上 下
6 / 31

秘密のセンシティブな夢と、不可解なゾクゾク

しおりを挟む
 ペロッ…ペロッ…

「んぅっ…?んむぅ~…」

 んもうっ…なんだよお。人が気持ちよく寝てるのに、ほっぺペロペロしてっ。くすぐったいでしょ~。
 はは~ん、さては。こんなことするのは、ちくわぶだなっ?

 ペロッ…ちゅうぅっ…ちゅっ…ちゅっ…

「んむっ~っ!…んも~っ、寝てるのにぃっ…ちゅっちゅしちゃだめぇ…」

 …んっ?
 ちくわぶがペロペロしてくるのは、いつもの事だから、わかる。…けど、ワンコはチュウはしない…よね?
 えっ…?えっえっ…?
 じゃあ今、寝てる俺のお顔中にちゅっちゅってしてるの、誰?
 ちくわぶじゃ…ない!?んむう~、眠くって、目が開きにくい…むぎぎっ…

 俺は、慌てて眠たい目蓋を持ち上げた。すると、そこには…

「ふふっ…。おはよう、お寝坊さんだね。…あれ、寝起きのおめめがぽや~っとしててカワイイね?」

 朝日を浴びてまぶしくキラキラ輝く金髪と、吸い込まれそうに綺麗な青い瞳。紺色の肌触りのいい上質なパジャマに身を包んだとんでもない美青年…大きい大人の男に成長した、雅孝がすぐ隣に横たわり、ひじをついて俺の顔を覗き込んでした。
 ち、近い近い!顔が近い!…っていうか、なに、その甘ったるい雰囲気!センシティブ!

「一緒にお寝坊もいいものだけど、そろそろ起きようか…?僕のかわいいお嫁さん」

 甘~いとろんとした目つきと、耳の奥がしびれるような低い美声で、愛おしそうに言った雅孝が…ゆっくりと顔を近づけて来た。
 …っ!?お口に、チュウされちゃうっ…?

「…っお口にチュウは、だぁめえええっ!!」

 迫ってくる雅孝のお顔を押しのけて阻止しようとして…今度こそ、目が覚めた。
 目の前には、寝ている俺を起こそうとしてペロペロしていたらしいちくわぶ。ほっぺを両手ではさまれて押しのけられた状態で、ぱちくりとびっくり眼で俺を見ていた。おいっ、ちっちゃいピンクの舌。しまい忘れてるぞっ。

「っ…うっ…えぅっ…。ひっく…!すごい夢、見ちゃったぁ…」

 俺は、いま自分で見た夢の内容にびっくりして、ちくわぶをだっこしながら、ちょっと泣いちゃった。ちくわぶが、心配してキュンキュン言ってる。
 だって、だって…。
 親友に、夢の中でなんちゅうセリフ言わせてるんだよ…?あんな少女漫画みたいな、あまーい恥ずかしいセリフなんて雅孝は…いや、普通に言いそうではある…けど。
 問題は、『お嫁さん』ってなんだよ。雅孝がそんなの、俺に言うわけないじゃん!ああいうのは、たぶん…可愛い女の子の…結婚の約束をした婚約者さんとかに言うやつでしょ?
しかも。

「お口にチュウだなんてっ…!トクベツな関係じゃないと許されない、すごくエッチなやつじゃないかっ…俺、俺、なんてエッチな夢を見ちゃったんだっ」

 きゃ~っ!破廉恥!と、腕の中の温かいフワフワに顔をうずめて、恥ずかしさと罪悪感に悶えた。

「ごめんっ…雅孝ぁっ…」

 自分のイマジネーションがおそろしいです…!
 …えっ?えっ…?これって、おととい病院で、自分がオメガっていう誰かのお嫁さんになって、赤ちゃんを産める性別なんだぞって知っちゃった事と何か関係あるのかな。
 やっぱり…内心、結構ショック受けちゃってるのかなあ…。まあ、無理もないよね。
 ゆっくり、ゆっくり自分のペースで自分の性別と向き合っていきたいと思う。…でも、ちょっと、今は無理ぃ…。

