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54.突然の別れとミカルのお告げ(3)

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「ミカルくん!」

サーシャは馬車に突然飛び込んできた幼児を抱きとめた。小さな雪豹の子はサーシャの体にしがみついて離れない。
サーシャは突然この城から追い出されることになったので、誰ともちゃんとお別れをしていないことに今更ながら気づいた。

「ミカルくん……来てくれたんだね。ごめんね、こんなに突然お別れすることになっちゃって」

サーシャはミカルの金色の巻き毛を撫でた。するとミカルはますます強くサーシャにしがみついた。寝起きで慌てて来てくれたようで、寝癖だらけでぴょんぴょん髪の毛が跳ねている。よく見ると寝間着のまま、体にブランケットを巻き付けた姿だった。風邪をひかないように一旦馬車のドアを閉める。
サーシャはミカルのおひさまのようにいい匂いのする頭に頬ずりした。

「大好きだよ、ミカルくん。僕は遠くへ行くことになっちゃったけど、ずっとずっとミカルくんのこと忘れないからね」
「……サーシャ、いかないで……」

(え……?)

「ミカルくん……声が……」

サーシャの耳のそばにあるミカルの口からギリギリ聞こえる程度の微かな声。しかし確かに聞きとれた。

(ミカルくんが喋った……!)

「おねがい。サーシャいかないで」

顔を上げたミカルの目には大粒の涙が溜まって今にも零れ落ちそうになっていた。それを見ると急にサーシャも熱いものがこみ上げてくる。

「僕もずっとここにいたかったよ。ミカルくんと一緒に」
「サーシャ、お兄さまとけんかした?」
「ううん。違うよ」

サーシャが首を振るとミカルは更に尋ねる。

「お兄さま、ミカルのドレスきらいだった?」
「え、違う。違うよ!」

(ミカルくんが選んだドレスが気に入らなくて喧嘩したと思ってるのか――)

サーシャはミカルをきつく抱きしめた。

「違うんだ。ミカルくんの選んでくれたドレスは最高だったよ。だけど、僕がダメだったんだ。僕が……イデオン様に気に入って貰えなかったから――マリアーノが新しいお嫁さんになっちゃった。ごめんね」

なんとか笑おうと思ったのに、自分で言いながら情けなくて泣けてくる。

「泣かないで……サーシャ」

ミカルは自分の涙を引っ込めてサーシャの頭を撫でてくれる。

「サーシャをおよめさんにしてって僕お兄さまにおねがいする」
「……ありがとう、ミカルくん。でももうだめなんだ。マリアーノはつがいになっちゃったから」
「つがい?」

ミカルは眉間にシワを寄せた。それがさっき見たイデオンの顔にそっくりで、サーシャはイデオンへの恨みがましい気持ちが少し和らいだ。

「うん。ミカルくんのお父さんとお母さんみたいにね」
「……でも、マリアーノ、わるいひと」
「え?」
「サーシャのお茶、ポイした」
「ええ?」

(お茶!? ぽいって、捨てたってこと?)

「わるいおじさんともしゃべってた」

(嘘――。悪いおじさんって、どういうこと……?)

サーシャはミカルの言葉に何か不穏なものを感じて考え込んだ。
その時馬車のドアがドンドン、とノックされ「そろそろ出ます」と外から声が掛かった。

「ミカルくん。君がおしゃべりできることはまだ誰も知らないよね?」

ミカルは無言で頷いた。

「じゃあ、誰にも内緒だよ。イデオン様以外には絶対話せることを知られちゃダメ。危ないから」

ミカルはまた大きく頷いた。

「僕が直接守ってあげられなくてごめんね。さっき言ってた悪い人のこと、イデオン様に話せる?」
「――できる」
「じゃあ、イデオン様に教えてあげて。僕はもう行かないと」

ミカルがもう一度サーシャに抱きついた。

「サーシャのこと、ミカルがぜったいお迎えにいく」
「……ありがとう。でも無理しないで、イデオン様に話して。いいね?」
「うん」

もう一度外からドアがノックされる。ミカルは体に巻き付けていたブランケットを脱いでサーシャに手渡した。

「マリアーノ、これもポイした」
「え、これ僕のマント……?」

ブランケットだと思っていたものは、イデオンから譲り受けたサーシャのマントだった。

「大好きサーシャ」

ミカルはサーシャの頬にキスして馬車を降りた。
馬車が出発し、小さくなっていくミカルの姿をサーシャは窓からずっと見つめていた。
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