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秘密のセンシティブな夢と、不可解なゾクゾク
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ペロッ…ペロッ…
「んぅっ…?んむぅ~…」
んもうっ…なんだよお。人が気持ちよく寝てるのに、ほっぺペロペロしてっ。くすぐったいでしょ~。
はは~ん、さては。こんなことするのは、ちくわぶだなっ?
ペロッ…ちゅうぅっ…ちゅっ…ちゅっ…
「んむっ~っ!…んも~っ、寝てるのにぃっ…ちゅっちゅしちゃだめぇ…」
…んっ?
ちくわぶがペロペロしてくるのは、いつもの事だから、わかる。…けど、ワンコはチュウはしない…よね?
えっ…?えっえっ…?
じゃあ今、寝てる俺のお顔中にちゅっちゅってしてるの、誰?
ちくわぶじゃ…ない!?んむう~、眠くって、目が開きにくい…むぎぎっ…
俺は、慌てて眠たい目蓋を持ち上げた。すると、そこには…
「ふふっ…。おはよう、お寝坊さんだね。…あれ、寝起きのおめめがぽや~っとしててカワイイね?」
朝日を浴びてまぶしくキラキラ輝く金髪と、吸い込まれそうに綺麗な青い瞳。紺色の肌触りのいい上質なパジャマに身を包んだとんでもない美青年…大きい大人の男に成長した、雅孝がすぐ隣に横たわり、ひじをついて俺の顔を覗き込んでした。
ち、近い近い!顔が近い!…っていうか、なに、その甘ったるい雰囲気!センシティブ!
「一緒にお寝坊もいいものだけど、そろそろ起きようか…?僕のかわいいお嫁さん」
甘~いとろんとした目つきと、耳の奥がしびれるような低い美声で、愛おしそうに言った雅孝が…ゆっくりと顔を近づけて来た。
…っ!?お口に、チュウされちゃうっ…?
「…っお口にチュウは、だぁめえええっ!!」
迫ってくる雅孝のお顔を押しのけて阻止しようとして…今度こそ、目が覚めた。
目の前には、寝ている俺を起こそうとしてペロペロしていたらしいちくわぶ。ほっぺを両手ではさまれて押しのけられた状態で、ぱちくりとびっくり眼で俺を見ていた。おいっ、ちっちゃいピンクの舌。しまい忘れてるぞっ。
「っ…うっ…えぅっ…。ひっく…!すごい夢、見ちゃったぁ…」
俺は、いま自分で見た夢の内容にびっくりして、ちくわぶをだっこしながら、ちょっと泣いちゃった。ちくわぶが、心配してキュンキュン言ってる。
だって、だって…。
親友に、夢の中でなんちゅうセリフ言わせてるんだよ…?あんな少女漫画みたいな、あまーい恥ずかしいセリフなんて雅孝は…いや、普通に言いそうではある…けど。
問題は、『お嫁さん』ってなんだよ。雅孝がそんなの、俺に言うわけないじゃん!ああいうのは、たぶん…可愛い女の子の…結婚の約束をした婚約者さんとかに言うやつでしょ?
しかも。
「お口にチュウだなんてっ…!トクベツな関係じゃないと許されない、すごくエッチなやつじゃないかっ…俺、俺、なんてエッチな夢を見ちゃったんだっ」
きゃ~っ!破廉恥!と、腕の中の温かいフワフワに顔をうずめて、恥ずかしさと罪悪感に悶えた。
「ごめんっ…雅孝ぁっ…」
自分のイマジネーションがおそろしいです…!
