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第四章

幕間 ~『バージルとの一触即発★ハインリヒ公爵視点』~

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~『ハインリヒ公爵視点』~

 海上列車がスピードを緩めて、皇国へと到着する。車両から降り立つと、駅は和装の人たちで溢れていた。

(息が詰まるほどに猿が多いな)

 差別主義者だと知られたくないように声には出さない。だが確証に至らない表情なら話は別だ。侮蔑を隠そうともしないで、ハインリヒ公爵は眉間に皺を寄せていた。一緒に降りたアレックスは、そんな彼の表情に気づく。

「なにか不快なことでもあったのかな?」
「い、いえ、その……」
「ああ、そういうことか……混雑しているからね。それで機嫌を悪くしていたんだろ?」
「は、はい、実はそうなのです」
「でもこれは、ある意味で素晴らしいことなんだよ。なにせ、この時刻に駅に降り立ったのは王国からの旅を終えた者たちばかりだからね。両国の友好が進んでいる証拠さ」

 斜め上の勘違いをするアレックスだが、その彼の意見に一理あると、ハインリヒ公爵は鼻を鳴らす。

(王国は建造物から美食まで魅力に尽きない国だ。その素晴らしさを理解し、友好を深めようとしている猿だと思えば、こいつらも可愛く見えてくるものだな)

 機嫌が良くなったことに気づいたのか、アレックスの口元に微笑が浮かぶ。彼は護衛兵に囲まれながら背を向けた。

「では僕はこれで失礼するよ。もし困ったことがあれば、いつでもうちの屋敷に来るといい」

 親切な言葉を残して去っていく彼に、アレックスは僅かばかりの感謝を覚える。

(ふん、猿のくせに良い奴ではないか。さすがは王国の血が混じっているだけある)

 ハインリヒ公爵はアレックスと別方向に進む。彼の行先は決まっていた。第七皇子の屋敷である。

 場所は列車内でアレックスからおおよその位置を聞いていた。街の案内板も駆使しながら、目当ての屋敷へと向かう。

(この辺りのはずなのだが……)

 武家屋敷が並ぶエリアに辿り着く。王国人が珍しいのか、すれ違う和装の人たちがヒソヒソと声を漏らしていた。

(ええいっ、好奇の視線が鬱陶しい)

 怒りを通行人にぶつけたくなるが、揉め事は時間の浪費に繋がる。グッと我慢して、ようやくたどり着いた第七皇子の屋敷は、周囲の建物の中で一際大きいものだった。

(ここにアリアがいるのか……)

 長屋門の前でゴクリと息を飲む。広い屋敷に見合うだけの威厳ある門構えだ。

 屋敷に気圧された彼は、招待されたわけでもないのに突然押しかけてよいものかと、改めて躊躇いを覚え始める。

(相手は皇子だが、私も一応は公爵だ。無礼を働いたからとすぐに処刑される心配はないはずだが……)

 身分の差があるものの、ハインリヒも平民ではない。国際問題に発展するリスクもあるため、不敬が処罰に繋がるとは思えないが、どうしても門を叩く手を躊躇ってしまう。

「うちの屋敷に何か用かな?」

 そんな折、若い男が声をかけてきた。顔は整っているが、目の下に浮かんだ隈のせいで、端正な顔立ちが台無しになっている残念な男だ。

「貴様は屋敷の召使いだな?」
「はぁ?」
「惚けなくてもいい。その不気味な顔を見れば分かる。私はハインリヒ公爵だ。屋敷で滞在しているアリアを連れ戻しに来た」
「…………君は二つ大きな勘違いをしている」
「勘違い?」
「僕は第七皇子のバージルだ」
「え⁉ その顔で!」
「悪かったね、不気味な顔で」
「い、いえ、これは失礼しました」

 相手が皇子だと知っては詫びるしかない。ハインリヒ公爵は素直に頭を下げる。バージルもまた深く咎めるつもりもないのか、はぁと溜息を漏らしながら、話を続ける。

「それともう一つの勘違いだけど、彼女はここにいないよ」
「嘘を吐くのは止めてください。こちらは確証を得ているのです」
「確証?」
「第二皇子から情報を頂いております」
「情報源は兄からか……まったく、面倒事を増やさないで欲しいね……」

 バージルは頭を掻きながら、ジッと観察するような視線を向ける。値踏みされているような感覚に不快感を覚えるが、アリアを連れ戻すためだとグッと堪える。

「正直に答えるよ。彼女が屋敷を訪れたことはある。でも今はもういない。この答えで満足かな?」
「いいえ、できません! アリアは聖女です。王国の国益のためにも連れ戻さなければならない。それに――あの女は私の物。相手が皇子でも譲るつもりはない」

 ハインリヒ公爵は強気に出る。もしアリアを連れ戻せなければ大臣から処刑される彼は、崖っぷちに立たされている。おずおずと退くわけにはいかないのだ。

(それにアリアを放っておくと連れ帰るのが難しくなる)

 容姿、権力、財力。すべてが完璧な第二皇子のような恋のライバルまで現れた状況だ。このままアリアを放っておくと、取り返しの付かないことになるかもしれない。一刻も早く、王国へと連れ帰るため、バージルと争う覚悟を見せる。

「彼女が君のモノか……」
「私はアリアの元婚約者で、あいつを従えてきました。だから他の男には――」
「おい、不愉快だ。少し黙ってくれ」

 バージルは遮るように言葉を発する。彼の放つ不気味な雰囲気に威圧感が混ざり始めた。恐怖さえ覚える圧力に、ハインリヒ公爵は緊張で手を震わせる。

「僕は彼女を気に入っている。モノ扱いは気分が悪い。ここから立ち去ってくれ」
「で、ですが――」
「二度は言わない」
「うぐっ……」

 バージルの迫力に負け、ハインリヒ公爵は逃げるように立ち去る。だが彼はアリアを諦めていない。

(アリアよ、愛しの旦那様が迎えに行くまでの間、辛いだろうが耐えてくれよ)

 脳内で彼女との幸せな未来を妄想しながら、ハインリヒ公爵は駆ける。その心中には、アリアを追放したことに対する自責の念は微塵も存在しなかった。
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