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第6話 校内激突
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生徒たちが空中通路と称した場所に羽美が辿り着くと、すでにそこには山のような人だかりが形成されていた。
ラウンジにもなっている空中通路の中で昼食を取っていた生徒たちに混じり、騒ぎを聞きつけて群がってきた野次馬たちが犇いている。
「生徒会の者です。道を開けてください」
入り口を塞ぐような形で群がっていた生徒の山を掻き分け、羽美は空中通路の中央にまで足を運んだ。
何脚かの丸テーブルや椅子が転倒している。
大方、〈ギャング〉の誰かが蹴り飛ばしたのだろう。
現に空中通路の中央には騒ぎの張本人たちしかいなかった。
他の生徒たちは迅速に退避したに違いない。
「この野郎! いつまでも調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「殺されてえのか、ボケッ!」
などと典型的な罵声を振り撒いていたのは〈ギャング〉の連中だ。
その数6人。
全員が右手首に〈ギャング〉の証であるシルバーのブレスレットを填めている。
その中でも異彩を放っていた男子生徒がいた。
身長180センチ弱。体重80キロ。校則違反であるドレッドの髪型を後頭部の位置で一房に束ね、どこか日本人離れの顔貌と体格をしている屈強な男。
〈ギャング〉のリーダーこと松山剛樹であった。
剛樹は両手をズボンのポケットに入れつつ、数メートル前方にいた男女にドスの利いた低い声を発する。
「おい、晴矢よ。普段は温厚な俺でも今日は我慢の限界だ。こっちから手を出したのならいざ知らず、近くにいただけで攻撃を仕掛けてくるなんざ自分の女にどういう教育をしてやがんだ」
「教育? 花蓮の保護者でもない僕にそんな責任を押しつけられても困る。それに手を出していないとそっちは主張しているが、だったら相手を不快にする口は出してもいいのかな? 普段は温厚な花蓮でも暴言を吐かれたら怒るのも無理はないと思うよ」
剛樹の言葉をさらりと受け流したのは、1人だけテーブルに座って文庫本を開いている二階堂晴矢であった。
さらりとした髪に顔の輪郭が整っている優男だ。成績は学園内でもトップクラスであり、常に堀田花蓮という女子生徒と行動している。
実際に晴矢の手前には花蓮の姿があった。
墨を落としたような流麗な黒髪が背中の中央まで伸び、色白の肌に能面のような無表情が特徴的な少女。
だが、それ以上に顔の造詣が普通の域を大きく越えている。
生命の伸長を途中で放棄したような陰影さには、同姓さえも惹きつける魅力があった。
松山剛樹以下5名と二階堂晴矢と堀田花蓮の諍い。
羽美は〈ギャング〉という言葉を聞いたとき、半ばこうなっていることを予想した。
この鷺乃宮学園で〈ギャング〉と真っ向から対峙する人間など晴矢と花蓮の2人しかいない。
特に揉め事となるとほぼ百パーセントの確率で花蓮が関わっている。
なぜなら――。
「剛樹さんに対して舐めた口聞いてんじゃねえぞ、二階堂!」
次の瞬間、晴矢と剛樹の口論に〈ギャング〉の一人が唐突に割り込んできた。
威嚇するような大股な足取りで晴矢に歩み寄っていく。
誰が見ても晴矢を殴る気だったのは目に見えていた。
だが、その〈ギャング〉の一人はもしかするとグループに入ったばかりの新参者だったのかもしれない。
花蓮を傍に控えている晴矢に何の恐れもなく近づいたからだ。
「オラッ!」
〈ギャング〉の一人は晴矢に近づくなり拳を振り上げた。
そのまま拳を振り下ろせば、椅子に座っている晴矢に避ける術はなかっただろう。
それでも当の本人はまったく動じずに文庫本を読み耽っている。
「あ~あ」
額を押さえながら羽美が唸った直後であった。
パンチを繰り出した〈ギャング〉の一人が空中に円を描きつつ反転した。
背中からコンクリートの床に叩きつけられ、「ぐげっ!」というくぐもった声を上げる。
野次馬たちからどっと歓声が轟く。
剛樹を筆頭に〈ギャング〉たちは一歩後退して頑なに身構えた。
