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第一章【レイシア編】

激昂

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「シン、すまないがここは一旦退こう」

「わ、分かりました……!」

 レイシアが何故モルダー親子の命を狙っていたのか、何故『万年Fランク』というシンが剣士だった頃のあだ名を知っているのか、聞きたい事は山ほどあったが、今目の前に居るのは厄災級の魔族だ。
 シンはレイシアと共にここから逃げる事を選択し、足元に倒れているメレーヌを抱えようとしゃがみ込んだ。

「おやぁ……? その娘、負の欲望に満ちた美味しそうな香りがしますね。
 こんな所でご馳走に出会えるとは、わざわざここまで来た甲斐がありましたーーね!」

『シュンッ』

 その時、突然クドラウスが音を立てて姿を消した。

「ーーえ?」

『ドゴォッ!』

 音に気付いたシンが顔を上げると、突然激しい衝撃がシンの体に走った。

「グハァッ!」

「し、シン!」

 シンの体は腹部の激痛と共に後方へと吹き飛ばされ、レイシアがその名を叫ぶ。

「安心してください、ちょっと蹴っただけですよ。貴方の事は城に連れて帰るよう頼まれておりますから、なるべく殺しはしません。
 それよりも……この小娘……醜い欲望に満ちた魔素に心が支配されていますね……
 ああっ……! こんなに若くして魔素に満ちた体など中々お目にかかれない……非常に美味しそうな香りだ……!」

『グイッ』

 吹き飛ばされたシンがよろめきながら体を起こす。
 すると先程居た場所にはクドラウスが立っており、メレーヌの体を腕にかかえ、その首元に牙を近付けていた。

「くっ……アークデーモン! あのノーライフキングを倒せ!」

 シンはメレーヌを守る為、アークデーモンにクドラウスを攻撃するよう命じた。

「かしこまりました」

 アークデーモンはシンの命令に従い、背中の羽を大きく広げてクドラウスへと突撃する。

『グオォォッ!』

 アークデーモンが大きく唸り、クドラウスの喉元に目掛けて鋭い爪を向けた。

「おや、アークデーモン如きがこの私の邪魔をしようというのですか?」

 クドラウスはアークデーモンをチラリと見やると、『シュンッ』という音を立てて長い尻尾をしならせた。
 するとアークデーモンの爪が届くよりも早く、鋭利な尻尾の先がアークデーモンの体を『ザシュッ』と切り裂いた。

「グ、ガガ……」

 アークデーモンは体を真っ二つに分断され、『ボウン』という音と共に消え去った。

「そんな……たった一撃でアークデーモンを……」

 数々の魔物を一体で悠々と葬り去ってきたアークデーモンが一撃で敗れ、シンはその衝撃に言葉を失った。

「ーーシン、逃げろ!」

 その時、突然レイシアが声を上げ、クドラウスに向けて剣を振りかぶった。

『ガキィン!』

 だがレイシアの目にも止まらぬ剣技は、クドラウスの尻尾によっていとも簡単に止められてしまった。

「おや? 貴女の剣は中々に力を秘めておりますね。仕方ありません。久々に運動いたしますか」

『キィンッ』

 クドラウスがレイシアの剣を振り払うと『スウッ』と後ろに下がり、乱暴にメレーヌを投げ捨てた。

「その少年さえ手に入れば後はどうでも良いのですが……邪魔をするというのであれば、私が直々に手を下して差し上げましょう。
『ブラッディ・インフェルノ』!」

 クドラウスが呪文を唱えると、血色の獄炎がレイシアへと襲い掛かる。

「これはーーまずいっ!」

 対するレイシアはそれを避ける間もなく、迫る炎に対し両手で顔を塞いだ。その時ーー

「レイシアさんっ!」

 シンがその身を乗り出し、レイシアの体を突き飛ばした。

「えっーー」

 レイシアが呆然と目を見開くと、刹那にシンの体が炎に包まれる。

「ぐああぁあーーーっ!」

 全身に業火の痛みが襲い掛かり、シンは苦痛に叫ぶと共にその意識を奪われた。

「シイィィィン!!」

 レイシアは焼かれるシンに腕を伸ばしながら、悲痛な叫び声を上げた。

「ああしまった……! 生け捕りにしろと言われたのに……
 まぁ手は抜いてありますし、死んではいないでしょう……ひょっとして、死にましたか?」

 全身を焼かれ地面に伏しているシンに対し、クドラウスは心配そうに声を掛けている。

「ああ……し、シン……」

 レイシアはその場に崩れ落ち、倒れたシンの前で両手を付いて地面に項垂れた。

「……許さない……許さない……!! よくもシンを……!! 私の……シンを……!!!
 殺す!! 殺す!! 絶対に殺してやる!!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぶっっっっ殺す!!!」

 レイシアは激しく髪を逆立てながら、狂気に満ちた顔でクドラウスに剣を向ける。
 その姿は阿修羅の如く、優しく美しいレイシアのそれとは到底かけ離れていた。

「おや……貴女も何やらもの凄い負の感情を放っておりますね。
 これ程までに激しい憎悪に満ちた人間……中々おりまーー」

 レイシアの変わり果てたオーラにクドラウスが感心しているとーー

『シュンッ』

『ズバァッ!!』

 レイシアは一瞬でクドラウスへと間合いを詰め、その体を閃光の剣で切り裂いた。

「ぐっ……!? な、何ですかこの速さは!?」

「死ね! 死ね! 死ねぇっっ!!」

『ザシュッ! ズバッ! ズシュッ!』

 突然の変貌に戸惑うクドラウスに対し、レイシアは次々とその体を切り刻む。

「まっまずい……! こ、このままでは……!」

「死ねええええぇぇぇぇぇ!!」

 レイシアの剣がクドラウスの頭部に斬りかかろうとしたその時ーー

『シュウゥゥン』

 クドラウスの体は突然闇に包まれ、こつ然と姿を消し去った。

『ブゥンッ!』

 レイシアの一撃が虚空を切り裂く。

「クソッ……! クソッ……! 逃がした! 畜生!!」

『ザシュッ! ザシュッ!』

 レイシアは敵を逃した事への怒りに、クドラウスが立っていた地面を激しく切り付けた。

「ーーはっ!そ、そうだ……シン! 大丈夫かシン!?」

 レイシアはシンが重症である事を思い出し、慌ててシンの元へ駆け寄る。

「おいシン……! 頼む! 目を開けてくれシン! シイイイィィィィン!」

 シンの名を叫ぶレイシアの声が、辺りに虚しく響いたーー
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