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親戚のお兄さん(2)
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澄人とのデートは想像以上に楽しかった。どこへ連れて行っても反応が新鮮で、海外の友人が日本に来て驚くのに近いものを感じる。
彼はしきりに歳が離れていることを気にするが、俺に言わせれば澄人は同年代の誰よりも肌が綺麗だ。
外見を褒められるのは慣れてないようで、あまり言うと嫌がられるから気をつけている。
彼はとにかく繊細だ。彼が俺といる時以外マスクをしているのは何度か会って気付いた。理由を聞いたら、少し困った様子で「昔、匂いでちょっと嫌なことがあったから」と濁した。あまり話したくない過去があるのかもしれない。
鋭い感性を持っているのに自信がなくて、自分の発言を恥ずかしがる。だから考えていることの真意を汲み取れるまで、俺は辛抱強く待つ。
恋愛に関しては新雪のスキーコースのようにまっさらで、誰にも荒らされていない。まるで、俺に会うまで誰も踏み入れさせずにいてくれたみたいに。
前の彼女は、付き合い始めてすぐに物をねだるようになった。
俺はバイトはしていないが不動産からの不労所得があるし、時計が好きだから腕時計は投資の意味も兼ねて良いものを使ってる。だけど彼女はそれを理解してなくて、同じブランドのをお揃いでプレゼントしてほしいとねだってきた。
ロゴやブランドに弱い人間が俺の見た目や家柄目当てで擦り寄ってくる。付き合うまではうまくそれを隠している子もいて、本性を見てうんざりすることが多々あった。
だけど、澄人はその逆だった。こちらが何かしてあげようとしても遠慮する。年上だからと食事代も俺の分まで払おうとするし、何だか調子が狂う。
関係を深めたくて不自然じゃない程度にボディタッチしてみるけど、それを何とも思ってないみたいだ。いまだに子ども扱いされてるんだろうか? ここまでして落とせなかった相手が今までいないので焦りを感じるくらいだ。
俺は少し距離を縮めたくて、遠出してみることにした。澄人が海で遊んだことがないと言うので車で連れて行く。
ビーチの楽しげな人々を目を細めて見ている彼は穏やかで幸せそうに見えた。こんなに熱くて賑やかな場所にいても、澄人の周りだけ涼しげな空気なのが不思議だった。
海の家で二人で焼そばを食べ、このチープな味が良いねと言って澄人は笑った。女の子達がインスタに載せるようなフルーツやクリームたっぷりのじゃない、シロップだけがかかったかき氷を食べて喜んでいる。舌がシロップで緑色になっているのを撮って欲しいと言う澄人があまりに楽しそうで、俺は柄にもなく二人が写るように顔を寄せて自撮りまでした。
二人でいると、女の子グループに何度も話しかけられる。澄人が萎縮し始めたのでビーチから人の少ない岩場へ移動した。磯で小さなカニを見つけて、珍しくはしゃいだ様子の澄人に俺は頬を緩ませた。
帰り道、車に乗ってしばらくすると彼は静かになった。夕陽を浴びた寝顔が綺麗で、自分がアーティストなら間違いなく彫刻か絵画にでもするのに――と思った。しかし、俺にそんな才能はない。
かなり疲れたと見えて、自宅前に着いても彼は起きなかった。子どもみたいな顔で眠っている澄人の顔を見ていたら胸が締め付けられる。俺に気を許して、こんな無防備な姿を見せてくれるのが嬉しくてたまらなかった。
匂いだけ……と俺は首元に顔を近づけた。海から帰ったばかりなのに、爽やかな匂いがした。
「隆之介くん……?」
目を瞑って香りを堪能していたら、澄人が起きてしまったようだ。俺は何事もなかったかのように笑顔を作った。
「着いたよ」
目が合うと、澄人が頬を染めた。すると甘い匂いが車内に漂った。花のようないい香りに包まれ、我慢できずに願望が口をついて出た。
「スミくんにキスしたい」
彼は「え?」と言って目を丸くした。
「キスは初めて?」
顔を真赤にし、無言で頷く彼。
「俺とキスするのは嫌?」
「……嫌じゃ、ないけど……」
さらに甘くなる匂いに期待でくらくらしそうだ。彼の頬に手を添えて「目を閉じて」と言うと澄人は素直に従った。匂いに誘われて唇を寄せる。
触れ合った瞬間、その柔らかさに脳が痺れそうだった。この唇に初めて触れたのは俺なんだ――そう叫んで回りたいくらい内心テンションが上がっていた。
いつまでもずっとこの感触を味わっていたいが、怯えさせてはいけない。唇を離すと、濡れた黒い瞳で見上げられる。目元が赤くなり、荒くなった息を隠そうと鼻で呼吸している澄人を抱きしめたかった。
続きをせがむような熱っぽい彼の眼差しとむせ返りそうな甘い香り。このまま押し倒したくなるのをなんとか堪えて、俺は内側から助手席のドアを開けた。
「おやすみ、スミくん。また連絡する」
「あ、ああ、うん」
慌てて降りようとして澄人は天井に頭をぶつけた。可愛くて我慢できずに手を引きもう一度軽くキスした。すぐに手を離し「気をつけて」と言うと彼は益々顔を赤くしてこちらを見ずに車を降りた。
「おやすみ!」
澄人はそのまま玄関まで駆けて行ってしまった。俺はそれを見届け、ため息をついた。
彼があんな顔をするなんて――。今まで見たことのない、アルファを求めるオメガの表情だった。
「これでいいのか? いいよな」