…えっ?えっ…?これって、おととい病院で、自分がオメガっていう誰かのお嫁さんになって、赤ちゃんを産める性別なんだぞって知っちゃった事と何か関係あるのかな。
やっぱり…内心、結構ショック受けちゃってるのかなあ…。まあ、無理もないよね。
ゆっくり、ゆっくり自分のペースで自分の性別と向き合っていきたいと思う。…でも、ちょっと、今は無理ぃ…。
「ほんとに今日、登校するの?」
朝ご飯の屈強さんお得意のふわふわパンケーキを食べて、制服の帽子をかぶって、学校に行く準備万端。玄関に、ちょうど雅孝も迎えに来てくれてる。
「本当に学校に行けそう?昨日の段階でお医者さんのOKが出てるとはいえ、無理しなくていいのよ?」
母ちゃんが心配して聞いてくれるが、俺はプルプルっと首を振った。
「ううん!大丈夫!俺、もう元気だよ。ありがとう。…じゃあ、雅孝も待たせたら悪いし、行ってきまーす!」
家族と屈強さんたちに心配顔で見送られながら、玄関を出る。すると、いつも通りキチンと制服を身に着けた、雅孝が待っていてくれていた。東雲家の運転手さんが、車のそばに立ってにこやかに一礼した。いつも通りの光景だ。
「おはよう、みつき!…高熱が出て、寝込んでいたそうだけど、もう大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。あ、お見舞いの缶詰、ありがとなっ」
すぐそばまですっと近づいて来た雅孝が、心配そうに俺のおでこの前髪をかきあげて、自分もおでこを出して顔を近づけてきた。お熱を調べる時によくする、おでことおでこをくっつけるやつだ。それは、ときどきやっていた動作のはずだったんだけど。
…ゾクゾクッ
「っ…!?やっ…!」
朝見た夢がフラッシュバックして、雅孝の顔が近づいて来た時、俺はとっさに強く雅孝の胸を両手で押して、拒絶していた。
そのあまりの勢いに、よろけて一歩後ろに下がる雅孝。
「あっ…ご、ごめん…」
「……」
考えるより先に、身体が雅孝を拒むなんて初めてだった。俺は内心動揺しつつも、彼に謝った。
だって、雅孝は善意で、心配して熱を調べようとしてくれただけなんだ。申し訳ないことをしてしまった。
雅孝は、よほどショックだったのか、声もなく両目を大きく見開いて固まっている。
「…ごめんね、つき飛ばしたりして。体調はもう大丈夫だよ。学校、いこうか?……雅孝?」
「……えっ…?みつき、どうして…?」
雅孝は幼い頬を青ざめさせて、ショックに顔を引きつらせながら言った。
「僕っ、何かした…?僕のこと、キライになっちゃった…?」
声も体も、ショックでフルフル震えている。
「ううん、ちがうよっ。雅孝のこと、キライになんてなるわけないじゃん。ちょと…間違えちゃっただけ。ごめんね、驚かせて。」
「…そう、なの?本当…?」
不安そうに瞳を揺らす雅孝に、俺は慌ててフォローした。
雅孝の事は大好きだ。一番の親友だと思ってる。…だけど、雅孝の出てくるすごくけしからん夢を見てしまった…なんて言えるはずもない。
「じゃあ、学校に行こうか、みつき。…んっ」
気を取り直した雅孝が、そっと近づいてきて、いつもの朝のごあいさつで、ほっぺにキスをしようとした。それは、物心ついたころから毎朝してきた、おなじみのご挨拶だったはず…なのだが。
「…ゃっ!」
やっぱりちっちゃくゾクゾクっとした俺は、すっと一歩下がって逃げてしまった。
「はっ…?」
再びショックで固まる雅孝。
「あっ、ご、ごめん。今日は、病み上がりだし、ほっぺにチュウのご挨拶はやめとくなっ。あの、な、なんとなくそうした方がいいかなって」
「…えっ…えっ?」
「さあ、あんまりのんびりしてると遅れちゃうから、学校いこうぜっ?」
俺は早く早く、と泣きそうになっている雅孝を急かして、車に押し込んだ。
ぎゅっ…すすすっ…
ぎゅうっ…すすすすっ…
近い。雅孝が近い。走り出した車の後部座席、もともと狭い車の中、シートベルトもしているし、ほとんど逃げることはできてはいないんだけど。
さっきの俺の態度で不安にさせてしまったからだろうか。いつにも増してぴったりと身を寄せてこようとする雅孝の…密着する身体や、体温が…今朝の夢の中で寄り添って横になっていたシーンを思い出させてきて、ついつい体が逃げようとしてしまう。
「みつき…やっぱり変だよね。ねえ、どうして逃げるのっ?目も微妙に合わせてくれないし」
雅孝がうっすら目に涙の膜をはって、ふるふるしながらきいてきた。
「いやっ、そんなことないって。ちょっとやみあがりだし、うつしたりしたらダメだしさ」
「…うつるような病気じゃなくて、ちょっとお熱が出ちゃっただけって聞いたよ。…どうしてそんなウソつくのさ。やっぱり、今日のみつき、変だよっ。」
わっ、だめだ、雅孝、めっちゃガチで泣きそうになってるじゃん!
