上 下
60 / 67

第六十話   覚醒

しおりを挟む
 薄桃色の花びらが舞う中、さかずきは重力に逆らうように上空へと飛んでいく。

 私は条件反射的にそのさかずきを見上げた。

 すると太上老君たいじょうろうくんさんは、1本だけ突き立てた右手の人差し指を空中のさかずきに差し向けた。

「――〈風火練気指弾ふうかれんきしだん〉」

 そう言い放った太上老君たいじょうろうくんさんの指先からは、高密度に圧縮された精気のかたまりが空中のさかずき目掛けて放たれる。

 私はあまりの驚きにまばたきすることも忘れた。

 その精気のかたまりは空中のさかずき端微塵ぱみじんにしても威力がおとろえず、やがて数里(数キロメートル)は離れているであろう名も知らない山の表面まで飛んでいって大爆発を起こしたのだ。

 私はしばらく呆然ぼうぜんとなった。

 これまでに見てきた、どんな遠距離用の武器や魔法にもまさる異次元の力だった。

 はるか遠方の山からは、巨大な白煙がもうもうと立ちのぼっている。

「案ずるな。あれしきのこと、この神仙界しんせんかいでは日常茶飯事にちじょうさはんじよ。それに、ちょうどあの付近には仙獣せんじゅうたちに悪さする妖魔どもがいる。運が良ければ、それなりの数を減らせただろう」

 ははは、と快活に笑う太上老君たいじょうろうくんさん。

 一方の私はとても笑う気になどならなかった。

 この人は私が想像しているよりもはるかに強い。

 それこそ、あの龍信りゅうしんの師匠というのも大いに納得できた。

 私は慌てて右手を胸の横につけ、地面に片膝をついて頭を下げる。

「あなたさまの力と素性を疑ってしまい大変申し訳ありませんでした。遅ればせながら、改めて自己紹介させていただきます。私の名前はアリシア・ルーデンベルグ。とある事情により、お弟子であられる孫龍信そん・りゅうしん殿と旅をしていた者です」

「分かっておる」

 と、太上老君たいじょうろうくんさんは地面に落とした徳利とっくりを拾った。

「わ、分かっていた?」

 そう言えばさっきから疑問に思っていた。

 どうしてこの人は私の名前や生い立ちはおろか、私が思ったことを言い当てるようなことができているのだろう。

「〈聴勁ちょうけい〉だ」

 太上老君たいじょうろうくんさんはそう答えると、徳利とっくりの口に自分の口をつけて中身を飲む。

「精気を一定の範囲内はんいないに広げて察知力を上げるのが〈聴勁ちょうけい〉だが、何事も段階というものがある。精気練武せいきれんぶも修練を積んでいくと、〈聴勁ちょうけい〉1つ取っても他人の思考を読み取ることも可能になるのだ。しかし、それは〈聴勁ちょうけい〉だけに限らず他の精気練武せいきれんぶも同じ」

 私はハッとする。

「まさか、あの遠方の山を穿うがった力も精気練武せいきれんぶの……」

「そうだ。一点に集中させた〈発勁はっけい〉をに過ぎん」

 開いた口がふさがらないとはまさにこのことだった。

 この人は人間を超越した神――まさに武神と呼んで差し支えないほどの人だ。

「そうかしこまらなくてもよい。先ほども言ったが我はこの神仙界しんせんかいで仙人たちをべていると同時に、そなたのような現世うつしよから〈宝貝パオペイ〉の実を食せる資格を持った者を導く役目もになっておる」

