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第三章

幕間 ~『旅立つ公爵★ハインリヒ公爵視点』~

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~『ハインリヒ公爵視点』~


 フローラをダンジョンに閉じ込めてから数日が経過した。悩みの種がいなくなったハインリヒ公爵は晴れやかな気持ちで王宮の廊下を歩いていた。

(恐れるものは何もない。大臣でさえも敵ではないのだ)

 大臣の執務室まで辿り着いたハインリヒ公爵が、扉をノックして到着を知らせると、部屋の中から、「入れ」との許可が返ってきた。

「失礼します、大臣」
「……用件は分かっているな?」
「フローラを働かせる件ですね?」

 王国にとって聖女は欠かせない存在だ。自国だけでなく、他国との外交カードとしても利用できるほど、人を癒す力には価値がある。

 その務めが滞っている現状に大臣が眉間に皺を寄せるのも当然だった。

「それで、フローラ様は務めを果たしてくれるのか?」
「無理ですね」
「なんだとっ!」

 ハインリヒ公爵の開き直ったかのような回答に大臣は驚く。失敗が処刑に繋がると知っていながら、ふてぶてしい態度を取る彼を理解できなかったからだ。

「処刑を受け入れる覚悟ができたのか?」
「まさか。私は百歳まで長生きするつもりですから……無理だと伝えたのは、私がフローラを働かせることに失敗したのではなく、あの女が王宮から失踪したからですよ」
「なにっ!」

 大臣は声を張り上げるが、すぐにいつもの冷静さを取り戻す。怒鳴っても問題は解決しないと知っているからだ。

「診療所にも姿を現していないと聞いてはいたが……まさか失踪とは……本当にどこにもいないのか?」
「王宮を隅々まで調べましたが、霧のように消えていなくなりました。きっと過酷な聖女の務めに耐えられなくなったのでしょう」
「…………」

 大臣は頭を抱えながら溜息を吐く。アリアに続き、フローラまで王国を去ってしまった。外交的な立場を維持するためのカードを失ってしまったのだ。

「この事態をどうするつもりだ?」
「フローラは諦めるしかないでしょうね。どちらにしろ、あいつはポンコツです。外傷しか治せませんから。探すのならアリアを優先すべきでしょう」
「探してどうする?」
「もちろん連れ戻します」
「またできもしないことを……」

 威勢ばかりがよく、実行力が伴っていないことを、大臣はよく理解していた。辟易とした態度を取るが、ハインリヒ公爵の自信は揺るがない。

「私とアリアは愛を誓い合った仲ですよ」
「だが婚約破棄を言い渡したのだろう。普通なら貴様の顔も見たくないと思うだろう」
「普通ならそうです。ですが私は普通の男ではありません。この優れた容姿がありますから」

 ハインリヒ公爵は自分の頬をペシっと叩く。彼の内面を知っているせいで馬鹿面に見えるが、バイアスさえなければ、誰もが認める美丈夫だ。

「私が愛を囁けば、必ず寄りを戻せるはずです。王宮へ連れ戻すことも容易いでしょう」
「その言葉を信じてもいいのか?」
「大船に乗ったつもりでいてください」

 ハインリヒ公爵の言葉は信用がないせいで羽のように軽い。しかし打つ手がないことも事実だ。

「私も甘いな……」
「ということは?」
「アリア様を連れ戻す務めを、貴様に任せてやる。ただし失敗すれば、今度こそ処刑だからな」
「私も貴族の端くれです。覚悟ならできています」
「ふん、ならいい」
「では、さっそく私はアリアの居場所を捜索に――」
「それは不要だ。アリア様は皇国にいると判明しているからな」

 ハインリヒ公爵は目を見開いて驚く。彼は彼なりに人脈を使って調査していたが、アリアの居場所は分からず仕舞いだったからだ。

「どうやって調べたのですか?」
「私は大臣だぞ。王国中の情報が集まってくる。アリア様が皇国行きの海上列車のチケットを購入したことも把握済みだ」

 大臣はアリアが過去に皇国に住んでいたことを知っていたため、移住先として選ぶ可能性が高いと予想していた。だからこそ皇国行きの旅券の履歴を探らせることで、アリアの居場所を突き止めたのだ。

「アリアがどこにいるかさえ分かればこちらのもの。私はさっそく皇国へと旅立ちます」

 ハインリヒ公爵は頭を下げてから、執務室を後にする。大理石の廊下を歩きながら、彼は口元に笑みを浮かべる。

(クククッ、大臣め。今に見ていろ。私がアリアを連れ戻した暁には更迭してやるからな)

 彼は聖女の価値に改めて気づいたのだ。病を治せる力は、国王以上の影響力を手に入れる手段になりうると知ったのである。

(アリアを連れ戻したら、私の傀儡として言うことを聞かせてやる。そして王国を裏から支配する影の王となるのだ)

 彼の脳内に薔薇色の未来が広がる。アリアから拒絶されることなど想定さえしていない。

(待っていろよ、アリア。愛しの旦那様が迎えに行くからな)

 駆け足で廊下を走る。失敗すれば処刑されることを忘れたかのように軽快な足取りだった。
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