「晴矢に手を出す奴は許さない」
そう言い放ったのは、無表情を崩さない花蓮であった。
二階堂晴矢以外に滅多な関心を示さず、得意の合気道でどんな屈強な男も華麗に投げる妙技の持ち主である。
今もそうであった。
晴矢に対して明確な敵意を放った男に対して、手首の関節を極めつつ鮮やかに投げたのだ。
当然の如く、結構な速度で床に叩きつけられた〈ギャング〉の1人は口から泡を吹いて悶絶している。
一方、晴矢のほうは依然として文庫本に目線を落としていた。
元より花蓮が負けるとは微塵も思っていないのだろう。
当然と言えば当然であった。
花蓮に一対一で勝てる人間など鷺乃宮学園には存在しない。
「さて、そろそろ僕たちはお暇したいのですがよろしいですか? 原因の発端はどうであれ今ので喧嘩両成敗。先生や生徒会の人間がくる前に立ち去りたいのですけど……と思ったらすでにいたようですね」
周囲をざっと見渡した晴矢の視線と羽美の視線が交錯した。
それでも晴矢は微塵も動じない。
開いていた文庫本を片手で閉じると、もう諍いは終わりましたと表情で訴えかけてきた。
毎度毎度のことながら爽やか過ぎる笑顔が妙に小憎らしい。
羽美は自分に気合を入れるかのように一度だけ深呼吸。
一定の距離を保っている野次馬の最前列から渦中の場所まで歩み寄っていく。
「はい、そこまで! 鷺乃宮学園生徒会の権限を持ってあなたたち全員から詳しい事情を聞かせて頂きます。これから私と一緒に生徒指導室まで同行してください」
羽美は凛然とした声で言い放つ。
【生徒同士の問題は極力生徒同士で解決する】がモットーである鷺乃宮学園とはいえ、四百人近い生徒がいる学園で生徒同士だけで解決できることなど限られてくる。
だからこそ、生徒会が率先して問題を起こした生徒に接触しなければならない。
生徒会の人間もまた学園に在籍する生徒であるゆえ、生徒の自主性を重んじる教職員たちから問答無用で頼りにされるのである。
両手を腰の位置に添えたまま仁王立ちする羽美。
内心、緊張と不安から心臓が踊るように拍動していた。
だが、それを相手に悟られまいと羽美は毅然とした表情を保つ。
「鷺乃宮羽美……気の強い副生徒会長のお出ましか」
剛樹の射るような眼光が真上から降り注いでくる。
羽美はその重圧に気圧されないよう自分に気合を入れた。
「松山剛樹君以下5人。それと二階堂晴矢君に掘田花蓮さん。速やかに私と一緒に生徒指導室に同行して下さい。そして争いの原因を書類に纏め、担当教諭の指示に従って――」
「それには及びません」
話の腰を折ったのは晴矢だ。
「すでに僕たちの問題は解決済みです。都合により1名は負傷しましたが、こちらも精神に傷を負わされたので喧嘩両成敗でしょう。何の問題もありません」
「それは当事者のあなたたちではなく、私たち生徒会と生活指導の先生たちが判断することです」
「やれやれ、相変わらず強情な人だ」
椅子から優雅な物腰で立ち上がると、晴矢は文庫本を片手に羽美に近づいてきた。
文庫本の背表紙には【実践的な中国語講座】と書かれている。
「な、何かしら?」
一瞬、羽美は臨戦態勢を取るかどうか迷った。
晴矢の戦闘能力は未知数だったが、〈ギャング〉と涼しい顔で対峙するからには相当の実力者だと判断できる。
なおかつ、鷺乃宮学園最強である花蓮を完全に従えているのだ。
無意識のうちでも警戒態勢を取ろうと思うのは当然の判断と言えた。
「そんなに警戒しなくとも大丈夫ですよ。僕はおろか花蓮も絶対に手を出さない」
このとき、羽美は自分の心中を余すことなく看破されたことに動揺した。
恐ろしい眼力である。やはりこの二階堂晴矢という男子生徒は油断ならない。
晴矢はくすりと笑い、剛樹たちに向かって顎をしゃくる。
「ですが向こうはどうか分かりません。確か僕の記憶が正しければ〈ギャング〉と称する学園の寄生虫たちは一度も生徒会や生活指導室への召喚に応じていないのでは?」
「てめえ、誰が寄生虫だ!」
「〈ギャング〉を舐めると怪我だけじゃ済まねえぞ!」
晴矢の余計な一言で一度は沈静化した場の雰囲気が再び険悪ムードに変わった。
(この馬鹿、余計なことを!)
