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一章

13-接吻

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「せ、接吻だなんてあの雄……な、何考えてんの……!?」

「奴隷の分際で……それも緑川様相手に……!?」

 突然俺が礼子にキスをしたことで、場は大騒ぎとなった。

(やっぱ未来の女達はキスに慣れていないか……とはいっても俺もファーストキスだけど)

 礼子の攻略法を練るに当たり、俺は男女の交わりに関して前世と今世における、ある一つの大きな違いにその可能性を見い出していた―――

 今までの調教を振り返ると、女の様々な部位を強制的に舐めさせられてきたが、唇を交わしたことは一度もなかった。
 考えてもみれば無理もない。
 キスとは対等に愛し合う男女が、その感情を高め合うために行うもの。
 だが男を性奴隷として見下す女達にとって、恋愛などというものは失われた文化であり、奴隷と対等に愛を交わす行為は忌み嫌われて当然だ。

 要するに、こいつらは男に愛されるセックスというのを知らないのだ。
 だが高まりすぎた性欲に普段は掻き消されているが、本当に女達から男に愛される願望が失われたのだろうか。
 いや―――きっと違うはずだ、と俺は踏んだ。
 前世の女性向け雑誌等に描かれていたのは、そのほとんどがイケメンで強い男に優しく抱擁されるものばかりだった。
 今でこそそれらの文化は、女が男から一方的に懐柔される忌むべき過去の歴史として闇に葬られたが、その欲求が完全に失われたとは考えにくい。
 今は自分達が優位に立ち、男を一方的に蹂躪する快楽に皆が陶酔しているが、元は少女漫画や小説等で、自分達が高貴な男に従属する立場で愛を享受する物語を楽しんでいた奴らだ。

 妄想や願望というのは、人間の根本的な欲求の表現方法だ。
 俺が生きていた時代も女性の権利が強く叫ばれていた社会風潮だったが、それでも小説投稿サイトで人気だったのは自身が令嬢となるものばかり。
 自分達の自立を望むのならば、どんな妄想でも許される個人投稿サイトで、何故女性が主人公の女性向け冒険ファンタジーが女性の間で一番人気とならないのか。
 願望までは誰にも強制出来ない。あくまで自分自身が思い描くストーリーだ。
 たとえばそれが貴族の子供として生まれる都合の良いストーリーを思い描くならば、令嬢として人間関係や貴族との恋愛の中翻弄される物語などではなく、なぜ自分が女王や王女として国を治めたり、冒険したり、戦ったりする物語を描かないのだ。
 妄想の中では誰にだって自分が主人公となり活躍する権利があるのに、なぜ貴族社会の枠組みに従属することばかり考えるのか。

 もちろんそのような冒険物語が好きな女も当時からいたし、それが全ての女の根本的願望であるとは断言しない。
 だが、過去の女達の妄想や願望をみるに、少なくとも男にリードされるがまま愛されたいという欲求は、多くの女が奥深くに持ち合わせているのではないか。

 そのような仮説から、俺は激しい性技ではなく強引に唇を奪うことから開始したのだった。そう、礼子の顔の横に壁ドンならぬ床ドンまで繰り出して―――

「ムグッ……! フムッ……ンンーーッ!」

 あまりに唐突な出来事に礼子はしばらくされるがままとなっていたが、すぐさま俺の口付けから逃れようと顔を引き剥がそうとする。
 だが俺は顔を両手で押さえ付け、嫌がる口に無理矢理舌をねじ込んだ。

