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第4話
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ここ数日、ミゼオンの街は一段と熱気に溢れていた。
雑踏を行き交う人間たちはあちらこちらに開かれた露店を見て回り、並んでいた商品につけられていた値札の金額を書き換えていく。
露店の主人たちは金額が書き換えられた商品の横に現在の時間を記録し、再び椅子に座ってお客が来るのを待っていた。
そんな行為がミゼオンの街全体で賑やかに行われていた。初めてこの様子を見る人間は奇異に思うかもしれないが、これこそがミゼオンの街で開催される最大の目玉――オークション市の醍醐味であった。
元々はミゼオンに足を運んだ商人たちの間で行われていた物品の売買法であったが、これは街の活性化に繋がるのではないかと、ミゼオンの組合員が街全体を上げて推奨したことに端を発している。
夏と冬の年に二回。一週間の間だけ開催されるようになったオークション市には、様々な国から珍しい物品を求める商人や観光客で賑わうようになった。
今日はその一日目であった。
すでに日は暮れており、夜空には満点の星が浮かんでいる。
しかし、今のミゼオンの街は昼夜を問わず活気が衰えることはない。出回っている店先の前には自分の希望額で商品を購入しようと、熱心に金額を考えている人間たちの姿があった。
そんなミゼオンの街並みを睥睨しながら、一人の男が葉巻を口に加えた。
「ふふふ、この時期のミゼオンの夜景は見飽きることがない」
深緑の軍服を着ていることから男が軍人であることはわかるが、顔立ちや体型を見る限りではとても過酷な任務を遂行できるとは思えない。
白髪の他には頬や顎にたっぷりとついていた脂肪が目立ち、腹などは男なのに妊娠しているのではないかと錯覚してしまうほどに大きく膨らんでいた。
男の名前はカーネルソン。
ここミゼオンに駐留している連合政府軍バナージュ地方駐留部隊の大佐であり、本部の目が届かないことをいいことに色々とミゼオンの街で甘い汁を吸っていた巨権の男であった。
そしてカーネルソンがミゼオンの街並みを遠くから眺めているこの場所は、駐留軍施設に設けられた自分の私室であった。
前面ガラス張りの広々とした室内の床には鮮やかな赤の絨毯が敷き詰められ、部屋の壁には女性の裸体を描いた肖像画が何枚もかけられていた。
他にも来客用のテーブルやソファーが置かれていたが、それよりも自分の権力を象徴するデスクのほうが何倍も豪奢な造りになっている。
「まだ一日目だというのにこの賑わいはどうだ。まさに金の成る木だなこの街は」
葉巻の間から紫煙を吐き出したカーネルソンは、今でこそミゼオンに派遣されたことを幸運に思っていた。
最初こそ辺境の片田舎、それもほんの前まで内戦を抱えていたミゼオンに来ることを人生最大の不幸と思っていたカーネルソンだったが、駐留軍大佐という権力を使えばいくらでもこの街で甘い汁が吸えることがわかると、途端に仕事に精を出した。
正規の軍務ではない。オークション市の裏で行われていた盗品の売買をである。
オークション市は商人のみならず、一般の人間でも参加は可能であった。取り仕切っている運営委員会の許可を取ればいいのである。
それゆえに、誰がどの商品をいつ手に入れて誰に売るかなどわかるはずもなかった。
普段のミゼオンの住人はおよそ二千人。だがオークション市が開催される一週間の間には五千人を軽く超える。だからこそこの期間だけは、誰もがお祭り騒ぎで露店に並んだ珍しい商品に希望する値段をつけて買い物を楽しむのである。
カーネルソンと運営委員会の一部の人間はそこに目をつけた。
膨大な量の物品が各国から集まってくるオークション市を利用し、盗品を売りさばき巨万の富を手に入れる方法をである。
結果は大成功であった。