羽美は咄嗟に両グループの間に割って入った。
両手を真横に伸ばして防波堤の役割に徹する。
「待ちなさい! 今は昼休み中であり、ここは多くの生徒たちが集まる憩いの場です。ここでの争いは生徒会役員の1人として絶対に許しません」
沸いていた野次馬たちの歓声がどよめきに変わる。
羽美の無謀にも程がある行為に誰もが固唾を呑んだ。
どのぐらい時間が経っただろう。
羽美を中心に膠着状態に陥った両グループのうち、最初に行動に移したのは〈ギャング〉たちだ。
リーダーである剛樹は忌々しげに舌打ちすると、他の仲間に声をかけて歩き出した。
もちろん、羽美の指示に大人しく従ったわけではない。
剛樹たちが向かった方向は生徒指導室がある左棟ではなく、先ほど羽美がきた右棟の出入り口だったからだ。
「待ちなさい、秋山君! まだ話は終わっていませんよ!」
剛樹は顔だけを振り向かせ、口の端を鋭角に吊り上げた。
「そこの優男も言っただろう? もう問題は終わってんだよ。てめえら生徒会は余計な問題に首を突っ込まずに役に立たない会議でもしてろよ」
そんな捨て台詞を吐いて去っていく剛樹を羽美が見逃すはずはない。
両の拳を固く握り締め、何としても剛樹たちを生徒指導室に連行しようと追いかける。
だが、数メートルも進まないうちに羽美の足は止まった。
モーゼの十戒のように剛樹たちに道を開けた野次馬たちの向こうに、見知った2人の人間が立っていたからだ。
1人は羽美と同じ生徒会役員の加臥野秋兵。
そして、もう1人はまさに今日この鷺乃宮学園に転校してきた名護武琉であった。
ラウンジにもなっている空中通路の中で昼食を取っていた生徒たちに混じり、騒ぎを聞きつけて群がってきた野次馬たちが犇いている。
「生徒会の者です。道を開けてください」
入り口を塞ぐような形で群がっていた生徒の山を掻き分け、羽美は空中通路の中央にまで足を運んだ。
何脚かの丸テーブルや椅子が転倒している。
大方、〈ギャング〉の誰かが蹴り飛ばしたのだろう。
現に空中通路の中央には騒ぎの張本人たちしかいなかった。
他の生徒たちは迅速に退避したに違いない。
「この野郎! いつまでも調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「殺されてえのか、ボケッ!」
などと典型的な罵声を振り撒いていたのは〈ギャング〉の連中だ。
その数6人。
全員が右手首に〈ギャング〉の証であるシルバーのブレスレットを填めている。
その中でも異彩を放っていた男子生徒がいた。
身長180センチ弱。体重80キロ。校則違反であるドレッドの髪型を後頭部の位置で一房に束ね、どこか日本人離れの顔貌と体格をしている屈強な男。
〈ギャング〉のリーダーこと松山剛樹であった。
剛樹は両手をズボンのポケットに入れつつ、数メートル前方にいた男女にドスの利いた低い声を発する。
「おい、晴矢よ。普段は温厚な俺でも今日は我慢の限界だ。こっちから手を出したのならいざ知らず、近くにいただけで攻撃を仕掛けてくるなんざ自分の女にどういう教育をしてやがんだ」
「教育? 花蓮の保護者でもない僕にそんな責任を押しつけられても困る。それに手を出していないとそっちは主張しているが、だったら相手を不快にする口は出してもいいのかな? 普段は温厚な花蓮でも暴言を吐かれたら怒るのも無理はないと思うよ」
剛樹の言葉をさらりと受け流したのは、1人だけテーブルに座って文庫本を開いている二階堂晴矢であった。
さらりとした髪に顔の輪郭が整っている優男だ。成績は学園内でもトップクラスであり、常に堀田花蓮という女子生徒と行動している。
実際に晴矢の手前には花蓮の姿があった。
墨を落としたような流麗な黒髪が背中の中央まで伸び、色白の肌に能面のような無表情が特徴的な少女。