「ほんとに今日、登校するの?」

 朝ご飯の屈強さんお得意のふわふわパンケーキを食べて、制服の帽子をかぶって、学校に行く準備万端。玄関に、ちょうど雅孝も迎えに来てくれてる。

「本当に学校に行けそう?昨日の段階でお医者さんのOKが出てるとはいえ、無理しなくていいのよ?」

 母ちゃんが心配して聞いてくれるが、俺はプルプルっと首を振った。

「ううん!大丈夫!俺、もう元気だよ。ありがとう。…じゃあ、雅孝も待たせたら悪いし、行ってきまーす!」
 
 家族と屈強さんたちに心配顔で見送られながら、玄関を出る。すると、いつも通りキチンと制服を身に着けた、雅孝が待っていてくれていた。東雲家の運転手さんが、車のそばに立ってにこやかに一礼した。いつも通りの光景だ。

「おはよう、みつき!…高熱が出て、寝込んでいたそうだけど、もう大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。あ、お見舞いの缶詰、ありがとなっ」

 すぐそばまですっと近づいて来た雅孝が、心配そうに俺のおでこの前髪をかきあげて、自分もおでこを出して顔を近づけてきた。お熱を調べる時によくする、おでことおでこをくっつけるやつだ。それは、ときどきやっていた動作のはずだったんだけど。

 …ゾクゾクッ

「っ…!?やっ…!」

 朝見た夢がフラッシュバックして、雅孝の顔が近づいて来た時、俺はとっさに強く雅孝の胸を両手で押して、拒絶していた。

そのあまりの勢いに、よろけて一歩後ろに下がる雅孝。

「あっ…ご、ごめん…」
「……」

 考えるより先に、身体が雅孝を拒むなんて初めてだった。俺は内心動揺しつつも、彼に謝った。
 だって、雅孝は善意で、心配して熱を調べようとしてくれただけなんだ。申し訳ないことをしてしまった。
 雅孝は、よほどショックだったのか、声もなく両目を大きく見開いて固まっている。

「…ごめんね、つき飛ばしたりして。体調はもう大丈夫だよ。学校、いこうか?……雅孝?」
「……えっ…?みつき、どうして…?」

 雅孝は幼い頬を青ざめさせて、ショックに顔を引きつらせながら言った。

「僕っ、何かした…?僕のこと、キライになっちゃった…?」
 
 声も体も、ショックでフルフル震えている。

「ううん、ちがうよっ。雅孝のこと、キライになんてなるわけないじゃん。ちょと…間違えちゃっただけ。ごめんね、驚かせて。」
「…そう、なの?本当…?」

 不安そうに瞳を揺らす雅孝に、俺は慌ててフォローした。
 雅孝の事は大好きだ。一番の親友だと思ってる。…だけど、雅孝の出てくるすごくけしからん夢を見てしまった…なんて言えるはずもない。

「じゃあ、学校に行こうか、みつき。…んっ」

 気を取り直した雅孝が、そっと近づいてきて、いつもの朝のごあいさつで、ほっぺにキスをしようとした。それは、物心ついたころから毎朝してきた、おなじみのご挨拶だったはず…なのだが。

「…ゃっ!」

 やっぱりちっちゃくゾクゾクっとした俺は、すっと一歩下がって逃げてしまった。

「はっ…?」

 再びショックで固まる雅孝。

「あっ、ご、ごめん。今日は、病み上がりだし、ほっぺにチュウのご挨拶はやめとくなっ。あの、な、なんとなくそうした方がいいかなって」
「…えっ…えっ?」
「さあ、あんまりのんびりしてると遅れちゃうから、学校いこうぜっ?」
俺は早く早く、と泣きそうになっている雅孝を急かして、車に押し込んだ。

