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新たなる脅威篇
2 プラトウへ-5-
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「あの、まだでしょうか?」
操縦席の間を行ったり来たりしながらシェイドが問う。
「あと1時間ほどで到着しますよ」
艇長はややうんざりした様子で答えた。
彼はそれには気付かず、操縦室の窓から見える青空に目を輝かせている。
「艇長さんが困ってるじゃないか。もうちょっと部屋で待ってなよ」
呆れた様子でライネが言った。
彼は5分おきに同じ質問を繰り返していた。
護衛という立場上シェイドの元を離れるワケにはいかず、余計な口も挟むまいと一応のけじめをつけていた彼女だったがつい諌めるように言ってしまった。
それでも久しぶりの故郷に胸をときめかせている若き皇帝には届いていないようだ。
(ま、いっか……)
弟を見守る姉のような目を向ける。
プラトウを目前にしてはしゃぐシェイド――エルドランではまず見せない表情だ。
これが本来のこの子なのか、とライネは思った。
周りの大人がやたら彼を持ち上げて慇懃に振る舞う理由も分かる。
そうしないと彼に皇帝らしさが感じられないからだ。
傍にライネがついても観光に来た姉弟のようにしか見えないだろう。
艇は高度を保ったまま、真っ直ぐにプラトウを目指す。
シェイドは操縦室を出ると、廊下の窓から身を乗り出すようにして眼下の景色を眺めた。
大きな湖が見える。
それを取り囲むように形成された都市は戦禍に見舞われなかったようで、美しい街並みが陽光を受けて輝いている。
「………………」
シェイドの内心は複雑だった。
戦いに巻き込まれずに済んだ、という事実は喜ぶべきであろう。
そこでは誰も傷つかず、痛みも苦しみもなかったという証だからだ。
しかしそう思いながら、どこかではなぜプラトウが、という考えも浮かんでしまう。
住む場所さえ違っていれば母親もソーマも無事だったかもしれないと――。
(あれ…………?)
先ほどまではしゃいでいたシェイドが急に塞ぎ込んだのを見てライネは首をかしげた。
「どう――」
慌てて言葉を呑む。
憂いを帯びた横顔から安易に声をかけるべきではないと彼女は察した。
代わりに後ろに立ち、その小さな両肩にそっと手を置いてやる。
「…………ライネ、さん?」
じわりと体温を感じた彼は訝しげに振り返った。
「あ……」
目元を濡らしていたことに気付くが既に遅い。
彼女はそれに気付かないフリをして窓の外を見やる。
「ちょっと休憩しなよ。向こうに着いたら手伝うんだろ? 今のうちに体力を蓄えておいたほうがいいんじゃないか?」
「そう、ですね……うん、そうします……」
ちょっと強引な心遣いにシェイドは下手な作り笑いを浮かべた。
「………………?」
自室に向かうシェイドを見送ったライネは近くの椅子に腰をおろした。
彼女はあの幼い支配者が涙ぐんでいた理由を知らない。
せいぜい久しぶりに戻ってきた故郷に想いを馳せたから、という程度の認識だ。
だから彼女はシェイドについて、気弱で泣き虫な臆病者という失礼極まりない評価をした。
事実、その評は間違ってはいない。
しかし彼が落涙を抑えられなかった本当の理由を知ったのは、ライネがはじめてプラトウの地を踏んだ直後だった。
離着陸スペースが整備されていなかったため、艇が降り立ったのはかつて支局があった区域の近くだった。
一帯には平地が広がっているが、もちろん舗装されているからではない。
乗組員を残しライネと数名の従者を伴って艇を出たシェイドは、待っていた役人たちに迎えられた。
(みんな忙しいハズなのに……)
という言葉を呑みこむ。
辺りにはいたるところに瓦礫が散乱している。
それらを両側に押しやって、運搬車や救助車が通れるように無理やり道を作っている有り様だ。
「皇帝とお付きの方々にはご宿泊のお部屋を用意しております」
と振る舞うのは今やシェイドからすれば立場上、自分よりもはるかに下位の地方官吏だ。