他国の商人が盗んできた品物をカーネルソンが軍の設備を使って密かに保管し、それを一部の運営委員会の人間が頃合を見て売りさばく。たったそれだけのことでカーネルソンの懐には信じられない大金が舞い込んできた。カーネルソンが恍惚の笑みを浮かべるのも無理はなかった。
「さて、今回もたっぷりと稼がせてもらおうか」
カーネルソンがデスクの上に置かれた灰皿に葉巻を押し付けると、誰かが扉を軽くノックした。
「入りたまえ」
カーネルソンが許可を出すと、ノックした人物は扉を開けて入ってきた。
「失礼いたします」
敬礼とともに姿を現した男は深緑色の軍服を着た長身の青年であった。階級が違う上司の部屋を訪れたためか、青年はやや顔を強張らせ緊張している。
「用件は何だ?」
「はっ、大佐に言われましたとおり、例の荷物を倉庫に収容いたしました」
「そうか。数はどれくらいになった?」
「絵画や宝石類が二十点ほど。彫刻品や最新銃の備品は約百八十となっております」
カーネルソンは顎をさすった。
本来ならば足がつきやすい絵画や宝石類も、オークション市だと足がつかない。
何故なら、そういった物品ほど遠い異国から持ち運ばれるからである。それにカーネルソンは軍に在籍していることを利用し、銃などの横流しにも一枚噛んでいた。
「上々だ。さばいた暁にはお前たちにも分け前をやる。くれぐれも他の人間に勘付かれるような真似だけはするなよ」
「心得ております」
青年は再度カーネルソンに敬礼をすると、続いて正式な軍務の話に移った。
「それと、本部からの通達にあった例の件ですが……やはり見つかりません」
「例の件?」
カーネルソンはしばし空を見上げて何のことかと思案すると、ようやく思い出したのか新しい葉巻の先端を口で千切った。
「ああ、本部から探し出せと通達が来た〈マナの欠片〉とかいう石のことか。そんなものは放っておけ」
「し、しかし仮にも本部からの通達です。いつまでも成果なしではまずいのでは?」
顔を暗くさせる青年とは対照的に、カーネルソンは葉巻を吹かしながらミゼオンの街並みを一望している。その佇まいにはさして動揺は感じられない。
「よく考えてもみろ。電気の力を上回る動力源がそんな石にあるはずがないだろう。本部の科学者たちは研究のし過ぎで頭がおかしくなっているのさ……それよりも」
カーネルソンは葉巻を加えながら青年に鋭い眼光を向けた。
「絶対に倉庫には誰も近づけるな。見張りの奴らにもよく言い聞かせておけ」
「はっ! 了解しました!」
青年はカーネルソンの命令を記憶に刻みこむと、敬礼をして部屋から退室した。
椅子に座ったカーネルソンは、デスクの引き出しから数枚の書類を取り出した。その書類をデスクの上に置いて中身を確認していく。
書類には〈マナの欠片〉という石について綿密な詳細が書き記されていた。
「こんな世迷言を信じているとは上層部も何を考えているんだ」
書類に書かれていた〈マナの欠片〉の詳細によると、この石には現代の主要エネルギーである電気を凌駕する膨大な力が秘められているらしい。そしてその石を獲得するために人員と予算をさいてまで捜索せよと書き記されていた。
さらに目線を動かしていくと、書類には形状についても書かれていた。何でも一つ一つ形は違うがそのほとんどは磨かれていない角が目立つ鉱物のような形をしており、物質とは思えない生物の体温のような熱を感じるという。
カーネルソンはデスクに頬杖をつきながら中身を目で追っていったが、読めば読むほど信じられない内容に顔をしかめた。
仮にも強大な軍事力を保有している世界連合政府軍が、古の神話のような世迷言を本気で信じていることにカーネルソンの軍務への熱意は希薄さを増していく。
「馬鹿馬鹿しい。これでは〈蛇龍十字団〉の奴らと同じではないか」
カーネルソンは書類を引き出しの中に仕舞い込んだ。おそらく、もうこの書類に目を通すことはないだろう。
今のカーネルソンには本部から探索を命じられた変な石よりも、これから本格的に開催されるオークション市のほうが何倍も大切だった。
何せこの一週間を無事に乗り切れば、一年間の給料を遥かに上回る金額が自分の懐に舞い込んでくるのである。強欲家であったカーネルソンが心を躍らせないはずはなかった。
