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第四章 ~『舞踏会とサーシャ』~

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 ティアラに連れ添って舞踏会を訪れることになったマリアは、彼女の用意した馬車で王宮傍にある離宮へと向かう。

 離宮は教会からも近く、馬車で数分、徒歩でも数十分といった距離だ。窓を過ぎていく景色を眺めながら、ふぅと息を吐いて緊張をほぐす。

(生まれて初めての舞踏会ですわね)

 貴族の令嬢なら誰もが一度は参加する場所であるが、使用人同然に育ってきたマリアにその機会はなかった。

 サーシャたちが舞踏会で楽しんでいる間、マリアは屋敷の掃除に明け暮れていたことを思い出す。

(でも参加しなくてよかったかもしれませんわね)

 おかげで初の舞踏会を親友と一緒に過ごせるのだ。その点では、冷遇してきた家族に感謝を抱く。

「着いたぞ、ここが離宮だ」
「豪華な建物ですわね~」

 大理石と黄金で彩られ、手入れされた庭には赤と白の薔薇に、噴水まで設置されている。
ティアラの背中を追いかけるように離宮の中に入ると、さらなる絢爛が出迎えてくれる。

 シャンデリアの天井に赤い絨毯が敷かれ、舞踏会で踊る人たちは一目見ただけで貴族と分かるほどに着飾っている。中には顔を隠すために仮面を被っている者もおり、貴族の社交場に来たのだと改めて実感させられた。

「この世の天国のような場所ですわね」
「ははは、王宮はこれ以上に豪華だぞ」
「これより上があるのですか⁉」
「招待される人物の爵位も上がるからな。それに今回は身分を隠しての参加も多い。王宮はセキュリティの関係上、そういったこともできないからな」
「なるほど。それで仮面を被っている人がいましたのね」

 同じ貴族でも爵位に応じて力関係は大きく異なる。公爵相手だと男爵は萎縮することもありうる。対等な関係を築くための仮面なのだと理解した。

「他にも、既婚者が仮面で顔を隠しているケースも多い」
「そんな人が……」
「結婚しても舞踏会の華やかさを忘れられない者たちだ。不貞は褒められた行為ではないから、マリアは関わるのを止めておくべきだろうな」
「ご忠告感謝しますわ」

 舞踏会は異性を見定める場所であるが、元々、マリアはここで恋人を作ろうとは考えていなかった。

 あくまでティアラの付き添いに徹しようと決めて、彼女の後ろにピタリとついていく。

 ティアラは舞踏会に慣れているのか、参加者と挨拶を重ねる。教会では見慣れない公爵令嬢としての姿に新鮮さを覚えた。

「げっ、あんたがどうしてここに⁉」
「リーシェラ!」

 敵対を宣言したリーシェラもまた舞踏会に参加していた。眉間に皺を刻んだ彼女は、傍にいたティアラを見て、納得を浮かべる。

「なるほど、付き添いね」
「リーシェラはどうしてここにいますの?」
「私も公爵令嬢だもの。お父様が結婚相手を探して来いと五月蠅いので、義務感で参加しているのよ」
「素敵な人はいなかったのですか?」
「残念ながらね。あなたは?」
「私は異性を求めているわけではありませんから」
「ふん、結婚して、さっさと教会から出て行けばいいのに」

 それだけ言い残して、リーシェラは顔も見たくないと去っていく。そのやりとりの声が大きかったのか周囲の注目がマリアに集まっていた。

 恥ずかしいと感じて視線を逸らすと、たまたまその先に見覚えのある顔を見つける。妹のサーシャもまた舞踏会に参加していたのだ。

「奇遇ですね、お姉様」
「それは私の台詞ですわ」
「でもお姉様が舞踏会にいらっしゃるとは珍しい。まさかレイン王子に招待されたのですか?」
「王子様が私を?」
「その反応を見る限り、レイン王子が招待主ではないようですね」
「そういうサーシャは王子様からの招待ですの?」
「はい、第三王子であるレイン王子から楽しんでほしいと」
「だ、第三王子……」

 マリアに求婚している相手であり、姿絵を見る限り醜い容姿をしている人物である。そのような人物を会場で見つけられないが、もしかしたら結婚するかもしれない相手だ。本人の顔を見てみたい欲求に駆られる。

 だがそんな彼女の思考を吹き飛ばすように、さらにもう一人の見知った男が近づいてくる。洋梨型の体形は忘れたくても忘れられない。この世で最も苦手な相手――父親のグランドだった。

「マリア、どうしてここにいる⁉」
「お父様は――サーシャの付き添いですわね」
「まぁ、理由はどうでもいい。折角の機会だ。お前を屋敷に連れて帰る」
「教会に敵対するのですか?」
「状況が変わったのだ。リスクは承知で、お前をレイン王子と結婚させなければ、私は借金で破滅するのだ」
「相変わらず自分勝手な人ですわね」

 マリアが呆れていると、グランドは怒りで手を伸ばそうとする。しかしそれを遮るように、ティアラが身を呈して立ちはだかる。

「グランド男爵、私の友人に何か用かな?」
「お前は……いや、あなたは公爵令嬢の……」

 グランドは目下の者には強く出るが、自分よりも力を持つ者には媚びへつらう。相手が公爵令嬢だと分かった瞬間、その表情には不自然な笑みが浮かんだ。

「私の娘と仲良くしていただいているようですが、マリアはあなたに相応しくないと思いますよ」
「それを決めるのは私だ。あなたに言われる筋合いはない」
「……まぁいいでしょう。ここは人目も多い。一旦退くことにします……まったくレイン王子は体調不良で欠席になるし、とんだ時間の無駄でしたね」
「レイン王子はいらっしゃらないのか?」
「そう聞きましたよ。なぁ、サーシャ」
「はい。私もそう聞きました」
「そうか……それは残念だ……会いたかったのだがな」

 心底悔しそうな口ぶりで、ポツリと言葉を零す。

「ティアラはレイン様と仲が良いんですの?」
「友人というより恩人だな。私が心から尊敬している殿方だ」

 茫洋と遠くを見つめるティアラの瞳はどこか悲しそうに見えた。彼女がここまで尊敬する人物なら、やはり一度会ってみたかったと、チャンスを逃したことをマリアもまた残念に思うのだった。

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