 ぎゅっ…すすすっ…
 ぎゅうっ…すすすすっ…

 近い。雅孝が近い。走り出した車の後部座席、もともと狭い車の中、シートベルトもしているし、ほとんど逃げることはできてはいないんだけど。
 さっきの俺の態度で不安にさせてしまったからだろうか。いつにも増してぴったりと身を寄せてこようとする雅孝の…密着する身体や、体温が…今朝の夢の中で寄り添って横になっていたシーンを思い出させてきて、ついつい体が逃げようとしてしまう。

「みつき…やっぱり変だよね。ねえ、どうして逃げるのっ?目も微妙に合わせてくれないし」

 雅孝がうっすら目に涙の膜をはって、ふるふるしながらきいてきた。

「いやっ、そんなことないって。ちょっとやみあがりだし、うつしたりしたらダメだしさ」
「…うつるような病気じゃなくて、ちょっとお熱が出ちゃっただけって聞いたよ。…どうしてそんなウソつくのさ。やっぱり、今日のみつき、変だよっ。」

 わっ、だめだ、雅孝、めっちゃガチで泣きそうになってるじゃん!
 俺は、雅孝と、今度こそちゃんと目を合わせた。

「…みつき、まだ具合が悪いなら、無理せず休んだ方がいいんじゃない…?おうち、戻ろうか?」
「いや、大丈夫だよ。体調はもう、全回復したから。何にも問題ない!」

 俺は、両腕にエアー力こぶを作って、元気アピールした。それを、ジトッとした目で見てくる雅孝。

「……だったら、どうして、僕を避けるの…?」
「避けてない、避けてないって。雅孝のことキライになんてなるわけないじゃん。大好きだぞ。仲良しだろ、俺たち。なっなっ」
「……」

 まずい。雅孝、すっごく疑った目で見てくる。完全に信用されてない。
 …そうだよね、俺がウソついてるのは事実だし。だけど、いちばんの親友で、仲良しだと思ってるのも本当。だから…。

「そう…。本当に僕を避けてないっていうんならさ。…さっきできなかったごあいさつ、みつきからしてよ。」
つまり、雅孝のほっぺに、俺から、ちゅっ?
  
 ゾクッ…

 ほら、また…。さっきから、ときどき雅孝に近付こうとするとゾクゾクしちゃうんだ。悪感とか、イヤな感じとはちょっと違うと思うんだけど。どういうわけか反射的に、身体が逃げちゃう。
 …変だよね、これじゃまるで、俺が変に雅孝のこと、意識しちゃってるみたいじゃないか。
 雅孝は親友だろ?夢の内容といい、どうしちゃったんだう、俺。

 だけど、これ以上、雅孝を不安にさせちゃだめだ。
 俺は、意を決して雅孝のほっぺに唇を寄せ、妙にドキドキする胸をそっと押さえながら、ちゅっ、とキスをした。
 これはご挨拶。キスだけど、キスじゃない。欧米の、親友のご挨拶だ。
 …変に意識しちゃうのも、ドキドキしちゃうのも、気のせいだ。きっと病み上がりのせい。

 雅孝は何とかその場は機嫌を直してくれてホッとした。…だけど、俺はその時はまだ知らなかったんだ。
 雅孝が近付くたびにおこるゾクゾクが、その先もずっと続く事。それどころか、少しずつ強くなっていっちゃう事も。俺自身は、頑張っていつもどおりを装おうとして、朝のご挨拶や密着にも応えていたつもりだったけど。雅孝の目には、まったく誤魔化せていなかったんだなんてこと。

 俺がそのことを知るのは、ひと月ほど経過した日の放課後。
 すっかり堪忍袋の緒が擦り切れた雅孝に、いつもの車の後部座席に引っ張り込まれ、東雲のお屋敷の、雅孝の自室に連れていかれてからだった。

「…さあ、今日こそ、全部話してもらうよ。みつき」

 いつものように、背後から抱き込まれて、お腹のところでがっちり腕でホールドされて、逃げられなくしてから…完全に目の笑ってない笑顔で、雅孝が言った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

