55 / 69
54.突然の別れとミカルのお告げ(3)
しおりを挟む
「ミカルくん!」
サーシャは馬車に突然飛び込んできた幼児を抱きとめた。小さな雪豹の子はサーシャの体にしがみついて離れない。
サーシャは突然この城から追い出されることになったので、誰ともちゃんとお別れをしていないことに今更ながら気づいた。
「ミカルくん……来てくれたんだね。ごめんね、こんなに突然お別れすることになっちゃって」
サーシャはミカルの金色の巻き毛を撫でた。するとミカルはますます強くサーシャにしがみついた。寝起きで慌てて来てくれたようで、寝癖だらけでぴょんぴょん髪の毛が跳ねている。よく見ると寝間着のまま、体にブランケットを巻き付けた姿だった。風邪をひかないように一旦馬車のドアを閉める。
サーシャはミカルのおひさまのようにいい匂いのする頭に頬ずりした。
「大好きだよ、ミカルくん。僕は遠くへ行くことになっちゃったけど、ずっとずっとミカルくんのこと忘れないからね」
「……サーシャ、いかないで……」
(え……?)
「ミカルくん……声が……」
サーシャの耳のそばにあるミカルの口からギリギリ聞こえる程度の微かな声。しかし確かに聞きとれた。
(ミカルくんが喋った……!)
「おねがい。サーシャいかないで」
顔を上げたミカルの目には大粒の涙が溜まって今にも零れ落ちそうになっていた。それを見ると急にサーシャも熱いものがこみ上げてくる。
「僕もずっとここにいたかったよ。ミカルくんと一緒に」
「サーシャ、お兄さまとけんかした?」
「ううん。違うよ」
サーシャが首を振るとミカルは更に尋ねる。
「お兄さま、ミカルのドレスきらいだった?」
「え、違う。違うよ!」
(ミカルくんが選んだドレスが気に入らなくて喧嘩したと思ってるのか――)
サーシャはミカルをきつく抱きしめた。
「違うんだ。ミカルくんの選んでくれたドレスは最高だったよ。だけど、僕がダメだったんだ。僕が……イデオン様に気に入って貰えなかったから――マリアーノが新しいお嫁さんになっちゃった。ごめんね」
なんとか笑おうと思ったのに、自分で言いながら情けなくて泣けてくる。
「泣かないで……サーシャ」
ミカルは自分の涙を引っ込めてサーシャの頭を撫でてくれる。
「サーシャをおよめさんにしてって僕お兄さまにおねがいする」
「……ありがとう、ミカルくん。でももうだめなんだ。マリアーノはつがいになっちゃったから」
「つがい?」
ミカルは眉間にシワを寄せた。それがさっき見たイデオンの顔にそっくりで、サーシャはイデオンへの恨みがましい気持ちが少し和らいだ。
「うん。ミカルくんのお父さんとお母さんみたいにね」
「……でも、マリアーノ、わるいひと」
「え?」
「サーシャのお茶、ポイした」
「ええ?」
(お茶!? ぽいって、捨てたってこと?)
「わるいおじさんともしゃべってた」
(嘘――。悪いおじさんって、どういうこと……?)
サーシャはミカルの言葉に何か不穏なものを感じて考え込んだ。
その時馬車のドアがドンドン、とノックされ「そろそろ出ます」と外から声が掛かった。
「ミカルくん。君がおしゃべりできることはまだ誰も知らないよね?」
ミカルは無言で頷いた。
「じゃあ、誰にも内緒だよ。イデオン様以外には絶対話せることを知られちゃダメ。危ないから」
ミカルはまた大きく頷いた。
「僕が直接守ってあげられなくてごめんね。さっき言ってた悪い人のこと、イデオン様に話せる?」
「――できる」
「じゃあ、イデオン様に教えてあげて。僕はもう行かないと」
ミカルがもう一度サーシャに抱きついた。
「サーシャのこと、ミカルがぜったいお迎えにいく」
「……ありがとう。でも無理しないで、イデオン様に話して。いいね?」
「うん」
もう一度外からドアがノックされる。ミカルは体に巻き付けていたブランケットを脱いでサーシャに手渡した。
「マリアーノ、これもポイした」
「え、これ僕のマント……?」
ブランケットだと思っていたものは、イデオンから譲り受けたサーシャのマントだった。
「大好きサーシャ」
ミカルはサーシャの頬にキスして馬車を降りた。
馬車が出発し、小さくなっていくミカルの姿をサーシャは窓からずっと見つめていた。
サーシャは馬車に突然飛び込んできた幼児を抱きとめた。小さな雪豹の子はサーシャの体にしがみついて離れない。
サーシャは突然この城から追い出されることになったので、誰ともちゃんとお別れをしていないことに今更ながら気づいた。
「ミカルくん……来てくれたんだね。ごめんね、こんなに突然お別れすることになっちゃって」
サーシャはミカルの金色の巻き毛を撫でた。するとミカルはますます強くサーシャにしがみついた。寝起きで慌てて来てくれたようで、寝癖だらけでぴょんぴょん髪の毛が跳ねている。よく見ると寝間着のまま、体にブランケットを巻き付けた姿だった。風邪をひかないように一旦馬車のドアを閉める。
サーシャはミカルのおひさまのようにいい匂いのする頭に頬ずりした。
「大好きだよ、ミカルくん。僕は遠くへ行くことになっちゃったけど、ずっとずっとミカルくんのこと忘れないからね」
「……サーシャ、いかないで……」
(え……?)
