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第7話
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抜けるような青空と赤茶けた大地がどこまでも広がっていた。
そしてこの土地に初めて足を踏み入れる行商人たちは、大自然が長い年月を経て作り上げた風景を見て深い感銘を受ける。
雨が滅多に降らない土地柄ゆえに生息している動植物の数こそ少ないが、夕日を地面全体に縫いつけたような赤く染まる大地は見事の一語に尽きるからだ。
しかも周囲には風と水が時間という農具を使って奇抜に開拓したようなグラナドロッジが幾つも目にすることができた。
造詣に疎い人間には奇観としか映らないだろうが、少しでも芸術を嗜む人間からすれば神が創造した至高の景勝地に見えるに違いない。
コンディグランド。
原住民の言葉で「太陽の大地」と呼ばれるこの広大不変な土地は、幾つもの部族が肩を寄り添いながら生きている不可侵かつ神聖な場所だった。
そう、ほんの数十年前までは……。
ぎりぎりと最大限まで弓矢の弦が引き絞られ、次の瞬間には弦の反動により一本の矢が風を切り裂きながら標的に向かって飛んでいく。
やがて神速の速度で放たれた矢は獲物の胴体に深々と突き刺さり、どうと地面に倒れる盛大な音が聞こえた。
「おお、やったーッ!」
岩山の影から顔を出した人間たちは、転倒した獲物を遠目から見て喝采を上げた。
腰元まで伸ばした漆黒の長髪に大地と同じく褐色の肌。
体型はそれぞれ違っていたが、総勢五人の人間たちは贅肉が少なく筋骨逞しい肉体をしていた。
下半身には丈夫な生地で作られた衣服を穿き、手にはそれぞれ半月状の長弓を携えている。
五人の人間たちは岩の影から身を乗り出すと、仕留めた獲物の元へ駆け寄った。
「すごいな、久しぶりの大物だぞ」
「ああ、村の連中の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ」
仕留めた獲物を見下ろしながら、男たちは口々に喜びの声を上げる。
正確に急所を射抜かれて絶命していた獲物は、最近になって極端に数が減少したと言われているムルガだ。
全身を黒い体毛に覆われたムルガは食用だけではなく皮や毛を使って衣服を作ることもできる貴重な動物であり、余った毛皮や装飾品に加工した骨などを月に何度か集落を訪れる行商人に渡して食物と物々交換をすることも可能だった。
「喜ぶのは早い。仕留めたと言ってもまだ一匹だぞ」
ムルガの傍で喜悦の表情を浮かべていた四人を一蹴したのは、獰猛なムルガを一発で仕留めた若者だった。
他の四人と同じく年齢は二十代半ばほど。
一片の贅肉すらない均整の取れた肉体が超人的な体力と身体能力を兼ね備えていることを如実に物語っている。
しかも今日になってようやく獲物を仕留めたというのに、その表情にはこれで満足した様子は微塵もない。
物事を冷静かつ慎重に見定める精悍な顔貌は一分の隙もなかった。
ピピカ族の若頭であるこの青年はビュートと言う。
「そう言うがな、ビュート。最近はムルガの数が極端に減っているんだ。いや、ムルガだけじゃない。マクゥやクォルドルなんかも滅多に見かけなくなった」
「まったくだね。これだと近いうちに集落を移動しなければならないかも」
「そう簡単に言うな。あれほど恵まれた土地は滅多にないんだぞ」
「まあ、なるようにしかならん」
などと他の四人が口々に呟く中、ビュートだけは気難しい顔でムルガに近寄った。
後ろ腰に差していたナイフを抜き、ムルガの身体に勢いよく突き立てる。
「無駄話はそれぐらいにして早く解体しろ。まだ日が高いんだからな」
他の土地よりも日中の気温が高いこのコンディグランドでは、仕留めた獲物はすぐに解体しなければたちまち腐敗してしまう。
それに持ち帰れない部位は疫病の原因にならないよう地中深くに埋めるのが風習だった。
これは日々の糧を恵んでくれる大地に感謝し、末永く共存できるように伝えられたピピカ族の掟でもある。
ビュートに促され、他の四人も後ろ腰に差していたナイフを抜いて解体作業に入る。
