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第三章

第三章 ~『第七皇子のバージル』~

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 通路の先へ進むと、活気がなくなり、客足も減り始める。これは扱っているものが魔石や魔道具だからだろう。食料品と比べれば高価なものが多く、購入する機会も少ないからだ。

(この店は魔石の販売店でしょうか)

 店先には種類豊富な魔石が並べられている。馴染みのあるゴブリンの魔石は、特に扱っている数が多いようで、山のように積まれていた。

(ゴブリンの魔石は需要が大きいですからね)

 魔石は魔道具のエネルギー源となる。ランクの高い魔石ほど、より高度な魔道具を動かすことができるが、一般市民の使う魔道具ならゴブリンの魔石で十分だ。だからこそ主に扱っているのだろう。

「凄い量の魔石ですね」

 店員の男に話しかけると、「どうも」と返事が返ってくる。顔は整っているが、目の下に浮かんだ隈のせいで、折角の端正な顔立ちが台無しになっていた。

(昔の私みたいですね)

 店員の男性に勝手に親近感を抱いていると、怪訝な目を向けられる。

「僕の顔、やっぱり不気味かな?」
「いえ、そんなことは……」
「取り繕わなくてもいい。兄からも気味が悪いと馬鹿にされることがあるから……ただ僕からすれば外見なんてどうでもいい。魔石を眺めているだけですべて忘れられるからね」

 職人肌なのか俗世には興味ないと言わんばかりに、魔石を磨いている。目の下の隈も仕事に熱中しすぎた結果なのかもしれない。

「あの、オススメの魔石はありますか?」
「うちの店の商品はすべてが最高だけど、一つを選ぶならサラマンダーの魔石だね」

 看板商品なのか大きく飾られていたサラマンダーの魔石は、アリアが冒険者組合で買い取ってもらったものではない。

(他の人が討伐した魔石なのでしょうか……)

 魔石の仕入れルートは大きく三種類ある。

 一つは冒険者組合を仲介としたもので、アリアのような冒険者が組合に売却し、その魔石を商店が仕入れる方法だ。

 二つ目は、個人的に冒険者から買い取る方法だ。冒険者組合が間に入らないので、無駄な手数料を節約することができる。

 そして三つめは自分で魔物を討伐する方法だ。魔石の仕入れコストを抑えることができるが、魔物を狩るための実力が求められる。

(でもサラマンダーを倒しているのは私以外だと二人だけですよね)

 一人はシンで、もう一人は第七皇子だ。この魔石はそのどちらかが討伐した成果なのだろう。

「質の高い魔石だろ。サラマンダーの中でも、かなり大きな個体だったからね」
「ということは、あなたが討伐したのですか?」
「そうだね」

 男は素っ気ない反応を返すが、アリアは驚きで目を見開いていた。

(まさか、この人が……)

 疑問を問おうとした時、邪魔するように鈴が鳴る。相手に合図を送ることができる魔道具の一種だ。

「悪いね、仕事だ」

 店員の男は鏡を取り出す。そこに映し出されていたのは、彼の顔ではない。遠くの景色を投影しているのか、火を噴くサラマンダーの姿が映されている。

(あの鏡も魔道具ですね。でもこれで一体何をするつもりなんでしょう)

 わざわざ鈴で合図を送ってきたのかだから、アクションがあるはずだ。期待していると、彼の肉体を魔力が包み込む。魔術発動の兆候だった。

 彼は両手を合わせて祈りを捧げる。するとサラマンダーの動きが次第に悪くなり始めた。

「サラマンダーはやっぱりしぶといね」

 祈りを続けた結果、サラマンダーはついに身動きが取れなくなる。火を噴くのを止めたところを、刀を持った和装の男たちが集団で襲った。

 結果、サラマンダーは命を落とし、魔石へと変化した。鏡の投影もピタリと止まる。

「接客を中断して悪かったね」
「いえ……でも今のは?」
「僕の魔術は呪いの力でね。対象の顔を思い浮かべながら念じると、状態異常を引き起こせるんだ」
「それは恐ろしい能力ですね」
「色々と不便な部分もあるけどね。視認したことのある相手にしか使えないから、部下を通じて魔物の顔を映し出させる必要があったりするしね……でもリスクを取るのが嫌いな僕には最適な能力だ。この力なら安全圏から魔物を討伐できる。臆病者の僕に相応しい能力さ」

