上 下
22 / 67

第二十二話  華秦国の皇帝 其の二

しおりを挟む
 こやつ、またしても私の心を……いや、もうそんなことはどうでもいい。

 私は両腕を組んで大きくうなずいた。

「〈宝貝パオペイ〉を現出げんしゅつさせたいか、だと? そんなものは当たり前だ。私は華秦国かしんこくの皇帝である前に男だぞ。男ならば強さをほっするのは自明じめいではないか」

「恐れながら、主上しゅじょうの場合は違います。あなたさまは男である前に、華秦国かしんこくの皇帝なのです。なればほっさられるのは強さではなくお世継よつぎでなければ困りまする」

「う……」

 それについて私は何も言えなかった。

 けれども、こればかりはどうしようもない。

 欲しいものは欲しいのだ。

 もちろん、私も皇帝として世継よつぎを産ませることの重要性は分かっている。

 しかし――。

「……〈宝貝パオペイ〉を現出げんしゅつさせねば、公務こうむ夜伽よとぎもはかどりませぬか?」

 私は嘘が嫌いなため、正直に首を縦に振った。

宝貝パオペイ〉。

 それは〈精気練武せいきれんぶ〉を一定の域まで極めることで得られるという、特殊な力が付与ふよされている仙道具せんどうぐのことだ。

 ただし道具と言っても実際に職人などが作ったものではなく、を食べることでこの世に現出げんしゅつさせることができるという代物だった。

 最初に烈膳れつぜんからそのことを聞いたときは意味が分からなかった。

 とある場所とはどこか?

 とある食べモノとは何か?

 烈膳れつぜんから〈宝貝パオペイ〉の存在を知ったときに何度もうたが、烈膳れつぜんは〈精気練武せいきれんぶ〉を修行していれば必ずそのときが来ます、の一点張りでそれ以上は詳しく教えてくれなかったのだ。

