上 下
46 / 60

第四章 ~『徒歩と霧』~

しおりを挟む

 舞踏会を終えたマリアはティアラと共に帰路についていた。二人は肩を並べて、夜道を歩く。

「長居したせいで歩いて帰ることになり、すまなかった」
「ティアラは悪くありませんわ。それに教会まではすぐですもの。十分に歩ける距離ですわ」

 遅くなりすぎると御者が可哀想だと、ティアラは先に馬車を返したのだ。夜風に吹かれながら二人は王都の通りを進む。

「さすがは王都。綺麗な街並みですわね」
「霧も出ているおかげか、神秘的な雰囲気が漂っているな」

 街灯の灯りも相まって、夜景の美しさに感動を覚える。もしイリアス家に残り続けていれば、生涯見ることのなかった光景だ。

「舞踏会も楽しかったですし、今夜の思い出は宝物ですわね」
「マリアは大袈裟だな」
「誇張ではありませんわ。なにせ私は使用人と変わらない毎日を過ごしてきましたから。こんな絢爛な体験は夢のようですわ」
「ふふ、なるほど。だから、あの人は……」
「あの人?」
「私の知り合いの話だ。可哀想な人が好きでな。きっとマリアのことも気に入るに違いないと思ったのだ」

 そう口にするティアラの表情には悲しみが滲んでいた。心配で声を掛けようとした時、石畳を走る馬車が近づいてくる。

 馬車は速度を落とすと、窓が開く。そこから見知った女性――リーシェラが顔を出した。

「あんたたち、徒歩帰りだなんて馬鹿じゃないの。この辺りは治安も悪いのよ」
「そうなんですの?」
「呆れた……あのね、霧もあるし、商店も閉まっているから目撃者もいない。ちょっと考えれば、危ないことくらい分かるでしょ」
「忠告ありがとうございますわ。でもどうして?」

 邪魔なマリアは襲われた方が都合はよいはずだ。それなのになぜお節介を焼くのかが分からなかった。

「私も人の心くらいあるわ。死なれると目覚めが悪いじゃない」
「リーシェラ、それなら心配無用だ。私たちは聖女だからな」

 ティアラは護身用の相棒であるクロを召喚する。霊獣は並の暴漢に勝てる相手ではない。合わせるようにマリアもまたシロを呼び出した。

(シロ様がいてくれれば、怖い物なしですわ)

 治安への不安は消え去る。やっぱりティアラは頼りになると、改めてそう思えた。

「ふん、せいぜい無事に帰ってくることね」

 それだけ言い残し、リーシェラの馬車は霧の中へと消えていく。

 シロをギュッと抱きしめながら、マリアもまた石畳の道を進む。一歩進むごとに、どんどん霧が濃くなっていった。

「歩いて帰るのは失敗だったかもしれないな」
「ティアラのせいではありませんわ。ここまで濃くなるとは予想できませんもの……あれ? ティアラ?」

 慰めの言葉に返事はなかった。それどころかティアラの姿が霧に包まれて消えてしまう。

(まさか攫われたんじゃ……)

 ティアラは公爵令嬢だ。身代金目的の誘拐の可能性が頭を過る。

(あ、ありえませんわ。クロ様もいますもの)

 霊獣のクロが付いているから安心だと心を落ち着かせる。だが恐怖は伝播したのか、シロはマリアの腕の中から飛び降りると、尻尾を立てて、戦闘態勢を取る。

「誰かそこにいますの⁉」

 シロだけでなく、マリアも気づくほどの敵意が向けられていた。霧で視界が明瞭でないが、人影の動く姿も視界の端で捉える。

 マリアはゴクリと息を飲んで、人影の正体を探ろうとする。しかしシロは我慢することができなかった。

 マリアを置いて霧の中へと飛び込んでいく。それから数秒後、白に染まった視界の向こうで、ティアラの悲鳴が届く。

「ティアラ、なにか起きましたの!」

 悲鳴の元へと駆けつける。するとそこには、返り血で白い毛を赤く染めるシロと、顔を爪で切り裂かれたティアラが蹲っていたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【 完結 】「平民上がりの庶子」と言っただなんて誰が言ったんですか?悪い冗談はやめて下さい!

しずもり
恋愛
 ここはチェン王国の貴族子息子女が通う王立学園の食堂だ。確かにこの時期は夜会や学園行事など無い。でもだからってこの国の第二王子が側近候補たちと男爵令嬢を右腕にぶら下げていきなり婚約破棄を宣言しちゃいますか。そうですか。 お昼休憩って案外と短いのですけど、私、まだお昼食べていませんのよ?  突然、婚約破棄を宣言されたのはチェン王国第二王子ヴィンセントの婚約者マリア・べルージュ公爵令嬢だ。彼女はいつも一緒に行動をしているカミラ・ワトソン伯爵令嬢、グレイシー・テネート子爵令嬢、エリザベス・トルーヤ伯爵令嬢たちと昼食を取る為食堂の席に座った所だった。 そこへ現れたのが側近候補と男爵令嬢を連れた第二王子ヴィンセントでマリアを見つけるなり書類のような物をテーブルに叩きつけたのだった。 よくある婚約破棄モノになりますが「ざまぁ」は微ざまぁ程度です。 *なんちゃって異世界モノの緩い設定です。 *登場人物の言葉遣い等(特に心の中での言葉)は現代風になっている事が多いです。 *ざまぁ、は微ざまぁ、になるかなぁ?ぐらいの要素しかありません。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

【短編】婚約破棄した元婚約者の恋人が招いていないのにダンスパーティーに来ました。

五月ふう
恋愛
王子レンはアイナの婚約者であった。しかし、レンはヒロインのナミと出会いアイナを冷遇するようになった。なんとかレンを自分に引き留めようと奮闘するも、うまく行かない。ついに婚約破棄となってしまう。

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

剣の聖女はモブに乗っ取られました~婚約破棄されましたが・・・悪役令嬢ルートなんてありましたっけ?~

古芭白あきら
恋愛
 乙女ゲーム『剣の乙女のエンゲージ』のヒロインの座をモブに奪われてしまった!  しかもこの転生者はにわかプレイヤーらしく、後日談のファンディスクをプレイしていないみたい。このまま本物の剣の聖女が不在だと異形の王が復活して世界は大変なことになっちゃうのに!  悪役令嬢に転生した私は説得を試みたけど、ぜんぜん聞く耳を持ってくれないの。攻略された婚約者達までもが絡んでゲーム設定はめちゃくちゃだし! 「私はレイピア・ツヴァイハイダーとの婚約を破棄する!」  婚約破棄?  もう好きにすれば!  キレた私は全てを放り出した。  これからは真のヒロインを溺愛してイチャイチャ生活を謳歌してやるんだから!

冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。

水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。 しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。 マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。 当然冤罪だった。 以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。 証拠は無い。 しかしマイケルはララの言葉を信じた。 マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。 そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。 もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。

婚約破棄? 卒業パーティーで何を言ってるんですか?

マルローネ
恋愛
学園の卒業パーティで伯爵令嬢のシルヴィアは、侯爵令息のライドに婚約破棄を言われてしまう。 ライドは自分の幼馴染であるシグマとシルヴィアが浮気をしていると勘違いし、卒業パーティーで 叱責し始めたのだ。 しかし、そんな勘違いを見破る人物の登場により……。

処理中です...