42 / 115
序章篇
9 皇帝の最期-8-
しおりを挟む
光と音が消え失せた時、少年の目の前に彼はいなかった。
あるのは焼け焦げ、融解した甲冑と混ざり合った無惨な亡骸がひとつ。
彼の一握りの理性と冷静さが、死体を残させた。
「なんと、なんという……!」
衛兵たちを襲うのは恐怖と絶望だ。
ペルガモンを絶対の存在として拠としていた彼らはたった今、その支えを失った。
「皇帝を……お守りできなかった……」
目が合う。
シェイドの手にミストが集まる。
当然だ。
彼らはあの暴君に従い、多くの罪無き人々を虐げてきたのだから。
ここで死ぬべきなのだ。
「降服する! 皇帝が死んだ今、もう彼のやり方に従うこともない! ですから――」
シェイドの頭の中に、何者かが囁く。
そうやって命乞いをしてきた者を、お前たちは殺してきただろう?
一片の慈悲も与えてやらずに、容赦なく葬ってきただろう?
ならば今、立場を変えて殺されることも受け容れるべきではないか。
「――うん」
彼は心の声に頷いた。
彼らを生かしておく理由などない、と。
心がそう告げている。
「………………」
だが纏ったミストを飛散させ、シェイドは振り返った。
怨敵を喪った今、振りかざす力は大義を失い、ここから先はただの殺戮になり果ててしまう。
傍にいたグランが頷く。
後のことは大人に任せようと彼は思った。
「きみは正しいことをしたんだ。たくさんの人を救い、仲間を守ったんだ」
シェイドは何も言わなかった。
為すべきことを成し、多くの民が望む結末に導けたハズなのに、少年の心は満たされることはなかった。
「皇帝は死んだ!」
誰かが叫んだ。
宮殿の防御機能が停止したことで、多くの叛乱軍の兵士たちが集まってくる。
ガンシップから降り立った数名が倒れている同志の救護に当たった。
「皇帝は死んだぞ!」
再び、声。
「死んだ! 皇帝が死んだ!」
歓声が響き渡る。
傷つき倒れた者は、その言葉にしばし痛みを忘れて狂喜した。
仲間に支えられ立ち上がった兵士たちは快哉を叫んだ。
「俺たちの勝ちだ! 俺たちは勝ったんだ!」
ここに官民の区別はなかった。
彼らはただ勝利に酔いしれた。
たったひとりの死は何百、何千万人にとっての勝利だった。
「彼らを頼む。私は司令部に行き皇帝の死を告げてくる。各地に通達し、ただちに戦闘行動を停止させよう」
アシュレイはグランにそう言い残すと、数名の部下を連れて宮殿に消えた。
「ありがとう……全てきみのおかげだ」
グランがその場に跪き、拝むようにして指導者を見上げる。
「僕は、べつに……」
感謝されるようなことはしていない、とシェイドは言った。
家族や幼馴染みを殺された当事者である以上、民を救うというのは大義名分に過ぎず、彼にとってこれはただの仕返しでしかない。
「それでもきみは多くの人を救ってくれた。きみは救世主だ」
彼は畏敬の念を込めて頭を下げた。
目の前にいるのはただの子どもではない。
クライダードの純血種であり、ペルガモン亡き後のエルディラントを統べる新たな支配者になるかもしれない人物だ。
間もなく救護隊が到着し、シェイドたちは応急処置を受けた。
深手を負っている者は治療が必要なため順次、艦に運び込まれていく。
シェイドはフェルノーラの元に駆け寄った。
数名の救護隊が治癒の魔法を行使するが、ぐったりとした彼女は回復する様子を見せない。
「あの、フェルノーラさんは――」
「大丈夫、体内のミストをほとんど失っているようだが、この子は助かるよ」
いつの間にか横に立っていたグランが彼女の手にそっと触れた。
「きみの勇気には敬服するよ。誰よりも強く、そして勇敢だった――」
かろうじて息をしている彼女にそう囁き、ミストを送り込む。
ここでは充分な治療ができないとして、彼らはフェルノーラを艦に運んだ。
シェイドはその後を追おうとしたが、なぜか足が前に進まなかった。
「あとは彼らに任せよう。心配はいらないよ」
さらに数機のガンシップが降下した。
あれほど喧しく、死の恐怖を真横に感じさせた戦の音が遠くに聴こえる。
ペルガモンは死んだが、両陣営はまだ戦い続けているのだ。
空を見上げていたシェイドはふと視線を下に向けた。
数人の軍人に紛れてこちらに走ってくる女性がいる。
彼女は少年の姿を認めると破顔した。
「シェイド君」
その優しい声は、久しく聞いていなかったような懐かしい響きがあった。
「レイーズさん」
軍人でありながら最も軍人らしくない女性に、シェイドは少しだけ顔を赤くする。
「まさか本当に――いいえ、それよりも……あなたが無事で良かった…………」
鼻声で呟き、小さな背中に回そうとした手を止める。
「手当……手当が必要ね。また艦に逆戻りで申し訳ないけど、私と一緒に……」
レイーズは同意を求めるようにグランを見た。
彼は一瞬だけ拗ねたような表情を見せ、深く頷いた。
「行きましょうか」
彼女は軍人ではないひとりの女性としての笑みを浮かべ、シェイドの手をとった。
俯いた少年の頬は朱に染まっていた。
あるのは焼け焦げ、融解した甲冑と混ざり合った無惨な亡骸がひとつ。
彼の一握りの理性と冷静さが、死体を残させた。
「なんと、なんという……!」
衛兵たちを襲うのは恐怖と絶望だ。
ペルガモンを絶対の存在として拠としていた彼らはたった今、その支えを失った。
「皇帝を……お守りできなかった……」
目が合う。
シェイドの手にミストが集まる。
当然だ。
彼らはあの暴君に従い、多くの罪無き人々を虐げてきたのだから。
ここで死ぬべきなのだ。
「降服する! 皇帝が死んだ今、もう彼のやり方に従うこともない! ですから――」
シェイドの頭の中に、何者かが囁く。
そうやって命乞いをしてきた者を、お前たちは殺してきただろう?