その制服は泥まみれになっている。
「僕たちは復興のために来ました。だから気を遣わないでください」
「ですが……」
「それなら部屋はこの人たちに使ってください。僕は雨や風がしのげれば充分なんです」
手伝いに来た自分たちが現地の者の世話になるワケにはいかない、と彼は固辞した。
実際、採石のために遠出をして嵐や敵襲に遭い、洞窟の中で一夜を過ごしたことは何度もある。
いかにも軟弱そうなこの少年もその意味ではたくましかった。
「そんなことより僕にも手伝わせてください。危険なところには近づかないようにしますから」
官吏たちはひそひそと何事かを話し合ったあと、シェイドたちを支局跡からやや離れた施設に案内した。
この辺りの瓦礫は既に取り除かれており、道路の舗装もおおかた終わっている。
(ここだけきれいなんだな)
ライネは周囲を見回した。
すぐ傍には急ごしらえの建造物があり、支援物資用の倉庫もある。
横に広い構造は物資の運搬や車両等の発進発着を円滑に行うためだ。
反対側の広めのスペースには重機や輸送車、小型の医療船等が待機している。
万全の態勢のように思えるがよく見ると舗装されているのは施設と待機スペースだけで、四方に伸びるハズの幹線は数十メートル先で途切れている。
ここを復興の起点としていること、そして作業が遅々として進んでいないことは明らかだった。
「人手、物資ともに慢性的に不足しているのが現状で――」
官吏は訊かれる前に弁明した。
これはペルガモン政権打倒のために各地で大規模な蜂起を起こさせたことが裏目に出た恰好だ。
エルディラント中が戦場となり、それによって負った傷も深刻なものとなっている。
復興は経済や物流の要所、都市部から優先して行なわれているせいでプラトウのような田舎まではなかなか手が回らない。
「じゃあまだ作業は――?」
「まずはインフラの整備が必要です。家を失った町民も多くいます。彼らの生活を安定させなければ――」
復興もままならない、と彼らは口をそろえる。
「じゃあアタシらがいても何もできないってこと?」
ライネが憮然として言う。
あくまでシェイドの護衛が任務だが、力仕事ならいくらでも引き受けるつもりだった彼女には面白くない話だ。
「あ、いえ! そういうワケでは……!」
なんで付き人ごときに言われなければならないのだ、という顔を一瞬にして隠して彼らは丘の向こうを指差した。
「ここから30キロメートルほど西に、町で最も大きな避難所があります。も、もしよろしければそちらに……」
行っていただけると助かる、と平身低頭する。
「ただ近辺には艇が降下できる場所がありませんので車で移動することになりますが」
「はい、ちょっと待ってください」
シェイドはライネたちに意見を求めたが、特に異論は出なかった。
「――では車両の手配をいたします」
安堵した様子で官吏たちはスペースから輸送車を呼び寄せた。
「いいんですか? これ、使っても」
「ええ、ちょうど食料をその避難所に届けるところでしたので」
話がまとまったところで従者が一度艇に戻り、乗組員に経緯を伝える。
ここからは乗組員たちとは別行動となる。
艇には数週間分の食料と水の備蓄があるため、彼らはシェイドが戻って来るまで待機することとなった。
「では参りましょう」
輸送車のカーゴルームは中ほどで仕切られていて後部には物資、前部には人員が収容できる構造となっている。
人数が多いため必然的にシェイドたちはカーゴルームに乗り込むことになる。
乗り心地が悪いことを官吏たちは何度も謝ったがそれは座席のことであって、車両自体はAGS駆動のため不整地であろうと振動はほとんどない。
「………………」
輸送車を見送った官吏たちは安堵のため息をついた。
皇帝を出迎えるという、地方役人には重すぎる大役であったが内心では気が気ではなかった。
言うまでもなく彼らはつい最近までシェイドたちを虐げる側にいた。
ペルガモンの威光を頼って横暴に振る舞った相手は数えきれない。
その中にはおそらくシェイドもいたと思われる。
もし彼がそのことを覚えていて、しかも相応の報いを与えるつもりだったとしたら――?
