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36.イデオンに告げ口するマリアーノ(2)

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「何をご覧になっているのかと思えば、サーシャのお茶会ですか?」
「そうだが、何か問題でも?」
「いえいえ。眺めているだけで、参加なさらないのかなぁって」
「俺は仕事がある。君こそ、サーシャの友人ならあちらに参加しているべきでは?」
「うーん、僕って植物はあまり好きじゃないんです。それに大勢集まる賑やかな場って苦手で」

(何なんだ? サーシャと行動を共にしないならこの国になど来なければよかったものを)

サーシャの話し相手になると思って滞在を許可したのに、結局マリアーノは毎日着飾って城内や王都をふらふらしているだけでサーシャとはたまにしか一緒にいないようだった。

「それで、こんなところまでやって来て俺に何か用か?」
「えっとぉ、用ってほどじゃないんですけど。せっかくだから大切な友人の旦那様と仲良くなろうかと思いまして」

マリアーノは赤く光る目でこちらを見つめた。薬のようなツンとした香りが漂ってくる。イデオンはこの青年の匂いがはじめから気に入らないと思っていた。

(なんだ、この匂いは……? 人工的な、奇妙な香りだ。何かを隠しているような――しかもなんのつもりなのかサーシャとそっくりな髪型で……妙にサーシャにベタベタしているのも気に入らぬ)

「サーシャったらイデオン様を放って置いてあんなふうに獣人といちゃいちゃしちゃって、困った奥さんですよねぇ。本当は動物は大の苦手なのに、どういうつもりなんだろう?」
「なんだと?」
「え、だからサーシャの動物嫌いのことですよ。子どもの頃犬にお尻を噛まれてから、ずーっと動物を怖がってたんです。なのにあんなに獣人に囲まれちゃって。無理してるんじゃないかなぁって僕心配で心配で」

(尻を噛まれてから動物が嫌い――ということはやはり、サーシャはあの時俺が噛んだ少年だったのだな。それにしても……)

「動物嫌いだと? むしろ獣人たちに好かれているし、サーシャも自ら羊獣人に抱きつくほどだぞ?」
「えー。うそですよ。だって、僕たちが学生の頃、サーシャは犬猫はおろかリスやハムスターにだって怯えていたくらいなんですから。あなたに気を遣っているのかなぁ。無理して可哀想……親の借金のためにこんなに頑張って……」
「借金?」
「ええ。サーシャは実家の借金返済のためにこちらへ嫁ぎましたから」

(――どういうことなんだ? 借金だなんて聞いていないぞ。こいつの言うことは信じられるのか……?)

「お金のために必死なんでしょうね。だって小さな犬にだってぶるぶる震えるほど怯えるんですよ、サーシャって。だから陛下、怖がらせないであげてくださいね?」
「怖がらせるだと?」
「ええ。彼って、獣の牙が怖いんです。だから、もしかしたらうなじを噛まれたりしたら怖くて気絶しちゃうかも!」

(うなじを噛んだら……怖くて気絶する……?)

「あ、僕がこんなこと言ったなんて内緒にしてくださいね。実家のことまでペラペラ喋ったのが知れたら怒られちゃうから」

そう言って彼は馴れ馴れしくイデオンの肩に触れた。そしてそのまま手を下に滑らせ、イデオンの手を握る。

「僕は獣人も牙も全然怖くないんですよ。とくに、陛下みたいな逞しい雪豹って素敵だなって――ひと目見てぽーっとなっちゃいました。ふふ……なんだか雷に打たれたみたいだったの。陛下は感じませんでした?」
「――何を言ってるんだ君は」
「あはは! 冗談ですよぉ~。怖い顔しないでくださいよ。じゃあ、僕はこれで失礼します。イデオン陛下」

マリアーノは妙に赤い唇でにやにや笑いながら立ち去った。
イデオンは鼻をひくつかせて彼の残り香に眉をひそめる。マリアーノが触れた手には湿ったような不快感が残っていた。

(あいつは信用ならん……。しかし、サーシャがあのときデーア大公国で出会った少年だとしたら俺が尻を噛んだせいで動物嫌いになっているというのはありえる――あれがトラウマになっていたということか?)

せっかくミカルがサーシャと仲良くなったというのに、過去の行いのせいでサーシャとつがいになることは不可能なのだろうか、とイデオンは頭を悩ませた。

(しかも聞き捨てならんのは借金の話だ。サーシャは金のためにあんなに必死で子づくりしようとしていたというのか――ああやって積極的に俺を誘っておきながら、内心俺のことなどなんとも思っていないのかもしれない……)

イデオンはマリアーノの発言に妙に不安を掻き立てられて唸った。
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