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勘違いの初恋(3)
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具合の悪くなったオメガなど迷惑でしかないだろうに、隆之介は僕を寝かせるためわざわざソファまで運んでくれた。そんな彼にせめて、あのときのことだけでも謝りたかった。
「ありがとう。ごめんね、ずっと……君が怒ってるんじゃないかって思ってた」
「え?」
「また遊ぼうねって約束したのに、来られなくなってごめん」
昔彼に「また遊ぼう」と言われたときの温かい気持ちを思い出す。彼がそう言ってくれるたびに僕はまたこの家に来ても良いと許された気がして、まだ自分には居場所があるんだと思えた。
すると彼の方も僕の手をぎゅっと握りしめてくれた。
「もう怒ってないよ。俺も、また会えて嬉しい」
――よかった……。
僕はほっとして目を閉じた。
――ああ、本当にいい匂い。やっとわかった……。これは総太郎じゃなくて、隆之介の匂いだったんだな。
隆之介に抱き上げられ、こうしてそばで手を握られてやっと自分の長年の勘違いに気がついた。僕の初恋は、総太郎じゃなかった。
そしてそのままうつらうつらしながら、自分が昔の気分のままで彼にバカなことを言ったなと思った。こんなに大きくなった彼が、いまだにあんな昔のことで怒っているわけもないのに。大体当時だって小学生のことだ、年の離れた親戚のことなんてすぐに忘れてしまっただろう。
ただ僕の中で、最後に兄から受けた伝言が心に引っかかったまま取れなかっただけ。自分の勘違いに恥ずかしくなる。体がだるくて目を開けられないのが救いだ。
心地よい香りに包まれながら知らぬ間に眠り込んでいたようだ。次に目を覚ました時近くに隆之介はおらず、微かな香りだけが残っていた。
帰り際も、アルファの彼は僕に気を遣って姿を見せなかった。もしかしたら隆之介に会ったこと自体白昼夢だったんじゃないかと思ってしまう。だけど、手を握られた感触は現実のものだ。
――今日は久しぶりに山岸家に来ることが出来てよかった。でももう、僕がここへ来ることは二度とないだろう。自分が一番恐れていたことが実際に起きてしまったのだから。
最後にここを訪れた時はまだ隆之介がアルファだとはわかっていなかった。だけど、集まる親戚たちの中には何人かアルファがいた。
数年後に隆之介がアルファだと知ったとき、やはり行くのを避けたのは正解だったと思った。山岸家は僕にとって絶対に安全で安心な空間としていつまでも心の中に残しておきたかったから。
あの家で、アルファのフェロモンに当てられて失態を晒すようなことはしたくなかった。あの場の誰にも――いや、僕を慕ってくれていた隆之介にだけは僕のみっともないところを見られたくなかった。いつもの、遊んでくれて甘えさせてくれるお兄さんという記憶のまま残っていたかったんだ。
だけど今日、成長しすっかりアルファらしくなった彼と再会して失態を見せてしまった。きっとがっかりしただろう。久しぶりに会った親戚のお兄さんが自分より小さくなっていて、もう甘えられる対象では無いと知ってしまったんだから――。
「夢を壊しちゃって悪いことしたな……」
――いや、夢を見ていたのは自分の方か。
自分の総太郎に対する勘違いの初恋も、すっかり大きくなって突然現れた隆之介も、ずっと長い間見ていた夢が突然覚めたみたいな感じで気持ちの整理がつかない。
もし山岸家で自分が発情したらこの世の終わりだ、なんて昔は考えていた。だけど、実際に似たようなことが起きても「夢の終わり」みたいなものを感じただけで絶望したりはしなかった。
僕がどうなろうと山岸家はあそこにずっとあるし、隆之介が結婚して家を出ない限りあそこはいい匂いのまま――。
そう考えると、なんだか悪くない気分だった。
◇
翌日は体調も良くなり、仕事にも出られそうだった。階下に降りてダイニングに顔を出すと母親が紅茶を入れてくれた。
「昨日は大変だったわね。今日はお仕事お休みしたら?」
「いや、大丈夫だよ。寝たらすっきりしたし」
「そう? よかった。あ、そうだ。これお父さんがあなたにって」
折り畳まれた紙片を渡されて開いてみる。
そこには角ばった文字で『また遊ぼう。隆之介』と書かれていて、LINEのIDと電話番号が記載されていた。
「うそ……」
「昨日隆之介くんに会ったんですってね。もう何年ぶりかしらねぇ」
「うん。また遊ぼうって……」
「あら、よかったじゃない。体調が気になるのもわかるけど、いつまでも家とクリニックの往復だけの人生なんてつまらないわよ」
社交的で明るい母は僕が仕事以外では半ば引きこもりみたいな生活をしていることが心配なのだ。普段からさりげなく僕が外へ出るように促そうとする人だった。
「倒れて迷惑かけたんだから、ご飯ごちそうするって言ってあげなさいよ。あなたお兄さんなんだから」
「お兄さん……? そっか……」
「そうよぉ。隆之介くん、お兄さんと年が離れてるから澄人の方にべったりだったものね。懐かしいわ」
隆之介と総太郎は母親が違う。隆之介は父親の再婚後に生まれているため、兄とはかなり年の差があった。