「ぱ、〈宝貝パオペイ〉の実……ですか?」

 ああ、と太上老君たいじょうろうくんさんはうなずいた。

「ここに来れたということは、そなたも現世うつしよことわりから外へと出たということ。すなわち、〈宝貝パオペイ〉の実を食せる資格を得たということだ」

 どうも意味が分からない。

宝貝パオペイ〉の実とは、植物や果物の〝実〟と同じことなのだろうか。

 このとき、私は脳裏に龍信りゅうしんがいつもたずさえていた刀剣を思い浮かべた。

 あの刀剣を龍信りゅうしんは〈宝貝パオペイ〉だと言っていた。

宝貝パオペイ〉。

精気練武せいきれんぶ〉を一定の域まで極めることで得られるという、特殊な力が付与ふよされている仙道具せんどうぐ龍信りゅうしんから聞いていた。

 だが、そう言えばそんな不思議な武器をどこでどうやって手に入れたかは聞いていない。

 てっきり私の祖国にあった魔道具のような代物だと思っていたが、太上老君たいじょうろうくんさんの口振りからして、まさか何かしらの実を食べると〈宝貝パオペイ〉という武器が手に入るというのだろうか?

 そんな馬鹿な、と私が心中で首を左右に振ったときである。

「いいや、そなたが思った通りだ。私の背にある木が〈宝貝パオペイ〉の木であり、この〈宝貝パオペイ〉の木から生まれる実が〈宝貝パオペイ〉の実になる」

 太上老君たいじょうろうくんさんは淡々と話を続ける。

「そして、そなたがこの時機タイミングでこの神仙界しんせんかいに来たのは運命だったのかもしれん。このまま1人で闘っていれば龍信りゅうしんは魔王に負けるだろうからな」

 そこで私は大きく目を見開いた。

 急に色々なことがありすぎて忘れていたが、こうしている間にも龍信りゅうしんは魔王と命を賭して闘ってくれているのだ。

 だったら、今すぐにも元の世界に帰らなければならない。

「慌てるな。〈宝貝パオペイ〉を現出げんしゅつできないそなたが現世うつしよに帰ったところで、今の龍信りゅうしんの手助けになれることはない。それどころか、むしろ魔王との闘いの邪魔になるだけだ。それはそなたも分かっていたことだろう?」

「で、でも……だからと言って龍信りゅうしんだけに闘わせておくわけにはいきません」

 ゆえに、と太上老君たいじょうろうくんさんは力強く言った。

「そなたがこの時機タイミングでこの神仙界しんせんかいに来たのは運命だと言ったのだ。そなたが〈宝貝パオペイ〉を使えるようになれば、それがどんな力であろうとも必ず龍信りゅうしんの手助けになるだろう」

「本当ですか!」

「我は嘘などつかん」

 こちらへ、と太上老君たいじょうろうくんさんは私を手招きした。

 私は立ち上がり、太上老君たいじょうろうくんさんの場所まで歩を進める。

「この木にどちらの手でも良いので触れて〈発勁はっけい〉を使ってみよ。そうすれば〈宝貝パオペイ〉の木はそなたの力を見極めてくれる」

 力を見極める?

 私は太上老君たいじょうろうくんさんから目の前にそびえ立つ巨木を見上げた。

 樹齢数千年はあるかもしれない巨木の枝からは、心を落ち着かせるような薄桃色の花が大量に咲いている。

 しかし、どこにも〝実〟のようなものは見当たらなかった。

「こ、こうですか?」

 私は右手で岩のように固かった樹皮に触れた。

 右手のてのひらに伝わってくるのは本物の木の感触だ。

 下丹田げたんでんで精気を練り上げて〈発勁はっけい〉を使った。

 すると巨木に咲いていた薄桃色の花たちが一斉に光り出した。

 まばゆい黄金色の光である。

 やがてその黄金色の光は1本の枝に集まり出し、見る見ると1つの果実へと姿を変えていく。

 あれは桃の実?

