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第5話   異常な強さを持つ青年

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 不思議な風体の男だった。

 歳は二十代前半くらいだろうか。

 青年とも少年とも見てとれる凛々しい顔立ち。 

 肩にかかるくらいに伸びている髪は、男とは思えないほどに光沢を放つ漆黒。 

 その下に存在している鍛え抜かれた肉体には、上半身には髪の色と同じ黒い革製の服が肌にピタリと吸い付くように着こなされている。

 そして腰から下は漆黒の長袴が穿かれていた。 

 また、肘と膝には伸縮自在に見える防具のような物が装着されており、他には目立った武器は見当たらなかった。

 いきなりサクヤたちの目の前に現れたその青年は、その場の現状を理解していないのか、ただ口元を軽く緩ませて笑っている。

 殺気も闘気もない。

 それどころか、その場に本当に存在しているのかもわからない不思議な存在感があった。

 頭目の男は、青年の下敷きになって倒れている弓手を確認する。

 よく見ると、弓手の首の骨が綺麗に折れていた。

 青年が落ちてきた衝撃で折れたのか、それとも……。

 頭目の男がすかさず仲間たちに指示を送った。

「その男を討ちとれ!」

 その命令を聞くと、サクヤたちを囲んでいた四人は一糸乱れぬ陣形のまま、青年に向かい一斉に走り出した。

 前方から二人が青年に襲いかかる。 

 そして、前方の二人を援護するかのように、左右から別の二人が攻撃を繰り出していく。

 漆黒の暗闇の中、敵の白刃が青年に向かって煌めいた。

 この斥候たちの連携攻撃を阻止するのは、熟練した戦士でも難しいだろう。 

 ましてや、素手では防ぎようがない。

 青年は笑みを消さず、無造作に動き出した。

 サクヤたちのいる角度からは青年は見えない。 

 だが、襲いかかろうとしている敵の背中だけは、はっきりと見える。

(――殺される)

 サクヤはそう思った。

 いや、サクヤだけではなく、ジンとジェシカもそう思ったに違いない。

 それは、一瞬の出来事だった。

 サクヤの視界には青年の姿は見えず、敵の背中しか見えなかった。 

 しかし、瞬きをした刹那に、青年はサクヤたちの前方に現れたのである。

 サクヤたちは、青年が何をしたのかわからなった。

 敵の身体をすり抜けて、いきなり目の前に瞬間移動したように見えたからだ。

「いきなりは止めて欲しいな……」

 青年がそう言い放つと、襲いかかった四人の敵はまるで、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 頭目の男は目を見開き戦慄した。

 青年があの一瞬で何をしたのかが見えたからだ。 

 いや、正確には感じたと言ったほうがいいのかもしれない。

 青年が前方の二人の急所に拳を放ったのはたしかに見えた。 

 しかし、左右から襲った敵に対して何をしたのかまったくわからなかった。

 頭目の男は大きく深呼吸をすると、頭の思考を瞬時に切り替えた。

 どんな未知の敵に対しても自分は命を賭けて戦う。 

 男はそう訓練されてきた。

 たとえ相手の力量が未知数であろうとも必ず殺す――その気構えこそが大事なのだと教えられてきた。

 青年と頭目の男が対峙した。

 二人の間に異様な空気が張り詰めてくる。

 ピリピリと空気を振動させるような感覚。 対峙する二人の横では、固唾を呑んで見守っているサクヤたち。

 頭目の男は、全身に殺意の鎧を纏い走りだした。

 腰に隠し持った短剣を右手に持ち、その上から左手を添える。 

 腰だめに構えるような格好のまま、頭目の男は青年に突進した。

 短剣のような武器は切り裂いたりするよりも、突き刺すほうが威力も命中率も格段に上がる。 

 相応の使い手が操れば大剣にも勝る武器となるのである。

 一直線に青年の心臓目掛けて飛んでいく白刃は、さながら閃光のように輝いていた。

 青年の笑みがゆっくりと消え、殺気が湧き上がった。

 青年は両手をダラリと上げて構えを取った。

 構えたまま硬直している青年に対し、頭目の男の白刃は勢いを増していく。

 数十歩の距離が一瞬で縮まる。

 そして、頭目の男の身体が青年の間合いに入った瞬間――。

 パアァァン!

