20 / 60
第二章 教会生活
19 一週間後の朝のスープ
しおりを挟む今日は生姜やネギ、キノコ類を主体に、少しだけ干し戻した鶏肉の欠片、クズ野菜を煮込んだスープ。米粒みたいな細かいパスタが入っている。どっちかっていうとエスニック料理に出てきたクスクスに見た目が似ている。牛乳が少し入っていて、すこしとろっとしたスープを、木でできたスプーンで掬い、ゆっくり咀嚼する。よく噛まないといけない、ということでキノコやネギは大きめ。噛み締めるとじゅわっと濃い出汁が口の中に広がる。
ベッドに横たわって食事をしてもいい、と言われたけど、前世でも今世でも、そんなことしたことないから丁重にお断りし、備え付けの机を使った。横で心配そうに見ているのは、おばさまと、おじいさん。ふたりとも、私の一挙一投足を見逃さないように、前のめりになっているのが、ちょっと困る。
「いかがですかな」
おじいさんが、そう声をかけた。この世界でも、医者は白衣を着ているらしい。丸い縁のメガネは少し擦れて曇っている。眉毛がもりもりあって、白くて、同じく白い髪を後ろに流している。うん、翁だ。
「今日はもう、このくらいにしておきますわ。お恵みに感謝いたします」
スプーンを置いた。
大丈夫、完食しましたよ。
そう微笑みかけると、ほ、とおばさまから安堵の息が漏れる。
「どこか違和感のある箇所はありますかな?」
「いいえ」
「先日のように、どこかが痛む、ですとか蕁麻疹が出るといったことは?」
「はい、もうすっかり。そろそろ肉もつけて、運動をしたいと思いますけれど、可能ですか?」
「もう少し待ちなさい。――ですが、そうですな。いつもの、柔軟や歩行訓練に加えて、本日から重りを使い腕と足の筋肉を鍛えましょうかの」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、私は深く頭を下げた。
この部屋は、一週間前にいた部屋と違い、少し広く、木張りの床がぬくもりを与えてくれる。大きく取られた窓に、生成りのカーテンは少し分厚いけれど、朝それを引くと、たっぷりとした日光が目に眩しくて嬉しくなる。
唯一、鏡がないのが不安。生まれてこの方、鏡を見て身支度するのが当たり前だったから、ちょっと違和感。
まあ、長い長い髪はもう短くなったし、顔を洗うための水や支度するためのものは揃っている。といっても、たらいと水、あとはタオル代わりの布くらいしか使ってないけど。布に水を浸した後、蒸し蒸し状態にしてホットパックして体の芯から温めてます。油汚れが不安だったけど、幸いにして布がそういうのを除去する魔法を付与してくれているようで、あらかたは取れる。ただ、すべてが以前どおりとはいかない。皮膚は透き通るような白ではなくなった。髪はよく洗っても、ゴワゴワしてるし、色も赤茶けてきたような……残念。まあ、これで外で気づかれる確率が下がったかな。
部屋の中に行動は制限されているけど、よく運動し、よく食べ、よく寝る。そうやって日々、ご令嬢時代とは違う体つきになっているのが嬉しい。
本当は、もう外に出て、運動の幅を広げていける段階だけど、外に出られない。仕方がない。
私が悪役令嬢だから。
私の外見とその所業はもちろん、当初想定していたとおり王都では知らない人が居ないらしい。これから人形やら人間やらを使った劇団や、吟遊詩人、商人からも広がって、もうそろそろ末端の村々まで広がるだろう。
そうして着々と、書籍化も行われているらしい。
いえい、ヒャッホウ私時の人! 悪役だけど! 悪役令嬢だけど!!
もちろん教会内にも、この話を知らない人はいない。平民と貴族をつなぎ、神の名のもとに精霊と人をつなぐ役目を担う教会であれば、なおさら、平民超絶精霊使いアリアたんの味方につくのは当然のことだ。
というわけで、良心の塊であるとされる聖職者であっても、私の存在は秘匿の対象となった。
一部口の軽い修道士少年三人組にバレてる件はどうしてくれるんだっていう話なんだけど、あの堅物顔の眉間シワよりおじさん、ことドリムイさまとお仕置き付きの誓いを交わしたらしいので。
あの子達結構問題児みたい。
『すまなかった。私の思い込みが招いた結果だ』
ドリムイさんは、私の現状が判明した後、謝罪してくれた。
小娘に、深く頭を下げた。
だからまあ、いっかと思う。
「一週間前を思えば、本当に……よく頑張りましたね」
座る位置を変え、屈伸を始めた私に、おばさまは琥珀色の目を細めた。
「ありがとうございます」
そう微笑み返す。
医者のおじいさんとおばさまが退室すると、部屋には再び、鍵がかけられた。
え? 監禁三日間の結果?
楽勝だった。
私の家より快適だった。
以上。ひゃっほぅ!
5
お気に入りに追加
2,626
あなたにおすすめの小説
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる