上 下
40 / 66
第四章   元荷物持ち、とある理由でダンジョン配信を始める

第四十話   元荷物持ち・ケンジchの無双配信 ②

しおりを挟む
 初配信を開始すると、ドローン機体の赤い点滅に変化がった。

 赤く光ったままの状態になったのだ。

 あらかじめ登録していた俺の個人情報を認識したのだろう。

「これでもう俺の姿がダンジョン・ライブに流れているんだな?」

 俺がちらりと横を見ると、俺から少し離れた場所にいる成瀬さんがスマホを見ながらうなずく。

 よし、あとは野となれ山となれだ。

 俺はゴホンと軽く咳払いすると、空中からカメラを向けているドローンに向かって喋る。

「やあ、初めまして。ダンジョン・ライブを通じて俺の初配信を視にきてくれた視聴者の皆さん。俺の名前は拳児だ。チャンネル登録名にある通り俺は元荷物持ちなんだが、ゆえあって今後はA級探索配信者として活動することになった。まあ、その他の経緯はおいおいしていくとして……」

 俺はカメラから視線を外すと、目的の場所に顔を向ける。

 ここは草原エリアと隣接する森林エリアのちょうど境目にある、過去の探索者たちが造ったのだろう頑丈な丸太とロープで作られた橋の前だ。

 その橋の下は深い渓谷になっていて、はるか下には糸のような細さに見える川が見える。

 常人が落ちれば命はないだろう。

 当然ながら、こんなところに魔物がいるとは夢にも思わないはずだ。

 しかし、それなりの知能を持つ魔物だとこのような場所を好都合と捉える。

 天敵からは絶対に見つからず、夜の闇に乗じて外に出て行けば狩りが成功する可能性が高くなることを本能的にわかっているのだ。

 これはアースガルドに生息していた、とあるゴブリンが根城にするパターンと酷似していた。

 先ほどから相手を刺激しないよう、軽い〈聴勁〉で周囲500メートル内に存在する生物のエネルギーの位置を特定しているのだが、その中に他の生命エネルギーとは比較にならない大きさを持つ者がいた。

 間違いない。

 こいつがゴブリン・クイーンだ。

 俺は再びドローンに顔を戻す。

「とりあえず、俺の初配信の内容として無双配信をしていこうと思う。ただし、そこら辺の普通の魔物を何百匹と倒したところで、視聴者の皆さんには至極つまらない配信内容になるだろう。そう思ったので、日頃から皆さんが見れないような配信内容を考えた。皆さんもご存じのように、ダンジョン内には通常の魔物とは異なり、強さも凶悪さも桁違いな特別な魔物――イレギュラーが存在する。俺の配信ではこのイレギュラーをこちらから見つけ出して無双していくという配信スタイルをしていこうと思う……まあ、前置きはこれぐらいにして」

 俺は魔物の口のように開いている地面の裂け目へと歩み寄る。

「初配信なのでダラダラとする配信はやらない。ここからは一気にノンストップでイレギュラーに近づいて速攻で倒す。なのでここからは瞬き厳禁だ。見逃すなよ」

 そう言いながら俺はちらりとエリーを見る。

 すでにエリーにもこのことは伝えてあった。

 そのため、エリーはドローンの腹の部分を下から両手でがっしりと持つ。

 ドローンの飛行速度よりもエリーの飛行速度のほうが圧倒的に速いからだ。

 よし、これで完全に準備が整った。

 俺はそのまま地面を蹴って一気に崖から飛び降りた。

 後方で成瀬さんが何か叫んでいたが、事前に彼女には事情を詳しく説明していなかったゆえだろう。

 まあ、それはさておき。

 ドローンを固定しているエリーも一緒についてくる。

 奈落の底へと落ちていく中、俺はその場所が目の前まで来るのを待った。

 数秒後、俺はその前を通った。

 ここだ!