「生きた心地がしなかったな……」
上手い具合に避難所に誘導できたことでひとまず脅威から解放された彼らは、持ち場に戻る前に全身にかいた汗を洗い流すことにした。
操縦席の間を行ったり来たりしながらシェイドが問う。
「あと1時間ほどで到着しますよ」
艇長はややうんざりした様子で答えた。
彼はそれには気付かず、操縦室の窓から見える青空に目を輝かせている。
「艇長さんが困ってるじゃないか。もうちょっと部屋で待ってなよ」
呆れた様子でライネが言った。
彼は5分おきに同じ質問を繰り返していた。
護衛という立場上シェイドの元を離れるワケにはいかず、余計な口も挟むまいと一応のけじめをつけていた彼女だったがつい諌めるように言ってしまった。
それでも久しぶりの故郷に胸をときめかせている若き皇帝には届いていないようだ。
(ま、いっか……)
弟を見守る姉のような目を向ける。
プラトウを目前にしてはしゃぐシェイド――エルドランではまず見せない表情だ。
これが本来のこの子なのか、とライネは思った。
周りの大人がやたら彼を持ち上げて慇懃に振る舞う理由も分かる。
そうしないと彼に皇帝らしさが感じられないからだ。
傍にライネがついても観光に来た姉弟のようにしか見えないだろう。
艇は高度を保ったまま、真っ直ぐにプラトウを目指す。
シェイドは操縦室を出ると、廊下の窓から身を乗り出すようにして眼下の景色を眺めた。
大きな湖が見える。
それを取り囲むように形成された都市は戦禍に見舞われなかったようで、美しい街並みが陽光を受けて輝いている。
「………………」
シェイドの内心は複雑だった。
戦いに巻き込まれずに済んだ、という事実は喜ぶべきであろう。
そこでは誰も傷つかず、痛みも苦しみもなかったという証だからだ。
しかしそう思いながら、どこかではなぜプラトウが、という考えも浮かんでしまう。
住む場所さえ違っていれば母親もソーマも無事だったかもしれないと――。
(あれ…………?)
先ほどまではしゃいでいたシェイドが急に塞ぎ込んだのを見てライネは首をかしげた。
「どう――」
慌てて言葉を呑む。
憂いを帯びた横顔から安易に声をかけるべきではないと彼女は察した。
代わりに後ろに立ち、その小さな両肩にそっと手を置いてやる。
「…………ライネ、さん?」
じわりと体温を感じた彼は訝しげに振り返った。
「あ……」
目元を濡らしていたことに気付くが既に遅い。
彼女はそれに気付かないフリをして窓の外を見やる。
「ちょっと休憩しなよ。向こうに着いたら手伝うんだろ? 今のうちに体力を蓄えておいたほうがいいんじゃないか?」
「そう、ですね……うん、そうします……」
ちょっと強引な心遣いにシェイドは下手な作り笑いを浮かべた。
「………………?」
自室に向かうシェイドを見送ったライネは近くの椅子に腰をおろした。
彼女はあの幼い支配者が涙ぐんでいた理由を知らない。
せいぜい久しぶりに戻ってきた故郷に想いを馳せたから、という程度の認識だ。
だから彼女はシェイドについて、気弱で泣き虫な臆病者という失礼極まりない評価をした。
事実、その評は間違ってはいない。
しかし彼が落涙を抑えられなかった本当の理由を知ったのは、ライネがはじめてプラトウの地を踏んだ直後だった。
離着陸スペースが整備されていなかったため、艇が降り立ったのはかつて支局があった区域の近くだった。
一帯には平地が広がっているが、もちろん舗装されているからではない。
乗組員を残しライネと数名の従者を伴って艇を出たシェイドは、待っていた役人たちに迎えられた。
(みんな忙しいハズなのに……)
という言葉を呑みこむ。
辺りにはいたるところに瓦礫が散乱している。
それらを両側に押しやって、運搬車や救助車が通れるように無理やり道を作っている有り様だ。
「皇帝とお付きの方々にはご宿泊のお部屋を用意しております」
と振る舞うのは今やシェイドからすれば立場上、自分よりもはるかに下位の地方官吏だ。
その制服は泥まみれになっている。
「僕たちは復興のために来ました。だから気を遣わないでください」
「ですが……」