大人五人分の体型を有しているムルガだったが、ビュートたちの鮮やかなナイフ捌きによりあっという間に解体されていった。
「ふむ、こんなものか」
ムルガの頭部と手足を切り落とし、内臓と肉を切り分けた五人は持参していた布袋に各部位ごとの肉を詰め込んでいく。
さすがに大型の獲物のムルガであった。
この一匹だけでも数十人分の胃袋が満たされることだろう。
だが、それでもまだまだ足りない。
ピピカ族の人数は総勢で百人近くはいる。
いくら集落の中で野菜などを女たちが栽培しているとはいえ、集落に生きる人間全員の胃袋を満たすことはできない。
やはりムルガの他にも何かしらの獲物を仕留める必要がある。
解体作業を終えたビュートは血を拭ったナイフをケースに仕舞うと、赤茶けた大地と青空がどこまでも広がるコンディグランドを見渡した。
先ほどクロウが言ったように、確かに最近はムルガだけではなく他の動物も減少の一途を辿っていた。
子供の頃には天空を自由に飛び回るクォルドルも今では滅多に見ることができなくなり、自分たちが遠出をする際に足代わりにするマクゥも遠く離れた異国かコンディグランドの一部にしか生息していないという燦々たる有様だった。
「嘆かわしい。我らの神聖な土地がどんどん穢れていく」
ぼそりと呟いたビュートの言葉にオロワンが反応する。
「本当だよな。生息する動物が少なくなったってことは、自然界の平衡が崩れてきている証拠だ。オグララが漏らしたように集落を移動する日はそう遠くないかもな……」
五人の中で比較的体格が立派だったオロワンががくりと肩を竦めると、真っ白い歯を見せつけるようにウォーボが笑った。
「そんなに卑屈になるなよ。人生なんてなるようにしかならないもんさ。それに獲物が減少して今住んでいる土地を離れることになってもそれは大いなる精霊の意志。俺たちはただ黙って従うだけさ」
「それが間違いなく精霊の意志ならな」
全員の視線がビュートに集中する。
「いくら何でも最近の動物の減り方は異常だ。俺にはこれが精霊の意志とは思えん」
「じゃあ、何だと言うんだ?」
幼少期の事故で右耳の半分が千切れているクロウが首を傾げる。
「決まっているだろう。原因が精霊ではないのならば人間の仕業だ」
「ふむ、一理あるね。ただでさえコンディグランドは余所の土地に比べて動植物の生息数が少ないんだ。勝手気ままに乱獲などすればすぐに獲物はいなくなってしまう」
そう言って両腕を組んだのは、女性のような顔立ちをしているオグララだった。
一見すると体格は華奢で頼りない優男風に見えるが、一族の中で誰よりも聡明で行商人との取引では彼がいないと成り立たないほどだ。
「とにかく今は残りの獲物を探すことが先決だ。もしかすると近くに群れを成したムルガがいるかもしれない」
ビュートはムルガの肉を詰めた布袋を肩に担いだ。
子供の体重ほどもあった肉の塊を片手で軽々と担いだビュートの腕力は尋常ではなかったが、それは他の四人も同じ。
ビュートと同じく肉の塊を詰めた布袋を肩に担ぎ始める。
「ビュートの意見には賛成だが、ムルガがこの辺で群れを成して行動しているかどうかは疑問だな。多分、こいつは群れから逸れた奴だったんじゃないか?」
「それは言えてるな。ここは水場からも遠いし近くには身を隠す原生林もない。こんなところを一匹でうろうろしているなんてただの馬鹿だ」
オロワンの首にウォーボは腕を回しながら微笑を浮かべた。
血の繋がりこそない二人だったが、昔から兄弟のように育てられたせいか非常に仲が良い。
「でも少し気になるね。本来、ムルガは群れを成して行動する動物だ。それが子供でもない成熟したムルガが単独でこんな場所をうろついているのはなぜなんだろう?」
二人のやり取りを耳にしながら、思案気な顔を作ったのはオグララだった。
「また始まった……おい、オグララよ。お前の悪い癖はそうやって何でも難しく考えすぎることだ。ムルガが一匹でうろついていたのなんて、オロワンとウォーボが言ったように単なる群れから逸れただけさ。それとも何か? このムルガが単独で移動していたのには明確な理由があるとでも言うのかよ?」