俺は、雅孝と、今度こそちゃんと目を合わせた。
「…みつき、まだ具合が悪いなら、無理せず休んだ方がいいんじゃない…?おうち、戻ろうか?」
「いや、大丈夫だよ。体調はもう、全回復したから。何にも問題ない!」
俺は、両腕にエアー力こぶを作って、元気アピールした。それを、ジトッとした目で見てくる雅孝。
「……だったら、どうして、僕を避けるの…?」
「避けてない、避けてないって。雅孝のことキライになんてなるわけないじゃん。大好きだぞ。仲良しだろ、俺たち。なっなっ」
「……」
まずい。雅孝、すっごく疑った目で見てくる。完全に信用されてない。
…そうだよね、俺がウソついてるのは事実だし。だけど、いちばんの親友で、仲良しだと思ってるのも本当。だから…。
「そう…。本当に僕を避けてないっていうんならさ。…さっきできなかったごあいさつ、みつきからしてよ。」
つまり、雅孝のほっぺに、俺から、ちゅっ?
ゾクッ…
ほら、また…。さっきから、ときどき雅孝に近付こうとするとゾクゾクしちゃうんだ。悪感とか、イヤな感じとはちょっと違うと思うんだけど。どういうわけか反射的に、身体が逃げちゃう。
…変だよね、これじゃまるで、俺が変に雅孝のこと、意識しちゃってるみたいじゃないか。
雅孝は親友だろ?夢の内容といい、どうしちゃったんだう、俺。
だけど、これ以上、雅孝を不安にさせちゃだめだ。
俺は、意を決して雅孝のほっぺに唇を寄せ、妙にドキドキする胸をそっと押さえながら、ちゅっ、とキスをした。
これはご挨拶。キスだけど、キスじゃない。欧米の、親友のご挨拶だ。
…変に意識しちゃうのも、ドキドキしちゃうのも、気のせいだ。きっと病み上がりのせい。
雅孝は何とかその場は機嫌を直してくれてホッとした。…だけど、俺はその時はまだ知らなかったんだ。
雅孝が近付くたびにおこるゾクゾクが、その先もずっと続く事。それどころか、少しずつ強くなっていっちゃう事も。俺自身は、頑張っていつもどおりを装おうとして、朝のご挨拶や密着にも応えていたつもりだったけど。雅孝の目には、まったく誤魔化せていなかったんだなんてこと。
俺がそのことを知るのは、ひと月ほど経過した日の放課後。
すっかり堪忍袋の緒が擦り切れた雅孝に、いつもの車の後部座席に引っ張り込まれ、東雲のお屋敷の、雅孝の自室に連れていかれてからだった。
「…さあ、今日こそ、全部話してもらうよ。みつき」
いつものように、背後から抱き込まれて、お腹のところでがっちり腕でホールドされて、逃げられなくしてから…完全に目の笑ってない笑顔で、雅孝が言った。
「んぅっ…?んむぅ~…」
んもうっ…なんだよお。人が気持ちよく寝てるのに、ほっぺペロペロしてっ。くすぐったいでしょ~。
はは~ん、さては。こんなことするのは、ちくわぶだなっ?