「オークション市はまだまだこれからだ」
下卑た笑いを見せるカーネルソンの口内からは、葉巻の紫煙が綺麗な線となって吐き出された。
雑踏を行き交う人間たちはあちらこちらに開かれた露店を見て回り、並んでいた商品につけられていた値札の金額を書き換えていく。
露店の主人たちは金額が書き換えられた商品の横に現在の時間を記録し、再び椅子に座ってお客が来るのを待っていた。
そんな行為がミゼオンの街全体で賑やかに行われていた。初めてこの様子を見る人間は奇異に思うかもしれないが、これこそがミゼオンの街で開催される最大の目玉――オークション市の醍醐味であった。
元々はミゼオンに足を運んだ商人たちの間で行われていた物品の売買法であったが、これは街の活性化に繋がるのではないかと、ミゼオンの組合員が街全体を上げて推奨したことに端を発している。
夏と冬の年に二回。一週間の間だけ開催されるようになったオークション市には、様々な国から珍しい物品を求める商人や観光客で賑わうようになった。
今日はその一日目であった。
すでに日は暮れており、夜空には満点の星が浮かんでいる。
しかし、今のミゼオンの街は昼夜を問わず活気が衰えることはない。出回っている店先の前には自分の希望額で商品を購入しようと、熱心に金額を考えている人間たちの姿があった。
そんなミゼオンの街並みを睥睨しながら、一人の男が葉巻を口に加えた。
「ふふふ、この時期のミゼオンの夜景は見飽きることがない」
深緑の軍服を着ていることから男が軍人であることはわかるが、顔立ちや体型を見る限りではとても過酷な任務を遂行できるとは思えない。
白髪の他には頬や顎にたっぷりとついていた脂肪が目立ち、腹などは男なのに妊娠しているのではないかと錯覚してしまうほどに大きく膨らんでいた。
男の名前はカーネルソン。
ここミゼオンに駐留している連合政府軍バナージュ地方駐留部隊の大佐であり、本部の目が届かないことをいいことに色々とミゼオンの街で甘い汁を吸っていた巨権の男であった。
そしてカーネルソンがミゼオンの街並みを遠くから眺めているこの場所は、駐留軍施設に設けられた自分の私室であった。
前面ガラス張りの広々とした室内の床には鮮やかな赤の絨毯が敷き詰められ、部屋の壁には女性の裸体を描いた肖像画が何枚もかけられていた。
他にも来客用のテーブルやソファーが置かれていたが、それよりも自分の権力を象徴するデスクのほうが何倍も豪奢な造りになっている。
「まだ一日目だというのにこの賑わいはどうだ。まさに金の成る木だなこの街は」
葉巻の間から紫煙を吐き出したカーネルソンは、今でこそミゼオンに派遣されたことを幸運に思っていた。
最初こそ辺境の片田舎、それもほんの前まで内戦を抱えていたミゼオンに来ることを人生最大の不幸と思っていたカーネルソンだったが、駐留軍大佐という権力を使えばいくらでもこの街で甘い汁が吸えることがわかると、途端に仕事に精を出した。
正規の軍務ではない。オークション市の裏で行われていた盗品の売買をである。
オークション市は商人のみならず、一般の人間でも参加は可能であった。取り仕切っている運営委員会の許可を取ればいいのである。
それゆえに、誰がどの商品をいつ手に入れて誰に売るかなどわかるはずもなかった。
普段のミゼオンの住人はおよそ二千人。だがオークション市が開催される一週間の間には五千人を軽く超える。だからこそこの期間だけは、誰もがお祭り騒ぎで露店に並んだ珍しい商品に希望する値段をつけて買い物を楽しむのである。
カーネルソンと運営委員会の一部の人間はそこに目をつけた。
膨大な量の物品が各国から集まってくるオークション市を利用し、盗品を売りさばき巨万の富を手に入れる方法をである。
結果は大成功であった。
他国の商人が盗んできた品物をカーネルソンが軍の設備を使って密かに保管し、それを一部の運営委員会の人間が頃合を見て売りさばく。たったそれだけのことでカーネルソンの懐には信じられない大金が舞い込んできた。カーネルソンが恍惚の笑みを浮かべるのも無理はなかった。