クロウが突っかかると、オグララは大きくため息を漏らした。
そしてこの土地に初めて足を踏み入れる行商人たちは、大自然が長い年月を経て作り上げた風景を見て深い感銘を受ける。
雨が滅多に降らない土地柄ゆえに生息している動植物の数こそ少ないが、夕日を地面全体に縫いつけたような赤く染まる大地は見事の一語に尽きるからだ。
しかも周囲には風と水が時間という農具を使って奇抜に開拓したようなグラナドロッジが幾つも目にすることができた。
造詣に疎い人間には奇観としか映らないだろうが、少しでも芸術を嗜む人間からすれば神が創造した至高の景勝地に見えるに違いない。
コンディグランド。
原住民の言葉で「太陽の大地」と呼ばれるこの広大不変な土地は、幾つもの部族が肩を寄り添いながら生きている不可侵かつ神聖な場所だった。
そう、ほんの数十年前までは……。
ぎりぎりと最大限まで弓矢の弦が引き絞られ、次の瞬間には弦の反動により一本の矢が風を切り裂きながら標的に向かって飛んでいく。
やがて神速の速度で放たれた矢は獲物の胴体に深々と突き刺さり、どうと地面に倒れる盛大な音が聞こえた。
「おお、やったーッ!」
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腰元まで伸ばした漆黒の長髪に大地と同じく褐色の肌。
体型はそれぞれ違っていたが、総勢五人の人間たちは贅肉が少なく筋骨逞しい肉体をしていた。
下半身には丈夫な生地で作られた衣服を穿き、手にはそれぞれ半月状の長弓を携えている。
五人の人間たちは岩の影から身を乗り出すと、仕留めた獲物の元へ駆け寄った。
「すごいな、久しぶりの大物だぞ」
「ああ、村の連中の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ」
仕留めた獲物を見下ろしながら、男たちは口々に喜びの声を上げる。
正確に急所を射抜かれて絶命していた獲物は、最近になって極端に数が減少したと言われているムルガだ。
全身を黒い体毛に覆われたムルガは食用だけではなく皮や毛を使って衣服を作ることもできる貴重な動物であり、余った毛皮や装飾品に加工した骨などを月に何度か集落を訪れる行商人に渡して食物と物々交換をすることも可能だった。
「喜ぶのは早い。仕留めたと言ってもまだ一匹だぞ」
ムルガの傍で喜悦の表情を浮かべていた四人を一蹴したのは、獰猛なムルガを一発で仕留めた若者だった。
他の四人と同じく年齢は二十代半ばほど。
一片の贅肉すらない均整の取れた肉体が超人的な体力と身体能力を兼ね備えていることを如実に物語っている。
しかも今日になってようやく獲物を仕留めたというのに、その表情にはこれで満足した様子は微塵もない。
物事を冷静かつ慎重に見定める精悍な顔貌は一分の隙もなかった。
ピピカ族の若頭であるこの青年はビュートと言う。
「そう言うがな、ビュート。最近はムルガの数が極端に減っているんだ。いや、ムルガだけじゃない。マクゥやクォルドルなんかも滅多に見かけなくなった」
「まったくだね。これだと近いうちに集落を移動しなければならないかも」
「そう簡単に言うな。あれほど恵まれた土地は滅多にないんだぞ」
「まあ、なるようにしかならん」
などと他の四人が口々に呟く中、ビュートだけは気難しい顔でムルガに近寄った。
後ろ腰に差していたナイフを抜き、ムルガの身体に勢いよく突き立てる。
「無駄話はそれぐらいにして早く解体しろ。まだ日が高いんだからな」
他の土地よりも日中の気温が高いこのコンディグランドでは、仕留めた獲物はすぐに解体しなければたちまち腐敗してしまう。
それに持ち帰れない部位は疫病の原因にならないよう地中深くに埋めるのが風習だった。
これは日々の糧を恵んでくれる大地に感謝し、末永く共存できるように伝えられたピピカ族の掟でもある。
ビュートに促され、他の四人も後ろ腰に差していたナイフを抜いて解体作業に入る。
大人五人分の体型を有しているムルガだったが、ビュートたちの鮮やかなナイフ捌きによりあっという間に解体されていった。
「ふむ、こんなものか」
