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第二章
第二章 ~『ギンへのご褒美』~
しおりを挟むゴブリンを倒したアリアは森の散策を進めていた。傍にギンの姿はない。単独で狩りに向かわせているからだ。
(そろそろ戻ってくる頃でしょうか)
ギンの知能は人間に引けを取らない。頼まれた仕事は確実に達成するし、約束の時刻までには必ず戻ってくる。
信じていた通り、茂みを掻き分けて、ギンが駆け寄ってくる。仕事をこなしたギンを褒めるために頭を撫でてあげる。嬉しそうに、目を細めるギンに愛らしさを覚えた。
「魔石も集めてくれたのですね。ありがとうございます」
ギンは口に袋を咥えていた。その袋が広げられると、大量の緑の魔石が露わになる。そのすべてがゴブリンの魔石だ。
(ゴブリンは集団生活をする種族ですからね)
群れで暮らしているからこそ、巣を発見できれば一網打尽にできる。ギンの嗅覚ならゴブリンのアジトを見つけ出せても不思議ではない。
(なにかご褒美をあげたいですね)
丁度、お昼の時間だ。美味しいものでもご馳走できればと考えたが、ギンを連れて屋敷に戻ることはできない。
どうすべきかと思考に集中していると、遠くから川のせせらぎが聞こえてくる。川辺には水を求めて魔物がやってくるし、魚も捕れる。
このチャンスを活かさない手はないと、ギンと共に音がする方に向かうと、河原が広がっていた。川のほとりでは鹿の魔物が水を飲んでいる。
(ランクFの魔物ですね……戦闘力はほとんどないはずですが、あのタイプの魔物は逃げ足が速いですし、この距離だとギン様でも逃げられるかもしれませんね)
動物が魔力を帯び、魔物へと進化することがある。標的もそんな進化を遂げた一体だ。外見は普通の鹿と変わらないが、帯びている魔力から魔物だと分かる。
(こっそり近づくのも匂いでバレそうですしね)
ギンの肉食獣の匂いに、草食動物は敏感だ。もう少し距離が近づけば、必ず気づかれてしまう。
(どうすれば……あ、いいことを思いつきました)
「ギン様、少々我慢してくださいね」
ギンへの魔力供給を止めて、一旦、魔石へと戻す。銀色の大粒の魔石、これを魔力で強化した肉体で宙へと放り投げた。
丁度、鹿の魔物の頭上に到達した地点で、改めて魔力を流し込む。回復の魔術が発動し、魔石はギンへと姿を変えた。
鹿の頭上から降ってくる奇襲攻撃だ。逃げるにはもう遅い。ギンの牙が鹿の魔物に突き刺さり、肉体は魔素となって霧散した。
「さすがはギン様ですね」
ギンの元へ駆け寄ると、鹿の魔物の魔石を拾い上げる。灰色の小粒の魔石だ。もちろんこのままだと食べることはできない。
そのため回復魔術を利用する。召喚獣としてではなく、素材として復活させるイメージで魔力を注ぎ込む。
召喚獣とする場合と違い、一度、素材としてしまうと魔石は消失するが、アリアの求めていた鹿肉と毛皮が手に入った。
肉は完璧に血抜きされたように臭みがない。回復魔術で復活させるときに、素材として完璧な状態へと修復したからだ。
「毛皮は街で売るとして、お肉は頂きましょうか」
革袋からマッチを取り出す。軸木に付いた発火材に摩擦を起こし、枯れている流木を集めて、火を点ける。
革袋から調理道具の包丁や鉄串を取り出し、食べやすい形へと調理した鹿肉を突き刺していく。
火で鹿肉をじっくりと焼いていく。食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。回復魔術で蘇生した肉のため、寄生虫もおらず、生で食べることもできるが、彼女は中まで焼く方が好みなため、完成を待つ。
「そろそろできましたかね……さぁ、ギン様。一緒に食べましょう」
ギンの口元に肉の刺さった鉄串を持っていくと、器用に肉だけを頬張る。賢い子だと、改めて実感する。
「次は私の番ですね。少しお行儀が悪いですが……」
アリアもまた串に刺さった鹿肉にかぶりつく。口の中に肉汁が広がり、舌を喜ばせる。
(この味は行儀を気にしている余裕がなくなりますね♪)
王宮で聖女の仕事をしていた頃は忙しさが原因で軽食がメインだった。だが本来のアリアは食事には拘るタイプだ。食生活の充実に涙が出そうだった。
(改めて生きていると実感できますね)
この味を一度でも経験しては、もう二度と王宮には戻れない。婚約破棄したハインリヒ公爵に感謝したくなるほどだ。
「こんな時間がいつまでも続けばいいですね」
ギンの頭を撫でながら願う。だが平穏な食事はいつまでも続かない。肉を焼く匂いに釣られて、魔物の大群が向かってきたからだ。
「あれはオークですね」
ゴブリンよりも格上の魔物の登場に、アリアは目を輝かせる。食後の運動に丁度良いと、余裕の笑みさえ浮かべるのだった。
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