上 下
4 / 11

ラルグルのお仕事

しおりを挟む
 少し遠くの空を見ながら韜晦していると、ソフィアさんの許へ目が複数ある烏が飛んでくる。

「連絡がきました」

 烏の足に付けられた小さな筒から紙を取り出して広げて中を読み込むと、ソフィアさんの顔が凄みを帯びた笑顔になる。

「後見人兼保護者は国王陛下に決まったようです。変態ですね」

 うん。私はソフィアさんの顔を見なかった。そういう事にする。

「こ、国王陛下が後見人とか大丈夫なんですか、その、後継ぎとか」
「ハーラントでは、血族による継承ではなく一定の基準に基づいて選出されています。なので、その辺を心配なさる必要はございません。なお、あの変態魔王は暗い部屋で独り、泣きながら食事をする身です」

 つまり独身という事ですか。それにしても、ソフィアさんと魔王様の間に何があったのやら。

「何もありませんよ。魔王様がそういう方であることは、城で働く者達は皆知っています」
「さらっと心を読まないでください。というか、皆って……哀れ魔王様」
「ここでは、弄るのも悪戯も信頼表現、愛情表現です」

 はた迷惑な表現方法ですね。もしかして早まったかな。

「クレハ様、居室へご案内しますので、こちらへ」
「あ、はい」

 再び竜車に乗り込んで移動開始。さっきはそれどころではなかったせいで気が付かなかったけれど、この竜車揺れない。馬車とかは結構揺れが酷いと聞いたことがあるのに、揺れてない。

「ソフィアさん、この竜車って揺れないんですね」
「いえ、揺れますよ。しっかり捕まって下さいね」
「へ? ふぁ」

 唐突にドゴンという重低音と共に激しい揺れが襲ってくる。そして私は空を飛ぶ。

 いや、忠告があった次の瞬間にこれだよ? 意味を理解するまでの時間もなかったよ。

 中に入ってきたソフィアさんに抱えられることで体を強打することを回避できたけど、絶対分かっていて黙ってたでしょ。
 未だに続く何かがぶつかる衝撃音と、バキッとかゴキッとかの粉砕音、グチャッという潰れる音が聞こえてくる。

「ソ、ソフィアさん、何事ですか」
「少しお待ちください」

 言葉通り待つこと暫し。音が鳴りやんだところで竜車が止まる。竜車から降りて後ろを見ると、赤と白の斑模様をした巨大な塊が幾つも転がっていた。

「あれは中庭で勝手に繁殖している兎で、平均二メートル程度、大きい物で四メートルの大きさになります。無駄に大きい体格同様に図太い神経をしていて、我が物顔で動き回る邪魔物なんです」

 力尽くで退けるか回り込むかのどちらかを選択することになるが、結構狂暴でワイバーンぐらいなら互角に戦う事もあるとか。巨体にも拘らず俊敏性は失われていないとか恐ろしい。

 一方で。邪魔物な兎達を倒したラルグルが一仕事をやり切った顔をしているとか、車体の下側が血まみれとか、ソフィアさんが今日は大目に轢くことができたと嬉しそうとか、突っ込みたいところばかりなんですが。

「クレハ様、行きましょうか」
「あ、はい」

 言いたいことを全てのみ込んで、ソフィアさんに促されるままに移動を再開。程なくして城内へと戻ってきました。

 廊下を何度も曲がりながら進んでいき、庭園に囲まれた回廊を超えた先にある建物に入ると、エプロンドレス……間違えた。メイドさんがお辞儀(?)してから歩き始め、私達も後に続く。

 いや、だってさ、エプロンドレスしかないんだもん。ソフィアさんは顔を実体化しているのに対し、この人は実体化していない。表情どころか声も出さないから、服が動いているようにしか見えない。どうコミュニケーションをとればいいのか。
 くだらないことを悩んでいる間に、小さな(私より少し大きい程度)のドアの前で止まる。

「こちらがクレハ様のお部屋になります。どうぞ」

 ソフィアさんともう一人のメイドさんが、それぞれ扉の両脇に立って同時にお辞儀。そのままで止まっているので、扉に手を掛けてゆっくりと引くと――目が合った。

「ひゃあああ!」

 飛び退るとそのまま後退して壁に背中を思いっきりぶつける。いや、だってさ、扉を開けたらその場所に目があるんだよ? 扉と同じ大きさの目が。

 背中を壁に付けたまま肩で息をしていると、扉の脇に立っていたメイドさん二人が揃ってあの看板を抱えていることに気が付く。

「……へ? また?」

 メイドさん達が扉を閉めて私から扉が見えないように立つと、すぐに横へ一歩。それだけで、普通の大きさの扉が現れる。

「幻影系の魔法になります。今度は普通のお部屋ですので、ご安心ください」
「幻影……はっ、はは……」

 もうね、疲れたよ。
 ソフィアさんが開けてくれた扉を通って恐る恐る中へ入ると、落ち着いた暖色系の壁に装飾の少ない部屋の中には座り心地の良さそうなソファに質素なローテーブル。窓際にはロッキングチェアもあって、くつろげる空間が広がっている。

 そして、この部屋から続く扉は二つ。一方は浴室やお手洗いの部屋で、先程使った物よりは小さい物の同じ見た目。もう一方がベッドルーム。こちらも特筆することはなし。

 総合して質素だけど居心地のいいお部屋が私の居室になるとのことで、大変満足。ただ……。

「ソフィアさん、ここって仮住まいですよね? いいんですか?」
「仮住まいではありません。ここがクレハ様の、この世界における居室ですよ? ああ、移動を危惧されているのでしたら問題ありません。ここ、第五百二十三居住塔の入り口に、城内外各所に通じる転送用の魔法陣が設置されていますので、移動は簡単ですよ」
「そうではなくて、普通の人がお城の中に住むとか問題なのでは?」
「ゆくゆくは城内で働かれるわけですし、城内に住んでいても町で働いている方もいます。そもそも、クレハ様は彷徨い人です。彷徨い人はこちらにない技術や知識を伝える人という認識があるので、どこでも王族並みの歓待をします」

 つまり、このぐらいでも最低限のおもてなしになるらしい。というか、流してしまったけれど、居住塔はどれだけあるんだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

婚約破棄ですって!?ふざけるのもいい加減にしてください!!!

ラララキヲ
ファンタジー
学園の卒業パーティで突然婚約破棄を宣言しだした婚約者にアリーゼは………。 ◇初投稿です。 ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。 ◇なろうにも上げてます。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...