ペロッ…ちゅうぅっ…ちゅっ…ちゅっ…
「んむっ~っ!…んも~っ、寝てるのにぃっ…ちゅっちゅしちゃだめぇ…」
…んっ?
ちくわぶがペロペロしてくるのは、いつもの事だから、わかる。…けど、ワンコはチュウはしない…よね?
えっ…?えっえっ…?
じゃあ今、寝てる俺のお顔中にちゅっちゅってしてるの、誰?
ちくわぶじゃ…ない!?んむう~、眠くって、目が開きにくい…むぎぎっ…
俺は、慌てて眠たい目蓋を持ち上げた。すると、そこには…
「ふふっ…。おはよう、お寝坊さんだね。…あれ、寝起きのおめめがぽや~っとしててカワイイね?」
朝日を浴びてまぶしくキラキラ輝く金髪と、吸い込まれそうに綺麗な青い瞳。紺色の肌触りのいい上質なパジャマに身を包んだとんでもない美青年…大きい大人の男に成長した、雅孝がすぐ隣に横たわり、ひじをついて俺の顔を覗き込んでした。
ち、近い近い!顔が近い!…っていうか、なに、その甘ったるい雰囲気!センシティブ!
「一緒にお寝坊もいいものだけど、そろそろ起きようか…?僕のかわいいお嫁さん」
甘~いとろんとした目つきと、耳の奥がしびれるような低い美声で、愛おしそうに言った雅孝が…ゆっくりと顔を近づけて来た。
…っ!?お口に、チュウされちゃうっ…?
「…っお口にチュウは、だぁめえええっ!!」
迫ってくる雅孝のお顔を押しのけて阻止しようとして…今度こそ、目が覚めた。
目の前には、寝ている俺を起こそうとしてペロペロしていたらしいちくわぶ。ほっぺを両手ではさまれて押しのけられた状態で、ぱちくりとびっくり眼で俺を見ていた。おいっ、ちっちゃいピンクの舌。しまい忘れてるぞっ。
「っ…うっ…えぅっ…。ひっく…!すごい夢、見ちゃったぁ…」
俺は、いま自分で見た夢の内容にびっくりして、ちくわぶをだっこしながら、ちょっと泣いちゃった。ちくわぶが、心配してキュンキュン言ってる。
だって、だって…。
親友に、夢の中でなんちゅうセリフ言わせてるんだよ…?あんな少女漫画みたいな、あまーい恥ずかしいセリフなんて雅孝は…いや、普通に言いそうではある…けど。
問題は、『お嫁さん』ってなんだよ。雅孝がそんなの、俺に言うわけないじゃん!ああいうのは、たぶん…可愛い女の子の…結婚の約束をした婚約者さんとかに言うやつでしょ?
しかも。
「お口にチュウだなんてっ…!トクベツな関係じゃないと許されない、すごくエッチなやつじゃないかっ…俺、俺、なんてエッチな夢を見ちゃったんだっ」
きゃ~っ!破廉恥!と、腕の中の温かいフワフワに顔をうずめて、恥ずかしさと罪悪感に悶えた。
「ごめんっ…雅孝ぁっ…」
自分のイマジネーションがおそろしいです…!
