる。
「ソ、ソフィアさん、何事ですか」
「少しお待ちください」
言葉通り待つこと暫し。音が鳴りやんだところで竜車が止まる。竜車から降りて後ろを見ると、赤と白の斑模様をした巨大な塊が幾つも転がっていた。
「あれは中庭で勝手に繁殖している兎で、平均二メートル程度、大きい物で四メートルの大きさになります。無駄に大きい体格同様に図太い神経をしていて、我が物顔で動き回る邪魔物なんです」
力尽くで退けるか回り込むかのどちらかを選択することになるが、結構狂暴でワイバーンぐらいなら互角に戦う事もあるとか。巨体にも拘らず俊敏性は失われていないとか恐ろしい。
一方で。邪魔物な兎達を倒したラルグルが一仕事をやり切った顔をしているとか、車体の下側が血まみれとか、ソフィアさんが今日は大目に轢くことができたと嬉しそうとか、突っ込みたいところばかりなんですが。
「クレハ様、行きましょうか」
「あ、はい」
言いたいことを全てのみ込んで、ソフィアさんに促されるままに移動を再開。程なくして城内へと戻ってきました。
廊下を何度も曲がりながら進んでいき、庭園に囲まれた回廊を超えた先にある建物に入ると、エプロンドレス……間違えた。メイドさんがお辞儀(?)してから歩き始め、私達も後に続く。
いや、だってさ、エプロンドレスしかないんだもん。ソフィアさんは顔を実体化しているのに対し、この人は実体化していない。表情どころか声も出さないから、服が動いているようにしか見えない。どうコミュニケーションをとればいいのか。
くだらないことを悩んでいる間に、小さな(私より少し大きい程度)のドアの前で止まる。
「こちらがクレハ様のお部屋になります。どうぞ」
ソフィアさんともう一人のメイドさんが、それぞれ扉の両脇に立って同時にお辞儀。そのままで止まっているので、扉に手を掛けてゆっくりと引くと――目が合った。
「ひゃあああ!」
飛び退るとそのまま後退して壁に背中を思いっきりぶつける。いや、だってさ、扉を開けたらその場所に目があるんだよ? 扉と同じ大きさの目が。
背中を壁に付けたまま肩で息をしていると、扉の脇に立っていたメイドさん二人が揃ってあの看板を抱えていることに気が付く。
「……へ? また?」
メイドさん達が扉を閉めて私から扉が見えないように立つと、すぐに横へ一歩。それだけで、普通の大きさの扉が現れる。
「幻影系の魔法になります。今度は普通のお部屋ですので、ご安心ください」
「幻影……はっ、はは……」
もうね、疲れたよ。
ソフィアさんが開けてくれた扉を通って恐る恐る中へ入ると、落ち着いた暖色系の壁に装飾の少ない部屋の中には座り心地の良さそうなソファに質素なローテーブル。窓際にはロッキングチェアもあって、くつろげる空間が広がっている。
そして、この部屋から続く扉は二つ。一方は浴室やお手洗いの部屋で、先程使った物よりは小さい物の同じ見た目。もう一方がベッドルーム。こちらも特筆することはなし。
総合して質素だけど居心地のいいお部屋が私の居室になるとのことで、大変満足。ただ……。
「ソフィアさん、ここって仮住まいですよね? いいんですか?」
「仮住まいではありません。ここがクレハ様の、この世界における居室ですよ? ああ、移動を危惧されているのでしたら問題ありません。ここ、第五百二十三居住塔の入り口に、城内外各所に通じる転送用の魔法陣が設置されていますので、移動は簡単ですよ」
「そうではなくて、普通の人がお城の中に住むとか問題なのでは?」
「ゆくゆくは城内で働かれるわけですし、城内に住んでいても町で働いている方もいます。そもそも、クレハ様は彷徨い人です。彷徨い人はこちらにない技術や知識を伝える人という認識があるので、どこでも王族並みの歓待をします」
つまり、このぐらいでも最低限のおもてなしになるらしい。というか、流してしまったけれど、居住塔はどれだけあるんだろう。
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