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第五章
第五章 ~『温泉卵』~
しおりを挟む温泉から上がったアリアは収納袋からタオルを取り出すと、体を拭きとり、修道服に袖を通す。
「お待たせしました、シン様」
「いい湯だったかい?」
「とっても。シン様も入りますか?」
「私はまたの機会にするよ。伐採が終われば、いつでも来られるしね。それに小腹も空いてきた。いまは温泉よりもご飯だね」
「お昼にサンドイッチを食べてから時間が経ちましたからね」
森の中もたくさん歩いたため、お腹が減るのも当然だった。
「ならここで食べていきませんか?」
「ここで?」
「実は食材を保存してあるんです」
収納袋からコカトリスの卵を取り出す。温泉に浸かっていた時から、アリアの頭の中には、あるアイデアが浮かんでいた。
「温泉卵を作ろうと思うんです」
「それはいいね。卵を湯に浸すのかい?」
「加えて、シルフ様の炎魔術で温めます」
シルフを召喚した後、収納袋から片手鍋を取り出す。鍋に温泉を入れ、炎の魔術で土台の石を熱し始める。
(卵を入れるタイミングは重要ですからね……)
アリアは鍋に張った水をジッと観察する。卵は卵白が80℃で、黄身が70℃で固まる。つまり丁度良い固さの温泉卵を作るには、70℃前後に温度を保つことが肝要だ。
(そろそろでしょうか……)
お湯の気泡の数が増えてくる。タイミングを見計らい、卵を投入すると、温度を維持するため炎魔術のコントロールに集中する。
(これくらい茹でれば良さそうですかね)
鍋から卵を取り出すと、中身を割って小皿に移す。プルプルと白身が震える温泉卵が完成していた。スプーンと一緒にシンに渡すと、彼は興味深げに顔を近づける。
「この卵、温泉の匂いがするね」
「味の方も硫黄の風味があるはずですよ」
「それは楽しみだ」
スプーンで温泉卵を掬うと、シンは口の中に放り込む。顔がパッと明るくなったことから調理が成功したのだと伝わってきた。
「黄身が濃厚でとても美味しいよ」
「コカ様の卵ですから。素材が良いんです。次は別の料理も試してみますか?」
「他にもあるのかい?」
「丁度、サンドイッチ用のパンとチーズも残っていましたから」
収納袋から食材とフライパンを取り出し、熱した石の上に置く。
温められたフライパンの上にパンを投入して、両面をじっくりと焼いていく。
焼き目が付いてきたタイミングで、パンの上にチーズを乗せる。温められたチーズが溶け出し、パンを包み込んでいった。
「これだけでも美味しいのですが……」
焼けたパンを皿の上に移して、温泉卵を落とす。エッグトーストの完成だった。
「どうぞ、召し上がってください」
「これは美味しいそうだね」
「ふふ、私の自信作ですから」
「では遠慮なく頂くよ」
シンがエッグトーストに噛り付く。すると口に引っ張られて、チーズが伸びていった。
「うん、とても美味しいよ。さすが師匠だ」
「喜んでもらえたなら、作った甲斐がありましたね」
二人だけの時間を楽しみながら、アリアは微笑む。こんな時間がいつまでも続けばいいのにと、彼女は心の中で小さく願うのだった。
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