ムルガの頭部と手足を切り落とし、内臓と肉を切り分けた五人は持参していた布袋に各部位ごとの肉を詰め込んでいく。
さすがに大型の獲物のムルガであった。
この一匹だけでも数十人分の胃袋が満たされることだろう。
だが、それでもまだまだ足りない。
ピピカ族の人数は総勢で百人近くはいる。
いくら集落の中で野菜などを女たちが栽培しているとはいえ、集落に生きる人間全員の胃袋を満たすことはできない。
やはりムルガの他にも何かしらの獲物を仕留める必要がある。
解体作業を終えたビュートは血を拭ったナイフをケースに仕舞うと、赤茶けた大地と青空がどこまでも広がるコンディグランドを見渡した。
先ほどクロウが言ったように、確かに最近はムルガだけではなく他の動物も減少の一途を辿っていた。
子供の頃には天空を自由に飛び回るクォルドルも今では滅多に見ることができなくなり、自分たちが遠出をする際に足代わりにするマクゥも遠く離れた異国かコンディグランドの一部にしか生息していないという燦々たる有様だった。
「嘆かわしい。我らの神聖な土地がどんどん穢れていく」
ぼそりと呟いたビュートの言葉にオロワンが反応する。
「本当だよな。生息する動物が少なくなったってことは、自然界の平衡が崩れてきている証拠だ。オグララが漏らしたように集落を移動する日はそう遠くないかもな……」
五人の中で比較的体格が立派だったオロワンががくりと肩を竦めると、真っ白い歯を見せつけるようにウォーボが笑った。
「そんなに卑屈になるなよ。人生なんてなるようにしかならないもんさ。それに獲物が減少して今住んでいる土地を離れることになってもそれは大いなる精霊の意志。俺たちはただ黙って従うだけさ」
「それが間違いなく精霊の意志ならな」
全員の視線がビュートに集中する。
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「じゃあ、何だと言うんだ?」
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「決まっているだろう。原因が精霊ではないのならば人間の仕業だ」
「ふむ、一理あるね。ただでさえコンディグランドは余所の土地に比べて動植物の生息数が少ないんだ。勝手気ままに乱獲などすればすぐに獲物はいなくなってしまう」
そう言って両腕を組んだのは、女性のような顔立ちをしているオグララだった。
一見すると体格は華奢で頼りない優男風に見えるが、一族の中で誰よりも聡明で行商人との取引では彼がいないと成り立たないほどだ。
「とにかく今は残りの獲物を探すことが先決だ。もしかすると近くに群れを成したムルガがいるかもしれない」
ビュートはムルガの肉を詰めた布袋を肩に担いだ。
子供の体重ほどもあった肉の塊を片手で軽々と担いだビュートの腕力は尋常ではなかったが、それは他の四人も同じ。
ビュートと同じく肉の塊を詰めた布袋を肩に担ぎ始める。
「ビュートの意見には賛成だが、ムルガがこの辺で群れを成して行動しているかどうかは疑問だな。多分、こいつは群れから逸れた奴だったんじゃないか?」
「それは言えてるな。ここは水場からも遠いし近くには身を隠す原生林もない。こんなところを一匹でうろうろしているなんてただの馬鹿だ」
オロワンの首にウォーボは腕を回しながら微笑を浮かべた。
血の繋がりこそない二人だったが、昔から兄弟のように育てられたせいか非常に仲が良い。
「でも少し気になるね。本来、ムルガは群れを成して行動する動物だ。それが子供でもない成熟したムルガが単独でこんな場所をうろついているのはなぜなんだろう?」
二人のやり取りを耳にしながら、思案気な顔を作ったのはオグララだった。
「また始まった……おい、オグララよ。お前の悪い癖はそうやって何でも難しく考えすぎることだ。ムルガが一匹でうろついていたのなんて、オロワンとウォーボが言ったように単なる群れから逸れただけさ。それとも何か? このムルガが単独で移動していたのには明確な理由があるとでも言うのかよ?」
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