母は友達のいない僕に遊び相手ができることが嬉しいようだ。「今度隆之介くんを家に呼んで一緒にごはん食べるのもいいわね」なんて言いながら鼻歌交じりにテーブルに朝食を用意してくれる。
「さ、たくさん食べてお仕事もしっかり頼むわね」
「ありがとう。ごめんね、ずっと……君が怒ってるんじゃないかって思ってた」
「え?」
「また遊ぼうねって約束したのに、来られなくなってごめん」
昔彼に「また遊ぼう」と言われたときの温かい気持ちを思い出す。彼がそう言ってくれるたびに僕はまたこの家に来ても良いと許された気がして、まだ自分には居場所があるんだと思えた。
すると彼の方も僕の手をぎゅっと握りしめてくれた。
「もう怒ってないよ。俺も、また会えて嬉しい」
――よかった……。
僕はほっとして目を閉じた。
――ああ、本当にいい匂い。やっとわかった……。これは総太郎じゃなくて、隆之介の匂いだったんだな。
隆之介に抱き上げられ、こうしてそばで手を握られてやっと自分の長年の勘違いに気がついた。僕の初恋は、総太郎じゃなかった。
そしてそのままうつらうつらしながら、自分が昔の気分のままで彼にバカなことを言ったなと思った。こんなに大きくなった彼が、いまだにあんな昔のことで怒っているわけもないのに。大体当時だって小学生のことだ、年の離れた親戚のことなんてすぐに忘れてしまっただろう。
ただ僕の中で、最後に兄から受けた伝言が心に引っかかったまま取れなかっただけ。自分の勘違いに恥ずかしくなる。体がだるくて目を開けられないのが救いだ。
心地よい香りに包まれながら知らぬ間に眠り込んでいたようだ。次に目を覚ました時近くに隆之介はおらず、微かな香りだけが残っていた。
帰り際も、アルファの彼は僕に気を遣って姿を見せなかった。もしかしたら隆之介に会ったこと自体白昼夢だったんじゃないかと思ってしまう。だけど、手を握られた感触は現実のものだ。
――今日は久しぶりに山岸家に来ることが出来てよかった。でももう、僕がここへ来ることは二度とないだろう。自分が一番恐れていたことが実際に起きてしまったのだから。
最後にここを訪れた時はまだ隆之介がアルファだとはわかっていなかった。だけど、集まる親戚たちの中には何人かアルファがいた。
数年後に隆之介がアルファだと知ったとき、やはり行くのを避けたのは正解だったと思った。山岸家は僕にとって絶対に安全で安心な空間としていつまでも心の中に残しておきたかったから。
あの家で、アルファのフェロモンに当てられて失態を晒すようなことはしたくなかった。あの場の誰にも――いや、僕を慕ってくれていた隆之介にだけは僕のみっともないところを見られたくなかった。いつもの、遊んでくれて甘えさせてくれるお兄さんという記憶のまま残っていたかったんだ。
だけど今日、成長しすっかりアルファらしくなった彼と再会して失態を見せてしまった。きっとがっかりしただろう。久しぶりに会った親戚のお兄さんが自分より小さくなっていて、もう甘えられる対象では無いと知ってしまったんだから――。
「夢を壊しちゃって悪いことしたな……」
――いや、夢を見ていたのは自分の方か。
自分の総太郎に対する勘違いの初恋も、すっかり大きくなって突然現れた隆之介も、ずっと長い間見ていた夢が突然覚めたみたいな感じで気持ちの整理がつかない。
もし山岸家で自分が発情したらこの世の終わりだ、なんて昔は考えていた。だけど、実際に似たようなことが起きても「夢の終わり」みたいなものを感じただけで絶望したりはしなかった。
僕がどうなろうと山岸家はあそこにずっとあるし、隆之介が結婚して家を出ない限りあそこはいい匂いのまま――。
そう考えると、なんだか悪くない気分だった。
◇
翌日は体調も良くなり、仕事にも出られそうだった。階下に降りてダイニングに顔を出すと母親が紅茶を入れてくれた。
「昨日は大変だったわね。今日はお仕事お休みしたら?」
「いや、大丈夫だよ。寝たらすっきりしたし」
「そう? よかった。あ、そうだ。これお父さんがあなたにって」
折り畳まれた紙片を渡されて開いてみる。
そこには角ばった文字で『また遊ぼう。隆之介』と書かれていて、LINEのIDと電話番号が記載されていた。
「うそ……」
「昨日隆之介くんに会ったんですってね。もう何年ぶりかしらねぇ」
「うん。また遊ぼうって……」
「あら、よかったじゃない。体調が気になるのもわかるけど、いつまでも家とクリニックの往復だけの人生なんてつまらないわよ」
社交的で明るい母は僕が仕事以外では半ば引きこもりみたいな生活をしていることが心配なのだ。普段からさりげなく僕が外へ出るように促そうとする人だった。
「倒れて迷惑かけたんだから、ご飯ごちそうするって言ってあげなさいよ。あなたお兄さんなんだから」
「お兄さん……? そっか……」
「そうよぉ。隆之介くん、お兄さんと年が離れてるから澄人の方にべったりだったものね。懐かしいわ」
隆之介と総太郎は母親が違う。隆之介は父親の再婚後に生まれているため、兄とはかなり年の差があった。
母は友達のいない僕に遊び相手ができることが嬉しいようだ。「今度隆之介くんを家に呼んで一緒にごはん食べるのもいいわね」なんて言いながら鼻歌交じりにテーブルに朝食を用意してくれる。
「さ、たくさん食べてお仕事もしっかり頼むわね」
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