一片の慈悲も与えてやらずに、容赦なく葬ってきただろう?
ならば今、立場を変えて殺されることも受け容れるべきではないか。
「――うん」
彼は心の声に頷いた。
彼らを生かしておく理由などない、と。
心がそう告げている。
「………………」
だが纏ったミストを飛散させ、シェイドは振り返った。
怨敵を喪った今、振りかざす力は大義を失い、ここから先はただの殺戮になり果ててしまう。
傍にいたグランが頷く。
後のことは大人に任せようと彼は思った。
「きみは正しいことをしたんだ。たくさんの人を救い、仲間を守ったんだ」
シェイドは何も言わなかった。
為すべきことを成し、多くの民が望む結末に導けたハズなのに、少年の心は満たされることはなかった。
「皇帝は死んだ!」
誰かが叫んだ。
宮殿の防御機能が停止したことで、多くの叛乱軍の兵士たちが集まってくる。
ガンシップから降り立った数名が倒れている同志の救護に当たった。
「皇帝は死んだぞ!」
再び、声。
「死んだ! 皇帝が死んだ!」
歓声が響き渡る。
傷つき倒れた者は、その言葉にしばし痛みを忘れて狂喜した。
仲間に支えられ立ち上がった兵士たちは快哉を叫んだ。
「俺たちの勝ちだ! 俺たちは勝ったんだ!」
ここに官民の区別はなかった。
彼らはただ勝利に酔いしれた。
たったひとりの死は何百、何千万人にとっての勝利だった。
「彼らを頼む。私は司令部に行き皇帝の死を告げてくる。各地に通達し、ただちに戦闘行動を停止させよう」
アシュレイはグランにそう言い残すと、数名の部下を連れて宮殿に消えた。
「ありがとう……全てきみのおかげだ」
グランがその場に跪き、拝むようにして指導者を見上げる。
「僕は、べつに……」
感謝されるようなことはしていない、とシェイドは言った。
家族や幼馴染みを殺された当事者である以上、民を救うというのは大義名分に過ぎず、彼にとってこれはただの仕返しでしかない。
「それでもきみは多くの人を救ってくれた。きみは救世主だ」
彼は畏敬の念を込めて頭を下げた。
目の前にいるのはただの子どもではない。
クライダードの純血種であり、ペルガモン亡き後のエルディラントを統べる新たな支配者になるかもしれない人物だ。
間もなく救護隊が到着し、シェイドたちは応急処置を受けた。
深手を負っている者は治療が必要なため順次、艦に運び込まれていく。
シェイドはフェルノーラの元に駆け寄った。
数名の救護隊が治癒の魔法を行使するが、ぐったりとした彼女は回復する様子を見せない。
「あの、フェルノーラさんは――」
「大丈夫、体内のミストをほとんど失っているようだが、この子は助かるよ」
いつの間にか横に立っていたグランが彼女の手にそっと触れた。
「きみの勇気には敬服するよ。誰よりも強く、そして勇敢だった――」
かろうじて息をしている彼女にそう囁き、ミストを送り込む。
ここでは充分な治療ができないとして、彼らはフェルノーラを艦に運んだ。
シェイドはその後を追おうとしたが、なぜか足が前に進まなかった。
「あとは彼らに任せよう。心配はいらないよ」
さらに数機のガンシップが降下した。
あれほど喧しく、死の恐怖を真横に感じさせた戦の音が遠くに聴こえる。
ペルガモンは死んだが、両陣営はまだ戦い続けているのだ。
空を見上げていたシェイドはふと視線を下に向けた。
数人の軍人に紛れてこちらに走ってくる女性がいる。
彼女は少年の姿を認めると破顔した。
「シェイド君」
その優しい声は、久しく聞いていなかったような懐かしい響きがあった。
「レイーズさん」
軍人でありながら最も軍人らしくない女性に、シェイドは少しだけ顔を赤くする。
「まさか本当に――いいえ、それよりも……あなたが無事で良かった…………」
鼻声で呟き、小さな背中に回そうとした手を止める。
「手当……手当が必要ね。また艦に逆戻りで申し訳ないけど、私と一緒に……」
レイーズは同意を求めるようにグランを見た。
彼は一瞬だけ拗ねたような表情を見せ、深く頷いた。
「行きましょうか」
彼女は軍人ではないひとりの女性としての笑みを浮かべ、シェイドの手をとった。
俯いた少年の頬は朱に染まっていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる