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第二章 教会生活

25 食欲回復したいのに

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食欲がない。
ノックの音と同時に、世話役の修道士の少年が入ってきた。
今日は細い目をした子だな。三人の内『泣き叫ばなかったのはさすが元王妃候補?』とかって、一応お褒めいただいた? ノーリアクションな感じで、やっぱりあんまり親しくない。
「あの、飯……夕食をお持ちしました」
「ありがとうございます」
ぶっきらぼうに、テーブルに置かれたトレイ。本来は食堂に行って取らないといけないのに、私の噂を鑑みて、こうやって部屋で取らせてくれている。その対応に感謝感激雨あられ。ただ視線を移すだけになってしまって、あんまり感情が表現できない。
頬があんまり動かない。
置かれた食事の、湯気はうっすら匂いはジューシー。
アレだけ美味しいと思っていたクズ野菜のスープ。
今日は骨付鳥のふわふわフリッターにカリカリになった皮が振りかけられて、デミグラスみたいな苦甘のソースがトマトソースに混じって美味しい。少し固めのパンに、スープを付けて食べれば口元がゆるむばかり。そんな料理だったのに、残念。
ありがとうの言葉に、返事はない。
ヨーイくんと話してた一人ではあるんだけど、まだ名前知らない。
視線を料理に移す。
大皿のスープ、横に添えられたパン。副菜にふかし芋と野菜の和物。――下に敷かれたタオルは赤黒く汚れていたけれど、でも、ああ、なんて幸せな。
一週間前だったら、腹痛を我慢してでも食べたそれが、今、目の前に何の感動も呼び起こさないままある。
それでもそれを食べなければ、私の世界の終わりなのだと、大げさに、ため息を吐いて向かい合った。
ずっといるままの彼は、私の食事の様子を観察する。
すまし顔で、私は気にせずスプーンだけで、身を崩す。ちゃんとナイフとスプーンを用意してくれてるんだけど、ナイフだけ、うっすら赤茶けてるんだよね。
毒でないのは確か。土じゃなくてサビだろう。さり気なく、指で粉の部分を潰して確認した。人が居なければ、さっさと魔法で洗って使うんだけど、後ろに背を正して覗き込む少年がいるからなあ。
スプーンに、ゆっくりイメージして魔力を通す。
それだけで、少し硬い肉の筋が骨からほぐれて、断面から湯気が漏れた。
口にするまでには、冷めてしまうそのぬくもりすら、私には愛しい。
おねがいだから、邪魔しないでほしい。
スープに細かく骨が砕かれてるのを目視で確認。大丈夫、骨は避けて食べられる。油は甘くて、パンにしみさせたら、きっともっと美味しい。
「すみません」
扉の外から声がした。ヨーイくんだな。
「水の換えをお持ち……持ってきました」
「足りています」
「ヨーイ、こっち持ってこい」
無視された。
くそう。私泣いてもいいかしら?
歯を食いしばると、鶏肉と油のジューシーな汁が口いっぱいに広がる。筋張っていて、そんなに肉が柔らかくない分、噛み締めたときの旨味は半端ない。
そう、これを楽しんで。
私は、もっともっと、いろんなことを経験して、発見して、もう一度やり直すの。
食事中だったけど、私は一旦立ち上がり、持ってきた水を受け取る
「……ありがとうございます」
「交換するように、言われて……るので」
ヨーイくんは上目遣い。にこり、私は笑顔を付け加え、精一杯の大人の対応で、私は水を受け取った。交換しようと、元あった瓶が回収される。新しく渡された瓶の中身を確認して、ちょっとだけ、鼻の奥がツンとした。
くそ。
何回か、心のなかで罵倒する。それでも表面上は浅くため息をついて、二人に視線を向けるだけにとどまった。
いそいそと逃げようとする、ように見える。
「待ってください」
「どうしましたか?」
お前ら本当に反省してなかったんかい。
青筋を隠すのは簡単。その分唇の端を上げればいい。
憂いを帯びた笑みを、仮面のようにつければいい。
「こちらはお返しいたします。その瓶を返していただけますか?」
「で、でも俺はコレを回収するように言われているんです。
新しい水もお出ししましたし」
うようよと、その目が泳ぐのを、罪悪感と捉えるか、後ろめたさと捉えるか。
本当は必要ない。
でも仕方ない。
我慢できない。
どうでも良くなって、私は水入りの瓶を逆さにする。