 俺は素早く手を伸ばした。

 ガシッと地面を掴む。

 横穴だった。

 ほぼ90度の崖の途中に、上からでは絶対に見つからない5メートルほどの横穴が空いていたのだ。

 その横穴の縁を手で掴んでいた俺は、そのまま腕力だけで自身の肉体を横穴の中へと引き込む。

 ほぼ同時にエリーとドローンが追いついてきた。

「急に画面が乱れて気分を悪くした視聴者の方々がいたのなら申し訳ない。ここへ来るにはああしたほうが手っ取り早かったものだからな」

 俺はもう一度だけ謝ると、踵を返して穴の奥へと両足を動かす。

 穴の中は松明やペンライトを点けなくても十分な明かりがあった。

 どうやらこの周辺の地層には、発光する鉱物が豊富に含まれているのだろう。

 そんな穴をしばらく進んでいくと、やがて俺は巨大な椀型のホールへと出た。

 ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 そのホールの中にはゴブリンがいた。

 どれぐらいの数だろうか。

 300匹はいるのは確実だが、普通のゴブリンはどれも個体差がないので密集されると目が滑って数が数えられない。

 けれども、その中で一際目立っているゴブリンがい匹だけいた。

 ホールの奥にいたのは、女王のような貫録を有している女のゴブリン。

 背中まで伸びている黒髪に、人間の女性のような顔立ち。

 見た目は10代前半ぐらいに見えるが、その腹は妊娠していると思うぐらい膨らんでいる。

 いや、実際にあの腹の中には子供――ゴブリンを宿しているのだ。

 俺はドローンのカメラに向かって説明する。

「あれはゴブリン・クイーンといって、単為生殖で低級ゴブリンを無限に産み続けるゴブリンのイレギュラーだ」

 これはアースガルドでも同じだったから簡単に言えた。

 そしてこちらの世界のゴブリン・クイーンも、アースガルドのゴブリン・クイーンもそう大差はないようだ。

 ならば駆除する方法は至極簡単。

 そう思った直後、ホール内にいたゴブリンが一斉に襲いかかってきた。

 それでも俺は顔色1つ変えない。

 変える必要がないからだ。

 俺は瞬時に〈聖気〉を練り上げると、ゴブリンどもをキッとにらみつけた。

 そして心中で激しく強く「殺す!」と念じる。

 次の瞬間、俺の〈聖気〉は物理的な威力をともなう衝撃波となってゴブリンどもに放射されていく。

 するとゴブリンどもは泡を吹きながら次々とその場に倒れた。

〈聴勁〉の応用技――〈威心いしん〉。

 本来は物陰に姿を隠している敵の居場所や、自分が広げた〈聖気〉に触れている相手の心理状況を読み取れるのが〈聴勁〉の技だが、それをさらに極めていくとこういうことができる。
 
 その〈威心〉も念の強さで気絶からショック死まで自由自在であり、今回の俺は〈威心〉によって300匹はいたゴブリンをすべてさせた。

 だが、俺の狙いは雑魚ではなく親玉だ。

「さて……ゴブリン・クイーンは自分が大量に生んだゴブリンに守られているので、倒す場合は前もって奴の子供であるゴブリンどもを戦闘不能にしておくのがベターだ。こうなると残るはゴブリン・クイーンただ一匹のみになり、非常に簡単に倒しやすくなる」

 キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ

 自分の子供たちが倒されたことに怒りが極限に達したのだろう。

 ゴブリン・クイーンは瞬く間に身長が伸び、細かった体型も見る見るうちに筋骨隆々とした身体に変形していったのだ。

 ゴブリン・クイーンの特性――肉体を戦闘体型に変化できる変形メタモル・フォーゼである。

 しかし、ゴブリン・クイーンはまだ最後まで体型変化をしていない。

 その途中である。

 ならば、と俺は両足に〈聖気〉を込めて地面を蹴った。

 数十メートルはあった俺とゴブリン・クイーンの間合いがゼロになる。

箭疾歩せんしつほ〉。

〈聖気〉を両足に集中させて高速移動できる歩法の1つだ。

 そして俺はゴブリン・クイーンが形態変化する前に攻撃した。

 無防備だった顔面に、〈聖気〉を込めた突きを放ったのである。

 バガンッ!

 俺の突きをまともに食らったゴブリン・クイーンの頭部は爆裂四散した。

 そのとき、エリーとドローンが俺の元へと遅れて飛んできた。

 俺は顔だけを振り返らせる。

「さっきのは変形メタモル・フォーゼといって、一部のイレギュラーなどが使う形態変化の一種だ。変化すると強さや素早さが向上するので、ベストなのは形態変化するまでに叩くこと。今の俺がやったようにだな。そしてこのようにイレギュラーを倒すときは、相手の虚を最大限につくことが勝算を高めることにつながる。今回は純粋な戦闘タイプのイレギュラーじゃなかったから簡単だったが、中にはこれらの対応を楽にこなすイレギュラーも存在する。俺はそんなイレギュラーを配信を通じて1匹ずつ解説つきで倒していきたいと思う……というわけで今回の初配信は以上だ」

 早口でまくしたてた俺は、続いてエリーにあごをしゃくってみせた。

 エリーは俺の合図に気づき、ドローンの機体に取りつけられていたスイッチを押して配信を終了させる。

 一息ついた俺は、無残な屍と化したゴブリン・クイーンや他のゴブリンどもを見回した。

「なあなあ、ケン。ホンマにこの程度の戦闘を見せるだけでとやらは喜ぶんか? そんでケンに金が入ってくるんか?」

「わからん。何せ配信をするなんて初めてのことだからな。もしかすると、あまりの雑魚を相手にしたことで不評を買ったかもしれん」

 などという俺の心配が杞憂だったことは、この初配信をした数時間後に知ることになる。



【元荷物持ち・ケンジch】 
チャンネル登録者数 400人→4900人     
配信動画同時接続数 266人→6299人
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

魔法使いに育てられた少女、男装して第一皇子専属魔法使いとなる。

山法師
ファンタジー
 ウェスカンタナ大陸にある大国の一つ、グロサルト皇国。その国の東の国境の山に、アルニカという少女が住んでいた。ベンディゲイドブランという老人と二人で暮らしていたアルニカのもとに、突然、この国の第一皇子、フィリベルト・グロサルトがやって来る。  彼は、こう言った。 「ベンディゲイドブラン殿、あなたのお弟子さんに、私の専属魔法使いになっていただきたいのですが」

追放された魔法使いは孤高特化型魔法使い(ぼっち)として秘密のダンジョンと大食いに挑む

チョーカ-
ファンタジー
「ユウト・フィッシャー お前を追放する」 普通の魔法使いであることを理由に追放されたユウト。 誰ともパーティを組まず、1人で冒険者として生きていくことを誓う。 冒険者として再スタートを切ったユウトは謎のダンジョンを発見。 ダンジョンのボスを倒して報酬は魔導書。 そこに書かれていたのは―――― 異世界の料理本!?!? 元々、大食いのユウト。彼は未知の料理を求めて、秘密のダンジョンと大食いに挑む  

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

処理中です...