上 下
3 / 3

第三話

しおりを挟む
 数時間後――。

 王都の郊外にあるアストラルの屋敷にシンシア・バートンこと私はいた。

 いや、もっと厳密に言うならばアストラルの寝室にである。

 そんな私はアストラルと裸でベッドに寝ていた。

 事が終わって一息ついているところだった。

「あの3人の取り調べはどうするの?」

 私が隣に寝ているアストラルにたずねると、アストラルはフッと苦笑する。

「訊かなくてもわかるだろう? 取り調べなどない。もちろん裁判もない。ヘルシング家の力を使ってすぐに実刑へと持ち込む」

「そう、それはよかった」

 私が寝ころびながら伸びをしたときだ。

「そうだ、思い出した。シンシア、あのときお前はうっかり僕たちとの関係をバラすようなことを言っただろう」

 私は頭上に疑問符を浮かべた。

 え? 私ってそんなうかつな発言をした?

「思い出せ。アーニャを連れて来て証言させようとしたときだ」

 私は「あっ」と頓狂とんきょうな声を発した。

 思い出した。

 あのとき私は公衆の面前で言ってしまったのだ。


 ――、この子は?


 アストラルは大きなため息を吐いた。

「ようやく思い出したか。どうして爵位が1番低い男爵家の令嬢が、爵位が1番上の公爵家の長男である僕に対して親し気に呼び捨てをする。そんなことは普通ではあり得ないことだろうが。

「ついうっかりしてたわ。誰かに気づかれていないわよね?」

「あんな騒ぎがあったときだ。誰も君が僕を呼び捨てにしたことなど覚えてはいないさ」

 それに、とアストラルは子供のような笑みを浮かべた。

「すでに証拠は隠滅してある」

 その言葉と子供のような笑みで思い出した。

「そう言えば、あのアーニャって平民の少女はどこから連れて来たの……っていうか、口封じに殺しちゃった?」

「おいおい、物騒なことを言うな。あの子は殺してなんてないよ。だって、あの子は平民は平民でもこの敷地内の離れの屋敷に住んでいるメイド見習いの1人だ。確か元は辺境の由緒正しい家柄だったが、没落してこの王都へと流れて来たらしい。教養も礼儀作法もあったし、何より没落したあともこの王都へ来るまで強かに生きられたその度胸がいい。あの〝自分は右も左もわからず証人としてここへ連れて来られただけなんです〟という演技はよかっただろ?」

 私はホッとした。

 いくら私たちの将来のためとはいえ、あんな年端もいかない少女の命を犠牲にすることは良心が痛む。

「隠滅した証拠――まあ、証人と言い換えたほうが正しいな。あの似顔絵描きの男が書いた、君の顔が描かれた似顔絵を見た人間たちは全員王都から追い出した。おっと、言っておくが誰一人として殺してないぞ。それなりの金を渡してこの王都から出て行ってもらったのさ」

 私は嘆息した。

「だから外で逢うのは危ないと言ったじゃない。もともとあなたが学院の中だけの逢瀬じゃ満足できないって言ったからこうなったのよ」

 私はふくれっ面でアストラルの胸をつまんだ。

「痛てててて……それは謝るよ。まさか、大通りの裏で重ねた君との逢瀬をよりにもよって似顔絵描きに見られていたとは思わなかったんだ」

 それは私も同意見だった。

 ふと私は数時間前のことを思い出す。

 ホリック家の大広間に現れた、似顔絵描きを自称した中年男。

 あの場にいた事情を知らない貴族たちは、アールが用意した都合のよい偽の証人と思い込んだことだろう。

 だが、事実はまったく違う。

 

 あの似顔絵描きの中年男はアールが用意した都合のよい証人などではなく、本当に私とアストラルの逢瀬を大通りの裏で目撃していた男だったのである。

 そう、今回の婚約破棄に至った一件はアールがソフィアと婚約したいがために起こしたことではない。

 実は周囲からは結婚などできないと陰口を叩かれていた変わり者の男爵令嬢のシンシア・バートンこと私と、私と同じく周囲から変わり者の公爵子息と言われていたアストラル・ヘルシングが婚約するために起こしたことだった。