 強烈な乾いた音が辺りに鳴り響いた。

 木の上で羽を休めていた野鳥の群れが、一斉に天空に向かって飛び出していく。

 それほどの衝撃音だった。

 頭目の男はすぐさま後方に跳躍し、青年と距離を置いた。

 手にしていた頭目の男の短剣が、天高く舞い上がる。

 乾いた音の正体は、青年が一瞬放った蹴りであった。 

 それも、神速ともいえる速度で放たれた強烈な回し蹴り。 

 サクヤたちは横から見ていたからこそ、かろうじてその速さを肉眼で捉えることができた。 

 だが、手元の短剣を蹴り落とされただけと思われた頭目の男は、何故か口元を手で押さえていた。

「……なるほど、化け物か」 

 押さえている口元からは、赤い血が滴り落ちていた。

 青年は頭目の男が手にしていた短剣と顔面を、一呼吸で蹴り抜いていたのだ。

「まだ、何か隠しているな?」

 青年がそう言い放つと、頭目の男がピクリと反応した。

 まさかあのたった一合の攻防で、そこまで悟られるとは思わなかったという顔付きであった。

「いいだろう!」

 頭目の男は、サクヤたちが今まで見たこともない体術で青年に襲いかかった。

 肘と膝を巧みに使った相手を斬るような攻撃。 

 鋭く槍のように突く拳。 

 鞭のようなしなやかで強烈な蹴り。 

 頭目の男は、身体を揺さぶるように振る独特の拍子で攻撃を仕掛けていった。

 最初は紙一重で躱していた青年も、頭目の男の多彩な攻撃の前に大木に追い詰められてしまった。 

 逃げ場を失った青年は絶体絶命だった。

 そんな青年に、渾身の一撃を繰り出そうと拳を放つ頭目の男。 

 急所に食らえば即死だっただろう。

 けれども、頭目の男の攻撃は青年には当たらなかった。

 頭目の男の拳は、巨大な爆発音とともに大木に突き刺さった。 

 あまりの衝撃で大木からは無数の木の葉が舞い落ちる。

 青年は疾風のような動きで攻撃を躱すと、頭目の男の脇を掻い潜っていた。

 その後、大木に拳をめり込ませた状態で固まっていた頭目の男は、胸から吹き出した鮮血とともに、その場に崩れ落ちた。

 サクヤは見ていた。

 青年が頭目の男の拳を躱す直前に、腰にある剣を抜剣するような構えを取っていた姿を。 

 そして、頭目の男の拳が青年に当る瞬間、青年は脇を掻い潜ると同時に剣を抜剣した。 

 いや、正確には抜剣する動作をした。

 サクヤには青年の右手から吹き上がった炎が、瞬く間に剣の形に変化し、頭目の男の身体を切り裂いた様に見えたのである。

 現に、頭目の男は胸から大量の血を吹き出して絶命していた。

 地面に倒れた計六人は、二度と起き上がってはこなかった。

 サクヤたちはその一瞬の出来事に圧倒され、その場を動くことができなかった。

 そんなサクヤたちの元に、青年は頭をボリボリと掻きながら近づいてくる。

 ジンとジェシカが身構えた。 

 だが、わずかに剣が震えているのがわかった。

 青年はサクヤたちから数歩の距離にまで近づいてくると、その場にペタンと座り込んだ。

「そんなに気を張っていると疲れるだろ? 楽にしなよ」

 青年はその場で胡坐をかき、のんびりとしている。

 今しがたあれだけの戦闘をした本人とは思えぬほど、緊張感の欠片もない態度だった。

 ジンはゆっくりと剣を動かした。 

 その剣を両手でしっかりと握ると、天高く上段に構えた。

「……助けていただいた礼をしたいところですが、貴方が味方だという保障がどこにもありません」

 目の前で胡坐をかいている青年に、ジンが殺気を叩きつける。

 それでも青年は恐れている様子はなかった。

「ジン! ま、待て……」

 サクヤのその叫びと同時に、ジンの放った剣が青年の鼻先に振り下ろされた。

 剣の風圧で地面の草が勢いよく宙に舞った。

 青年は、ジンの放った剣を瞬きせずに見送っただけだった。

 青年が躱したのかジンが斬らなかったのかはわからなかったが、二人はお互いの顔を見合わせ、笑みを浮かべている。

 サクヤとジェシカが不思議そうに二人を見つめていると、ジンは振り下ろした剣を静かに鞘に納めた。 

 そして一言、

「サクヤ様。 この方、味方になって貰いましょう」

 漆黒だった夜空を、いつのまにか日の光が明るく照らし出していた。

 長い夜が終わり、長い朝がやってくる。

「よくわからんがいいぜ。俺の名前はシュラだ。 まあ、よろしくな」

 サクヤは目元をヒクヒクとさせ、その場にペタンと座り込んだ。

 目を丸くさせ表情が固まっているサクヤを、笑みを浮かべて見守る青年がそこにいた。
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