『ンチュッジュルッ……レロッ……チュウゥゥ』

 礼子の引っ込んだ舌を俺の舌で手繰り寄せ、近付いた舌を唇で吸い取る。
 このように舌を器用に使えるようになったのも、夏美達の調教の成果だ。

「ンブッ……! あ、あらたっ……わらひのくひをひゃふるなんれ……いっらい、とうひうつほり……!?」

 礼子は俺の舌舐めを回避しながら、なんとか俺に怒りの言葉を述べる。
 だがその言葉とは裏腹に、徐々に火照る頬を俺は見逃さなかった。

『グイッ』

「ングっ!?」

 礼子の顎を掴み、俺はなおもディーブキスを続けた。
 このまま舌を噛まれることも脳裏によぎったが、恐らくそれはないだろう。
 なぜならいくら上に伸し掛かられているとはいえ、しょせん俺の体はまだ少年だ。
 強引に退けようと思えば、簡単に拘束を解けるだろう。
 だが俺の体を押さえる腕は弱々しく、動きこそないが絡まる俺の舌に無抵抗にも自分の舌を差し出している。
 俺に頬を撫でられながら口の中を舐め回され、力を失うほどのナニかを礼子の身体が感じている証拠だ。
 それにキスとはいえ、それが性的な行為であることに変わりはない。
 セックスとは異なる、あくまで恋愛上の愛情表現と捉える人間も少なくなかったが、キスだって男女が愛し合う上で行うのだから立派な性行為だ。
 むしろキスは男女の恋愛行為、セックスは不純な性行為と捉えることの方がイビツだ。

 かつてはキスのような恋愛行為を良しとしてセックスを隠し、今の時代は前者を否定し後者を重んじる。
 真逆ではあるが今も昔も歪んだ解釈で世の中が成り立っているというのは、実に皮肉な状況だ。

 だが―――いずれにせよその性的な行為に対して、性欲の強い女達が何も感じない訳がない。

「んっ……はぁっ……はぁむっ……」

 奴隷にキスをされ怒りを顕にした礼子の吐息から徐々に熱が漏れ、俺の舌を求めるよう微かに動く。

(な、なんなの……奴隷の癖に口を交わすなんて信じられないですわ……!
 で、でも……この、快楽とは違う……胸の奥に広がる感覚は何ですの……!?)

 生まれて初めて感じる胸のときめきに、礼子は戸惑いを隠せないでいる。

「チュウウゥーーッ……ぷはっ」

 そして唇に深く吸い付いた後、ようやく俺は口を離した。

「はぁっ……はぁっ……こ、これは一体どういうつもり……!? ど、奴隷の分際でこのわたくしに、せ、接吻など―――」

「ふふっ……すみません、礼子さん。貴女の唇がとても美しくて、思わず吸い付かずにはおれませんでした」

 激しく息を切らしながら不服を述べる礼子に対して、俺はベタな口説き文句を畳み掛ける。すると―――

「なっ―――そ、そうかしら?ま、まぁ当然ですわね。わ、わたくしの美貌をそこいらの女達と一緒にされては困りますもの」

 礼子は業界の要人らしからぬ様子で、あからさまに動揺を見せながら照れを隠している。

(フフフ……やっぱりこの時代の女達、性欲は男子中学生以上に盛っているが、内面は思った以上に―――ウブだ!)

 たった一言、ありきたりな褒め言葉を述べただけでこの慌てようだ。
 この時代の男達は性欲を持たない上に、女達から一方的に搾取されるだけだから、女達は男から女として求められることがない。
 つまり、男から褒められ慣れていないのだ。

 そりゃあ自分の奴隷に褒めさせたり、腕の立つ奴隷ならば主の気を良くする為に褒めることもあるだろう。
 だが女達はそれが本心ではないことを、心のどこかで分かっているのだ。
 いくら女がお世辞に弱い生き物だと言っても、性欲が全くないと分かりきっている男から発せられる心にもない褒め言葉には、真の喜びを感じることはないのだろう。

 ゆえに唇といった特殊な部位に魅力を感じ、性的な行為を向けられる経験など、初体験であったに違いない。その証拠に―――

「ま、まぁ確かに悪くはなかったですわ……
 で、ですが奴隷がわたくしの美しい口をその汚い口で汚すなどとは……う、美しい……わたくしの唇が、そんなに……?」

 ところどころ悪態を付きながらも、礼子は自分の唇に触れながら乙女のような恥じらいを見せている。
 先程まで奴隷に腰を振らせていた、あの礼子が、だ。
 これは思った以上に効果的だ。
 俺は更なる殺し文句で礼子を茹で上がらせるべく、思いつく限りのキザな男を想像し、その身に宿した―――

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