…えっ?えっ…?これって、おととい病院で、自分がオメガっていう誰かのお嫁さんになって、赤ちゃんを産める性別なんだぞって知っちゃった事と何か関係あるのかな。
やっぱり…内心、結構ショック受けちゃってるのかなあ…。まあ、無理もないよね。
ゆっくり、ゆっくり自分のペースで自分の性別と向き合っていきたいと思う。…でも、ちょっと、今は無理ぃ…。
「ほんとに今日、登校するの?」
朝ご飯の屈強さんお得意のふわふわパンケーキを食べて、制服の帽子をかぶって、学校に行く準備万端。玄関に、ちょうど雅孝も迎えに来てくれてる。
「本当に学校に行けそう?昨日の段階でお医者さんのOKが出てるとはいえ、無理しなくていいのよ?」
母ちゃんが心配して聞いてくれるが、俺はプルプルっと首を振った。
「ううん!大丈夫!俺、もう元気だよ。ありがとう。…じゃあ、雅孝も待たせたら悪いし、行ってきまーす!」
家族と屈強さんたちに心配顔で見送られながら、玄関を出る。すると、いつも通りキチンと制服を身に着けた、雅孝が待っていてくれていた。東雲家の運転手さんが、車のそばに立ってにこやかに一礼した。いつも通りの光景だ。
「おはよう、みつき!…高熱が出て、寝込んでいたそうだけど、もう大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。あ、お見舞いの缶詰、ありがとなっ」
すぐそばまですっと近づいて来た雅孝が、心配そうに俺のおでこの前髪をかきあげて、自分もおでこを出して顔を近づけてきた。お熱を調べる時によくする、おでことおでこをくっつけるやつだ。それは、ときどきやっていた動作のはずだったんだけど。
…ゾクゾクッ
「っ…!?やっ…!」
朝見た夢がフラッシュバックして、雅孝の顔が近づいて来た時、俺はとっさに強く雅孝の胸を両手で押して、拒絶していた。
そのあまりの勢いに、よろけて一歩後ろに下がる雅孝。
「あっ…ご、ごめん…」
「……」
考えるより先に、身体が雅孝を拒むなんて初めてだった。俺は内心動揺しつつも、彼に謝った。
だって、雅孝は善意で、心配して熱を調べようとしてくれただけなんだ。申し訳ないことをしてしまった。
雅孝は、よほどショックだったのか、声もなく両目を大きく見開いて固まっている。
「…ごめんね、つき飛ばしたりして。体調はもう大丈夫だよ。学校、いこうか?……雅孝?」
「……えっ…?みつき、どうして…?」
雅孝は幼い頬を青ざめさせて、ショックに顔を引きつらせながら言った。
「僕っ、何かした…?僕のこと、キライになっちゃった…?」
声も体も、ショックでフルフル震えている。
「ううん、ちがうよっ。雅孝のこと、キライになんてなるわけないじゃん。ちょと…間違えちゃっただけ。ごめんね、驚かせて。」
「…そう、なの?本当…?」
不安そうに瞳を揺らす雅孝に、俺は慌ててフォローした。
雅孝の事は大好きだ。一番の親友だと思ってる。…だけど、雅孝の出てくるすごくけしからん夢を見てしまった…なんて言えるはずもない。
「じゃあ、学校に行こうか、みつき。…んっ」
気を取り直した雅孝が、そっと近づいてきて、いつもの朝のごあいさつで、ほっぺにキスをしようとした。それは、物心ついたころから毎朝してきた、おなじみのご挨拶だったはず…なのだが。
「…ゃっ!」
やっぱりちっちゃくゾクゾクっとした俺は、すっと一歩下がって逃げてしまった。
「はっ…?」
再びショックで固まる雅孝。
「あっ、ご、ごめん。今日は、病み上がりだし、ほっぺにチュウのご挨拶はやめとくなっ。あの、な、なんとなくそうした方がいいかなって」
「…えっ…えっ?」
「さあ、あんまりのんびりしてると遅れちゃうから、学校いこうぜっ?」
俺は早く早く、と泣きそうになっている雅孝を急かして、車に押し込んだ。
ぎゅっ…すすすっ…
ぎゅうっ…すすすすっ…
近い。雅孝が近い。走り出した車の後部座席、もともと狭い車の中、シートベルトもしているし、ほとんど逃げることはできてはいないんだけど。
さっきの俺の態度で不安にさせてしまったからだろうか。いつにも増してぴったりと身を寄せてこようとする雅孝の…密着する身体や、体温が…今朝の夢の中で寄り添って横になっていたシーンを思い出させてきて、ついつい体が逃げようとしてしまう。
「みつき…やっぱり変だよね。ねえ、どうして逃げるのっ?目も微妙に合わせてくれないし」
雅孝がうっすら目に涙の膜をはって、ふるふるしながらきいてきた。
「いやっ、そんなことないって。ちょっとやみあがりだし、うつしたりしたらダメだしさ」
「…うつるような病気じゃなくて、ちょっとお熱が出ちゃっただけって聞いたよ。…どうしてそんなウソつくのさ。やっぱり、今日のみつき、変だよっ。」
わっ、だめだ、雅孝、めっちゃガチで泣きそうになってるじゃん!