赤い顔をした澄人を家族の元へ帰してしまった。なんだかすごく悪いことをしたみたいな気がして、それが妙に俺の気分を高揚させた。
彼はしきりに歳が離れていることを気にするが、俺に言わせれば澄人は同年代の誰よりも肌が綺麗だ。
外見を褒められるのは慣れてないようで、あまり言うと嫌がられるから気をつけている。
彼はとにかく繊細だ。彼が俺といる時以外マスクをしているのは何度か会って気付いた。理由を聞いたら、少し困った様子で「昔、匂いでちょっと嫌なことがあったから」と濁した。あまり話したくない過去があるのかもしれない。
鋭い感性を持っているのに自信がなくて、自分の発言を恥ずかしがる。だから考えていることの真意を汲み取れるまで、俺は辛抱強く待つ。
恋愛に関しては新雪のスキーコースのようにまっさらで、誰にも荒らされていない。まるで、俺に会うまで誰も踏み入れさせずにいてくれたみたいに。
前の彼女は、付き合い始めてすぐに物をねだるようになった。
俺はバイトはしていないが不動産からの不労所得があるし、時計が好きだから腕時計は投資の意味も兼ねて良いものを使ってる。だけど彼女はそれを理解してなくて、同じブランドのをお揃いでプレゼントしてほしいとねだってきた。
ロゴやブランドに弱い人間が俺の見た目や家柄目当てで擦り寄ってくる。付き合うまではうまくそれを隠している子もいて、本性を見てうんざりすることが多々あった。
だけど、澄人はその逆だった。こちらが何かしてあげようとしても遠慮する。年上だからと食事代も俺の分まで払おうとするし、何だか調子が狂う。
関係を深めたくて不自然じゃない程度にボディタッチしてみるけど、それを何とも思ってないみたいだ。いまだに子ども扱いされてるんだろうか? ここまでして落とせなかった相手が今までいないので焦りを感じるくらいだ。
俺は少し距離を縮めたくて、遠出してみることにした。澄人が海で遊んだことがないと言うので車で連れて行く。
ビーチの楽しげな人々を目を細めて見ている彼は穏やかで幸せそうに見えた。こんなに熱くて賑やかな場所にいても、澄人の周りだけ涼しげな空気なのが不思議だった。
海の家で二人で焼そばを食べ、このチープな味が良いねと言って澄人は笑った。女の子達がインスタに載せるようなフルーツやクリームたっぷりのじゃない、シロップだけがかかったかき氷を食べて喜んでいる。舌がシロップで緑色になっているのを撮って欲しいと言う澄人があまりに楽しそうで、俺は柄にもなく二人が写るように顔を寄せて自撮りまでした。
二人でいると、女の子グループに何度も話しかけられる。澄人が萎縮し始めたのでビーチから人の少ない岩場へ移動した。磯で小さなカニを見つけて、珍しくはしゃいだ様子の澄人に俺は頬を緩ませた。
帰り道、車に乗ってしばらくすると彼は静かになった。夕陽を浴びた寝顔が綺麗で、自分がアーティストなら間違いなく彫刻か絵画にでもするのに――と思った。しかし、俺にそんな才能はない。
かなり疲れたと見えて、自宅前に着いても彼は起きなかった。子どもみたいな顔で眠っている澄人の顔を見ていたら胸が締め付けられる。俺に気を許して、こんな無防備な姿を見せてくれるのが嬉しくてたまらなかった。
匂いだけ……と俺は首元に顔を近づけた。海から帰ったばかりなのに、爽やかな匂いがした。
「隆之介くん……?」
目を瞑って香りを堪能していたら、澄人が起きてしまったようだ。俺は何事もなかったかのように笑顔を作った。
「着いたよ」
目が合うと、澄人が頬を染めた。すると甘い匂いが車内に漂った。花のようないい香りに包まれ、我慢できずに願望が口をついて出た。
「スミくんにキスしたい」
彼は「え?」と言って目を丸くした。
「キスは初めて?」
顔を真赤にし、無言で頷く彼。
「俺とキスするのは嫌?」
「……嫌じゃ、ないけど……」
さらに甘くなる匂いに期待でくらくらしそうだ。彼の頬に手を添えて「目を閉じて」と言うと澄人は素直に従った。匂いに誘われて唇を寄せる。
触れ合った瞬間、その柔らかさに脳が痺れそうだった。この唇に初めて触れたのは俺なんだ――そう叫んで回りたいくらい内心テンションが上がっていた。
いつまでもずっとこの感触を味わっていたいが、怯えさせてはいけない。唇を離すと、濡れた黒い瞳で見上げられる。目元が赤くなり、荒くなった息を隠そうと鼻で呼吸している澄人を抱きしめたかった。
続きをせがむような熱っぽい彼の眼差しとむせ返りそうな甘い香り。このまま押し倒したくなるのをなんとか堪えて、俺は内側から助手席のドアを開けた。
「おやすみ、スミくん。また連絡する」
「あ、ああ、うん」
慌てて降りようとして澄人は天井に頭をぶつけた。可愛くて我慢できずに手を引きもう一度軽くキスした。すぐに手を離し「気をつけて」と言うと彼は益々顔を赤くしてこちらを見ずに車を降りた。
「おやすみ!」
澄人はそのまま玄関まで駆けて行ってしまった。俺はそれを見届け、ため息をついた。
彼があんな顔をするなんて――。今まで見たことのない、アルファを求めるオメガの表情だった。
「これでいいのか? いいよな」
赤い顔をした澄人を家族の元へ帰してしまった。なんだかすごく悪いことをしたみたいな気がして、それが妙に俺の気分を高揚させた。
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