「ミカルくん……声が……」
サーシャの耳のそばにあるミカルの口からギリギリ聞こえる程度の微かな声。しかし確かに聞きとれた。
(ミカルくんが喋った……!)
「おねがい。サーシャいかないで」
顔を上げたミカルの目には大粒の涙が溜まって今にも零れ落ちそうになっていた。それを見ると急にサーシャも熱いものがこみ上げてくる。
「僕もずっとここにいたかったよ。ミカルくんと一緒に」
「サーシャ、お兄さまとけんかした?」
「ううん。違うよ」
サーシャが首を振るとミカルは更に尋ねる。
「お兄さま、ミカルのドレスきらいだった?」
「え、違う。違うよ!」
(ミカルくんが選んだドレスが気に入らなくて喧嘩したと思ってるのか――)
サーシャはミカルをきつく抱きしめた。
「違うんだ。ミカルくんの選んでくれたドレスは最高だったよ。だけど、僕がダメだったんだ。僕が……イデオン様に気に入って貰えなかったから――マリアーノが新しいお嫁さんになっちゃった。ごめんね」
なんとか笑おうと思ったのに、自分で言いながら情けなくて泣けてくる。
「泣かないで……サーシャ」
ミカルは自分の涙を引っ込めてサーシャの頭を撫でてくれる。
「サーシャをおよめさんにしてって僕お兄さまにおねがいする」
「……ありがとう、ミカルくん。でももうだめなんだ。マリアーノはつがいになっちゃったから」
「つがい?」
ミカルは眉間にシワを寄せた。それがさっき見たイデオンの顔にそっくりで、サーシャはイデオンへの恨みがましい気持ちが少し和らいだ。
「うん。ミカルくんのお父さんとお母さんみたいにね」
「……でも、マリアーノ、わるいひと」
「え?」
「サーシャのお茶、ポイした」
「ええ?」
(お茶!? ぽいって、捨てたってこと?)
「わるいおじさんともしゃべってた」
(嘘――。悪いおじさんって、どういうこと……?)
サーシャはミカルの言葉に何か不穏なものを感じて考え込んだ。
その時馬車のドアがドンドン、とノックされ「そろそろ出ます」と外から声が掛かった。
「ミカルくん。君がおしゃべりできることはまだ誰も知らないよね?」
ミカルは無言で頷いた。
「じゃあ、誰にも内緒だよ。イデオン様以外には絶対話せることを知られちゃダメ。危ないから」
ミカルはまた大きく頷いた。
「僕が直接守ってあげられなくてごめんね。さっき言ってた悪い人のこと、イデオン様に話せる?」
「――できる」
「じゃあ、イデオン様に教えてあげて。僕はもう行かないと」
ミカルがもう一度サーシャに抱きついた。
「サーシャのこと、ミカルがぜったいお迎えにいく」
「……ありがとう。でも無理しないで、イデオン様に話して。いいね?」
「うん」
もう一度外からドアがノックされる。ミカルは体に巻き付けていたブランケットを脱いでサーシャに手渡した。
「マリアーノ、これもポイした」
「え、これ僕のマント……?」
ブランケットだと思っていたものは、イデオンから譲り受けたサーシャのマントだった。
「大好きサーシャ」
ミカルはサーシャの頬にキスして馬車を降りた。
馬車が出発し、小さくなっていくミカルの姿をサーシャは窓からずっと見つめていた。
73
お気に入りに追加
2,112
あなたにおすすめの小説
完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする
禅
BL
赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。
だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。
そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして……
※オメガバースがある世界
ムーンライトノベルズにも投稿中
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
傾国の美青年
春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
記憶の欠片
藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。
過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。
輪廻転生。オメガバース。
フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。
kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。
残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。
フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。
表紙は 紅さん@xdkzw48
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる