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第28話   因縁の決着

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 〈神颪〉は、クラウディオスの肉体に垂直に斬り下ろされた。

 まさにその瞬間であった。

 〈神威〉の刀身がクラウディオスの両腕の中で万力の如く固定されたのである。

 クラウディオスは宙空から振り下ろされた〈神威〉を、×字に交差した両腕でがっしりと受け止めていた。

 実際には腕の中にめり込んでいたが、クラウディオスは痛みを感じていない。

 まさにお互いの状況が逆転された。

 しかしクラウディオスは絶好の機会にもかかわらず、進之介に対してすぐさま反撃に移れなかった。

 まだ身体が思うように動かないのである。

 進之介は〈神威〉をクラウディオスの両腕にめり込ませた状態で地面に着地した。

 一瞬、進之介の脳裏には〈神威〉を手放し、素手でクラウディオスに攻撃するかという選択肢が浮かんできたが、進之介は頭の中で首を左右に振って否定した。

 今のクラウディオスにはどんな攻撃も効かないことは進之介にはわかっていた。

 真剣を両腕にめり込ませた人間が、悲鳴の一つも上げないことはどう考えてもおかしい。

 考えられることは、クラウディオスは痛みを感じていない。

 ならばここで〈神威〉を手放して素手で攻撃を加えるのではなく、真剣で五体を斬る以外に勝機はない。

 真剣で生身の五体を斬れば、痛覚があろうとなかろうと関係ないからだ。

 進之介は顔面を紅潮させながら必死に両腕に力を込めた。

 あまりの力の入れ具合に進之介の両腕が激しく振動している。

 その間にもクラウディオスの身体は、着々と回復の兆しを見せていた。

 クラウディオスの右足がゆっくりと動き始めた。

 身体が自由を取り戻した瞬間、クラウディオスは渾身の力を込めた右足を進之介の腹部に蹴り込むつもりであった。

 そしてもし本気になったクラウディオスの蹴りが人体に決まれば、それは刃物に刺されたときと同様の損傷を肉体に負うことになる。

 進之介の手元に握る〈神威〉は固定されたままピクリとも動かない。

 それでも進之介はもう後がないと腹を括り、目の前の魔人に自分が持つ剣気を叩き込んだ。

 まさにこの瞬間、進之介が持つ〈神威〉に異変が起こった。

 クラウディオスの傷口から滴り落ちるオリハルコンの原液が、進之介の〈神威〉に吸収されるかの如く纏わりついてきたのである。

 そして見る間に〈神威〉の刀身が真紅に染まっていくと、クラウディオスの両腕にめり込んで微動だにしなかった〈神威〉が徐々に動き出した。

「ちょっ、ちょっと待っ……」

 焦りを見せるクラウディオスを前に、進之介が握り締めている〈神威〉はクラウディオスの両腕から驚くべき速度で走り抜けた。

 〈神威〉はクラウディオスの両腕を切り裂き、鋼のように硬質化していたクラウディオスの肉体すらも切り裂いていった。

 進之介の身体にはクラウディオスの刀傷から噴出した生暖かいオリハルコンの原液が降り注いだ。

「シンッ!」

 エリファスは恐るべき速度で剣を放った進之介に向かって叫んだ。

 進之介はわかっていた。

 〈神威〉を振り下ろした進之介は、クラウディオスの腹部に前蹴りを放った。

 クラウディオスは最後の力を振り絞り、進之介に蹴りを放つつもりだったのである。

 だが、進之介はすでに予測していた。

 だからこそ、先にクラウディオスの腹部に蹴りを入れて攻撃を事前に回避したのである。

 瀕死の状態だったクラウディオスの身体が〈アルス・マグナ〉の手前まで転がっていくと、石畳の上に赤い鮮血の軌跡が出来上がった。

 進之介は前蹴りを放った自分の右足に視線を向けた。

 クラウディオスの肉体は想像以上に軽かったのである。

 足先に感じた感触からすると、まだ10代前の子供くらいの体重だったかもしれない。

 クラウディオスが仰向けの状態で大の字に倒れている光景を目にした進之介は、長い吐息を吐き出しながらガクリと地面に片膝を付けた。

 疲労困憊の進之介にエリファスが駆け寄ってくる。

「シン、大丈夫?」

「大丈夫でござる」

 エリファスに精一杯の笑顔で大丈夫だと答えた進之介だったが、実のところ作り笑いをするのが限界であった。

 神威一刀流――秘剣〈神颪〉。

 あらゆる不確定要素をすべて満たした時のみ使用可能な神威一刀流の秘剣中の秘剣は、恐ろしいほどに精神力と体力を消費する。

 それに加えて、使用した相手は人間ではない魔人だったのである。

 進之介がその場で疲労により気絶しなかったのは奇跡に近かった。

 進之介は手にしていた〈神威〉を杖代わりに立ち上がった。

 エリファスが止めるのを聞かずにクラウディオスに向かって歩いていく。

「す、すごいな……お兄ちゃん……すごいよ」

 クラウディオスの声は枯れていた。

 このまま黙っていてもどれくらい持つか。

 進之介は同情するつもりはなかった。

 それが命を賭けて死闘を演じた者同士の暗黙の了解でもあったからだ。

「訊いておきたい」

 進之介は一拍の間を空けてクラウディオスに質問した。

「梓さまをこの世界に連れてきたのはやはりお主なのか」

「それが……なに」

 クラウディオスの表情は徐々に虚ろになっていく。

「なぜ、そんなことをした?」

「それが……僕の役目だったから……博士がね……色んな人たちを連れてくるとね……いっぱいいっぱい褒めてくれるんだ……」

 もはやクラウディオスの金色の双眸には何も映っていない。

 側に立っている進之介の声を頼りに話をしていたに過ぎなかった。

 そんなクラウディオスに進之介は優しく呟いた。

「とどめはいるか?」

 クラウディオスは白い犬歯を剥き出して笑った。

「どっちでも……いいよ」

 進之介は〈神威〉を逆手に持ち返すと、両腕に力を込めて一気に突き下ろした。

 エリファスは顔を背けた。

 ズブリと刃物が肉体に突き刺さっていく音が耳に届く。

 進之介はクラウディオスの心臓に突き刺した〈神威〉を引き抜くと、エリファスに顔を向けた。

 どこか進之介には悲しげな表情が浮かんでいたが、エリファスの後方を見るなり進之介はすぐに顔を引きつらせた。

 エリファスが振り向くと同時に、死闘を終えた広場に数十人の人間たちの猛々しい足音が響いた。

 白獅子騎士団の人間たちである。

 一向に第四重罪牢にくる気配がなかったキースを心配した騎士団の1人が、広場に様子を見に来た折り、クラウディオスがキースを含め二人の騎士団員が倒される光景を目撃。

 すぐさま援軍をよこした結果であった。

 それにすでにエリファスは手配人であることは判明し、進之介は国王の命を狙う暗殺者に仕立てられていた。

 まさにこのとき、進之介とエリファスは絶体絶命の危機に遭遇した。

「エリファス殿、急ぎこちらへ」

 進之介が手を招くと、エリファスは進之介に足早に駆けていき背中に回った。

「貴様ら、そこを動くなッ!」

 白獅子騎士団の人間たちは皆、異様な殺気に満ち溢れていた。
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