 私は普通の貴族令嬢が嗜む趣味や習い事などには興味がなく、騎士に憧れていた子爵家や男爵家の子息が好む武術に興味があった。

 その武術の鍛錬は実家だけでは飽き足らず、授業の合間に学院の裏庭の片隅などで行っていたほどだ。

 いつからだっただろう。

 私は学院で武術の鍛錬をしているときに視線を感じた。

 最初は物好きな生徒が話の種に覗き見していると思っていた私は、その視線に気づかないフリをして武術の鍛錬を続けていた。

 しかし、さすがに毎日毎日視線を感じると薄気味悪くなってくる。

 そこで私は視線の主を特定すると、正体はあっさりと判明した。

 アストラル・ヘルシング。

 現在、私の隣にいるヘルシング公爵家の子息だった。

 覗き見していた事情をたずねると、アストラルは恍惚な表情で答えた。

 アストラルはお茶会などを開く蝶よ花よと育てられた普通の貴族令嬢よりも、私のように男勝りで武芸に秀でた強い女性が大好きな一風変わった性癖を持つ男性だったのだ。

 そしてアストラルいわく、私は顔つきも含めて理想の女性像の権化だったらしく、覗きがバレた直後から一方的に求婚してきた。

 とはいえ、さすがに公爵家の子息と男爵家の令嬢では格式が違いすぎる。

 私はそれを理由に最初こそ丁重に断ったが、アストラルは諦めるどころかあの手この手を使って外堀を埋めるべく行動を起こした。

 王立学院内の男女混合の武術大会もその行動の1つである。

 アストラルは強引に大会委員会に〝男女混合〟の文字を付け加えると、以前から女という理由だけで武術大会に参加できなかった私に是非とも参加してくれと言ってきた。

 そして私はその武術大会でアールを負かして優勝した。

 ちなみに準決勝で対戦したアールは対決した感触から絶好調だった。

 それはさておき。

 私はここまで自分のために動いてくれるアストラルに心を動かされ、ついにはこうしてアストラルと男女の仲になった。

 ただし、学院の武術大会で優勝しただけでは〝公爵家の子息と男爵家の令嬢との結婚〟は難しい。

 そのためアストラルは、武術大会以外にもシンシア・バートンが世間からアストラル・ヘルシングの婚約者として相応しいと言われるための策略を色々と練ってくれていた。

 もちろん、私もそんなアストラルの策略のために動こうと決心していた。

 その矢先に数時間前の一件が起きたのである。

 つまり、アールとソフィアよりも私とアストラルのほうが何倍も婚約破棄するために動いていた。

 正直なところ、アールとソフィアは余計なことをしてくれたとしか言いようがない。

 あのまま余計な策略など企てずにいたら、そもそもアールが私に偽りの婚約など申し出て来なかったら、ほどしばらくして私はアストラルと婚約していただろう。

 そうなればアールは堂々とソフィアと婚約できたのだ。

 私が先にアストラルと婚約してしまえば、妹のソフィアがアールと婚約しても兄妹不敬罪などに当たらないのだから。

 だから私は数時間前の大広間で思ったのだ。

 自業自得だ、と。

 などと思っていると、アストラルの細い腕が私の身体に触れてきた。

「愛しているよ、シンシア。君のような女性は二度と現れないだろう。君こそ僕が持つ理想の女性そのものだ。君以外の誰を犠牲にしても絶対に手に入れたいし手放したくない」

 私はクスリと笑った。

「私もよ、アストラル。はあったけど、私はあなた以外の誰を犠牲にしても私たちとの婚約を認めてくれるような活躍や実績を積み重ねる」

「ああ、そのときが来ることを楽しみにしているよ」

 そして私たちは再び肉体を重ねて愛を確かめあった。

 このときには私の頭の中に、アールやソフィアたちの存在は綺麗さっぱり消えていたことは言うまでもない。


〈Fin〉
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

sanzo
2024.09.17 sanzo

三人よれば文殊の知恵

と申しますが、バカが集まってもバカな知恵しか得られない。と、
私は常々思ってます。
というか、私の持論です。

考えてもみてください。
9歳が三人居ても、サイン・コサイン・タンジェントを解けますかね?
まー無理でしょ?