「それなら部屋はこの人たちに使ってください。僕は雨や風がしのげれば充分なんです」
手伝いに来た自分たちが現地の者の世話になるワケにはいかない、と彼は固辞した。
実際、採石のために遠出をして嵐や敵襲に遭い、洞窟の中で一夜を過ごしたことは何度もある。
いかにも軟弱そうなこの少年もその意味ではたくましかった。
「そんなことより僕にも手伝わせてください。危険なところには近づかないようにしますから」
官吏たちはひそひそと何事かを話し合ったあと、シェイドたちを支局跡からやや離れた施設に案内した。
この辺りの瓦礫は既に取り除かれており、道路の舗装もおおかた終わっている。
(ここだけきれいなんだな)
ライネは周囲を見回した。
すぐ傍には急ごしらえの建造物があり、支援物資用の倉庫もある。
横に広い構造は物資の運搬や車両等の発進発着を円滑に行うためだ。
反対側の広めのスペースには重機や輸送車、小型の医療船等が待機している。
万全の態勢のように思えるがよく見ると舗装されているのは施設と待機スペースだけで、四方に伸びるハズの幹線は数十メートル先で途切れている。
ここを復興の起点としていること、そして作業が遅々として進んでいないことは明らかだった。
「人手、物資ともに慢性的に不足しているのが現状で――」
官吏は訊かれる前に弁明した。
これはペルガモン政権打倒のために各地で大規模な蜂起を起こさせたことが裏目に出た恰好だ。
エルディラント中が戦場となり、それによって負った傷も深刻なものとなっている。
復興は経済や物流の要所、都市部から優先して行なわれているせいでプラトウのような田舎まではなかなか手が回らない。
「じゃあまだ作業は――?」
「まずはインフラの整備が必要です。家を失った町民も多くいます。彼らの生活を安定させなければ――」
復興もままならない、と彼らは口をそろえる。
「じゃあアタシらがいても何もできないってこと?」
ライネが憮然として言う。
あくまでシェイドの護衛が任務だが、力仕事ならいくらでも引き受けるつもりだった彼女には面白くない話だ。
「あ、いえ! そういうワケでは……!」
なんで付き人ごときに言われなければならないのだ、という顔を一瞬にして隠して彼らは丘の向こうを指差した。
「ここから30キロメートルほど西に、町で最も大きな避難所があります。も、もしよろしければそちらに……」
行っていただけると助かる、と平身低頭する。
「ただ近辺には艇が降下できる場所がありませんので車で移動することになりますが」
「はい、ちょっと待ってください」
シェイドはライネたちに意見を求めたが、特に異論は出なかった。
「――では車両の手配をいたします」
安堵した様子で官吏たちはスペースから輸送車を呼び寄せた。
「いいんですか? これ、使っても」
「ええ、ちょうど食料をその避難所に届けるところでしたので」
話がまとまったところで従者が一度艇に戻り、乗組員に経緯を伝える。
ここからは乗組員たちとは別行動となる。
艇には数週間分の食料と水の備蓄があるため、彼らはシェイドが戻って来るまで待機することとなった。
「では参りましょう」
輸送車のカーゴルームは中ほどで仕切られていて後部には物資、前部には人員が収容できる構造となっている。
人数が多いため必然的にシェイドたちはカーゴルームに乗り込むことになる。
乗り心地が悪いことを官吏たちは何度も謝ったがそれは座席のことであって、車両自体はAGS駆動のため不整地であろうと振動はほとんどない。
「………………」
輸送車を見送った官吏たちは安堵のため息をついた。
皇帝を出迎えるという、地方役人には重すぎる大役であったが内心では気が気ではなかった。
言うまでもなく彼らはつい最近までシェイドたちを虐げる側にいた。
ペルガモンの威光を頼って横暴に振る舞った相手は数えきれない。
その中にはおそらくシェイドもいたと思われる。
もし彼がそのことを覚えていて、しかも相応の報いを与えるつもりだったとしたら――?
「生きた心地がしなかったな……」
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