ベチャベチャと、水音に混じって重たい物が落ちた。
「こういったものが入っていると、私、口に入れられないです」
「……確認、してきます」
「え、スタ、あの、失礼します!」
不愉快さを露わにすると、びくびくっと修道士の少年達は肩を震わせて逃げた。
すみませんの一言も無いのか。
苛々と、その場を犬みたいに何周かして、勢いをつけてベッドに倒れ込む。
ボン、と大きな音がする。
「……むかつく」
我慢できなかった。あーやってしまった。
いつだって我慢していたのに。
監禁部屋ではデフォルトのカビ入り水ですよ。食事に土も、靴跡もついてないのに! 食べれる範囲なのに!! 今だったら特に問題のない範囲なのにいいい! 加護のせいで絶賛絶食大丈夫ガールだった頃と違って、魔法でフォローできる範囲のことなのに。
そう。
私には微弱ながら、弱小ながら、大変有用な魔力がある。
お水は抽出可能――というか呼び出し自由なので、別にこんなアクションはいらないのだ。
前世を思い出してしばらくは、木や果物、近くの水場から持ってこれた。加えて、縁切りの儀式が終わってからは、イメージするだけで少量の水が手のひらから湧き出てくる。温度も自動調節可。魔力は微弱らしく、相変わらず誰にも気づかれていないようだけれど、これだけで私には十分だ。水と食事、これ大事。これさえあれば粗方イケる。以前の問題は無問題。
濡れた布巾を蒸しタオルにできるし、お肉を柔らかくすることもできる、硬い肉を薄く剥いで食べられて、水も出せて、おそらく土だって軽く耕せる。光と闇は試していないけど、亜空間収納機能付きの鞄がある以上は大勝利。冒険者キット入りの鞄はバレそうだからまだ亜空間収納機能使ってない。万が一没収された場合、かなりのハードモードだからね。あの鞄は、小部屋程度の収納力だ。発注する時、渋られながらも、イイものを注文したかいがあった。これは立派な戦力になる。――生きていくための。
ただ。
『貴女の処分を、お母様は納得されていないようですね』
情緒不安定になってるんだろう。
それくらいは分かる。
母親と会うとわかってから、魔力が落ち着かない。だから嫌なの。私のかすかな魔力。役立たずと蔑まれすらしなかった力。
それですら、私の後々の生活を支えてくれるだろうというのに。
苛立つ要素なんて、吹っ飛ぶくらい、現実はうまくいっている。
あとは、母親を蹴散らして、次のステップに進むだけ。
いや違う。
次のステップにも、問題は山積みで、それは分かってる。
わかってるんだけど。
沈んだベッドから視線を落とすと、カビと水まみれになった床が、目に入った。
馬鹿だなあ、こんなことして困るの私じゃん。
重い体を起こして、汚れを踏まないようにしゃがみ込む。
ベチャベチャになった床の、そのカビもどきを触れずにまとめて、急速に乾燥させた。
水分を失ったそれは、粉になって空気に紛れそうになるから、薄い空気で膜をつくる。こうすると匂いも、粒子も気にならない。あとは外に捨てるだけ。
そっと窓を音のしないように開けて、下に落とした。
冷たい風が頬にあたって、冬がまだ終わらないってことを実感する。
重さのないゴミを、ゆっくりと落としていく。
暗くて見えないけれど、その下に落ちた先には木々が生い茂っているから、そこに広がって養分になってほしい。
扉の外から、ぱたぱた誰かの足音がして、私はあわてて窓を閉めた。
「ユーフェミアさま」
おばさまの声だ。整理がつかないから、返事はできない。
「ユーフェミアさま、お話がございます」
「――今はそっとしておいていただけませんか」
ヨーイ君たちは鍵をかけずに出ていったから、おばさまは自由に入ってこられるはずだ。でもたぶん、おばさまの優しさで私の了解なく入らないようにしてくれてる。
でもそんな気遣いすらも、不快に感じて仕方ない。不安が増殖して、どんどん心を埋め尽くしていくのが分かる。そもそもこれは気遣いなのか、ただの関係の回復をはかるだけなのか。損得勘定のその先に一体何があるの? 何をさせるの?
めまいがする。
赤黒い光がチカチカ、チカチカ。
光明ではない、うろを覗き込む途中みたいな光。
めまいにも似ているから、私は再びベッドに滑り込む。
「話を、聞いてください」
「……」
必死なおばさまの声。
それにすら、すがらなければならないのに。
今日はうまくいかない。

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