て事で、妹と元婚約者は、小学生くらいな知能なのかと(笑)

という体で描かれたお話しなのだと思い、、、ます。
などと、勝手な感想です。

面白かったですよ~!

岡崎 剛柔
2024.09.17 岡崎 剛柔

ありがとうございます😊

解除

あなたにおすすめの小説

この国において非常に珍しいとされている銀髪を持って生まれた私はあまり大切にされず育ってきたのですが……?

四季
恋愛
この国において非常に珍しいとされている銀髪を持って生まれた私、これまであまり大切にされず育ってきたのですが……?

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

夫の母親に会いたくない私と子供。夫は母親を大切にして何が悪いと反論する。

window
恋愛
エマ夫人はため息をつき目を閉じて思い詰めた表情をしていた。誰もが羨む魅力的な男性の幼馴染アイザックと付き合い恋愛結婚したがとんでもない落とし穴が待っていたのです。 原因となっているのは夫のアイザックとその母親のマリアンヌ。何かと理由をつけて母親に会いに行きたがる夫にほとほと困り果てている。 夫の母親が人間的に思いやりがあり優しい性格なら問題ないのだが正反対で無神経で非常識な性格で聞くに堪えない暴言を平気で浴びせてくるのです。 それはエマだけでなく子供達も標的でした。ただマリアンヌは自分の息子アイザックとエマの長男レオだけは何をしてもいいほどの異常な溺愛ぶりで可愛がって、逆にエマ夫人と長女ミアと次女ルナには雑な対応をとって限りなく冷酷な視線を向けてくる。

婚約破棄って、貴方誰ですか?

やノゆ
恋愛
ーーーその優秀さを認められ、隣国への特別留学生として名門魔法学校に出向く事になった、パール・カクルックは、学園で行われた歓迎パーティーで突然婚約破棄を言い渡される。 何故かドヤ顔のその男のとなりには、同じく勝ち誇ったような顔の少女がいて、パールは思わず口にした。 「いや、婚約破棄って、貴方誰ですか?」

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

元婚約者は入れ替わった姉を罵倒していたことを知りません

ルイス
恋愛
有名な貴族学院の卒業パーティーで婚約破棄をされたのは、伯爵令嬢のミシェル・ロートレックだ。 婚約破棄をした相手は侯爵令息のディアス・カンタールだ。ディアスは別の女性と婚約するからと言う身勝手な理由で婚約破棄を言い渡したのだった。 その後、ミシェルは双子の姉であるシリアに全てを話すことになる。 怒りを覚えたシリアはミシェルに自分と入れ替わってディアスに近づく作戦を打ち明けるのだった。 さて……ディアスは出会った彼女を妹のミシェルと間違えてしまい、罵倒三昧になるのだがシリアは王子殿下と婚約している事実を彼は知らなかった……。

心から信頼していた婚約者と幼馴染の親友に裏切られて失望する〜令嬢はあの世に旅立ち王太子殿下は罪の意識に悩まされる

window
恋愛
公爵令嬢アイラ・ミローレンス・ファンタナルは虚弱な体質で幼い頃から体調を崩しやすく常に病室のベットの上にいる生活だった。 学園に入学してもアイラ令嬢の体は病気がちで異性とも深く付き合うことはなく寂しい思いで日々を過ごす。 そんな時、王太子ガブリエル・アレクフィナール・ワークス殿下と運命的な出会いをして一目惚れして恋に落ちる。 しかし自分の体のことを気にして後ろめたさを感じているアイラ令嬢は告白できずにいた。 出会ってから数ヶ月後、二人は付き合うことになったが、信頼していたガブリエル殿下と親友の裏切りを知って絶望する―― その後アイラ令嬢は命の炎が燃え尽きる。

精女には選ばれなかったので追放されました。~えっ?そもそも儀式の場所が間違ってる?~

京月
恋愛
 精霊の加護を持って人々を救う精女に私は…選ばれませんでした。  両親に見捨てられ途方に暮れていた私の目の前に大精霊が現れた。  えっ?そもそも儀式の場所が間違っている?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。