 烈膳れつぜんいわく、あれは実際に自分で体験しないと他人から口で説明しても理解できないのだという。

 事実、他の仙道士せんどうしたちもそうだった。

 仙道省せんどうしょうに所属している約50人の第1級を超える国内最高峰の道士どうし――仙道士せんどうしたちも例外なく烈膳れつぜんと同じように答えたからだ。

 だからこそ、私は余計に〈宝貝パオペイ〉に興味を持った。

 そんな力をこの世に現出げんしゅつできるのなら現出げんしゅつさせてみたい。

主上しゅじょうの熱意は見事なものです……されど、こればかりはご自身の功夫こんふー(積み重ねた力)にしか頼れませぬ」

 烈膳れつぜんはそう言うと、左手のてのひらをおもむろに上に向ける。

「――――ッ!」

 直後、すぐに私は下丹田げたんでん精気せいきり上げた。

 それだけではない。

 り上げた精気せいきを両目に集中させて〈龍眼りゅうがん〉を発動させる。

 するとどうだろう。

 いつの間にか烈膳れつぜんの全身は黄金色の光に包まれており、しかも今まで何もなかったはずの左手には6しゃく(約180センチ)ほどの1本のはたが握られていた。

 幻ではない。

 突如とつじょ、何もない空間から1本のはたが本当に現れたのだ。

 初めて見た。

 これが噂に聞く烈膳れつぜんの〈宝貝パオペイ〉……。

「いかにも、これがわしの〈宝貝パオペイ〉である〈杏黄戊己旗きょうこうぼきき〉でございます」

 私はごくりと生唾なまつばを飲み込んだ。

 他の仙道士せんどうしたちの〈宝貝パオペイ〉は本人の了承りょうしょうとともに見たことはあったが、この烈膳れつぜんの〈宝貝パオペイ〉は見たことがなかった。

 本人が何かと理由をつけてこばんでいたからだ。

「亡くなった師匠の遺言ゆいごんでみだりに見せぬとちかっていたのですが、今日のところは主上しゅじょうの武に対する熱意に負けましたわ」

 かかか、と烈膳れつぜん快活かいかつに笑う。

 一方の私は少し拍子抜ひょうしぬけだった。

 華秦国かしんこく内の道士どうしたちから武神とうたわれる烈膳れつぜんの〈宝貝パオペイ〉が、まさか武器ではない単なるはただったとは……。

烈膳れつぜん、てっきり私は一振ひとふりの剣を想像していたぞ。それこそ、この世のすべてを斬るような凄まじい剣の〈宝貝パオペイ〉を、な」

「剣……ですか。確かに仙道士せんどうしたちの中には剣の〈宝貝パオペイ〉を現出げんしゅつできる者はおります。されど、この世のすべてを斬れるほどの剣の〈宝貝パオペイ〉を現出げんしゅつできる者はおりません。もしもそのようなたぐいの〈宝貝パオペイ〉が存在するのなら、わしが知る限りにおいてはあの〈宝貝パオペイ〉ぐらいでしょうな」

「あの〈宝貝パオペイ〉? そなたがそこまで言うほどの〈宝貝パオペイ〉があるのか?」

 烈膳れつぜんは「見たことはありませぬが」と言葉を続けた。

「わしの亡くなった師匠が生前に言っておりました。特殊な力が付与ふよされている〈宝貝パオペイ〉の中には、もっと特殊な力を発揮はっきする〈真・宝貝パオペイ〉というものがあり、その代表的なモノが〈七星剣しちせいけん〉だと」

七星剣しちせいけん〉?

 私はやや前のめりに烈膳れつぜんいた。

「それは7つの星の剣……つまり、北辰ほくしん(北斗七星)に何か由来する剣の〈宝貝パオペイ〉なのか?」

「それが違うのです。どうやらその〈七星剣しちせいけん〉とは剣という名前がついてはいるものの、実はまったく異なる7つの武器に変化できる特殊な〈宝貝パオペイ〉だと言っておられました」

「な、7つの武器に変化できるだと? 〈宝貝パオペイ〉とは1つの形でしか現出げんしゅつできないのではないのか?」

「ゆえに〈真・宝貝パオペイ〉と呼ばれておるのかもしれません。しかも普段の形状は一般的な剣の形をしているらしく、何やら特徴的なが剣のどこかにあるらしいのですが……まあ、わしの師匠もさらに前の師匠に伝え聞いたことらしいので、もしかすると〈七星剣しちせいけん〉どころか〈真・宝貝パオペイ〉と呼ばれる〈宝貝パオペイ〉すらも無いのやもしれませんな」

 何だ、単なる眉唾物まゆつばものの話か。

 私は途端に興味が無くなってしまった。

 存在するかどうか分からない〈宝貝パオペイ〉のことより、やはり私が現出げんしゅつしたいのは目の前に確実に存在している〈宝貝パオペイ〉だ。

「ところで、烈膳れつぜん。そなたはそのはたを使って闘うのか?」

 烈膳れつぜんは首を左右に振った。

「この〈宝貝パオペイ〉は攻撃用ではありません。このはたを地面に打ち付ければ、一定の範囲にいるの行動を制限できまする。人間だろうと動物だろうと妖魔だろうと、です」

「そんなもの無敵ではないか! 要するに、その〈宝貝パオペイ〉を使っているときは誰もそなたを攻撃できないということだろう?」

「普通ならばそうです……ですがこの〈宝貝パオペイ〉を使っていてもわしに攻撃できたばかりか、手傷を負わせた者が過去に1人だけおりました」

 私は瞠目どうもくした。

「それは誰だ? 仙道省せんどうしょう仙道士せんどうしの1人か?」

「いいえ、その者は仙道士せんどうしではありません。西京さいきょうの街に住んでいる、友人の家の食客しょっきゃくである少年です」

 烈膳れつぜんなつかしむように言葉を続ける。

「いやはや……私も多くの武にすぐれた者を見てきましたが、あの少年こそ武神の生まれ変わりでありましょう。ここ1、2年は会っていませんが、あの当時の時点で武術も〈精気練武せいきれんぶ〉も極まっておりました。現に訪問の際には何人か仙道士せんどうしを連れて行きましたが、どの仙道士せんどうしとも互角以上に渡り合っておりましたな」