だが、それ以上に顔の造詣が普通の域を大きく越えている。
生命の伸長を途中で放棄したような陰影さには、同姓さえも惹きつける魅力があった。
松山剛樹以下5名と二階堂晴矢と堀田花蓮の諍い。
羽美は〈ギャング〉という言葉を聞いたとき、半ばこうなっていることを予想した。
この鷺乃宮学園で〈ギャング〉と真っ向から対峙する人間など晴矢と花蓮の2人しかいない。
特に揉め事となるとほぼ百パーセントの確率で花蓮が関わっている。
なぜなら――。
「剛樹さんに対して舐めた口聞いてんじゃねえぞ、二階堂!」
次の瞬間、晴矢と剛樹の口論に〈ギャング〉の一人が唐突に割り込んできた。
威嚇するような大股な足取りで晴矢に歩み寄っていく。
誰が見ても晴矢を殴る気だったのは目に見えていた。
だが、その〈ギャング〉の一人はもしかするとグループに入ったばかりの新参者だったのかもしれない。
花蓮を傍に控えている晴矢に何の恐れもなく近づいたからだ。
「オラッ!」
〈ギャング〉の一人は晴矢に近づくなり拳を振り上げた。
そのまま拳を振り下ろせば、椅子に座っている晴矢に避ける術はなかっただろう。
それでも当の本人はまったく動じずに文庫本を読み耽っている。
「あ~あ」
額を押さえながら羽美が唸った直後であった。
パンチを繰り出した〈ギャング〉の一人が空中に円を描きつつ反転した。
背中からコンクリートの床に叩きつけられ、「ぐげっ!」というくぐもった声を上げる。
野次馬たちからどっと歓声が轟く。
剛樹を筆頭に〈ギャング〉たちは一歩後退して頑なに身構えた。
「晴矢に手を出す奴は許さない」
そう言い放ったのは、無表情を崩さない花蓮であった。
二階堂晴矢以外に滅多な関心を示さず、得意の合気道でどんな屈強な男も華麗に投げる妙技の持ち主である。
今もそうであった。
晴矢に対して明確な敵意を放った男に対して、手首の関節を極めつつ鮮やかに投げたのだ。
当然の如く、結構な速度で床に叩きつけられた〈ギャング〉の1人は口から泡を吹いて悶絶している。
一方、晴矢のほうは依然として文庫本に目線を落としていた。
元より花蓮が負けるとは微塵も思っていないのだろう。
当然と言えば当然であった。
花蓮に一対一で勝てる人間など鷺乃宮学園には存在しない。
「さて、そろそろ僕たちはお暇したいのですがよろしいですか? 原因の発端はどうであれ今ので喧嘩両成敗。先生や生徒会の人間がくる前に立ち去りたいのですけど……と思ったらすでにいたようですね」
周囲をざっと見渡した晴矢の視線と羽美の視線が交錯した。
それでも晴矢は微塵も動じない。
開いていた文庫本を片手で閉じると、もう諍いは終わりましたと表情で訴えかけてきた。
毎度毎度のことながら爽やか過ぎる笑顔が妙に小憎らしい。
羽美は自分に気合を入れるかのように一度だけ深呼吸。
一定の距離を保っている野次馬の最前列から渦中の場所まで歩み寄っていく。
「はい、そこまで! 鷺乃宮学園生徒会の権限を持ってあなたたち全員から詳しい事情を聞かせて頂きます。これから私と一緒に生徒指導室まで同行してください」
羽美は凛然とした声で言い放つ。
【生徒同士の問題は極力生徒同士で解決する】がモットーである鷺乃宮学園とはいえ、四百人近い生徒がいる学園で生徒同士だけで解決できることなど限られてくる。
だからこそ、生徒会が率先して問題を起こした生徒に接触しなければならない。
生徒会の人間もまた学園に在籍する生徒であるゆえ、生徒の自主性を重んじる教職員たちから問答無用で頼りにされるのである。
両手を腰の位置に添えたまま仁王立ちする羽美。
内心、緊張と不安から心臓が踊るように拍動していた。
だが、それを相手に悟られまいと羽美は毅然とした表情を保つ。
