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第四章 ~『事件の真相』~
しおりを挟むマリアは全力で渡り廊下を駆けていた。ティアラの病室から逃げるためではない。前を歩く第一王子のアレックスに追いつくためだ。
「アレックス様!」
距離を詰めると、膝に手を突いて、息を整える。只事ではない様子に、アレックスは心配そうに声をかける。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「聞きたいことがありますの!」
「なんだか知らんが、なんでも聞いてくれ。知っていることなら答えてやる」
「では単刀直入に訊ねますわね。ティアラが社交界から追放された時、救いの手を差し伸べたのはレイン様ではなく、あなたではありませんか?」
マリアの問いに、アレックスは動揺を隠しきれずに目を見開く。沈黙が続いた後、彼はいつもの明るい性格を取り戻す。
「おいおい、どうして俺が助けたことになるんだ?」
「先ほど、ティアラとレイン様の会話を聞き、二人が仲を深めたエピソードを知りましたの。ですが、筋が通りませんわ。一度、糾弾した相手を救うことに意味を感じませんから」
破滅させた後、救い出すことによってティアラを惚れさせる。これが狙いならば理解できるが、レインはきっぱりと彼女の愛を拒絶している。
「それよりはむしろ、そう、レイン様の評判を取り戻そうと別人が動いたと考えた方が自然ですわ」
ティアラは社交界から追放されたことで居場所を失った。しかしそれはレインにしても同じだ。
公爵令嬢を破滅させた冷たい人だと噂が流れたことで、レインの異性としての魅力は悪化した。令嬢たちは彼を恐れ、安易に近づくことができなくなったのだ。
そんな悪い評判を払拭するため、アレックスはティアラを救ったのだ。レインを表に立てて、裏方に回ることで、彼の糾弾は彼女を更生させるためだったと美談に変えたのだ。
さらにマリア自身も、彼からレインが素晴らしい人だと聞かされていた。まるで過去の悪い噂を塗りつぶすように。すべてがアレックスなりの優しさだったのだ。
「ふふ、面白い推理だな」
「でも本当ですわよね?」
「ティアラを窮地から救ったのは俺か……ここまで知られているからには仕方ない。だが他の奴には秘密にしろよ」
「やっぱりアレックス様の功績でしたのね。でも、どうしてその話をティアラにしませんの?」
教えれば、きっとアレックスの恋は成就する。だが彼は首を横に振った。
「もし真実が広まるようなことがあれば、レインが公爵令嬢を破滅させたとの噂が復活する。そうなれば俺の努力は水の泡だ。レインを守り抜くため、墓まで秘密を持っていくと誓ったのさ」
「……あなたは本当に弟想いですわね」
「おう、大切な家族だからな」
自分の恋心より、兄弟を優先する彼は、素晴らしい人格者だと改めて実感する。
だが、マリアは納得していない。愛し合っている者同士が結婚するべきだと信じていたからだ。
だからこそマリアは強引に恋を実らせる。
マリアは柱の傍に隠れて聞き耳を立てている少女に気づいていた。それを相手に伝えるように視線を向けると、少女が気まずそうに顔を出す。
その人物とはマリアの親友ティアラだった。
「……今の話は本当なのですか、アレックス王子?」
「どうしてティアラがここに⁉」
「扉の前から走り去る音と、マリアの背中が窓から見えたので、追いかけてきたのです」
「つまり俺は嵌められたというわけか……」
部屋のすぐそばで唐突に人が走りだせば、さすがに室内にいる人間も気づく。マリアはティアラを誘い出し、アレックスからの真実を聞かせたのだ。
「もう言い逃れはできませんわね」
「さすがにこの状況で言い逃れるのは無理だからなぁ」
アレックスは頭を掻く。すべてを打ち明ける覚悟ができたのか、瞳に覚悟の炎が宿る。
「認めるよ、ティアラを救ったのは俺だ」
「で、では、レイン王子は?」
「あいつは優しい奴だ。でもティアラを救ったわけではない。あいつは悪党に対して厳しいからな」
「そうですか……」
不幸になれば愛される。その仮説は間違っていたと知る。
レインは最初から最後までティアラのことを愛してはいなかったのだ。想いが届くはずもなかった。
「アレックス王子、私はあなたのおかげで……」
「礼よりも前にすることがあるだろ。悪いことをしたなら謝らないとな」
「気づいていたのですね」
「なにせ長い付き合いだからな」
ティアラはマリアへと向き直ると、二人は視線を交差させ、ジッと見つめ合った。ティアラの瞳には罪悪感が含まれている。
「私はマリアに謝らないといけないことがある。実は――」
「シロ様に冤罪をきせようとしたことですわね」
「マリアも知っていたのだな……」
「最初は気づきませんでしたわ。でもあんなにティアラを愛していたアレックス様が、急に許すと意見を変えてきた時に違和感を覚えましたの。加えて、レイン様との会話で事件の全貌を悟りましたの」
「なら聞こう。犯人は誰だ?」
「ティアラ――あなたの自作自演ですわね」
事の顛末はこうだ。霧で視界の悪くなった状態で、自らの霊獣であるクロを召喚。顔に傷を付け、クロを召喚元へと帰還させる。
あとはシロに血を浴びせ、状況証拠から誤解させればいい。タネを知れば、シンプルなトリックだ。
だが自分の顔を傷つける者はいないという先入観のおかげで、見破るのを困難にしていた。だがその先入観さえなくなれば、トリックを見破ることは容易い。
「動機はレイン様に好きになってもらうためですわね」
「レイン王子は不幸な人が好きだと思い込んでいたのでな」
「だからといって自分の顔に傷を付けるなんてやりすぎですわ」
「馬鹿な女だろ」
「とっても。でも私の大切な友人ですわ。それはこれからも変わりません」
「マリア……いいのか?」
「冤罪を着せられたことは怒っていますが、あなたが私を責めることはしませんでしたから。それに……世界でたった一人の親友ですもの。すれ違ったくらいで捨てたりしませんわ」
「……ぅ……す、すまない」
ティアラは目的のために手段を選ばない悪女だ。それは間違いない。しかし困ったときに助けてくれたのも事実なのだ。
二人は友情を確かめるように抱きしめあう。互いの優しさをしっかりと噛み締めるように、腰に回した手に力を込めるのだった。
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