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第三章

第三章 ~『実家の新米』~

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 翌朝、目を覚ましたアリアは食堂へ向かっていた。

(この時刻だと皆さんは魔物狩りに出かけているでしょうね)

 宴会の空気に呑まれ、清酒を飲んでしまったアリアは、酔いのせいで起きるのが遅れてしまった。

(こんなにお酒を楽しんだのは、いつ以来でしょうか)

 二日酔いにはならないが、酔うと睡眠時間が増えてしまう体質だった。いつも以上に深い睡眠を楽しめる一方で、聖女の務めを強いられていた時は、業務に支障が出るため飲酒を避けていたのだ。

(熟睡できたので、お腹も空いてしまいましたね)

 遅めの朝食を取るために食堂へ向かうと先約がいた。宴会で話の中心人物だったカイトである。

(どうしてこの時間に食堂に? いえ、それよりも昨晩のことを思い出すと、少し気まずくなりますね)

 カイトは冒険者のアリアンに惚れていた。ただその正体が彼女だとは気づていない上に、意中の相手がリンだと誤解していた。

(私は恋に興味ありませんし、好きになられても困ってしまいますからね。できればリン様とカイト様が恋仲になってくれるのが理想ですね)

 二人は共に美男美女だ。きっと理想のカップルになる。どうにかして二人が幸せな恋を育めないかと思案していると、カイトの訝しげな視線が刺さる。

「聖女様も席に座ったらどうですか?」
「そ、そうですね」

 食堂の入り口で立ち尽くしていては邪魔になる。促されるままに、食卓に腰掛ける。

「カイト様は一人だけですか?」
「他の者たちは魔物狩りに出かけましたから……私は二日酔いで留守番です」
「昨晩は飲まされていましたものね」

 いつもムスッとしているカイトの恋バナだ。皆、彼から本音を引き出そうと酒を飲ませ続けた結果、酷い二日酔いで朝を迎えたというわけだ。

「辛いなら治してあげましょうか?」
「できるのですか?」
「私の回復魔術は万能ですから」

 二日酔いは、アルコールが肝臓で分解されるときに生じる有害物質が原因で生じる。アリアの回復魔術は肉体を最善の状態へと修復するため、二日酔いの原因となる有害物質を除去することもできるのだ。

 対面に座る彼に魔力の輝きを浴びせると、見る見る内に、カイトの表情が柔らかくなっていく。二日酔いが治った証拠だ。

「ありがとうございます、聖女様。この恩は必ず返します」
「別に気にしなくても構いませんよ」
「いえ、これは私の性分ですので」

 少しでも恩を返そうという意思が働いたのか、カイトは、食卓の上に置かれた飯櫃から茶碗に白米をよそってくれる。一緒に沢庵や胡瓜の糠漬けも並べられ、朝食の準備が整う。

「美味しそうなお米ですね」
「収穫されたばかりの新米ですから。聖女様も気に入るはずですよ」
「それは楽しみです。では早速、頂きますね♪」

 箸で白米を掬い上げ、口の中に放り込む。噛めば噛むほど甘味が舌の上で広がっていく。続くように沢庵も噛み締める。米の甘味と合わさって、意図せず頬が緩んでしまうほどの美味しさだった。

「こんなに美味しい朝食は久しぶりです」
「でしょう。私の実家で採れたお米と漬物なんですよ」

 その口調はどこか自慢げだ。実家の農業に誇りを持っていることが伝わってくる。

「ふふ、カイト様は御実家がお好きなのですね」
「……今では誇りだと思えるようになりましたね」
「昔は違ったのですか?」
「農家をやっている実家が古臭くて嫌いでした。ですが、シン皇子の下で働くうちに、その社会的な意義を実感し、誇りに感じられるようになったんです」

 嫌悪が好意に変化するのは容易ではない。シンと共に過ごした年月の中で多くの出来事を経験してきたからこその心情の変化だろう。

「だからこそ、お米は身近な存在なんです。でも実家は貧乏だったので、おかずも少なくて……そんな私のご馳走が、炊き立てのご飯に生卵と醤油を混ぜたものでした」
「生卵ですか……王国では珍しい食べ方ですね」

 王国での卵の主な食べられ方は目玉焼きやスクランブルエッグだ。皇国のように生のまま卵を食べる文化がなかった。アリアはこの機会にカイトに訊ねてみることにする。

「私も皇国に住んでいたので、生卵を食す文化があるとは伝え聞いています。ですが実際に食べている人を見たことがありません。本当に食べるのですか?」
「本当ですよ。食中毒菌のいない卵なら問題なく生のまま食べられますから。この辺りで採れる卵だと、コカトリスの卵がお勧めですよ。黄身が濃厚で、白米とよく合います」
「それは興味がそそられますね」

 初めて食べた生卵で苦手意識が生まれてしまうのはよろしくない。話を聞く限り、コカトリスの卵は味も優れていそうである。期待している内に、アリアはゴクリと喉を鳴らす。

「コカトリスの卵はどこで手に入るのですか?」
「帝都の市場で買えますよ」
「朝食前に市場まで出向くのは少し面倒ですね」

 卵は鮮度が命だ。どうせなら生まれたばかりの卵を朝食で頂きたい。

「野生のコカトリスを捕まえる方法もあります。ランクFと、脅威度も低いので、壁の中での飼育も認められていますから」
「それなら毎朝、新鮮な卵が食べられますね♪」

 善は急げと、朝食をかき込むように平らげると、席を立つ。その慌てぶりにカイトは訝しげな眼を向ける。

「まさかとは思いますが、魔物の住む森へ行くのですか?」
「それは、そのぉ……」
「ああ。なるほど、リンさんに頼むのですね」

 自己解決したのか、カイトは質問を打ち切ってコカトリスの生態について解説してくれる。

 騙しているようで申し訳ない気持ちになりながらも、アリアは解説を聞き終えると食堂を後にした。花より団子だと、彼女は自分の舌を喜ばせるために闘志を燃やすのだった。
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