「鷺乃宮羽美……気の強い副生徒会長のお出ましか」
剛樹の射るような眼光が真上から降り注いでくる。
羽美はその重圧に気圧されないよう自分に気合を入れた。
「松山剛樹君以下5人。それと二階堂晴矢君に掘田花蓮さん。速やかに私と一緒に生徒指導室に同行して下さい。そして争いの原因を書類に纏め、担当教諭の指示に従って――」
「それには及びません」
話の腰を折ったのは晴矢だ。
「すでに僕たちの問題は解決済みです。都合により1名は負傷しましたが、こちらも精神に傷を負わされたので喧嘩両成敗でしょう。何の問題もありません」
「それは当事者のあなたたちではなく、私たち生徒会と生活指導の先生たちが判断することです」
「やれやれ、相変わらず強情な人だ」
椅子から優雅な物腰で立ち上がると、晴矢は文庫本を片手に羽美に近づいてきた。
文庫本の背表紙には【実践的な中国語講座】と書かれている。
「な、何かしら?」
一瞬、羽美は臨戦態勢を取るかどうか迷った。
晴矢の戦闘能力は未知数だったが、〈ギャング〉と涼しい顔で対峙するからには相当の実力者だと判断できる。
なおかつ、鷺乃宮学園最強である花蓮を完全に従えているのだ。
無意識のうちでも警戒態勢を取ろうと思うのは当然の判断と言えた。
「そんなに警戒しなくとも大丈夫ですよ。僕はおろか花蓮も絶対に手を出さない」
このとき、羽美は自分の心中を余すことなく看破されたことに動揺した。
恐ろしい眼力である。やはりこの二階堂晴矢という男子生徒は油断ならない。
晴矢はくすりと笑い、剛樹たちに向かって顎をしゃくる。
「ですが向こうはどうか分かりません。確か僕の記憶が正しければ〈ギャング〉と称する学園の寄生虫たちは一度も生徒会や生活指導室への召喚に応じていないのでは?」
「てめえ、誰が寄生虫だ!」
「〈ギャング〉を舐めると怪我だけじゃ済まねえぞ!」
晴矢の余計な一言で一度は沈静化した場の雰囲気が再び険悪ムードに変わった。
(この馬鹿、余計なことを!)
羽美は咄嗟に両グループの間に割って入った。
両手を真横に伸ばして防波堤の役割に徹する。
「待ちなさい! 今は昼休み中であり、ここは多くの生徒たちが集まる憩いの場です。ここでの争いは生徒会役員の1人として絶対に許しません」
沸いていた野次馬たちの歓声がどよめきに変わる。
羽美の無謀にも程がある行為に誰もが固唾を呑んだ。
どのぐらい時間が経っただろう。
羽美を中心に膠着状態に陥った両グループのうち、最初に行動に移したのは〈ギャング〉たちだ。
リーダーである剛樹は忌々しげに舌打ちすると、他の仲間に声をかけて歩き出した。
もちろん、羽美の指示に大人しく従ったわけではない。
剛樹たちが向かった方向は生徒指導室がある左棟ではなく、先ほど羽美がきた右棟の出入り口だったからだ。
「待ちなさい、秋山君! まだ話は終わっていませんよ!」
剛樹は顔だけを振り向かせ、口の端を鋭角に吊り上げた。
「そこの優男も言っただろう? もう問題は終わってんだよ。てめえら生徒会は余計な問題に首を突っ込まずに役に立たない会議でもしてろよ」
そんな捨て台詞を吐いて去っていく剛樹を羽美が見逃すはずはない。
両の拳を固く握り締め、何としても剛樹たちを生徒指導室に連行しようと追いかける。
だが、数メートルも進まないうちに羽美の足は止まった。
モーゼの十戒のように剛樹たちに道を開けた野次馬たちの向こうに、見知った2人の人間が立っていたからだ。
1人は羽美と同じ生徒会役員の加臥野秋兵。
そして、もう1人はまさに今日この鷺乃宮学園に転校してきた名護武琉であった。
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