 彼は自嘲するが、アリアはその能力を選んだセンスに感心していた。

「魔術は性格にあった力の方が高い効力を発揮します。遠距離から攻撃できるのは便利ですし、私は素晴らしい能力だと思いますよ」

 褒められると思っていなかったのか、彼は面食らったような表情を浮かべてから、口角を僅かに上げる。

「君、変わっているね」
「そうですか?」
「呪いの魔術を素晴らしいと褒める人は初めてだからね……皇子らしくないと馬鹿にされてきた力が褒められるのは悪くない気分だよ」

 皇子という言葉が彼の口から出る。シンの面影があるため、もしかしたらと薄々勘づいていたが、やはり彼は第七皇子だったのだ。

「もしかして僕が皇子だと知らなかったのかい?」
「実は……」
「なら改めて自己紹介するよ。僕はバージル。第七皇子だ」
「ではバージル様とお呼びしますね」
「別に呼び捨てでいいのに……」

 不貞腐れるような反応にシンのことを思い出す。

「ふふ、反応がシン様に似ていますね」
「シンとも知り合いなの?」
「師弟関係です」

 アリアはシンの師匠となった経緯や現状を説明する。すると彼は、アリアの存在を知っていたのか、驚きで肩を上げる。

「君がアリアか。シンから話は聞いているよ」
「仲が良いのですか?」
「昔はね。今は競い合っているから、良好とはいえないけど」

 バージルは感情を整理するように目を細める。彼も本心では争いを望んでいないのかもしれない。

「仲良くはできないのですか?」
「無理だね。僕は魔物討伐の成果で与えられる魔道具、『千里眼の魔鏡』を手に入れたいからね」
「争ってでも欲しい品なのですか?」
「超級の魔道具には国宝級の価値があるからね。金銭的価値は十分だ。でも求めているのは、その性能さ」
「性能ですか……」
「先ほど使っていた鏡は上級魔導具でね。使えば、遠くの位置にいる標的を映すことができる。でも距離に制限があってね。ここからなら、帝都の外壁近くまでが効果範囲なんだ。でも『千里眼の魔鏡』は、距離制限がない。それこそ僕は領地に引きこもりながら、外国の魔物討伐をサポートすることが可能になるんだ」

 バージルの魔術と組み合わされば鬼に金棒だ。ただ貴重だから求めているのではないため、彼も退くに退けないのだと知る。

「シンには悪いけど、この競争は僕が勝つよ」
「いいえ、シン様は負けません」
「随分とシンに入れ込んでいるんだね」
「大切な仲間ですし、お世話にもなっていますから」

 屋敷で客人としてもてなしてくれているシンには恩義がある。バージルには悪いが、アリアはシンに勝って欲しいと望んでいた。

「お世話なら僕がしてもいいよ。給料も出そう。僕の家臣にならないかい?」
「本気ですか?」
「本気だとも。君は僕に似ている。仲間にしたいと願うほど、君のことを気に入ったんだ」

 その言葉に嘘はないだろう。彼は本心でアリアを引き込みたいと願っている。しかし彼女の答えは決まっていた。

「ありがたい申し出ですが、お断りします」

 きっぱりと断りを入れると、バージルは困ったように眉を落とす。このまま留まると情に流されるかもしれない。アリアは頭を下げてから出口の方角へと走り出した。

 彼女にはやるべきことができたのだ。

(重要な情報が手に入りましたね)

 第七皇子の家臣たちは外壁周辺で狩りをしている。つまり離れた位置までいけばライバルがいないのだ。

(このチャンスを活かさない手はありませんからね)

 アリアはシンの勝利に貢献するために走り続ける。早起きした甲斐があったと、口元に笑みが浮かぶのだった。
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