「さて、今回もたっぷりと稼がせてもらおうか」
カーネルソンがデスクの上に置かれた灰皿に葉巻を押し付けると、誰かが扉を軽くノックした。
「入りたまえ」
カーネルソンが許可を出すと、ノックした人物は扉を開けて入ってきた。
「失礼いたします」
敬礼とともに姿を現した男は深緑色の軍服を着た長身の青年であった。階級が違う上司の部屋を訪れたためか、青年はやや顔を強張らせ緊張している。
「用件は何だ?」
「はっ、大佐に言われましたとおり、例の荷物を倉庫に収容いたしました」
「そうか。数はどれくらいになった?」
「絵画や宝石類が二十点ほど。彫刻品や最新銃の備品は約百八十となっております」
カーネルソンは顎をさすった。
本来ならば足がつきやすい絵画や宝石類も、オークション市だと足がつかない。
何故なら、そういった物品ほど遠い異国から持ち運ばれるからである。それにカーネルソンは軍に在籍していることを利用し、銃などの横流しにも一枚噛んでいた。
「上々だ。さばいた暁にはお前たちにも分け前をやる。くれぐれも他の人間に勘付かれるような真似だけはするなよ」
「心得ております」
青年は再度カーネルソンに敬礼をすると、続いて正式な軍務の話に移った。
「それと、本部からの通達にあった例の件ですが……やはり見つかりません」
「例の件?」
カーネルソンはしばし空を見上げて何のことかと思案すると、ようやく思い出したのか新しい葉巻の先端を口で千切った。
「ああ、本部から探し出せと通達が来た〈マナの欠片〉とかいう石のことか。そんなものは放っておけ」
「し、しかし仮にも本部からの通達です。いつまでも成果なしではまずいのでは?」
顔を暗くさせる青年とは対照的に、カーネルソンは葉巻を吹かしながらミゼオンの街並みを一望している。その佇まいにはさして動揺は感じられない。
「よく考えてもみろ。電気の力を上回る動力源がそんな石にあるはずがないだろう。本部の科学者たちは研究のし過ぎで頭がおかしくなっているのさ……それよりも」
カーネルソンは葉巻を加えながら青年に鋭い眼光を向けた。
「絶対に倉庫には誰も近づけるな。見張りの奴らにもよく言い聞かせておけ」
「はっ! 了解しました!」
青年はカーネルソンの命令を記憶に刻みこむと、敬礼をして部屋から退室した。
椅子に座ったカーネルソンは、デスクの引き出しから数枚の書類を取り出した。その書類をデスクの上に置いて中身を確認していく。
書類には〈マナの欠片〉という石について綿密な詳細が書き記されていた。
「こんな世迷言を信じているとは上層部も何を考えているんだ」
書類に書かれていた〈マナの欠片〉の詳細によると、この石には現代の主要エネルギーである電気を凌駕する膨大な力が秘められているらしい。そしてその石を獲得するために人員と予算をさいてまで捜索せよと書き記されていた。
さらに目線を動かしていくと、書類には形状についても書かれていた。何でも一つ一つ形は違うがそのほとんどは磨かれていない角が目立つ鉱物のような形をしており、物質とは思えない生物の体温のような熱を感じるという。
カーネルソンはデスクに頬杖をつきながら中身を目で追っていったが、読めば読むほど信じられない内容に顔をしかめた。
仮にも強大な軍事力を保有している世界連合政府軍が、古の神話のような世迷言を本気で信じていることにカーネルソンの軍務への熱意は希薄さを増していく。
「馬鹿馬鹿しい。これでは〈蛇龍十字団〉の奴らと同じではないか」
カーネルソンは書類を引き出しの中に仕舞い込んだ。おそらく、もうこの書類に目を通すことはないだろう。
今のカーネルソンには本部から探索を命じられた変な石よりも、これから本格的に開催されるオークション市のほうが何倍も大切だった。
何せこの一週間を無事に乗り切れば、一年間の給料を遥かに上回る金額が自分の懐に舞い込んでくるのである。強欲家であったカーネルソンが心を躍らせないはずはなかった。
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