 間違いない。

 遠目からでもはっきりと分かる。

 色がつかず青い実の状態である若桃わかももではなく、しっかりとしたお尻のような形をしている熟した状態だ。

 そんな黄金色の光を纏った桃の実を見つめていると、まるで意思を持っているかのようにその桃の実が枝から落ちてきた。

 私は無意識にその桃の実を両手で受け取る。

 ずっしりと重く、それでいて神々しい黄金色の光を放っていた桃の実。

 ごくり、と私は生唾なまつばを飲み込んだ。

「さあ、食すがいい」

 太上老君たいじょうろうくんさんにうながされ、私は黄金色の光を放つ桃の実にかぶりつく。

 得も言われぬ甘みが口中に広がり、喉元を過ぎても依然いぜんとしてその存在感は消えなかった。

 そして――。

 甘みと幸福感が全身の隅々すみずみにまで行き渡ったとき、私の頭の中にとある名前の武器の姿が鮮明に浮かんできた。

なんじ覚醒かくせいしたり」

 私は太上老君たいじょうろうくんさんを見る。

「そなたはこれで〈宝貝パオペイ〉使いとなった。そして、その〈宝貝パオペイ〉をどう使おうがすべて自由だ。善悪関係なく、な」

 直後、私の足元から目がくらむほどの黄金色の光が放たれ始めた。

 その黄金色の閃光は、私の足元から徐々に上半身をおおっていく。

「アリシア・ルーデンベルグ」

 そんな中、太上老君《たいじょうろうくん》さんは真剣な表情を向けてくる。

「願わくば、我が愛すべき弟子……龍信りゅうしんの良い助け手になってくれ」

 私は太上老君《たいじょうろうくん》さんに返事をすることもできず、そのまま私の身体は完全に黄金色の閃光に包まれ――。

 唐突とうとつ浮遊感ふゆうかんとともに、私の意識は完全に途切とぎれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

追放?俺にとっては解放だ!~自惚れ勇者パーティに付き合いきれなくなった俺、捨てられた女神を助けてジョブ【楽園創造者】を授かり人生を謳歌する~

和成ソウイチ
ファンタジー
(全77話完結)【あなたの楽園、タダで創ります! 追放先はこちらへ】 「スカウトはダサい。男はつまらん。つーことでラクター、お前はクビな」 ――その言葉を待ってたよ勇者スカル。じゃあな。 勇者のパワハラに愛想を尽かしていたスカウトのラクターは、クビ宣告を幸いに勇者パーティを出て行く。 かつては憧れていた勇者。だからこそここまで我慢してきたが、今はむしろ、追放されて心が晴れやかだった。 彼はスカルに仕える前から――いや、生まれた瞬間から決めていたことがあった。 一生懸命に生きる奴をリスペクトしよう。 実はラクターは転生者だった。生前、同じようにボロ布のようにこき使われていた幼馴染の同僚を失って以来、一生懸命に生きていても報われない奴の力になりたいと考え続けていた彼。だが、転生者であるにも関わらずラクターにはまだ、特別な力はなかった。 ところが、追放された直後にとある女神を救ったことでラクターの人生は一変する。 どうやら勇者パーティのせいで女神でありながら奴隷として売り飛ばされたらしい。 解放した女神が憑依したことにより、ラクターはジョブ【楽園創造者】に目覚める。 その能力は、文字通り理想とする空間を自由に創造できるチートなものだった。 しばらくひとりで暮らしたかったラクターは、ふと気付く。 ――一生懸命生きてるのは、何も人間だけじゃないよな? こうして人里離れた森の中で動植物たちのために【楽園創造者】の力を使い、彼らと共存生活を始めたラクター。 そこで彼は、神獣の忘れ形見の人狼少女や御神木の大精霊たちと出逢い、楽園を大きくしていく。 さらには、とある事件をきっかけに理不尽に追放された人々のために無料で楽園を創る活動を開始する。 やがてラクターは彼を慕う大勢の仲間たちとともに、自分たちだけの楽園で人生を謳歌するのだった。 一方、ラクターを追放し、さらには彼と敵対したことをきっかけに、スカルを始めとした勇者パーティは急速に衰退していく。 (他サイトでも投稿中)

処理中です...