音ノ葉ちゃんは喋りたいっ！

えっと……

　その日の放課後、帰りのホームルームが終わり、みんな各々の部活または帰路につく。音ノ葉は、
「バイバーイ」
「琴ちゃんまたね～」
　というみんなのあいさつにしきりに頭を下げている。彼女は”またね”や”さよなら”と言いたいものの、口から言葉が出る前に次の子が声をかけてくるため、結局会釈だけになってしまっていた。クラスの9割が教室から出ていき、残り1割が部活着への着替えを開始する。音ノ葉はそそくさと退出し、東棟にある部室へと向かった。

　部室の前につくと、すでに後輩達が廊下で座って待っている。音ノ葉を見るや、
「部長！　学校お疲れ様です！」
　と、あいさつをしてくれた。それに頷きつつ部室のカギを開けて中に入る。部長と呼ばれた通り、音ノ葉は2年生にして軽音楽部の部長である。部長決めの際に意見を思うように言えずに3年生から部長を押し付けられてしまった。もちろん悪いとは思っていないし、決まったからには全力でやるというのが彼女のやり方であるが、コミュ障であることを理解している2年チームとあまり理解していない3年チームで溝ができてしまった。2年のバンドは他のバンドもいろいろ手助けをしてくれているが、3年の先輩達からは冷ややかな目を向けられる。その目は溝だけでなく、音ノ葉自身のポテンシャルのたかさに嫉妬しているところもあるだろう。
「ちわーす、tori　入りまーす」
　そういって部室にベースを背負って入ってきたのは2年生の音ノ葉と同じバンドの鳥取　桜（とっとり　さくら）だ。名前をもじってtori(トリ)と名乗っている。ちなみに音ノ葉はoto（オト）と名乗っている。決めたのは桜で、ほかのメンバーの名前とバンド名、その他バンドのオリジナルソングの作詞作曲も桜が決めていたり書いていたりと、何かと決めたがりではあるがしっかりした子だ。次に
「こんにちわー、灰川入りますー」
　すこしイントネーションに訛りのある喋りをするのは音ノ葉と同じバンドの灰川　詩音（はいかわ　しおん）、バンドのドラムで、音ノ葉とは交換日記をしている。それもあって彼女のことをよく理解していて副部長としても音ノ葉をしっかりサポートしてくれている。
「ちょっとhaonって命名したんだから使ってくれてもいいじゃん！」
　桜が詩音に頬を膨らませながら近づく、
「ええやろそんなん、入るときくらい勘弁してくれ！」
　一瞬訛りが強くなったが、標準語に戻る。haon（ハオン）は灰川のバンドでの名前だ。tori、oto、haonの3人でバンド名は”トリオハート”というバンドをやっている。ヘビメタからポップな曲まで広く演奏できる校内で1番のバンドだ。音ノ葉はギター兼ボーカルという立ち位置にいるが、人前で演奏するのは歌詞のない曲ばかりで、歌詞のある曲は練習中ということにしてある。
「じゃあみんな揃ったから今日の活動場所確認してね～」
　灰川が顧問からもらってきたルーティングテーブルの書かれたプリントを正面の黒板に張る。トリオハートは今日は”西棟音楽準備室”が活動場所になっていた、
「よっしゃほな行きますか！」
　灰川が先陣を切って階段を降り始め、
「ちょっと！　私とotoちゃん置いていかないでよ！」
　といって二人で後を追いかける。放課後の練習はこうして始まりを告げた。