 おそらく嘘ではない。

 まさか、そのような逸材いつざいが無名のまま放置されているとは。

「少年と言ったが、実際にはいくつぐらいだ?」

「今ですと、ちょうど主上しゅじょうと同じぐらいの年なはずです」

 それを聞いた瞬間、私は両膝が崩れるほど驚いた。

 同時に強く思う。

烈膳れつぜん、その者をここに呼び寄せろ。武神とまでうたわれたそなたに、そこまで言わせる者ならば是非ぜひとも会ってみたい」

「ふむ、そうですな。私も今はどれほど腕を上げているのか知りたくなりましたので、明日にでも孫家そんけに早馬を走らせましょう。それにもしかすると、その少年と会うことで主上しゅじょうが〈宝貝パオペイ〉を現出げんしゅつさせるキッカケになるかもしれません」

 そんなことを言われたら、会わないという選択肢はもう無くなってしまった。

 ましてや、相手が自分と同じぐらいの年ならばなおさらだ。

「それで烈膳れつぜん。その者の名は何という?」

 一拍いっぱくを空けたあと、烈膳れつぜんははっきりと言った。

孫龍信そん・りゅうしんです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

追放?俺にとっては解放だ!~自惚れ勇者パーティに付き合いきれなくなった俺、捨てられた女神を助けてジョブ【楽園創造者】を授かり人生を謳歌する~

和成ソウイチ
ファンタジー
(全77話完結)【あなたの楽園、タダで創ります! 追放先はこちらへ】 「スカウトはダサい。男はつまらん。つーことでラクター、お前はクビな」 ――その言葉を待ってたよ勇者スカル。じゃあな。 勇者のパワハラに愛想を尽かしていたスカウトのラクターは、クビ宣告を幸いに勇者パーティを出て行く。 かつては憧れていた勇者。だからこそここまで我慢してきたが、今はむしろ、追放されて心が晴れやかだった。 彼はスカルに仕える前から――いや、生まれた瞬間から決めていたことがあった。 一生懸命に生きる奴をリスペクトしよう。 実はラクターは転生者だった。生前、同じようにボロ布のようにこき使われていた幼馴染の同僚を失って以来、一生懸命に生きていても報われない奴の力になりたいと考え続けていた彼。だが、転生者であるにも関わらずラクターにはまだ、特別な力はなかった。 ところが、追放された直後にとある女神を救ったことでラクターの人生は一変する。 どうやら勇者パーティのせいで女神でありながら奴隷として売り飛ばされたらしい。 解放した女神が憑依したことにより、ラクターはジョブ【楽園創造者】に目覚める。 その能力は、文字通り理想とする空間を自由に創造できるチートなものだった。 しばらくひとりで暮らしたかったラクターは、ふと気付く。 ――一生懸命生きてるのは、何も人間だけじゃないよな? こうして人里離れた森の中で動植物たちのために【楽園創造者】の力を使い、彼らと共存生活を始めたラクター。 そこで彼は、神獣の忘れ形見の人狼少女や御神木の大精霊たちと出逢い、楽園を大きくしていく。 さらには、とある事件をきっかけに理不尽に追放された人々のために無料で楽園を創る活動を開始する。 やがてラクターは彼を慕う大勢の仲間たちとともに、自分たちだけの楽園で人生を謳歌するのだった。 一方、ラクターを追放し、さらには彼と敵対したことをきっかけに、スカルを始めとした勇者パーティは急速に衰退していく。 (他サイトでも投稿中)

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

処理中です...