俺は、雅孝と、今度こそちゃんと目を合わせた。
「…みつき、まだ具合が悪いなら、無理せず休んだ方がいいんじゃない…?おうち、戻ろうか?」
「いや、大丈夫だよ。体調はもう、全回復したから。何にも問題ない!」
俺は、両腕にエアー力こぶを作って、元気アピールした。それを、ジトッとした目で見てくる雅孝。
「……だったら、どうして、僕を避けるの…?」
「避けてない、避けてないって。雅孝のことキライになんてなるわけないじゃん。大好きだぞ。仲良しだろ、俺たち。なっなっ」
「……」
まずい。雅孝、すっごく疑った目で見てくる。完全に信用されてない。
…そうだよね、俺がウソついてるのは事実だし。だけど、いちばんの親友で、仲良しだと思ってるのも本当。だから…。
「そう…。本当に僕を避けてないっていうんならさ。…さっきできなかったごあいさつ、みつきからしてよ。」
つまり、雅孝のほっぺに、俺から、ちゅっ?
ゾクッ…
ほら、また…。さっきから、ときどき雅孝に近付こうとするとゾクゾクしちゃうんだ。悪感とか、イヤな感じとはちょっと違うと思うんだけど。どういうわけか反射的に、身体が逃げちゃう。
…変だよね、これじゃまるで、俺が変に雅孝のこと、意識しちゃってるみたいじゃないか。
雅孝は親友だろ?夢の内容といい、どうしちゃったんだう、俺。
だけど、これ以上、雅孝を不安にさせちゃだめだ。
俺は、意を決して雅孝のほっぺに唇を寄せ、妙にドキドキする胸をそっと押さえながら、ちゅっ、とキスをした。
これはご挨拶。キスだけど、キスじゃない。欧米の、親友のご挨拶だ。
…変に意識しちゃうのも、ドキドキしちゃうのも、気のせいだ。きっと病み上がりのせい。
雅孝は何とかその場は機嫌を直してくれてホッとした。…だけど、俺はその時はまだ知らなかったんだ。
雅孝が近付くたびにおこるゾクゾクが、その先もずっと続く事。それどころか、少しずつ強くなっていっちゃう事も。俺自身は、頑張っていつもどおりを装おうとして、朝のご挨拶や密着にも応えていたつもりだったけど。雅孝の目には、まったく誤魔化せていなかったんだなんてこと。
俺がそのことを知るのは、ひと月ほど経過した日の放課後。
すっかり堪忍袋の緒が擦り切れた雅孝に、いつもの車の後部座席に引っ張り込まれ、東雲のお屋敷の、雅孝の自室に連れていかれてからだった。
「…さあ、今日こそ、全部話してもらうよ。みつき」
いつものように、背後から抱き込まれて、お腹のところでがっちり腕でホールドされて、逃げられなくしてから…完全に目の笑ってない笑顔で、雅孝が言った。
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