傾国のΩと呼ばれて破滅したと思えば人生をやり直すことになったので、今度は遠くから前世の番を見守ることにします

槿 資紀
BL
 傾国のΩと呼ばれた伯爵令息、リシャール・ロスフィードは、最愛の番である侯爵家嫡男ヨハネス・ケインを洗脳魔術によって不当に略奪され、無理やり番を解消させられた。  自らの半身にも等しいパートナーを失い狂気に堕ちたリシャールは、復讐の鬼と化し、自らを忘れてしまったヨハネスもろとも、ことを仕組んだ黒幕を一族郎党血祭りに上げた。そして、間もなく、その咎によって処刑される。  そんな彼の正気を呼び戻したのは、ヨハネスと出会う前の、9歳の自分として再び目覚めたという、にわかには信じがたい状況だった。  しかも、生まれ変わる前と違い、彼のすぐそばには、存在しなかったはずの双子の妹、ルトリューゼとかいうケッタイな娘までいるじゃないか。  さて、ルトリューゼはとかく奇妙な娘だった。何やら自分には前世の記憶があるだの、この世界は自分が前世で愛読していた小説の舞台であるだの、このままでは一族郎党処刑されて死んでしまうだの、そんな支離滅裂なことを口走るのである。ちらほらと心あたりがあるのがまた始末に負えない。  リシャールはそんな妹の話を聞き出すうちに、自らの価値観をまるきり塗り替える概念と出会う。  それこそ、『推し活』。愛する者を遠くから見守り、ただその者が幸せになることだけを一身に願って、まったくの赤の他人として尽くす、という営みである。  リシャールは正直なところ、もうあんな目に遭うのは懲り懲りだった。番だのΩだの傾国だのと鬱陶しく持て囃され、邪な欲望の的になるのも、愛する者を不当に奪われて、周囲の者もろとも人生を棒に振るのも。  愛する人を、自分の破滅に巻き込むのも、全部たくさんだった。  今もなお、ヨハネスのことを愛おしく思う気持ちに変わりはない。しかし、惨憺たる結末を変えるなら、彼と出会っていない今がチャンスだと、リシャールは確信した。  いざ、思いがけず手に入れた二度目の人生は、推し活に全てを捧げよう。愛するヨハネスのことは遠くで見守り、他人として、その幸せを願うのだ、と。  推し活を万全に営むため、露払いと称しては、無自覚に暗躍を始めるリシャール。かかわりを持たないよう徹底的に避けているにも関わらず、なぜか向こうから果敢に接近してくる終生の推しヨハネス。真意の読めない飄々とした顔で事あるごとにちょっかいをかけてくる王太子。頭の良さに割くべきリソースをすべて顔に費やした愛すべき妹ルトリューゼ。  不本意にも、様子のおかしい連中に囲まれるようになった彼が、平穏な推し活に勤しめる日は、果たして訪れるのだろうか。

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

【続篇完結】第四皇子のつがい婚―年下皇子は白百合の香に惑う―

熾月あおい
BL
嶌国の第四皇子・朱燎琉(α)は、貴族の令嬢との婚約を前に、とんでもない事故を起こしてしまう。発情して我を失くし、国府に勤める官吏・郭瓔偲(Ω)を無理矢理つがいにしてしまったのだ。 その後、Ωの地位向上政策を掲げる父皇帝から命じられたのは、郭瓔偲との婚姻だった。 納得いかないながらも瓔偲に会いに行った燎琉は、そこで、凛とした空気を纏う、うつくしい官吏に引き合わされる。漂うのは、甘く高貴な白百合の香り――……それが燎琉のつがい、瓔偲だった。 戸惑いながらも瓔偲を殿舎に迎えた燎琉だったが、瓔偲の口から思ってもみなかったことを聞かされることになる。 「私たちがつがってしまったのは、もしかすると、皇太子位に絡んだ陰謀かもしれない。誰かの陰謀だとわかれば、婚約解消を皇帝に願い出ることもできるのではないか」 ふたりは調査を開始するが、ともに過ごすうちに燎琉は次第に瓔偲に惹かれていって――……? ※「*」のついた話はR指定です、ご注意ください。 ※第11回BL小説大賞エントリー中。応援いただけると嬉しいです!

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

処理中です...